マヤ保健医の午後のひととき

第2話 【マナのため息】

作:尾崎@マナリアン


「はぁ」霧島マナは、異性から見ればかなり色っぽくため息をついた。

「なによため息ついちゃってさ」隣の席の山岸マユミが話しかけた。

「シンジ君の事でしょ」

「わかる?」

「顔に書いてるわよ」

「ちっとも振り向いてくれないのよ・・シンジ君」

「振り向く以前に、声もかけてないでしょうが」

「声かける勇気があれば、ため息なんかつかないわよ」

「重傷ねぇ」

「マユミちゃんはいいわよね ケイタ君といい感じだし 休み時間のたんびに、
二人して、図書室行ってるじゃないの」

同級生のケイタとマユミは、趣味(読書)が同じなせいか、最近接近しているようだ。

「と、図書委員なんだから、仕方無いでしょ」

「うそうそ あれは恋してる目よ」

「マナ・・あんた自分の事には疎い癖に、他人は良く見えるのね」

「それ・誉め言葉なのかな?」

「皮肉よ」

「ぎゃふん」

そんなやりとりを知らない男子生徒は二人が話しているのを遠い目で見ていた。

「マナちゃんとマユミちゃん 可愛いよな」

「うん・・どんな話してるんだろ・・」

「特にマナちゃんはガードが固いし・・話しかけられたら硬直するもんなぁ」

「そうそう声かけずらいんだよな・・こう、なんと言うか触っちゃいけない、高値の花・・」

「それを言うなら、高嶺の花だろ」

「そうとも言うな」

「そうとしかいわねーよ」


キーンコーンカーンコーン

そして授業が始まった。


「はぁ・・」マナは二つ前の列で、斜め前にいるシンジを眺めてはため息をついていた。

「今日も・・渡せそうにないし・・」彼女は毎日のように、ラブレターを書いては鞄に潜ませているのだが、
シンジに渡せた試しが無いのだ。これまで何通のラブレターが焼却炉の中で、灰になった事やら。

そして、お昼休み

「伊吹先生とこ行かないの?」

「あ、もうお昼休みか・・いきましょ」

「伊吹せんせーい」マユミちゃんが声をかけた。

「あれ いないのかな」

「おまたせ」背後から、白いダンボール箱を持った、伊吹マヤが現れた。

「注文してた薬品 ここに配達しないで、職員室に持っていってたのよ・・」

「そうだったんですか」

「さ、はいりましょ」

そして、昼食後のティータイム

「マナぁ 話してみなさいよ」
「いい・・」

「どうかしたの?」
「マナがね、今日朝からため息ついてるの」

「言わないでよ マユミちゃん」
「だって、見てらんないもん」

「うーんさっき、葛城先生と会ったんだけど、心配してたわよ」

「そうですか・・」

「言っちゃいなさいよ・マナ」

「うん・・けど・・明日にします」

「明日は学校お休みよ マナちゃん」

「はぁ」

「ほんとに重傷のようね」

「ま、あまり思い詰めずにね・・マナちゃん」

「はい・・伊吹先生」

「そういえば、伊吹先生の学生時代はどんなだったんです?」

「私? 私はミッション系の女子校だったから・・あまりそんな思い出が無いのよ」

「第三東京大学は、当然男子生徒もいたでしょ」

「うーん 大学では、コンパの誘いとか全部断ってたなぁ・・」

「そうだったんですかぁ 言い寄る人とかいなかったんですか?」マユミが目を輝かせて問い詰める

「いない事も無かったけど、女子校出だから、免疫が無くて・・」

「もったいなーい そんなに、奇麗で可愛いのに」

「やーね そんな事無いわよ」

「私が男だったら、伊吹先生みたいな人ほっとかないんだけどなぁ」

「ふふ ありがと」

「そろそろ時間ね マナちゃん明日間違えて出て来ちゃ駄目よ」

「じゃぁね 良い週末を」

「はーい」
「はーい」


そして、翌日 土曜の昼下がり

マナは、おつかいの買い物袋を下げて、商店街をあてども無くぶらぶらしていた。

当然頭の中には、シンジ君の事で一杯である。

「シンジ君・・恋人はいないようなんだけど・・どうしてあんなに近づきにくいのかなぁ」

「ラブレター書くのだけ・・うまくなっても・・見せなきゃ駄目なのに・・」

雑踏の中、マナは考え事をしながら歩いていた。

「霧島さん」マナは背後から呼びかけられたが、最初気がつかなかった。

「あ、赤木先生」ようやく気付いて振り返ると、科学の赤木先生が買い物袋を手にして立っていた。

「ふらふらしてたわよ あんまり寝て無いんじゃない?」

「はぁ・・」昨夜も20通りのラブレターを書いていたのだった。

「成績こそ落ちて無いけど、最近授業では上の空だって、先生方が言ってるわよ」

「・・・・」

「男の子ね」

「わかります?」

「そりゃね 私にもあなたみたいな頃があったのよ」

「マヤに、カウンセリング受けたらいいのにね あれだけ毎日会ってるのに」

「そうですね・・けど言い出せなくて・伊吹先生の事あこがれてるから、私・・」

「これ、マヤの家の住所よ」赤木先生が、走り書きした、住所とマンションの部屋番号の書かれたメモ張を差し出した。

「ありがとうございます・・明日にでもおじゃましてみます」

「そうしたらいいわ 車に跳ねられないようにするのよ」

「ありがとうございました 赤木先生」

「いいのよ」


そして翌日

「番地は合ってるわね このマンションの、204号室か・・」

ばさっ

その時上の方で、布団を干す音に気づき、マナは振り向いた。

「あれ・・碇君じゃない・・碇君もここのマンションだったのね・・」

確認すれば、後の悲劇は起こらなかったのかも知れない・・そうシンジが布団を干していたのは
二階の東から4部屋目だったのである。

エレベータもあったが、二階なので、階段を上がる事にしたマナ

カツカツカツ

「ここか・・」


ピンポーン

「はい、伊吹です」

「あの・・霧島ですが・・」

「マナちゃん?」

「相談したい事があって・・」

「・・・どうぞ」

マンションの扉が開き、マナはマヤの部屋に招待された。

「奇麗な部屋ですね」

「ありがと」

「ま、そこにでも座ってね」

「はい」

数分後

カチャリ

「ハーブティーだけど、どうぞ」

「いただきます」

「で、相談と言うのは・・」

その時

「マヤさん もう洗濯物無いよね」ベランダから、碇シンジが現れたのである。

「いっ 碇君!」

「霧島さん?」

マナは硬直していた。 ここは伊吹先生の家なのに、どうしてシンジ君がいるのだろうと・・

「も、もしかして、きょっ きょっ」マナは緊張のあまり、舌が震えていた。

「兄弟じゃ無いのよ・・マナちゃん」

「ごめんね・・マナちゃん・・」

「何故、伊吹先生が謝るんですか?」

「それはね・・」

「こういう事なの・・」シンジを抱き寄せてキスをするマヤ

「・・・」シンジもマヤを抱きしめた。

ガーン ガーン  ガーン ガーン

マナの頭の中では、巨大な釣り鐘が不協和音を響かせていた。

「そっそんな・・」

無理も無い 片思いしていた、シンジと、あこがれの伊吹先生がキスをしているのを見せられたのだ。

放心状態のマナに気づき、唇を離すマヤ

「そんな・・」涙をぽろぽろ流しながら、立ち上がろうとするが、足に力が入っていない。

「霧島さん・・君が僕の事見ていてくれてたの知ってはいたんだ・・マヤさんと出会ってなかったら・・・もしかしたら・・」

「そんなの聞きたく無いっ」マナは泣きながら、バッグを掴んで部屋を飛び出して行った。

「マナちゃん・・」

「あれで・・・よかったのかな・・」

「ずっと思い悩ませるのも、残酷だし・・」

「これ、何かな」シンジは小さいポーチを手に取った。

袋からばらばらと、二十通ものラブレターが出て来た。


「あの子・・早く立ち直ればいいけど・・」マヤはラブレターを袋に戻しながら呟いた。

「仕方無いよ・・マヤさんと出会ってしまったんだもん・・」

「ありがと・・シンジ君・・」

「私は・・いいのよ・・同い年ぐらいの子の方が、シンジ君には・・」マヤが、まつげを震わせて言った。

「何言うんだよ マヤ 僕にはもう、マヤしか見えないんだよ・・どうしてくれるのさ」シンジが微笑んだ。


「あっ布団干してるのよ・・」

「僕はどこでも構わないよ・・マヤさえいれば」

「もう・・」

マナは、半ば放心状態のまま、町を彷徨していた。



「伊吹先生とシンジ君が・・伊吹先生とシンジ君が・・」

頭の中では、先程見たマヤとシンジのキスシーンが、何度も何度もリフレインしていた。


「知らなければ・・幸せだった・・のかしら・・けど・・けど・・」マナの瞳は涙で潤んでいた。

下を向いて歩くマナ 時折零れる涙が熱いアスファルトの上で蒸発していた。

「何故・・私はここに来たのかしら・・」マナは市立図書館の裏の公園のベンチに座っていた。

その場所は以前町でばったりあった、マヤと話をした事のある場所だった。

木漏れ日の中、ベンチに佇むマナ

クルックー クルックー

いつの間にか、マナは鳩に囲まれていた。

「ハトさん・・慰めてくれるの? そうだ」

マナは鞄の中に菓子パンがあるのを思い出して、鞄を開けた。

パンはあったのだが、いつもラブレターを入れている小さい
ポーチが見当たらなかった

クルックー ククッ

「伊吹先生の所で落としたのかしら・・けど・・もう・・いらないもの」

マナは、涙を堪えながらパンを千切って、鳩に与えていた。

「家に・・帰りたく無い・・学校も・・行きたく無い・シンジ君の顔・・正視出来ないもん・・」

ハトは、与えられているパンが途切れたので、マナの方を見た。

「・・ひっく ひっく シンジ君・・伊吹先生・・」

涙を堪える努力を放棄した今となっては、涙はとめどなく後から後から流れては落ちて行った。

右手はパンを握り締めて、震えていた。

日も暮れ、町を歩く人達も減り、マナの座るベンチは、ライトに照らされていた。

鳩も自分の住処に帰って行ったようだ。

「私・・どうしたらいいの・・」

マナの瞼は無残な程に赤く腫れていた。


カツカツカツカツ ハイヒールの足音が、夜の公園に面した道路から聞こえて来た。

カツカツカツ・・足音は途中で途切れたようだったが、マナは気づきもしなかった。

「霧島さん? 霧島さんじゃ無い?」

マナは誰かに呼びかけられて顔を上げた。

「赤木先生・・」

「どうしたの・・そんなに瞼を腫らせて」赤木リツコは、公園の中に入っていった。

「マヤの所に、相談に行かなかったの?」

「赤木先生は・・知ってて言ったんですかっ」普段は可愛い声も、少しかすれていた。

「どういう事?」リツコは訳が分からず首を傾げた。

「話・・聞かせてくれる?」

数分後

「そうだったの・・シンジ君の家庭教師をやってた事は知ってたんだけど・・」

「ごめんなさいね・・」

「いいんです・・」

「けど問題よね・・教え子に手を出すだなんて・・マヤを叱っておかなきゃ」

「止めて下さい・・私・シンジ君の事好きだし、伊吹先生の事あこがれてるんです・・だから・・」

「優しいのね・霧島さんは・・」

「さ、家まで送るから・・明日・・辛いでしょうけど学校・・出て来るのよ
明日・・逃げてしまったら、もう学校に来づらくなるわよ・・いいわね」

「はい・・」

「元気出しなさいよ・・ね」

「はい・・」マナはハンカチを目に当てたまま答えた。


夕闇の中、二人分の足音が街に響いていた。

第2話 終


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