「急いで……動きが出たらしいわ」
 リツコが見つめているモニターに赤い警告メッセージが点滅していた。
「了解っ……と、道が分からないな……誘導用にインカムとかは無いのか?」
「その頭部のヘアバンドに付いてるぽっちが骨伝導スピーカーとマイクを兼ねてるわ」
「了解……しかし、頭撃たれたら終わりだな……」
「大丈夫よ……その、頭部のぽっちからATフィールドを常時展開出来るの……意識しな
くても弾を弾くぐらい出来るわ……」
「なるほど……じゃ、誘導よろしく」
「それと、このナイフを持って行きなさい。腰の所に装着出来るわ」
 吉田はケース入りのプログレッシブナイフを受け取り、パレットガンを手に部屋を出た。


7周年記念作品
【明日を覗けば闇の中】〜続・窓に映るは明日の影〜
作:尾崎貞夫
第13話「苦境」

「うわっと! 間に合った……のかな?」
 吉田が現場に駆けつけた時、硬化ベークライトにより通路ごと胸まで固められていた筈
の使徒・サキエルが驚異的な力でベークライトによる拘束から逃れようとしていた。
「時間稼ぎに使うには勿体無いんだが……」
 吉田は安全装置が解除されている事を確認し、パレットガンを構えた。
「おっと、やべ……」
 使徒が吉田に気付き、ベークライトの塊を凄い勢いで投げつけた為、吉田はATフィー
ルドを展開するより避ける事を選んだ。側転気味に通路の壁に身を伏せた時、使徒の投げ
たベークライトの塊が通路の角で粉々になるのが見え、もし当たっていたら即死は間逃れ
なかっただろう。
「今のはやばかったな……ゆっくり狙いを定めて撃たせてはくれないか…………」
 吉田はATフィールドの圧力を強め、三点射モードにしていたパレットガンをセミオー
トに切り替えた。
「弾が尽きるまでにシンジ達が来てくれるかな……」
 吉田が隠れている場所に再びベークライトの塊が飛んで来る風音を感じ、吉田は飛び出
してパレットガンで掃射した。使徒はまだ腰まで埋まっていて動けないのだが、動きなが
らでは当てにくく、最初の数発は空しく通路の壁に当たり爆発した。
「グァァァァ」
 だが、動きを止めてからの数発が使徒の上半身に当たり、爆発により使徒は身体をよじ
った。
「少しは中和出来てるのかな……よし」
 隠れて待っているだけでは使徒が自由を取り戻してしまう為、吉田は危険を承知でジグ
ザグに動きながら使徒に接近していった。
「グルゥゥゥ」
 投擲に使えるベークライトの塊が使徒の手の届く所に無い為、使徒は吉田を見て唸って
いた。
 パン! パン! …………パン! パン!
 再び三点射モードに戻した吉田はATフィールドを展開し、二発撃っては前進を数度繰
り返した。
「効いてはいるんだろうが……傷一つ無いのが癪だな……」
 完全にATフィールドを中和出来る場所を探りつつの射撃なので、吉田は背中に汗を感
じていた。
「もしかして、この弾頭……N2弾頭なのか?」
 単に火薬を増量しているだけなら使徒の動きを止める事も出来ない筈なので、吉田はそ
う判断した。
「どうせなら、N2手榴弾でも開発してくれればいいのに……」
 吉田はじりじりと前進しながら、引き金を絞った。
「ここか!」
 更に数発撃った辺りで使徒が過剰な反応を返した為、吉田はその場所に足を止めてセミ
オートに切り替えた。
「グァァァ」
 射撃モードを切り替えた後、連射しようと銃を向けた途端、使徒が右腕を振りかぶって
いるのに気付き、後ろにバックステップした。
「間合いは掴んでるんだっ……げふっ!」
 多少の腕の伸縮を考えても避けきった筈なのに、吉田は胸に熱い衝撃を感じて咄嗟にバ
ク宙のように背後に飛んだが、衝撃波により通路の角まで吹き飛ばされていた。
 吉田は吹き飛ばされながら、自らのATフィールドも中和されているのに気づいた。
「熱ちちち……」
 吉田は胸の所が焼け焦げたジャージの上を慌てて脱ぐと、プラグスーツの胸の金属ぽい
部分が丸く融解しており、もう少しで生身を焦がされる所だったのに気付いた。
「そうか……サキエル。お前にはその能力もあったんだったな……」
 使徒は掌から光る槍のようなものを生成し、その衝撃波で吉田を攻撃したのであった。
「それを使ってベークライトを壊してたのか……なるほどな……うっ……」
 生身の胸の融解こそ免れたものの、胸に火傷を負ってしまった事に気付いた瞬間、これ
まで動きをスムーズにしてくれていたプラグスーツが重くなった事にも気付いた。
「くそ……こっちも壊れたのかよ……まぁ、仕方無いな……」
 光の槍から逃れる時に盾代わりにしたパレットガンも融解してしまっており、吉田は徒
手空拳で使徒に立ち向かっていった。
「その姿をとりつつも、その能力を具現しているのは凄いと言ってやろう……だが、お前
はオリジナルでは無い!」
 耳元では、監視カメラで吉田の負傷とパレットガンの無力化に気付いたリツコががなっ
ていたが、今の吉田には届いていなかった。
「グァ?」
 サキエルの遺伝子を与えられた使徒は能力を覚醒させたが故に、人語を解さないばかり
か、人としての知恵まで失っているのに吉田は気付いた。
「さっきので死んだ筈だし、素手で何が出来るとでも言いたいのか? 脳の全てを持って
いかれたお前さんとは違うんだよ……」
「グルァ!」
 嘲られたのに気付いたのか、使徒は手にしていたベークライトの欠片を高速で吉田に投
擲した。
「おっと……こんなもので俺が倒せるとでも?」
 吉田は高速で飛来した欠片を左手で受け止め、握り潰した。
「舐めて貰っては困るな……おれはケルブとアダムの因子を持つ男なんだぜ!」
 吉田は一気に使徒までの距離を詰める為、ジグザグに走り始めた。
「グァ……」
 使徒でさえも吉田の動きを完全に読めないのか、困惑しながらも使徒は腕を振り回した。
「遅いっ!」
 吉田は使徒の繰り出した拳を紙一重で避け、プラグスーツで保持・強化された右拳を使
徒の顎に打ち付けた。
「グァァァァ」
 使徒は下半身を固定されている為、未だ動けずにATフィールドを中和した状態で吉田
のパンチを受け、顎から顎骨が飛び出る程のダメージを受けていた。
「まだまだ!」
 吉田はサンドバッグ状態の使徒の身体中に正拳や蹴りを加えていった。
「再生能力……」
 だが、殴る側から以前の傷が消えて行く為、吉田は少し焦ってしまっていた。
「グァァァ!」
 使徒はその隙を逃さず両手を伸ばして吉田を抱き寄せた。
「何のつもりだ……まさか?」
 吉田がサキエルの能力に気付いた次の瞬間、使徒の自爆攻撃に気付き、ATフィールド
を全開にした。
「ぐわっ!」
 恐らくは両腕だけの自爆であったのだろうが、ATフィールドを中和されかかっていた
為、吉田は先程の場所まで派手に吹き飛んだ。
「グルルルル……」
 先程の自爆のせいか、使徒は完全にベークライトの戒めを解かれており、壁に打ち付け
られて失神している吉田にゆっくりと近づいて行った。自らの腕を蟹のように切り離して
自爆させた使徒ではあったが、その再生能力により肩口から既に触手のようなものが再生
を始めていた。
「くっ……腕だけ自爆とはな……」
 もし全身を使った自爆なら命は無かった事に吉田は気付いていた。
 意識を取り戻してはいたものの、まだ身体はショック状態を起こしており、吉田は迫り
来る使徒を睨みつける事しか出来なかった。




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どうもありがとうございました!


第13話 終わり

第14話 に続く!


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