「ま……いいか……」
 シンジ達があっさり帰った事もあり、少し吉田は肩の力を抜いてベッドに身体を預けた。
「分かってるとは思うけど……あの世界のアスカさんから貴方を預かってるんだから、あ
まり無茶はしない事……いいわね」
 そう言って蒼い髪の女性も病室を出ていった。


7周年記念作品
【明日を覗けば闇の中】〜続・窓に映るは明日の影〜
作:尾崎貞夫
第17話「記録」

「しかし……私達の知らない地下にこんな施設があっただなんてね……」
 吉田繁智の姉である吉田智子がNERV本部施設内の病棟に現れたのは、吉田が入院を
余儀なくされてから三日目の事であった。
「よく、ここまで来る事が出来たね……姉さんのバイタリティには心服するよ」
 未だ、吉田の事すらも敵では無いが不審な人物と言う風に扱われているのに、その縁者
を基地内に入れて秘密を知られる事についてNERVが快く思わないのは当然であり、吉
田智子が警察官で無ければ恐らく地下での対面は叶わなかっただろう。
「承諾書何枚もにサイン書かされた時は、どうなるんだろうって思ったわ……」
 智子はベッドサイドの林檎を手に取り、果物ナイフで丁寧に剥いていった。
「親父達は何か言ってたかい……」
 元の世界では離婚してしまっていた吉田の両親もこの世界では健在であり、吉田は少し
落ち着かなさそうにもじもじしていた。
「お母さんは不安がってたけど、お父さんはそれ程でも……その程度で壊れるような育て
方してないって豪語してたけど……新聞が逆さまになってたのよね……」
 智子は剥き終えた林檎を繁智に差し出して言った。
「そうか……ならいいんだ……不自由なだけで、それ程痛みも感じないし楽なもんだよ」
「そういえば、繁智が高校生の頃大怪我したじゃない……あの時のお母さんの慌て具合っ
たら無かったわね……背骨が折れてたけど幸い命は……ってあれ?」
 蒼い髪の女性による処置が甘かったのか、智子は記憶が混乱しているようであった。
「折れて無かったって……折れたら普通死ぬんじゃ無い?」
 吉田は慌ててフォローしたが、智子は身体を震わせ始めていた。
「繁智が子供を助けて……んだと聞いた時、母さんが半狂乱になって……あれ……」
 だが一旦生じたほころびは放っておいても治る訳も無く、ほころびが広がってしまって
いた。
「姉さん、疲れてるんじゃない? 夜勤明けなんだろ? 俺は大丈夫だから早く帰って寝
ないと、明日の勤務に差し支えるんじゃない?」
「そうね……あ、保険証持って来たんだった……えーと……これね」
 智子はハンドバッグの中から保険証を取りだした体勢のまま、固まってしまっていた。
「多分、保険証は要らないと思うけどね……って、姉さんどうかしたの?」
「おかしいわね……この保険証……お父さんとお母さんしか……どうしてかしら……私は
警察に入って扶養家族から抜けたけど、繁智はまだ学生なんだし…………」
 戸籍等の記録については、蒼い髪の女性が改竄してくれていたが、さすがにペーパーメ
ディアまで操作する事は出来なかった事に吉田は気づいた。
「…………」
 吉田は限界を感じ、こっそりと用意されていたスイッチを押した。

「これから、検査の時間ですのでご家族の方は……」
 スイッチを押して三十秒もしない内に、待機していた医師達と、白衣を着た蒼い髪の女
性が病室になだれ込んで来た。
「もう? けど、保険証が……あ、そうか……大学入った時に繁智も扶養家族から抜いた
のよね……」
 白衣を着た蒼い髪の女性が、人混みに紛れて智子に接近し、記憶の改竄を行う事で、ど
うにか危機は回避された。

          *     *     *

 数分後……

「危ない所だったわね……待機しておいて良かったわ……」
 蒼い髪の女性は吉田のベッドの側で、変色しかけた林檎を手にして呟いた。
「あまり、長い間は保たないかも知れない……どこかで、俺が死んだ事を知ってる奴と、
ばったり出逢ったりする可能性もあるんだよな……」
 吉田は天井を見つめながら呟いた。
「貴方が助けたと言う子供は去年、隣県に引っ越して行ったのを確認してるわ……後は貴
方のクラスメイトだった人が問題ね……退院出来ても……当分、家には帰らない方がいい
わね……」
 蒼い髪の女性は言い終えた後、手にしていた林檎に気づいて口に放り込んだ。
「そうだ……シンジ達はどうしてるんだ? あの後、どたばたしてたみたいだけど」
「検査中よ……DNAにエヴァ因子を組み込んだ事による変化についてね……」
「そうか……ATフィールドを張る事は出来てたし、大丈夫だと思うけどね……」
「じゃ、私は帰るわ……何かあったら看護婦呼ぶなりして、伝言して頂戴」
 蒼い髪の女性は椅子から立ち上がり、吉田のギブスのはめられた足を一瞥してから部屋
を出て行った。
「はぁ……さすがに退屈だな……」
 吉田はぼんやりと天井を眺めながら、眠りにつこうとしていた。

          *     *     *

「たった数日前に因子を組み込んだ筈なのに……細胞分裂回数から逆算すると、三ヶ月以
上も経っているだなんて……」

 その頃、シンジとアスカの検査の総指揮を執っているアスカの母親が、検査結果を凝視
したまま、小声で呟いていた。




御名前 Home Page
E-MAIL
作品名
ご感想
          内容確認画面を出さないで送信する


どうもありがとうございました!


第17話 終わり

第18話 に続く!


[第18話]へ

[もどる]