【
窓に映るは明日の影
】
作:尾崎貞夫
第1話「引越し」
「住み慣れた家とも今日でお別れか……」
僕をこれまで見守り育んだとも思える我が家の姿を目に焼きつけようとしている時に、
父さんは無粋にも車のエンジンをかけてしまい、僕は首を軽く振って気を持ち直して
横を向き我が家の見納めをした。
「忘れ物は無いな……シンジ」 父さんは僕の返事も待たずに車をスタートさせて言った。
父さんは相変わらずだ 一応声をかけるにはかけるが、本当に僕の意思を尊重しているとは
到底思えない……僕はため息を一つついて前を向き、これまで数え切れない程通った
道を見ながら考え事を始めた。
僕の名は碇シンジ 第三新東京市立 第一中学校に通う中学生だ。
母さんを早くに亡くした父さんは、仕事をする事でしかその寂しさをまぎらわせる事が
出来ないのか、家に帰って来るのはいつも夜遅くで、ワーカーホリックのようだった。
いつも家に一人でいる僕は料理や家事をしてきたが、寂しさをまぎらわせる為の行為だと
言う事もあり、あまり楽しくは無かった……つい先日までは……
惣流アスカ……僕が密かに恋焦がれる同級生 それまでは班も違うし声をかける事も
出来なかったある日の家庭科の授業の日、彼女の班の生徒3人が風邪で休んだおかげで
彼女が僕のいる班に加わって、味噌汁とほうれん草のバター炒めを作る授業の時、
僕は彼女の事を意識しないように料理に集中していたのだが、出来上がった料理を試食する
時、彼女が僕の料理を口に運んで、”美味しい”と言ってくれたのだ。
こんな機会はもう無い事は解っていながら、
最近はいろんな料理を覚える事が趣味になっていた……
その矢先にいい物件を見つけたから引っ越すと父に言われて僕は反対した。
彼女と別の学校になるなんて事が耐えられそうに無かったからだ。
だが、よくよく話を聞いてみると、前より距離的には第一中学校に近いので、
転校の必要は無いのだと聞き、僕が大きくなった事もあり手狭かった
我が家を離れる事に同意したのだった。
日曜に引越しすればいいのに、父さんの仕事の都合で平日に引越しをする事になったので、
学生が道の脇の歩行者用道路を歩いているのを見ていると、少しして車が止まった。
「学校が見えてるじゃ無いか 遅刻の心配は無いな」
父さんが向こうの方に見える第一中学校を指差して言った。
引っ越す今日まで僕は家を見せて貰って無かったのだ、珍しくはしゃいだ父さんが
”引越す日に見せて驚かせてやるから、それまでは我慢しろ”と言ったからなのだが。
これまでは学校の北門へ入る通学ルートだったのだが、
今日からは東門から入るルートになったようだった。
少しして、後ろに引越し屋のトラックが止まった。
「え?この通学路の道添いなの?」 僕はあまりの好環境に少し驚いた。
父がワーカーホリック気味だと言っても給料がそれほどいい訳でも無いので、
住宅地の道添いの一軒家など買うとは思ってもいなかったのだ。
「先月まで人が住んでたそうだから、家も荒れて無いしな」
父さんは封筒の中から鍵を取り出して玄関を開けた。
僕は父さんと一緒に一階の部屋を見て周り、家具をどの部屋に置くか相談していた。
「ところで、僕の部屋があるって言ってたけど、どの部屋?」
前の家は狭かったので、僕はようやく自分の部屋が持てると言う事で舞い上がっていた。
「二階だ ついて来い」 僕は父さんの後を期待に胸を膨らませながらついていった。
二階に上がると、ドアのついた部屋が左右にあり、父さんは左側のドアを開けた。
「もう一つの部屋は日当たりがあまり良く無いから物置代わりにするつもりだ」
そう言って中に入った父さんの後をついていった時、父さんが声を上げた。
「おかしいな……また割れてる……」
「どうかしたの? あ、ガラスが割れてる……」
窓枠の向こうにはさっき止めた父さんの車と引越し屋のトラックが見えた。
「実はな、この家を買った時にも割れてたんだよ ガラス屋を呼んで治しておいたんだが」
父さんは不思議そうに足元に散らばってるガラスの破片を見ていた。
「すみませーん 作業初めていいですかぁ?」
ガラスの無い窓枠を見つめていると、下から引越しの作業員の声がした
「石が放り込まれた訳では無さそうだが、誰かのいたずらかも知れんな ガラス屋を呼べば
今晩までには直るだろう すまないが、電話をして呼んでおいてくれ それと掃除もな」
父さんは財布の中から請求書を取り出して僕に手渡した。
「堀井ガラスサッシ この店だね 解ったよ」 ・
某堀井雄二氏の実家=堀井ガラスサッシ
僕はガラス屋の請求書を確認して返事をした。
「もう電話の移転は出来てるから」
そう言って父さんは階下へと降りていった。
「子機があるのか……便利だな」
僕は電話機を手にして請求書に書かれている電話番号を入力した。
「はい 堀井ガラスサッシです」
「あの 2月7日にガラスを入れて貰った碇ですけど」
この家の住所を知らなかったので、僕は請求書の日付を見て言った。
「また割れちゃいましたか……解りました 今日中には伺いますので」
僕は店員のその言葉に驚いた。 また割れたとはどういう意味なのだろう……
「あの、また割れたってどういう意味です? この前も割れてたそうなんですが」
このまま聴かずにいると気になると思ったので、僕は問いただした。
「子供のいたずらだとは思うんですけどね……前の人が住んでた頃から良く窓ガラスが
割れるんで有名な家なんですよ……どうせ解る事でしょうから言っちゃいますけどね……」
「はぁ……そうなんですか……」
「今日中に作業員を向かわせますんで……それと…この事俺が言ったって、
他の人に言わないで下さいね それでは、失礼します」
僕は受話器を置きながら、先程の店員との話について考え事をしていた。
「シンジ! おまえの部屋に先に家具を入れるそうだ」
僕は階下からの父さんの声で考え事を中断された。
12時過ぎまでの作業で、引越しがひと段落ついたので、
僕たちは引越しの作業員を連れて 引越し蕎麦を食べに、
車で近くのレストランに食べにいっていた。
車で家に帰り着くと、ガラス屋らしきトラックが止まっていた。
「毎度、堀井ガラスサッシです」
少しして、車の中から作業服を来た男が出てきた。
「シンジ 案内してやれ 私は引越し屋と、廃品の話をするから」
「うん 解ったよ」
トラックの幌の中から何かで保護されたガラスを取り出そうとしている作業員の側に
僕は近づいていった。
「あの、案内します」
「二階ですね」 作業員は僕が案内するまでも無く 大きいガラスを手に家の中に入り、
階段を上がっていった
作業員は手際良く、窓のサッシを取り外し、枠に少しだけ残っていたガラスを取り除き、
新しいガラスを取りつけていった。
「出来ました 請求書は後日お送りしますんで」
道具も片づけ終わった作業員が立ち上がって言った。
「引っ越す前にも割れてたそうなんだけど……窓の側にいるのは危険なんでしょうか」
ベッドを窓際に置く事になっていたので、僕は懸念を抱いていた事を話した。
「んー……言っていいのかなぁ……」
最初は渋ったものの、僕が教えてくれと頼み込んだ結果、
ここ一年間でこの家の持ち主が4回も代わり、その度にこの家の評価額が下がり、
父さんがこの家を買う事が出来たのも、一年前に比べると一千万円近くも、
評価額が下がったせいだと言う事が解った。
作業員の人が覚えているだけでも数十回もこのガラスの取り替えをしたそうだ。
「まぁ、世の中にはいろんな人がいますからねぇ……
多分何かの嫌がらせか何かじゃ無いのかな……10年前にこの辺りの地価がぐんと上がって、
相続税を払いきれずに土地家屋を売り払った人が多いそうだしねぇ……
遷都とは言ってもいい事ばかりじゃ無いって事ですかねぇ」
「はぁ……」 僕はその説明に一応納得はしたものの、何かがひっかかった。
「それじゃ、失礼します 出来るだけ優先的に修理に来ますんで」
そう言ってガラス屋は帰っていった。
優先的に修理? それもそうだろう 年間数十回もガラスが割れる家は、
向こうに取っては金の成る木のようなものだろうから……
夜 寝る頃になってようやく、引越しの後の整理が終わり、
僕は窓際に置いたベッドに横たわった。
「大丈夫だよね……」 僕は一抹の不安もあったが初めて自分の部屋を持てた
うれしさもあり、早々に寝ついてしまっていた。
そして、翌日……
僕は目覚まし時計で目を覚まし、寝間着を脱いでいる時、窓の向こうに
憧れの惣流アスカさんが登校しているのを目撃した。
「惣流さんだ……そうか こっちの登校ルートを通ってたんだ……」
二階からと言う事もあり、僕には気づいていない惣流さんが歩いて行くのを、
僕は窓から見つめ続けていた。
「えっと……時間は7時15分……いつもこの時間に通るのかな……」
今日は初めての通学コースと言う事もあり、早めに目覚ましをセットしたのだが、
明日も同じ時間にセットしたままにしようと、僕は誓った。
何せ、小心者の僕が同じクラスとは言え、惣流さんを見つめるなんて恥ずかしい事が
出来る訳も無いから、このような機会を見逃す事は出来なかった。
それ以来、3日間 僕は早起きして惣流さんが登校するのを見続けた。
そして、運命を変える事になったあの日も 僕は窓の外の惣流さんの登校を見るべく、
早起きして窓の側で着替えながら待っていた。
防音性がいいので、家の外を学生が話しながら歩いていても聞こえないので、
早く登校する学生の声で目覚ましの時間より早く目を覚ます心配は無かった。
「今日も時間通りか……惣流さんって自分のリズムを大事にするタイプなのかな」
僕は惣流さんに見つからないように気を付けて、彼女を見続けていた。
その時、惣流さんの後ろから大型トラックが走って来ているのを僕は見つけた。
「やけにスピードが出てるみたいだな あっ」
僕は運転手がハンドルに突っ伏しているのを見て驚愕した。
微妙にハンドルがずれたのか、大型トラックは歩行者用の道路にまではみ出して来ていた。
「惣流さん 危ない!」
僕は大声を出して注意を呼びかけたのだが、防音性が高いせいか彼女には伝わらなかった。
ようやく惣流さんが気づいて振り向き暴走トラックを目撃したので僕は少し安堵したのだが
彼女は逃げ出そうとした時足を捻ったのか、暴走トラックの前に転んでしまったのだ。
僕は今からでは間に合わないと心の中では気づいていても、
居てもたってもいられなくなり、階段を駆け降りて玄関の扉を開いた。
「あのさー 知ってる? 昨日のテレビで新しい刑事ものが始まったの」
「あぁ 見た見た 主演が朝ドラに出てた人でしょ」
「そうそう」
僕は家から一歩出た途端、凍りついたかのように動きを止めていた。
家の前の道路にも歩行者用道路にも暴走トラックと惣流さんの影も形も無かったのだ。
登校している学生が数人 話をしているだけだったのだ。
「幻覚? そんなバカな……」
君が窓の向こうに見る風景……今日のものだと……言い切れる?
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