【
窓に映るは明日の影
】
第3話「
蒟蒻者
(謎)」
僕は、惣流さんを身体全体で保護したまま、抱きかかえていた。
「助かった……のかな」 舞っていた砂ぼこりが収まった頃 僕はようやく目を開けた。
「ちょっと……どこ触ってるのよ」 僕は惣流さんの声でようやく正気に戻った。
「へ?」
「へじゃ無いわよ その手を離しなさいよ 汚らわしい!」
僕はそろりと首を動かして、僕が胴体だと信じて掴んでいたものを凝視した。
「ご、ゴメン!」 僕は慌てて惣流さんの胸から手を離して、
抱きかかえて保護していた惣流さんを開放した。
「怪我はして無いみたいね……」 惣流さんは身体のあちこちを手でさすって
確認しながら制服についた砂を払いはじめた。
「惣流さんを……救えたんだ……そうか あの窓は明日を写す窓なんだ……」
惣流さんが服に着いた砂を払っているのを見て、僕は惣流さんを救えた事を再確認した。
「何よあんた……凄い形相で飛んで来ちゃって……
トラックよりあんたの顔の方が恐かったわよ」
制服の砂を払い終わったのか、惣流さんは僕の方を振り向いて言った。
「あ……その……ごめん」
僕は誉められこそしても叱られるような状況じゃ無かった筈じゃ無いかなと
心の中で少し混乱しながら考えたが、叱られたらすぐ謝ると言う普段の癖なのか、
ほぼ反射的に謝ってしまっていた。
「何ぼーっとしてるのよ あんたも砂が一杯付いてるじゃ無い……」
悩ましげなため息をついて、惣流さんは僕の服の腕や肩に付いている砂を払ってくれた。
「あ……ありがとう」
僕はそれだけで幸福感に包まれてしまい、あわや死に掛けた事などすでに忘れていた。
「……さっきは悪かったわね……命の恩人に汚らわしいなんて言っちゃって……
あれ……あんたの顔どこかで見た事あるわね……」
惣流さんは僕の服の砂を払いながら首を傾げた。
「あ……あの……僕」 僕は内心ショックを受けながらも自己紹介しようとした。
「ストップ! 今思い出すんだから黙ってて! えーと誰だったかな……春日でも無いし、
未神でも無いし……あ そうだ! ほうれん草のバター炒めだ!」
惣流さんは少しうつむきながら、日毎に忘却されて行く記憶の端々から僕の事を
必死に思い出そうとしていたが、急に顔を上げて叫んだ。
「え? あ……そうか」 僕はてっきり名前を思い出してくれたのかと思ったのだが、
家庭科の授業の時に惣流さんが僕が殆ど作った料理を食べてくれた時の事を思い出した。
「何よ……あんた同じクラスだったんじゃ無いの…… 確か船の部品の名前だった所まで
は覚えてるんだけど…… 船首像君だっけ」
大航海時代のやりすぎか?アスカ
「違うよ……碇だよ 僕の名前は碇シンジだよ」
惣流さんがあまりにも僕の事を知らないので、僕は内心少しがっかりしていた。
「ちょっと違ってた? ま、似たようなもんでしょ」
「ま……そうだね(全然違うと思うけど)」
「ん?何か不満げな顔ね」
「そ、そんな事無いよ!
「シンジ どうした!」
その時 父さんが家の中から飛び出して来た。
トイレにでも座っていたのか、ズボンのベルトが止められていなかった。
「あ、父さん そこのトラックが居眠り運転をして、歩道に突っ込んで来たんだよ」
僕は 電柱に激突しても尚、眠りつづけている運転手を指差して言った。
「あ、お父様ですか? 私 同級生の惣流と申します。
碇君に助けていただき、命拾いをしましたわ」
さっきまで僕に悪態を付いていたのに、急に態度を変えた惣流さんを見て僕は驚いた。
「ん? もしかして、惣流博士の娘さんじゃ無いかな?」
父さんは惣流という名前に反応して、問いかけた。
「ええ……そうですが……父とお知り合いですか?それとも母と?」
「え?お父さんもお母さんも博士なの?」
「私の顔を覚えて無いかね? 君が三才ぐらいの時に、私が君を抱き上げた時、
涙が滲むまで私の髭をひっぱり続けられた事があったんだが……」
「え?もしかして日本支部の碇さんですか? そういえば父と母がよくその名を
あげていました 四才の誕生日の頃にドイツに渡ったのは覚えてるんですが……」
「家に来た事があったのか……僕は全然知らないけど……」
「おまえ 忘れたのか?あの笑劇的なファーストキスを」
「ええ? x2」 僕と惣流さんはユニゾンで驚きの声をあげた。
「おっとそれどころじゃ無いな 警察を呼ばないとな……怪我はしてないのか?」
父さんはふと正気に帰って家の中に入っていった。
「……普通は怪我の心配とかする方が先だと思うけど……まぁいいや」
「私とあんたがファーストキスですって? そんなの私知らないわよ!
よりによって、こんな超ダサダサで内気で頭悪そうな子とファーストキスだなんて
私は信じないわ これはもう犯罪よ! 許せないんだから!」
まるで今 痴漢にでもあったかのような剣幕で惣流さんががなり始めたので、
僕は慌てて周りを振り返った。
「う……」 すでに僕たちを輪のようにギャラリーが取り巻いてしまっていた。
「ちょ ちょっと!」 僕は慌てて惣流さんの腕を掴んで家の中に連れていった。
「やだ 何をするのよ 離しなさいってば!」
僕は暴れる惣流さんにも構わず、手を掴んだまま中に引っ張っていった。
引っ越して来たばかりだと言うのに、妙な噂がたったら困るからだけど……
もう遅いような気がしないでも無い……
「警察にはもう電話したぞ それと事情聴取の為におまえ達もいて欲しいそうだから、
これから学校に電話するんだが、惣流さんはどのクラスなんだ?」
父さんは受話器を置いて僕達に振り向いて言った。
「同じクラスだよ 父さん」 僕は胸の動悸を静めながら答えた。
「何ぃ? おまえ自分の婚約者が同じクラスにいて気づかなかったのか?」
父さんは少し目をむいて言った。 父さん……その顔は犯罪的なほど恐すぎるよ……
「って え?こんにゃく者?」
「婚約って、どういう事ですの?おじ様!」
「あ、婚約か こんにゃくじゃ無くて良かった……じゃ無くて……
ええ!?
」
「どうせ今日は学校は昼からの登校になるだろうから、二人で朝ご飯を食べてなさい」
そう言って父さんは受話器を取って、電話帳を見ながら学校に電話をしはじめた。
「僕が朝ご飯作ったんだけど……食べる?」
僕は恐る恐る惣流さんに問いかけた。
「……どうせ、嫌って言っても無理矢理引っ張って行くんでしょ……」
惣流さんは少し横を向いて言った。
「そ、そんな事しないよ……」
「じゃ、その手を離しなさいよ!」
「え? あっ ゴメン!」
僕は家の中へ惣流さんを引っ張り込む時に惣流さんの腕を掴んで、
そのままだった事に遅まきながら気づいた。
「結構 力あるのね……赤くなっちゃったじゃ無いの……まったく」
惣流さんはぶつぶつ言いながら、食卓についた。 おなか空いてたのかな?
「あ、すぐ温めるから」 僕は味噌汁とニラ豚に火をかけて、温まる間にご飯をよそった。
「あ、惣流さんは味噌汁にネギ入れる方? うちはいつも入れてるんだけど」
「あんたが美味しいって思うようにしなさいよ……」
「じゃ、入れるね」 僕は冷蔵庫からネギを取り出し、まな板の上で手早に刻んで
味噌汁の入っている鍋の上に刻んだばかりのネギを放り込んだ。
「あ、ニラ豚はもういいかな……」
僕は火を止めて、用意していた更にニラ豚を二人前よそった。
「手際いいのね……いつもやってるの?」 背後から惣流さんが問いかけて来た。
「うん……僕が四才の時に母さんが死んじゃって……小学三年の頃までは家政婦が来てた
んだけど、小学校で家庭科の授業が始まった頃からはずっと僕が作ってるんだ。
僕は味噌汁の火を止めて、容器におたまで入れながら言った。
数分後……
惣流さんは僕の料理がいたく気に入ったのか、父さんのために残しておいた
ニラ豚の残りとご飯二杯をまたたく間に平らげた。
その後 警察の事情聴取を受け、身体中砂が付いていた僕たちは交互にシャワーを使った頃
にはすでに12時前だったので、昼からの授業を受ける為に僕たちは慌てて学校に向かった。
僕たちは学校に着くや否や職員室に顔を出し、教室に戻った時にはすでに昼休みが始まって
おり、トウジやケンスケの姿も見えなかった。
僕と惣流さんは 自分の席に付いて無言で昼食の準備を始めた。
「今日は一人か……」 僕は弁当の蓋を開けながら呟いた。
「もう最低っ!……」 惣流さんは鞄から弁当を取り出すや否や小声で悪態をついた。
「ん?」 僕はちらっと惣流さんの方に振り向いた。
「うわ……」 惣流さんの弁当は鞄ごと放り出されて縦揺れ横揺れ等を経験したせいか、
とても食べられないレベルな程にぐちゃぐちゃになっていた。
「ん?」 僕は惣流さんが僕を睨んでいるのに気づいた。
何故僕を睨むのかな と額に汗が滲んだ頃には 惣流さんが立ち上がり、
ツカツカと足音を立てながら僕の前に立った。
「な、何?」 僕は椅子に座ったまま、惣流さんを仰ぎ見た。
「責任取りなさいよ!」 惣流さんはぐちゃぐちゃになった弁当を僕に見せつけた。
「え……責任って……そりゃ僕が助けようとした時に鞄までは気が付かなかったけど、
僕が悪いんじゃ無くて、居眠りしてたドライバーが悪いんじゃ無いのかな……」
僕は自分が死の危険も省みず救った相手……しかも密かに慕っている相手から悪し様に
罵られてショックを受けていた。
「あら……美味しそうなお弁当ね……それもあんたが作ったの?」
惣流さんはさっきまでの表情とはうって変わって満面の笑みを浮かべていた。
「え……まさか……」
悪い予感は当るもので、僕は惣流さんと共に屋上へと向かう為に階段を歩いていた。
だが、最悪のシナリオ……ぐちゃぐちゃになった惣流さんの弁当と取り替えると言う
事にはならなかったのは幸いだった。 そのお亡くなりになった弁当はすでに捨てられて、
惣流さんは洗って奇麗になった空の弁当箱を手にしていた。
てっきり教室で食べるのかと思っていたのだが、
それは恥ずかしいと言う事で人気の少ない屋上に行く事になったのだ。
「何よ 結構人がいるのね…… 一年生の頃はあまりいなかったのに……」
「ここもダメなの?」
「あんたみたいなのと一緒にお弁当食べてるのを目撃されたら妙な噂が広がるじゃ無いの」
「そ、そうだね……(あんたみたいなのってのは酷いよ……)」
「あっ そうそう あそこで食べましょうよ」
惣流さんは給水塔を囲った四角いコンクリートの上を指差して言った。
「うう……僕 高い所恐いのに……それにこの梯子錆びてるし……大丈夫かな」
僕はぶつぶつ言いながら梯子を登らされていた。
「ふぅ ようやく着いた……いい景色だなぁ」
だが下を見ようとは決して思わない僕だった。
「言っとくけど、変な事したらここから突き落とすからね」
惣流さんは上がって来るなり僕を睨んで一言釘を刺した。
「そんな余裕があるように見える?」 僕は恐怖感のせいか給水塔のメンテナンスの為の
扉の出っぱりを手でしっかり握ったまま答えた。
「それもそうね……じゃ食べましょ」
「うん……」 僕は弁当の包みを開けた。
「全部くれとまでは言わないから半分よこしなさいよ」
「うん 解ったよ けど、それでいいの?」
「あんたの家でご飯おかわりまでしちゃったから、そんなにお腹空いて無いしね」
「そ、そうだね……(そりゃあれだけ食べれば……父さん泣いてたな)」
僕は惣流さんの空の弁当箱にきっちり半分づつ弁当の中身を移していった。
「あ、卵焼きは全部私に頂戴ね その代わり私 着色料のついたウインナーいらないから、
それはあんたが全部食べなさいよ」
僕は惣流さんの注文を聴きながら弁当を移し終えて、僕たちは食べはじめた。
「ふぅ 美味しかったわよ 料理作る才能ぐらいは神様も与えてくれたのね」
こういうのも”誉めつつけなせ”って言うのかな……少し違うような気もしないでもない。
僕はこんな恐い所にこれ以上いたく無かったので、梯子を先に降りていった。
「ふぅ……やっと落ち着いた。」 僕は高所から逃れる事が出来たので深呼吸をした。
「ちょっとそこどきなさいよ エッチ!」 惣流さんは梯子から降りようとしたが、
僕がいたのに気づいて怒鳴った。
「あ、ごめん……」 僕は慌てて梯子の下から離れた。
「まったく……あんたみたいなのをむっつり助平って言うのよ」
惣流さんはぶつぶつ言いながら梯子を降りていった。
「きゃあっ」 だが、梯子の錆の侵食が進みすぎている所を踏んだ為か、
惣流さんは足を滑らせてしまい、下に落ちて来たので、僕は慌てて走り寄った。
なんとか受け止める事は出来たのだが、次の瞬間には落ちてきた惣流さんの衝撃のせいで
僕は惣流さんを受け止めたまま屋上に倒れ込んだ。
倒れ込む寸前に後頭部を浮かした為、怪我は無さそうだったが僕は一瞬 気を失っていた。
「ん?」 僕はその時 唇になにか生暖かいものが触れているのに気づいて眼を開いた。
「な、何すんのよあんた!」
惣流さんは僕の身体から上半身を起こすや否や手の甲で唇を拭った。
「え?え?」 僕は惣流さんが怒っているのを見て訳が解らず困惑した。
「もう〜絶対許さないんだから! 責任取りなさいよね!」
惣流さんはヒステリー状態になりながら僕をマウントポジションでぽかぽか叩いた。
「やめてよ 僕は助けようとしただけだよ」
「え? なんか前にもこんな事があったような……x2」
僕は惣流さんとユニゾンで同じ言葉を漏らした。
君が窓の向こうに見る風景……今日のものだと……言い切れる?
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