窓に映るは明日の影


第4話「約束

「ん?」 僕はその時 唇になにか生暖かいものが触れているのに気づいて眼を開いた。
「な、何すんのよあんた!」
惣流さんは僕の身体から上半身を起こすや否や手の甲で唇を拭った。

「え?え?」 僕は惣流さんが怒っているのを見て訳が解らず困惑した。
「もう〜絶対許さないんだから! 責任取りなさいよね!」
惣流さんはヒステリー状態になりながら僕をマウントポジションでぽかぽか叩いた。
「やめてよ 僕は助けようとしただけだよ」
「え? なんか前にもこんな事があったような……x2」
僕は惣流さんとユニゾンで同じ言葉を漏らした。


二人がユニゾンで言葉を漏らし一瞬硬直した時、
無情にも昼休みの終わりを告げるチャイムの音が鳴り響いた。

「やだ……誰も見てなかったでしょうね」
アスカはチャイムの音で正気に帰り、辺りを見回した。
「セーフみたいね……こんなバカと……してたなんて見られたら自殺もんよね」

「助けたのに、バカは無いんじゃ無いかな」
シンジはアスカに上に乗られたままか細い声で異論を唱えた。

「早く離れなさいよ! 汚らわしい」
アスカはシンジの上に座っている事を思い出して叫んだ。

「君がどいてくれないと起きられないよ それに……重いんだ

「ん? 何か言った?」 アスカはシンジの身体から起き上がりながら指を鳴らした。
「いや……別に何も」 シンジはアスカの知られざる一面を見て少し青ざめていた。

「ってそんな事言ってる場合じゃ無いのよ 帰らなきゃ」
惣流さんは起き上がろうとしている僕を置き去りに階段の方に向かっていった。


「さっき、何か思い出しかけてたんだけど……まぁいいか」
シンジは近くに落ちていた弁当袋を手にして階段に向かった。



午後の授業は比較的平穏に終わり、シンジは鞄に荷物を詰めて教室を出た。
「ふぅ……今日はいろんな事があって疲れたなぁ……」
僕は廊下を歩きながら、ついため息を漏らしてしまった。

「んー ……昼間……何かを思い出しかけてたんだけどなぁ……」
そして、昼間の事を思い出した時、僕は顔に血が集まって来たような感覚を覚えた。

(暖かかったなぁ……そうだ!今晩は風呂に入らないぞ……)
僕は密かな決心をして右手を握り締めた。

そして、下駄箱で靴を履いている時 僕は妙な視線を感じて振り向いたが、
そこには、帰宅を急いでいる男子生徒数人しか見えなかった。

「確かに視線を感じたんだけどなぁ……まぁいいや」
僕は靴のつま先を二度程床にあてて靴を履きおえ、鞄を手に校舎を出た。

そして、校門を出ようとした時……

焼却炉の脇から惣流さんが招き手をしている事に気づき、
僕は胸を高鳴らせながら、そっと近づいていった。

「あの……どうかしたの?」 僕は平静を装って声をかけた。
「あんたに釘を刺しておかないと、おちおち夜も眠れないから……」
「へ?」
「要は今日の事を言いふらしたら許さないって事! 解ったわね」
「あ……うん わかったよ」 僕は失意を押さえながら返事をした。
「あの……それだけ?」
「そうよ! 文句ある?」
「いや……無いです」
僕は惣流さんに背を向けて、とぼとぼと校門の方に歩きはじめた。
「それと……あんたが婚約者だなんて、私は認めて無いからね!」

トドメとも言える彼女の言葉に、僕は深く傷つき、
僕は失意を胸に秘めて学校を出た。

「碇君……」
5分程歩いただろうか、周りにいつしか帰宅途中の生徒の姿が見えなくなった頃……
僕は誰かに呼び止められた。

「え?」 僕は一瞬惣流さんかと思って振り向いたが、そこにいたのは綾波レイであった。

「どうかしたの? 綾波さん……」
僕は彼女に呼び止められるような覚えが無いので、少し驚いていた。

「あなたに警告しに来たの……最近なにかいい事無かった?」
綾波さんは哀しそうな眼で僕を見つめて言った。

「え?」
急にあなたにとって幸運と言えるような事が起こらなかった?
不自然なまでに幸運で、しかも……あなたの願望が具現したかのような幸運が……


「幸運な事なんか……無いよ!」
僕は一瞬、惣流さんを助けた事……キスした事とかが頭に浮かんだが、
別れ際のあの一言を思い出し、反射的に答えていた。

「そう……ならいいの……忘れて貰える?」
そう言い残して、綾波さんは去っていった。

「何が言いたかったんだろう……

僕は少しして帰宅して、夕食の準備をする気にもなれず、
自分の部屋のベッドの上でうずくまっていた。

「そりゃ……あんな事になったのは悪かったけど……僕のせいじゃ無いじゃ無いか……」
「別に2回とも見返り欲しさに助けたんじゃ無い……惣流さんだから助けたんだ……
それなのに……あの時もそうだったんだ……  えっ?」
僕は自分が口走った言葉に自分で驚いていた

そして、次の瞬間…… 僕は当時の記憶を思い出す事が出来た。




「ほら、アスカ シンちゃんと遊んでなさい 私たちお話ししないといけないから」
「えー 私の趣味じゃ無いんだけどなぁ〜」
「何、おませな事言ってるのよ あ、シンちゃん よろしくね」

「うん……」
近所にいる他の女の子と、かなりかけ離れたアスカの態度にシンジはどぎまぎとしていた。

「じゃ、あっちのお部屋で遊ぼう」
シンジはいつも自分が遊び道具を置いている部屋にアスカを連れていった。

「んーとねぇ ミニカーとブロックしか無いんだけど、どっちにする?」
シンジは宝物を見せるかのようにおもちゃ箱を開いて見せた。
「ミニカー? 今時こんなもんで遊んでるなんて遅れてるわね」
アスカはおもちゃ箱からミニカーを一つつまみあげて、そして乱雑に箱の中に放り込んだ。
「じゃ、君は何であそんでるのさ」
シンジはムッとしたのかおもちゃ箱を閉めながら答えた。
「そりゃ、ママが買ってくれたフランス製の人形よ 日本製とは縫製のレベルが違うし、
何よりセンスと品位ではフランス製が一番なのよ」
アスカはピンク色の手さげ鞄の中に入れていたフランス人形を取り出した。

「ふらんすって何県なの?」 シンジは人形を眺めながら呟いた。
「はっ フランスの事も知らないなんて、あんた本当に同じ3歳?」
アスカは嘲るかのように上半身を反らして答えた。

「きいた事はあるけど、いった事が無いから知らないだけだよ……
それに、そんな人形どこにでもあるんじゃ無いの? 近所の春日屋にもあるよ」
シンジは人形に少し顔を近づけたが、もう興味が無いとばかりに起き上がりながら言った。

「はん まぁ、あんたなんかに解る訳無いわね」
「別に知らなくてもいいよーだ」
二人はもはや意地の張り合いで喧嘩寸前の雰囲気になっていた。

「しかし狭い部屋ね 良くこんな所に住んでられるわね」
アスカは三畳間を見回しながら言った。
「もういいよ 勝手にしなよ」 シンジは腹を立てたのか、
アスカに背中を向けておもちゃ箱を開けてミニカーをいじり始めた。

「勝手にするわよ ふんっ」
アスカはそう答えてから、何か遊ぶものは無いかと部屋を見渡した。
「あら……あの人形……奇麗ね」
アスカは箪笥の上にあるガラス入りのケースに飾られた人形を見つけて近づいていった。

「もう……そんな高い所にあったらよく見えないじゃ無いの……」
アスカは踏み台を探したが、なかなか都合の良い物が見つからなかった……
とある一つの物以外には……
「ねぇ、あんた……その箱貸しなさいよ」
アスカはシンジのおもちゃ箱を指差して言った。

「え? この箱? ミニカーを見るの?」
シンジは少し嬉しそうにコレクションを見せびらかす為に振り向いた。
「違うわよ 踏み台に使うのよ」 アスカは箪笥の上のガラスケースを指差して言った。

「な! いやだよ!」 シンジは自分の宝物を踏み台にしようなどと言われて、
慌てておもちゃ箱を自分の方に引き寄せた。
「いいわよ ケチ」
アスカはシンジに悪態をついて、再び踏み台を探しはじめた

「もう〜踏み台ぐらい置いときなさいよ……あ……そうだ」
アスカは、何かを思いついたのか、箪笥の引き出しを下から順番に開けていった。
「これでOKね!」
アスカは引き出しを階段のように使って器用に箪笥を登っていった。
だが、シンジはその時 アスカがしようとしている事に気づいてはいなかった。

ようやくガラスケースの中の人形をじっくり見れる所まで上がったアスカは、
しげしげと人形を眺めた。
「へぇ……日本の人形にも奇麗なのもあるわね……博多人形って言うのね……」
そのアスカの呟きを聴いて、シンジはふと振り向いた。

「な、何してるんだよ! 勝手に引き出しを開けて! それに危ないよ」
シンジは慌ててアスカに注意した。
「うるさいわね あんたが踏み台を貸さなかったからじゃ無いのよ」
アスカは7段程もある箪笥の上の方でシンジに怒鳴りかえした。

「よくそんな高い所に上がれるねぇ……まるでおさるさんみたいだ」
シンジは半ば呆れた口調で箪笥の上にいるアスカを見て言った。
「誰がサルだって言うのよ もう許さないからね!」
アスカはシンジをこらしめる為に箪笥から降りはじめた。

だが、一段降りた所で、靴下のせいかアスカは足を滑らせてしまった。
「危ない!」 シンジは反射的にアスカを助けようと箪笥の下に駆け寄った。

ごっち〜ん

シンジはアスカを受け止める事は出来たのだが、額と額を思いっきりぶつけてしまい、
アスカを抱きかかえたまま横に転がってしまったのだ。
額の痛みとショックで一瞬気を失っていたが、なんとか正気に帰った時
シンジは唇に暖かいものを感じた。

シンジが目を開けると、目を瞑ったままのアスカの顔が目の前にあり、少し驚いていた。

アスカの瞼が上がって二秒程経ったであろうか、
アスカは急に前ぶれ無くシンジを両手で突き飛ばしたのだ。

もっとも床の上に倒れていたので、二人の間に少し隙間が出来ただけだったのだが。

「何するのよ 私の大事なファーストキスを奪うなんて!」
アスカは涙をぼろぼろ流しながら起き上がり、シンジをぽかぽか叩きはじめた。
某さとさんが好きそうなフレーズだな

「え? 何で怒ってるの? ねぇ やめてよ」
シンジは必死で助けたのに何故こんなに怒られるのか訳が解らず泣きながら助けを求めた。

異変に気づいた双方の親が駆けつけた時には、
すでにシンジは訳が解らぬまま、将来”責任”を取る約束をさせられていた。
アスカ曰”結婚する人にファーストキスをあげるつもりだったんだもん”
三才児とはおもえないおませぶりだ。

そして、約束の証として、シンジはアスカに一番の宝物であるミニカーを……
アスカはシンジに小さいフランス人形を渡したのだった。
シンジは訳が解らぬまま、おもちゃ箱の底にフランス人形を入れたのだった。


「そうか……そうだったんだ……」
僕はようやく絡まっていた全ての糸がほぐれ、つい笑みを浮かべてしまった。

それと……あんたが婚約者だなんて、私は認めて無いからね!
だが、別れ際の惣流さんの言葉が、再び僕の心を刺し貫いた。

数十秒……僕は涙を堪えていたが……

「約束したんじゃ無いか……そっちの方から約束したんじゃ無いか!」
僕は引越しの際、倉庫に使ってる部屋の段ボールに、子供の頃のおもちゃ箱が
入っていたのを思い出し、隣の部屋に涙を流しながら駆け込み、
段ボールの中から、おもちゃ箱を取り出した。

「約束したのに……約束したのに……あれ?……」
僕は涙を流しながらおもちゃ箱の中にある筈の約束の品を調べたが、
約束の品であるあのフランス人形は入ってはいなかった。

「急にあなたにとって幸運と言えるような事が起こらなかった?
不自然なまでに幸運で、しかも……あなたの
願望
が具現したかのような幸運が……」

その時……綾波レイの言い残した言葉が僕を刺し貫いた。



君が窓の向こうに見る風景……今日のものだと……言い切れる?






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どうもありがとうございました!


第4話 終わり

第5話 に続く!


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