「約束したのに……約束したのに……あれ?……」
僕は涙を流しながらおもちゃ箱の中にある筈の約束の品を調べたが、
約束の品であるあのフランス人形は入ってはいなかった。
「急にあなたにとって幸運と言えるような事が起こらなかった?
不自然なまでに幸運で、しかも……あなたの願望が具現したかのような幸運が……」
その時……綾波レイの言い残した言葉が僕を刺し貫いた。
【
窓に映るは明日の影
】
第5話「
錯綜
」
数分後 僕はベッドに座り窓の向こうの景色を観ながらぼーっとしていたが、
いくらなんでもそろそろ夕食の準備をしないといけないので、のそりと起き上がった。
「どこか別の場所にしまったのかも知れないし……」 僕はニラ豚に使ったが、
まだ残っている豚肉の細切れを使って簡単な料理をしながら考えていた。
その時、何者かの来訪を告げる呼び出し音が鳴り響いた。
「父さんかな……今日は早いな」
丁度料理がほぼ完成し、後は蓋をして少し蒸らすだけだったので、
僕は手早く蓋をして弱火にして玄関に向かった。
「あのーどなたでしょうか?」
この家に不満があるとしたら、
その最たる点はビジュアルフォンで玄関の画像が観れない事だ。
この家を建てた人の趣味かも知れないが、丸い覗き穴しか無いのだが、
わざわざ靴を脱いで覗き穴を観るのは面倒だったので僕は問いかけた。
「私よ シンジ君」
扉の向こうから聞こえた声は聞き覚えのある声だった。
「今、開けます リツコさん」
僕はこれまた旧式なドアロックを解除した。
ドアを開けると両手に鍋を持った赤木博士が現れた。
「あ、こんにちは リツコさん」
「今日は会議で遅くなるから食事はいらないって言ってたから」
リツコさんは両手に持った小さめの鍋を持ち上げて言った。
「いつもすみません どうぞ上がって下さい」
僕はリツコさんをダイニングに案内した。
「あら、いい臭いね この臭いの成分は……」
「リツコさん 化学実験じゃ無いんですから……
今日は中華風のブタバラ入りの卵焼きなんです」
僕はフライパンの火を止めながら言った。
「あら、おいしそう」 蒸す為の蓋を開けてリツコさんは目を細めた。
「リツコさんは何を持って来てくれたんですか?」
勝手知ったるなんとやらで、コンロの上に鍋を置いたリツコさんに僕は問いかけた。
「牛肉24% 卵13% ネギ6%……」
リツコさんは延々と使っている材料を言いはじめた
グラムで言わない所が何と言うか……さすがだ。
「察する所、すき焼きですね」
僕は苦笑しながら答えた。
「正解よ さすがシンジ君ね」
「苦労してますから」
僕たちは笑みを漏らしながら言葉を交わした。
「鍋……買ったんですね 今日はビーカーじゃ無いんですね」
僕は一週間程前の事を思い出した。
実験用の800ccも入る巨大なビーカーにカニ鍋を作って持って来たのだ。
料理用の道具は包丁しか無いとの事だが……
驚いて問いかけて見たものの、
「大丈夫よ 消毒してるから」の一言が帰って来たのには驚いた。
確かに普通の感性の人じゃこんな才女を奥さんには出来ないだろう……
「リツコさんはもう食事したんですか?」
僕はふとその事に気づいて問いかけた。
「いえ、まだだけど?……」
リツコさんは火を止めて鍋を手に振り向いた。
「卵焼きも二人前あるしご飯もあるし、すき焼きまであるし……食べきれませんよ
リツコさんも食べて行きませんか? 少し相談したい事もあるし……」
僕は惣流さんの両親の事を思い出して口を開いた。
「実は……そのつもりだったのよ」
リツコさんは少し恥ずかしそうな笑みを浮かべて笑った。
「じゃ、ごはんよそいますね」
僕も笑みを浮かべて立ち上がった。
十数分後……僕とリツコさんはやや大目のおかずを平らげ、お茶を飲んでくつろいでいた。
「ほんと 美味しかったですよ 今日のすき焼き」
「そう? シンジ君に誉められると自信がつきそうね……」
「これでいつでもお嫁に行けますね」
「ま、シンジ君ったら……」
「コブ付きでいいならうちの父さんなんかどうです?」
「もう……からかわないでよ シンジ君」
「本気ですよ……リツコさんを”母さん”って呼んでも……いいですよ」
「ありがと……その言葉だけで百万の援軍を得たような気分よ……」
「ところで……相談する事があるんじゃ無いの?
なんだかシンジ君……無理して明るく振る舞おうとしてるし……」
「解りますか……実は……」
僕は例の窓の一件は抜きにして、惣流さんとの出会いの事を話しはじめた。
「惣流博士なら確かに知ってるわ……あの人の旧知の友人の筈よ……そういえば、
数年前に帰国したって噂 本当だったようね……」
その言葉を聴き、僕はどこからどこまでが真実なのか解らなくなって来ていた。
「そうか……シンジ君もお年頃だもんね……わかるわかる」
リツコさんは笑いを押さえかねているようだった。
「その……妙な所で納得しないで下さい……」
「アスカちゃんもシンジ君と同い年だったわよね……さぞ奇麗になったんでしょうね
リツコさんはお茶を一口飲んで懐かしむかのような目で呟いた。
「この家に外国に行く直前に惣流さん一家が来たって本当ですか?」
僕はついに核心に触れる事を決意した。
「あの日の事?」
「ええ……」
「覚えてるわよ……
その日はユイさんに頼まれて私がシンジ君を幼稚園に迎えにいったんだから」
「そうだったんですか……」
「ところが、帰る途中に熱を出しちゃって、近くの病院に背負っていったのよね……
で、二時間ぐらいで治まったから家に連れて行ったんだけど、惣流さん一家はもう
碇さんの家を出ちゃってたのよ……その翌々日ぐらいには再び渡米した筈だから、
あなたはアスカちゃんの事を覚えて無くても不思議は無いと思うのよ」
その言葉を聴き、僕は心臓に杭を打ちつけられたかのような衝撃を感じた。
「
じゃ……じゃ……あの約束は……
」
僕は頭を抱えてテーブルの上で人形とミニカーを交換した記憶をリフレインさせていた。
「どうかしたの? 顔色悪いわよ?」
「いや……何とも無いです……」 僕はなんとか平静を取り戻してリツコさんに答えた。
「さて、帰ってもう一仕事しないといけないし、そろそろ失礼するわね」
「じゃ、鍋は洗って置きますんで、明日父にでも持たせます」
「急がなくていいから……どうせ普段は料理なんかしないしね……」
「お仕事、大変なのは解りますけど……身体には気を付けて下さいね」
「あ、忙しいと言えば、来週 シンジ君の学校の物理教師が出張だからって、
臨時講師を頼まれたのよ その時は宜しくね!」
「そうなんですか……じゃ、おやすみなさい」
僕はリツコさんを見送って、洗い物を始めた。
「リツコさんが先生か……そういえば免状も持ってるって言ってたっけ……」
「けど……あの記憶は何だったんだろう……」
その時自分のご飯茶碗を洗っていたのだが、つい取り落としてしまった。
慌てて掴もうとしたが、すでに割れてしまい、僕の泡だらけの手が少しピンク色に見えた。
「早く洗わなきゃ……」 僕は手をお湯にあてて泡を取り除いた。
手を大雑把に拭いて、僕は絆創膏を少し切れてしまった親指に巻きつけた。
「雑菌が入らないように……っと」 僕はゴム手袋をして、割れた茶碗を台所の下の
缶の中に捨てて、洗い物を再開した。
「明日にでも茶碗買って来るか荷物をほどいて取り出さなきゃ……」
だが、荷物をほどくのは嫌だったので、買って来る事を決意してゴム手袋を外した。
「ふぅ……」 僕はため息を一つ漏らして2階に上がった。
「結局……何が何なんだかさっぱり解らないよ……もう寝よ……」
そして、普段通りの数日を僕は過ごしていった。
月曜の朝の1時限目の物理の授業は、
ツコさんが先日言っていたように臨時として教壇に立っていた。
最初の内はリツコさんへの質問が続いたが、手にしていたリツコさん謹製の指し棒が
しつこく質問を繰り返す生徒の前まで伸びて行った後は静かなものだった。
そして1時限目が終わり、2時限目の授業も終わりかけた時、
僕は隣の女子からなにやら丸められたような紙を手渡された。
僕はシャーペンを置いて、その丸められた紙を立てた教科書の影でほぐしていった。
「…………!」 僕は胸の動悸を押さえながらその紙をポケットにそっと忍ばせた。
少し休憩時間が長い2時限目と3時限目の間の休憩時間……僕はそっと教室を出た。
「あのね……私 あの時の事……少し思い出したの……」
人があまり通らない旧校舎への通路に呼び出された僕は、
惣流さんの言葉を聴き、多少どころでは無い驚きを感じていた……
「もしかして……たんすの上に上がって……」
僕はあの時の記憶を思い出して話しはじめた。
「皆まで言わなくていいわ……そうよあの時の事よ……」
惣流さんは思い出したのか少し頬を染めて口を開いた。
「だけど……あの時 僕と惣流さんは会って無かった筈なんだ……」
「はぁ? 何言ってるのよ あんたも私も覚えてるじゃ無いのよ」
惣流さんは聞いてられないとばかりに僕に背を向けた。
「いや……確かに覚えてはいるけど、違うんだ……聞いてよアスカさん」
僕はつい背を向けた惣流さんの手を握ってしまっていた。
「あらあら、シンジ君 いくら婚約者だからって学校じゃダメよ」
その時、後ろから廊下を通って来たらしいリツコさんが僕の肩に手を置いて言った。
「リツコさん……何言ってるんですか……先週言ってたじゃ無いですか……
僕は小さい頃惣流さんに会って無いって……だから婚約者な訳無いじゃ無いですか」
「だから、それどういう事よ 説明しなさいよ あんた!」
アスカも訳が解らないのか、僕とリツコさんを交互に見回して言った
君が窓の向こうに見る風景……今日のものだと……言い切れる?
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だから、アス訪はどうした!
またもや鬼引きよのお
よくやったな・・シンジ
問題無い・・・
おまえには失望した
ここに、何か一言書いて下さいね(^^;
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どうもありがとうございました!
第5話 終わり
第6話
に続く!
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