「あらあら、シンジ君 いくら婚約者だからって学校じゃダメよ」
その時、後ろから廊下を通って来たらしいリツコさんが僕の肩に手を置いて言った。

「リツコさん……何言ってるんですか……先週言ってたじゃ無いですか……
僕は小さい頃惣流さんに会って無いって……だから婚約者な訳無いじゃ無いですか」

「だから、それどういう事よ 説明しなさいよ あんた!」
アスカも訳が解らないのか、僕とリツコさんを交互に見回して言った



窓に映るは明日の影


第6話「寄生



結局収拾が付かないまま休み時間の終わりを告げるチャイムの音が鳴り始まり、
僕とアスカさんは教室にリツコさんは別の教室に向かっていた。

「一言だけ言っておくわね……」 教室の扉に手をかけてこちらを振り向こうともせずに、
惣流さんが話しかけて来た。

「な……何?」 僕は期待半分不安半分で惣流さんの言葉を待った。

「あの時の事を思い出したっていっても……あんたの事認めた訳じゃ無いからね」
そう告げて教室の扉を開け、僕の眼前で乱暴に扉が閉められた時、
僕はこれまで以上の疎外感を味わう事になった。

「あら、シンジ君 そんな所でどうしたの? もう授業始まるわよ」
担任の葛城先生に声をかけられて、僕はようやく我に帰った。
「いえ……何でも無いです」
扉の前で立ち尽くしていた僕は慌てて扉を開けて自分の席についた。


そして授業が始まり、葛城先生がいつものように体験談を交えた楽しい授業も、
今日の僕の耳には届かなかった。

こんなに苦しむのなら……惣流さんとあんな出会いしなければ良かった……
僕は憂鬱な気分の中マイナス思考へと埋没しつつあった……突然頭の中で何かが囁くまでは

「やりなおしたいのかい?」
幻聴だと信じたい……誰かが小声で囁いたんだと信じたい……
だが、クラスの皆は葛城先生の冗談で皆笑い声を上げており、
仏頂面して落ち込んでいるのは自分ぐらいしかいないのだ……
仮に誰かがそんな事を囁いたのだとしても、この笑い声の中 聞こえる筈は無いのだ。

「だ、誰なんです?」 僕は勇気を振り絞って小声で呟いた。
だが、誰かが嘲笑したかのような気配がしただけで、返事は帰って来なかった。

そうこうしている内に4時間目の授業は終わり、校内の全生徒は昼休みを満喫しようと、
購買に走る者がいたり、数人で連れ立って中庭へ弁当持参で行ったりしている中、
僕は一人で自分の席で自分の作った弁当を 飲み物を買いに行く元気すら無かったので、
飲み物なしでもそもそと食べ続けていた。

淡々と食事をしたので、昼休みが25分も残ってしまい、僕はする事とて無く
ただ机にもたれながら、先日来からの事を考えつづけていた。

「碇君 今日週番だった? 葛城先生が呼んでるよ」
名字は覚えているが下の名前ははっきりと覚えてはいない、
書道部に在籍している同級生の女の子が僕の席の前に来て用件を告げた。

「葛城先生が? ありがと」 僕は平静を装って立ち上がった。
「あ、そうそう たまには書道部に顔出してよね 一級までいってるのに書道部員じゃ無い
って言うの先生気にしてるんだからね」
美術の時間の選択を書道にしたのが運のつきか何故か書道の教師でもある顧問に気に入られ
入部は断ったのだが、毎月書道を居残りでやらされては、それをほぼ独断で高校生対象の
級や段を発行している書道雑誌に送られてしまい、いつの間にやら一級になっていたのだ。

「芦名さん……だったよね 今月の分はもう書いたと思うんだけど……それに家事とかを
しなきゃいけないし、今度父さんが食事当番の時にでもお邪魔するって言っといて欲しい
んだけど……」

「碇君がその気になれば……少なくとも一年生の時に入部してたら今ごろ部長よ 部長」
一応彼女が書道部長なのに、何故僕にこだわるのかは良く解らなかった。

「あっそうだ呼ばれてたんだった それじゃ……」
僕は暗に話を終えようとしたのだが……
「ねぇ……惣流さんは止めといた方がいいと思うの……彼女派手な性格だし……
碇君みたいな繊細なタイプじゃ苦労すると思うの」
僕はその言葉に驚き彼女の方を振り向いてしまった。

「ど……どうして」
「どうしても何も私の席は碇君の斜め後ろよ……いつも彼女を見てるのぐらい知ってる
わよ……最近なんか碇君暗いし……彼女に弄ばれてるんじゃ無いかと思って……
それだけ 行ってよし!」 芦名さんは笑いながら僕の背を叩いて言った。

「彼女もある意味苦手なんだよなぁ……」
僕は内心呟きながら教室を出た。
だが、さっきまで底辺の辺りまで落ち込んでいたのが、
彼女と話した事で少し気分が楽になって来ているのに僕は気付いた。
「励ましてくれたのかな……また部室にワラビもち作って差し入れしようかな……」
書道とワラビもちは私の体験だ(笑) 切り売りって感じ

「失礼します」
僕は一声かけて職員室の中に入っていった。
この学校の職員室はテスト前こそピリピリした雰囲気に包まれるが、
普段はいたってのんびりした感じなので呼び出されても緊張せずに済むのが有り難かった。

「あ、来た来た じゃちょっと出ましょうか」
葛城先生はリツコさんと話していたが僕に気付くとリツコさんと二言程会話をかわしてから
僕の方に歩いて来た。

「は、はぁ……」 僕は葛城先生に導かれるまま廊下を出て2ブロック先にある
生徒指導室に入っていった。

「あの……僕 何も悪い事してませんけど……」
生徒指導室は不良(死語)が先生に呼び出される場所と言う風に思っていたので、
僕はつい緊張して、弁解を初めていた。

「そんなんじゃ無いから心配しないでいいわよ 職員室じゃ話しづらいかなって思って」
葛城先生は笑いながら腰かけて、僕にも座るようにジェスチャーした。

「さて……ここ数日授業に集中してないっていろんな先生方から聞いたのよねぇ〜」
葛城先生は笑みを浮かべたままキーホルダーを指で弄びながら言った。
「う……」 思いっきり思い当たる節があった僕は絶句してしまった。
「あ、責めてる訳じゃ無いのよ ちょっとその理由を聞きたかっただけ……」
葛城先生はクルクルと回して弄んでいたキーホルダーをパシっと手のひらで握りこんだ。

「ちょっと……言えません」
これまでの事を洗いざらい喋ったら僕は変人扱いされるだろう……

「そう言うと思ったわ」
「はぁ……」

「ダイヤルダイヤルダイヤルダイヤル まっわっしてっ かかったかかった
もーしもーし どしたどした 青少年相談室っ」
葛城先生はあまりにも寒い替え歌を歌いはじめ、僕はじと目でそれを見守っていた。

「さぁ青少年の青い……もとい淡い悩みをこのおねーさんにっ
洗いざらいしゃべりやがれコンチクショー

「誰がおねーさんだよ ずうずうしい……」

あのリツコさんの大学時代からの親友だけあって相変わらず壊れているなぁと
僕は苦笑を漏らしてしまった。

中学生になって葛城先生が担任になる前から、リツコさんの研究室で何度も会って話した
事があったので、もしかしたら本当に葛城先生はおねーさんを気どっているのかも知れない。

「あらあら小学生の時は反抗なんてしなかったのに……お姉さん哀しいわっ」
「もう、それはいいですから……教師と生徒として話しませんか?」

「そうね……リツコからちょっと話を聞いたのよね……シンちゃんたらやたら暗いし、
こりゃ何かあるなって思ってはいたんだけどね……」

「少しの間……そっとしておいて貰えませんか?授業にはもっと集中するようにしますから」

「そう……ま、少し元気になったみたいだし、今日の所はこれで良しって事にするわ」
「ありがとうございます」
「けど、本当に困った時は私かリツコに相談しなさいよ」
「伊達に年は喰って無い……ですか」
「こぉら そういう言い方は無いでしょ……あっともうお昼時間終わっちゃうわね……」
「それじゃ失礼します」
「また、リツコの所に遊びに来なさいよ あ、あのワラビもち また今度食べさせてね」
「はい そうします」

僕は生徒指導室の前で葛城先生と別れて、教室へと向かって歩いていた。

「ワラビもちか……書道部は6人分……リツコさんとこは4人分もあればいいか……
明日まとめて作って持って行こうか……どうせ材料費は500円もかからないし」
僕は意図的に惣流さん以外の事を考えながら教室に辿りついた。

そして午後の授業が始まり、僕は惣流さんの事を頭から振り払う為に授業に集中した。

「今日 碇君は週番じゃ無かったんだね どうして先生に呼ばれたの?」
葛城先生のホームルームも終わり、生徒が帰り支度を始めた頃、僕は芦名さんに呼び止め
られた。

「うん……ちょっとね……あ、明日は父さんの当番だから明日にでも書道部に顔を出すよ」
「ほんと? じゃワラビもちは?」
「今日作って明日持って行くよ」
「悪いわね 碇君……なんか催促したみたいで それじゃ」 芦名さんは苦笑しながら、
いつもの書道用具の入った黒い鞄を手に教室を出ていった。

「さて、僕も帰るかな……」
僕は鞄を手に立ち上がった。

「ワラビもちって何よ……」
出来るだけ意識しないようにしていたので忘れていたが、
惣流さんが僕の方を向いて先程の会話を聞いていたのか、問いかけて来た。

「え……ワラビもちを知らないの?」
僕は少し驚きながらも問いを返した。

「……」 惣流さんは黙って頷いた。

「あ、そうか海外生活が長かったから知らないのか……あの……良かったらなんだけど、
今日ワラビもちを作って明日持って来る予定なんだけど……惣流さんも食べてみる?」
僕は恐る恐る話しかけた。 
かなり度胸が必要だったが、これ以上惣流さんから逃げる事は辛かったのだ。

「どうしてもって言うなら食べてあげてもいいわよ……じゃ」
そう言って惣流さんは教室を出ていった。

「よ……よし!」 僕は意気込んで教室を出て、スーパーに立ち寄りワラビもちの材料と
今晩の夕食の材料を買い求めてから帰途についた。

まず、夕食の為の煮物を下準備し鍋に放り込んでから、
僕は大きい角トレイを取り出し、ワラビもちを作りはじめた。
もっとも食べられるような硬さになるには時間がかかるのでここまで進めておけば、
明日の朝 角トレイの中から切り出したワラビもちを包丁で切りそろえて、
きなこをまぶせば出来上がるのだから簡単なものだ。
「おっとつまようじ足りるかな……大丈夫か……」
僕は惣流さんが僕の作ったわらび餅を食べる姿を夢見て料理を続けた。


そして翌朝 僕は書道部用のわらび餅は鞄に 入りきらなかった惣流さん用のわらび餅
を入れたパックを手に登校していた。

「おい、そこのおまえ!」 校門をくぐった時、僕は誰かに呼び止められた。

「え?」 僕はどこから呼ばれたのか解らず周りを見渡した。

「おまえが碇だな……」
校門の脇の木の下に澄ました顔の同学年らしい男子と、先程から僕に話しかけている
これまた同学年のようだが、かなり体格が大きく身長が2M近い大男の姿が見えた。

「ええ……何か……」 僕は訳が解らずそろりそろりと近づいていった。
この学校ではあまりいじめは顕在化しておらず、しかも大勢登校している所で
何か行動を起こすとは思えなかったから近づいたのだが……

「これか? アスカ様に献上するなんたら餅ってのは……」
大男が僕の手から図体の割には素早く惣流さん用のわらびもちの入ったパックを取り上げた
「ふん こんな貧乏臭い食べ物をアスカ様にだとう? ふざけるな!」
澄ました顔をしていた男子がパックごと地面に叩き落とし土足で踏みにじった。

「あっ……」
惣流さんに食べて貰う為に作ったわらび餅が目の前で踏みにじられているのを見ている内に
心の奥から怒りの想念が沸き上がって来るのを感じたが、僕は慌てて自制した。

「俺は春日 こいつは未神だ……文句があったらいつでも来な」
二人は怒りを押さえかねている僕の前を背を向けて悠々と歩いていった。
某春日ているさん 某未神シュンさん こういうキャラになりました ごめんね(爆)


「くやしいかい?……それなら、手を貸してあげるよ……」
その時、昨日感じたのと同じように頭の中で何者かの声が響いた。



君が窓の向こうに見る風景……今日のものだと……言い切れる?





御名前 Home Page
E-MAIL
作品名
ご感想
          内容確認画面を出さないで送信する


どうもありがとうございました!


第6話 終わり

第7話 に続く!


[第7話]へ

[もどる]