土曜日は引っ越しの時の荷物の整理等であっと言う間に終わり、
風呂に入ってベッドに横たわった時、明日の事を思い出した。
「デートか……はぁ」
僕はベッドの上で惣流さんと誰かの事を考え、寝つけぬ夜を過ごした。
そして日曜日……午前九時……
「どうして、ここに僕がいるんだろう……」
僕は二子山ランドのゲート前に一人佇んでいた。
【
窓に映るは明日の影
】
第8話「
冠毛
」
「9時丁度か……」 僕は腕時計のアラーム音を聞き、焦燥感を募らせた。
惣流さんとのデート……嬉しく無い訳が無い……
だけど、今の惣流さんとの関係で、楽しい一日を送る事が出来るだろうか……
そう……まさかこんな事になるとは思わなかったんだ……
話は昨日の土曜の夜7時に遡る。
「ごちそう様」
今日は休日だった事もあり、久しぶりに父と同じ時間に夕食を終え
僕は洗い物をする為に立ち上がった。
「あ、父さん 冷蔵庫にワラビ餅入れてるんだけど、食べる?」
僕は洗い物しながら父さんに話しかけた。
「ん? そうだな 貰おうか」
父さんは缶ビール二杯で酔っぱらていて、真っ赤な顔をして冷蔵庫の扉を開けた。
「おまえはいいのか?」
「うん」
「ふぅ……」
僕は洗い物をしながら、明日 惣流さんとデートする幸運な男の事を想像していた。
「べ……別に付き合うって訳じゃ無いだろうし……」
「それに、断りきれないって感じだったし……」
「はぁ……」
僕は小声でぶつぶつ呟いてはため息をついていた。
「惣流アスカとデートしたいのか?」
その時 あの声が頭の中で鳴り響き、反響していた。
だが、その問いに「否」と即答する事が僕には出来なかった。
「そうか……したいんだな……」
「う……」 僕はその誘惑に抗えなくなって来ていた。
「おまえだって本心では アスカとデートしたいんだろう?」
心を見透かすその声に僕の理性は
ゆらゆらと風にそよぐタンポポの冠毛のように今にも吹き飛ばされそうだった。
「……」 否とも応とも言う事が出来ず、僕は考えるのを止めた。
「ま、明日を楽しみにしているんだね」
そう言い残して、頭の中で囁くような声は消滅した。
「痛っ」
僕は先程の事を忘れる為に一心不乱に洗っている時、縁の欠けた皿で指を切ってしまった。
幸い傷口は小さく、絆創膏をすればすぐ治る程度のもので済んだ。
「ごめん 父さん 絆創膏取ってくれない?」
「ああ ちょっと待て…… どれどれ?」
父さんは絆創膏を取り出して、袋を破いて僕の処に持って来た。
「たいした事は無いと思うけどね」
「すまんな……」 父さんは絆創膏を張った僕の指先を撫でながらぼそりと呟いた。
僕は何と答えて良いものか逡巡していた。
その時、玄関に置いてある電話の音が鳴り響き、僕は我に帰った。
「出るよ」 僕は父に一声かけて玄関に向かった。
「はい 碇です」
この家に引っ越してから電話は数える程しかかかって来なかったので、
僕は内心リツコさんだと思っていた。
「あ、洞木だけど……夜分失礼します」
電話の相手は予想外にも委員長の洞木さんであった。
「あ、こんばんは どうかしたの? 連絡網はケンスケからだったと思うけど……」
僕は突然の洞木さんの電話の真意が掴めずに頭を捻った。
「連絡網とは関係無いの……ちょっと碇君にお願いがあるんだけど……」
「お願い?」
「実はアネキの友達と惣流さんとで、明日 二子山ランドに行く予定だったんだけどぉ
さっきそのアネキの友達から電話があって 酷い下痢で行けそうも無いって言うのよ
オープン記念で貰った券だから有効期間もあまり残って無くて……
もし、良かったらだけど 明日9時に二子山ランドに来て貰える?」
昨日 洞木さんと惣流さんの話を立ち聞きしていた事を知らない筈は無いのに、
このような形で気を回してくれる洞木さんに僕は手を会わせたい気分だった。
「ぼ……僕がですか?」
「他に頼める人がいないのよ 私は明日 家族で出かけないといけないし……」
「あの……僕が行く事……惣流さんはOKなんですか?」
僕は恐る恐る 懸念の一つを問う事にした。
「勿論よ じゃ、それで大丈夫?」
「はぁ」
内心では小躍りしていたが、僕は何でも無い事のように答えた
そして、話は冒頭に立ち返る。
* * *
「遅いな……」 時計はすでに9時12分をさしていた。
着慣れぬ薄手のパーカーをはおり、時折拭いて来る強風をしのいでいた。
二子山パークは その名の通り二子山をまるまる使った遊園地である。
入り口は市街に近い方の山の登山口にあり、出口はもう一方の山の登山口にあった。
山と山とは無料のモノレールで結ばれていた。
遊園地と言うよりはテーマパークに近い構成ではあったが、
山を使うと言う事で、どうしてもアスレチックや遊園地的な施設がメインとなっていた。
「待った?」 僕が施設を下から見上げていると、惣流さんが背後から声をかけて来た。
「あ……その……いえ」 僕は振り向いて 、”今着いたばかりだ”
と答えようとしたが咄嗟の事に口ごもってしまっていた。
その理由は 惣流さんの薄いイエローのワンピース姿に見入ってしまったからだ。
「言っておくけど、あんたは あくまでも代打なんだからね」
そう言ってから 惣流さんは僕に背を向けてゲートの方へと歩いていった。
洞木さんからあずかっていたと言うチケットを惣流さんが提示して、
僕たちは二子山ランドの敷地内に入った。
「最初の施設まで200メートルも歩くの?」
惣流さんは建設中のエスカレーターを横目に見ながら 先頭を切って坂を登っていった。
最初に代打宣言してから、惣流さんは僕に口を開こうとせず、
僕は少し居心地の悪い思いをしながら、惣流さんの数メートル後ろを歩いていた。
その時、今朝から続いていた突風が、山道を上がる僕たちの横から吹きつけて来た。
「きゃっ」 草色のスカートが風に舞い、惣流さんの後ろを歩いていた僕は
惣流さんの淡いブルーのストライブの入ったパンティーを見るとも無く見てしまった。
「見たわね……」 風が落ち着いた途端、スカートを手で押さえた惣流さんが振り向いた。
「え……その 今のは僕が悪い訳じゃ……」
僕は風の仕業まで僕のせいにされちゃたまらないとばかりに反論しようとした。
「問答無用! その脂下がった頬が証拠よ! こらしめてやる」
惣流さんが追いかけて来たので、僕は坂の下に逃げ出した。
「ちょっと待ちなさいよ せっかく登って来たのに、なんで降りるのよ」
半分程降りた処でスピードが落ちた頃、惣流さんが叫んだ。
「だって、追いかけて来るからじゃ無いか……」
僕は少し歩速を弱めながら言った。
「プッ ほんと……馬鹿ねぇ」 惣流さんは笑いを堪え切れなくなったのか、
笑みを噛み殺しながら言った。
これまでお互い張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、
僕たちはクスクス笑いながらさっき降りてしまった坂道を再び登っていた。
二子山の片方の山の施設をほぼ回った僕たちは 山頂にあるレストランに向かっていた。
「どうでもいいけど、いい運動になるわね」
「来年までにはエスカレーターとかが整備されるそうだけど……」
「見なさいよ 向こうの山」
惣流さんは屈託の無い顔で 向かい側の山を指差して言った。
「うわ……あれは恐そうだ」
これまでの施設はテーマパーク的な色合いが濃かったが、向こう側の山では
今目の前を 凄い角度で滑りおりていった
山の斜面を利用してのジェットコースターと言う事もあり、
これまで体験した事の無いレベルのスリルと言うのが売りの施設のようだ。
「取り合えず お昼ご飯食べましょ」
惣流さんはそう言ってレストランへの階段を上がっていった。
「う……うん」
僕はこれほどまでに幸せな時をこれまでに味わった事が無かった。
僕たちは窓際の二人用の席に座り(そこしか空いて無かったから)、
メニューを開いた。
「一応、これはデートなんだから 当然食事は男性持ちよね」
「そ……そういうもんだよね……」
「じゃ、遠慮無く美味しい物たべよ」
惣流さんは僕の顔色を伺いながら言った。
「う……うん」
断れる訳が無いのに……意地悪だ。
僕は緊張をほぐす為、運ばれて来た水を飲もうとグラスを持ち上げた時、
水の表面にゆらゆらと何かが映し出された。
そう……恐らくは今日この場所にいたに違いない男性が苦しんでいる姿が……
君が窓の向こうに見る風景……今日のものだと……言い切れる?
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第8話 終わり
第9話
に続く!
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