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ファーストインパクト
Episode 01 -巫女-
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<西の国>
人類と使徒が最後の決戦を行うこととなった21世紀。その運命の時代から遡ること遥
か昔。まだ人類が、神に心を開き神の力を借りて生きていた時代の物語である。
パチパチパチ。
民の人望を集め西の国全土を統一する巫女、惣流キョウコは、今日も祭壇の前に座り亀
の甲羅で占いをしていた。
「キョウコ様、なんと?」
「とても不吉なことが起ころうとしています。」
「不吉なこととは、何でしょう?」
「まだ、詳しいことはわかりません。ただ近い将来、何かが大きく変わるでしょう。」
キョウコが占いを行う時、最も信頼をおいている葛城ミサトを、いつも側におくことに
している。
「まさか、この西の国に何かが?」
「まだぼやけていて、はっきりしたことはわかりませんが、おそらく・・・。」
キョウコ,ミサトなど、この時代に地を駆け,戦い,名を轟かせた英雄達は、遥か時を
経て、再び人類救う為この世に生を受けることとなるが、それは遠い未来の話。
パチパチパチ。
更にキョウコは、占いを続けながら語り続ける。
「強大な力が動こうとしています。」
「強大な力とは何でしょう?」
「闇の力、神の力、多くの力が見えます。」
「術使いのことでしょうか?」
術使いとは、神に与えられた特別な力、もしくは闇の力を使うことができる、ごく限ら
れた人間のことである。
「はっきりとはわかりませんが、危険な人物が災いをもたらすかもしれません。この先、
世の動きに注意しておいて下さい。」
「はい。」
今日の占いはそこで終わった。ミサトは、キョウコの言葉を伝えるべく、豪族が集まる
集会場へと足を進ませた。
強大な力・・・。
わたし達の国に・・・何が・・・。
ミサトは長年キョウコに仕えてきたが、この様な不吉な占いを聞かされたのは始めてだ
った。
<集会場>
集会場には、本日行われたキョウコの占いの結果を聞こうと、幾人もの西の国を分割統
治する豪族が集まっていた。
「今からキョウコ様の占いの結果を伝えます。」
神妙になりミサトの言葉を聞く豪族達に、ミサトは先程キョウコが口にしたことを包み
隠さず発表した。
「その災いとは、何が起こると言うのだ?」
動揺を隠せない豪族達を代表する様に、彼らの取り纏め的存在であり最も力を持つ豪族
の長であるキールが、真っ先に声を上げる。
「まだこれ以上詳しいことを、キョウコ様は何も言っておられません。ただ、危険な人
物が災いをもたらすかもしれないとだけ、言っておられました。」
曖昧な占いの結果に、豪族達の動揺は更に高まっていく。そんな中、キールは鋭い眼光
でミサトをに睨みつけていた。
「では、キョウコ様のお言葉は伝えました。解散して下さい。」
『まさか、東の国が攻めてくるのでは・・・。』
『神々の怒りに触れてしまったのじゃろうか?』
『まだ災いと決まったわけではないのだろう?』
『そうだ、英雄が現れるのかもしれん。』
などなど豪族達は、口々に推論を言い合いながら立ち去って行く。その様子を見ていた
ミサトは、少し発表が早かったかとも思うのだった。
<キールの館>
蝋燭を1本だけ灯した暗い部屋で、キールは最も信頼のおける部下、”影”を呼びつけ
ていた。
「キョウコが我々のことに、気付いたかもしれぬ。」
「しかし、今キョウコがいなくなると、国がまとまりませぬが?」
「いや、跡継ぎがいれば問題ない。」
「アスカですか? まだ若すぎませぬか?」
「キョウコに比べれば、御し安かろう。」
「確かに・・・。」
「キョウコを消せ。」
「はっ!」
影はキールの命令を受けると、突然どこからともなく現れた黒い霧の中へと姿を消して
いった。
<川辺>
ある夕暮れ、町でいくつかの買い物をした少年が川辺をゆっくりと歩いていた。その出
で立ちから、町の者でないことは一目でわかる。
「喉が乾いちゃったなぁ。」
この道を真っ直ぐ行った所にある雑木林の向こうに、綺麗な滝が流れ落ちている滝壷が
ある。少年は少し寄り道をして、そこで休憩していくことにした。
ん? あれは?
林の草木を掻き分け滝壺まで辿り着いた少年の目に、天女のごとき少女が、一糸纏わぬ
姿で赤い髪を洗っている姿があった。
「き、綺麗な娘だなぁ・・・。」
そのあまりの美しさに、我を忘れて立ちすくんでしまった少年は、身を隠すでもなく、
ただただ少女の姿を見つめ続ける。
「!!!」
なんとなく視線を感じた少女が、ふと視線を上げると目の前の林に自分を見ながら立っ
ている少年の視線とパチリと鉢合わせする。
「キャーーーーーーー!」
「あっ! あの・・・ぼくはっ!」
「エッチっ! 痴漢っ! 変態っ! 信じらんないっ!」
「あっ、だから、ぼくはっ!」
「キャーーーーーーー!」
少女は川底にある石を次々と掴むと、その少年に向かって次から次へとほおり投げて始
める。
「だから、ぼくはそんなつもりじゃなくて・・・。」
次々と飛んでくる石を軽く手で払いのけながら、必死で弁解しようとするが全く聞いて
貰えない。
「あ、あの・・・衣・・・。」
少年は、川辺に畳んで置いてあった少女の衣とその上にある首飾りを手に取り手渡そう
とするが、少女は首まで水に浸かったまま石を投げるばかり。
「勝手に人の服に触るんじゃないわよっ! 変態っ! 痴漢っ! キャーーーーっ!」
「アスカ様っ! アスカ様っ! どうされたんですかっ!」
そうこうしているうちに、その少女の付き人らしき幾人もの女性が、どたどたと走り寄
って来た。
あっ、まずいなぁ・・・。
痴漢と勘違いされちゃうよ。
このままここにいてはまずいと思った少年は、少し名残惜しそうに少女を見ていたが、
やむなく林の木に飛び乗り、風に紛れて姿を消してしまった。
「どうなさいました。アスカ様」
「アンタ達っ! どこ見てたのよっ! 痴漢が現れたじゃないっ!」
「そんなはずは・・・。この滝壺の周りをぐるりと見張っていましたので、猫の子1匹
入れるはずがございません。」
「だって、あそこにっ! あれ?」
「こんなに大勢の付き人が駆け寄って来たのに、その様な人物を誰も見てないんですよ?
何か見間違わられたのでは?」
「そんな・・・。」
「さぁ、そろそろ衣を着て下さい。戻りましょう。」
「え・・・ええ。」
とても幻を見たとは思えないアスカは、納得ができない物を感じながら、川辺に置いて
いた衣を身に纏う。
これが、現世,来世共に自分に大きな影響を及ぼすこととなる少年・・・碇シンジと惣
流アスカとの運命的な最初の出会いであった。
あれ? 無いわ・・・。
衣を身に纏ったアスカは、一緒に置いていたいつも首から掛けている首飾りを探すが、
どこにも見あたらない。
そんな・・・あれは・・・。
あれをなくしたら、ママに怒られちゃうよぉ・・・。
その後、侍女も交えて川辺を必死で首飾りを探したが、結局それはどこにも見あたらな
かった。
<獣の山>
「遅かったのぉ。」
「はい。ちょっと、水を飲みに川へ寄ってたもので。」
「時間を無駄に使ってはいかんのぉ。」
「すみません、先生。」
先生と呼ばれた老人は、杖を付きながら軽くシンジのことを叱咤する。この老人は、以
前は世界に名を轟かせた仙人だったが、今は2人の弟子をこの山で育てている。
「では、修行をしてから食事にせよ。」
「先生っ! そろそろ、新しい極意を教えて下さいっ!」
「うむ。それは、修行の中で掴む物じゃ。人に教わる物ではない。」
「先生っ!」
「いつもの様に、薪を割って精神統一をするのじゃ。良いな。」
「毎日毎日薪ばかり割ってるじゃないですかっ!」
「それでいいのじゃ。それで・・・。」
近頃毎日の様に新しい極意を教えて貰う様に懇願するシンジだったが、先生に取り合っ
て貰えないでいた。
こんなこと毎日してたって、何の修行にもなんないよ・・・。
薪割りばかり上手くなったって仕方ないじゃないか。
シンジはブチブチ言いながらも、先生に言われた通り山の中に立てられた小屋の前のわ
ずかな空き地で薪を割り始める。
「ん?」
薪を割っていると、なにか懐に違和感を感じた。シンジは何だろうと、手をつっこんで
取り出してみると、それは夕方滝壺で見た綺麗な娘の首飾りだった。
あっ! これはっ!
持って来ちゃったんだ・・・。
大事そうな物だな、返しに行かなくちゃ。
「おうっ! シンジ。今日は美味いもん買ってきてくれたか?」
首飾りを見ながら滝壷の少女のことを思い出していると、気さくに声を掛けてきた黒い
服の少年がいた。幼い頃から共に修行してきたトウジである。
トウジは術を使う力は無かったが、いくつかの土の精を召還することができる。それも、
また1つの特別な力であった。
「いつもと同じ、先生に言われた物だけだよ。」
「ほーかいなぁ。世の中には、カブト虫の幼虫よりごっつ美味い物があるっつー話やで。」
「そんなこと言っても、先生がこれが一番いいっておっしゃってるから。」
「ほないなことあるかいな。美味いもんはやっぱ美味いんや。わかるか?」
「そりゃぁ、わかるけど・・・。」
もっともなことを言うトウジにシンジは半分呆れながらも、食べ物のことを熱く語り出
すと何を言っても無駄なことを知っている為、適当に返事を返す。
「それより、トウジ。ちょっと、また町に行ってくるよ。」
「町? なんでや?」
「お屋敷に用事があるんだ。」
「お屋敷? あそこへは近寄ったらあかんって、先生がいつも言っとるやないか。」
「大事な用なんだよっ。それじゃ!」
「あっ! シンジっ! もうすぐ飯やどっ!」
「それまでには帰るよっ。あっ、ぼくの薪もお願いねっ!」
「げぇぇ、マジかいなぁ。」
自分の割る分の薪をトウジに無理矢理押付けたシンジは、闇に紛れて再び山を降りて行
くのだった。
<キョウコの館>
丁度シンジが薪割りをしていた頃、アスカはお屋敷の中でも最も豪華な建物であるキョ
ウコの館に呼ばれて、こっぴどく怒られていた。
「巫女の象徴とも言うべき首飾りを無くすとは、なんたることですかっ!」
「ごめんなさい、ママ。」
「ママではありません。わたしは、この国の巫女です。」
「はい、キョウコ様。」
キョウコは常日頃から、公的な場所で話をする時や巫女として話をする時、例え血を分
けた愛娘であろうとも、師弟の関係をおろそかにしないでいた。
「あれがどんなに巫女にとって大事な物かわかっているんでしょうねっ!」
「はい・・・。」
最も尊敬する師であり最も愛する母親のキョウコに、烈火のごとく怒られたアスカは、
しょんぼりとして頭を垂れていた。
「明日、日の出と共にもう一度探しに行ってきなさい。見つかるまで戻ってきてはなり
ません。」
「はい・・・。」
予想はしていたが、巫女の首飾りをなくしてこっぴどく怒られたアスカは、半分泣きそ
うになりながら、トボトボとキョウコの館を出て行くのだった。
<お屋敷>
高い塀の上に飛び乗ったシンジはいくつもの屋根を飛び移って、滝壷で見た少女の姿を
探していく。
あっ、いた。
何度みても、綺麗だなぁ。
丁度その時、アスカは寝る時に着る白い衣に着替えている途中だった。シンジは屋根裏
から、その白い肌と美しい顔に見とれながらゆっくりと部屋へ降りる。
「あの・・・これ返しにきたんだけど・・・。」
ビックー!
ほとんど裸に近い状態だったアスカは、突然背後から男の子の声がしたので、身体を傍
目にもわかる程振るわせ驚いて振り返る。
「ぼくが持って行ってしまったみたいなんだ。」
「ア、ア、ア、ア、ア、ア・・・。」
突然現れたシンジの方を人差し指でさして、口をぱかぱかと開け瞳を見開いたまま、音
にならない声を上げる。
「それじゃ、これ返すから。」
「いやっ! キャー・・・むぐむぐ。」
シンジが首飾りを持って近づいて来たので、両手で胸を隠して悲鳴をあげようとしたが、
そのまま抱き付かれ片手で口を押さえられてしまう。
「大きな声出さないでよ。また、人が来るじゃないか。」
「むがむがむがっ!」
半裸の身体を見知らぬ少年に抱きすくめられ、しかも口を押さえられたアスカは、もが
もがとうめきながら抵抗するが、シンジは気にした様子も無く首飾りを手渡した。
「これ。返したからね。また遊びに来るよ。」
「もがもがもがっ!」
「それじゃ。」
それだけ言った後、アスカから手を離したシンジが部屋の隅へ戻ろうとした時、アスカ
は、悲鳴をけたたましく張り上げた。
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ! へんたーーーーいっ!」
「うわっ! 大きな声出しちゃ駄目だってっ!」
「アスカ様っ! どうなされましたかっ!」
アスカの悲鳴を聞きつけた侍女が、どやどやどや集まってくる。その間もアスカは、こ
れでもかというくらい悲鳴を上げ続けていた。
「アスカ様っ! 大丈夫ですかっ!」
「アイツよっ! 夕方に見たのって、アイツよっ!」
「アイツ? 何処に、そのような者がいるのですか?」
「へ?」
ふと見ると指を差している所には壁しかなく、シーンと静まり返っている。
「逃げたのよっ! すぐにお屋敷を探しなさいっ!」
「はぁ・・・。」
アスカに命令された侍女達は、その後屋敷の中をくまなく探索したが、これといって怪
しい人物は発見できなかった。
<獣の山>
シンジは上機嫌で、山の木々の間を風に乗って軽快に飛びながら小屋へ向かって帰って
いた。
やっぱ、かわいいよなぁ。
でも、どうしてあの娘、いつも大きな声出すんだろう?
今度、静かに話がしてみたいなぁ。
のんきなことを考えながら、シンジが小屋まで帰り着くと、先生が杖を持ってシンジを
出迎える。
「先生、ただいま。」
「シンジよ。何処へ行ってたのじゃ?」
「ちょっと、届け物を・・・。」
「お屋敷に行ったのじゃな?」
「はい・・・。」
「愚か者っ! あれほどあそこには近づくなと、言ってあるじゃろうっ!」
「でも、あそこに住んでる娘の物だったから、仕方無いじゃないですかっ。」
「例えどの様な理由があろうと、まつりごとを行う者の所へ行ってはならんっ!」
「どうしてですかっ? いつも世の中を広く知らなければいけないって言ってるのに、
どうしてあそこにだけは行ってはいけないんですか?」
「ならぬものはならんのじゃ。よいな。」
「そんなの、わかんないよっ!」
「シンジっ!」
「ぼくは、あの娘にまた会いたいんだ。そんなのわかんないよ。」
「愚か者っ!!」
次の瞬間、先生の手から伸びた太い草のツルが身体に巻き付いてきた。シンジは、なん
とか逃げようとするが、時既に遅くグルグル巻きにされ木の枝に吊るされてしまう。
「どうして、こんなことするんだよっ!」
「今晩は、そこで反省するのじゃ。さすれば、少しはわかるだろう。」
「わかんないよっ! そんなのわかんないよっ!」
「お前も、まだまだじゃな・・・。」
先生が自分の小屋へと入ってしまったので、残されたシンジは夜空を見上げながら、赤
い髪の娘のことを思い出すのだった。
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翌朝、シンジは日が昇ると同時に、嫌な予感がしてならなかった。いつになく胸騒ぎが
して仕方がないのだ。
何かが、町で起ころうとしてる。
あの娘を助けに行かなくちゃ。
ぼくが守らなくちゃ。
そんな想いがどんどん強くなってきたシンジは、ツルから縄抜けすると風に乗って山を
降りて行くのだった。
To Be Continued.
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