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ファーストインパクト
Episode 02 -闇中の真実-
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<キョウコの館>
ある日のこと、朝から身体の具合が悪かったキョウコは、ミサトに薬剤師を呼んできて
貰う様に頼み、自室で大人しく横になっていた。
コンコン。
「ミサトですか?」
「薬剤師の者ですが、宜しいでしょうか?」
「そうですか。ミサトが呼んで来てくれた方ですね。どうぞお入り下さい。」
「失礼します。」
巫女の館に男性が出入りできるのは、この様に巫女が病に臥せったなどの極限られた時
だけである。
「診察を始めますので、楽にしていて下さい。」
「宜しくお願いします。」
薬剤師はキョウコの診察をした後、持ってきた薬箱から幾つかの薬草を調合し薬を作り
始めた。
「これをお飲み下さい。すぐに良くなると思います。」
「そうですか。ありがとうございます。」
キョウコは、薬剤師から受け取った薬を水に溶いて喉に通した。
「いかがですかな。」
「・・・・・・な、なんだか・・・・胸が・・・。うっ!」
「フフフ。では、これで。」
「ちょ、ちょっと・・・ぐぐぐっ・・・。」
胸を掻き毟り急に苦しみ始めたキョウコに背を向けた薬剤師は、ベリベリと顔に被って
いた面を剥ぎ取り、薄ら笑みを浮かべつつ部屋を出て行く。
丁度その頃シンジは、胸騒ぎの原因を確かめようと、お屋敷の中のいろいろな所を天井
裏を伝って見て回っていた。
あの娘は何処へ行ったんだろう?
大丈夫かな。
その時、キョウコの館から発せられた強烈な殺気を感じた。その只事では無い気の強さ
にシンジが館へ向かった時、もがき苦しむキョウコの姿と人目を避ける様に屋根裏へと
飛び上がる影の姿が見えた。
「貴様っ!」
まさかの声に驚いた影は、シンジのことをキッと見据える。
「おぬし・・・只者では無い。術使いか・・・。」
「あの人に毒草を飲ませたなっ!」
「見なければ、死なずに済んだものを・・・。」
青銅の剣を抜き攻撃態勢に入る相手を見たシンジは、いつも腰に刺している短めの剣を
抜き手にした。
「どうして、こんなひどいことをするんだっ!」
「おぬしの知ったことではない。死ねっ!」
そんな中、薬剤師を連れたミサトがキョウコの館へと帰って来る。
「キョウコ様、薬剤師の方を呼んで・・・キョウコ様っ!!!!!!」
部屋に入ったミサトが見たものは、口から血を吐いて力無く横たわるキョウコの姿だっ
た。慌てて身体を抱き起こすが、既に息絶えており身動き1つしなくなっていた。
「誰かっ! キョウコ様がっ! 誰かっ!」
ミサトの言葉を聞きつけた侍女達がバタバタと動き出し、連絡を聞きつけた近衛兵が一
斉に飛び出して行く。
「ママっ! ママっ!」
そこへ、侍女から話を聞いたアスカが、涙を飛び散らせながら形振り構わずキョウコの
館へと飛び込んで来る。
「ママーーーっ! 返事をしてっ! ママーーー!!」
アスカが呼べど揺すれど、キョウコは返事をしない。ミサトは、そんなアスカの姿から
目を逸らすことしかできなかった。
屋根裏では、シンジと影が剣を交えて戦っていた。辺りから近衛兵の動く音がバタバタ
と聞こえてくる。
「騒がしくなってきた。小僧っ! ここまでだっ!」
「待てっ! 逃げるなっ!」
屋根裏から飛び出した影を追って、シンジが外に出て行くと、館の周りに集まっていた
近衛兵達は、突然屋根の上に現れたシンジに罵声を浴びせ始めた。
「あいつが、巫女様を殺したんだっ!」
「あいつだっ! あいつを捕らえろっ!」
館の下からシンジ目掛けて、雨の様に矢が飛んで来る。シンジは風を起こして矢を振り
払いつつ逃げまどう。
「ぼくじゃないっ! ぼくじゃないんだっ!」
そんなシンジの目に、屋敷から飛び出してきた赤い髪の少女の姿が見えた。
「アンタはっ! アンタがママを殺したのかっ! 殺してやるっ! 絶対に殺してやるっ!」
「違うっ! ぼくじゃないんだっ!」
「アスカ様、お危のうございます。早く中へっ!」
「アタシは、アンタを絶対に許さないっ! 絶対に許さないっっ!!!!!!!!!」
敵を見る目でシンジを睨みつけ、腹の底から恨みの言葉を叫びながら、屋敷の中へ連れ
込まれて行くアスカ。
そのアスカを、シンジは悲しそうな目で見送ると、竜巻を起こして矢を振り払いお屋敷
から風に乗って逃げて行った。
<獣の山>
「つっ・・・。」
山の小屋まで帰って来たシンジは、腕に何本か刺さった矢を手で抜きながら、赤い髪の
少女のことを悲しそうに思い浮かべていた。
ぼくじゃないんだ。
どうして、信じてくれないんだ。
くそっ!
血を止める薬草で腕を巻きながら、拳で地面を殴り悔しさを叩きつける。
「シンジ・・・まつりごとを司る者達に関わると、こういうことになるのじゃ。」
見上げると、いつの間にか先生が横に立っていた。シンジは、悔しくてならない感情を
親とも言える先生に向かって一気に吐き出す。
「先生っ! ぼくがやったんじゃないんだっ! それなのにっ!」
「あの者達にとっては、そのようなことは関係無いのじゃ。」
「どうして、みんな嘘をつくんだよ。どうして、信じてくれないんだよ。」
「これで、わかったじゃろう。もう、あそこには近づいてはならん。よいな。」
「くっくっくぅ・・・。」
痛む腕を押さえながら、疑われ矢を射られた悔しさと髪の赤い娘に嫌われた悲しさで、
地面を涙で濡らしていくのだった。
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その夜、シンジはトウジと一緒に小屋で横になっていた。
「トウジ?」
「なんや。」
「どうして、人は嘘をつくのかな?」
「そんなもん、ワイは知らん。」
「どうして、みんなで仲良くできないのかな?」
「わけわからんこと言うとらんで、早よ寝ーや。」
「うん・・・。」
寝ようとして目を閉じると、今日のことを思い出してしまい、その夜はなかなか寝つく
ことができない。
『殺してやるっ! 絶対に殺してやるっ!』
『絶対に許さないっっ!!!!!!!!!』
自分のことを憎しみの目で見ていた少女の顔が思い浮かび、やるせなくなったシンジは
布団を頭から被ると堅く目を閉じるのだった。
<お屋敷>
翌日、お屋敷ではキョウコの弔いの儀式が行われた。アスカ,ミサトを始めとして、キ
ールなどの役人も数多くが参列している。
ママ・・・どうして死んじゃたの?
でも、きっとアタシが敵をとるから。
きっと・・・。
独りで一晩泣き明かしたアスカだったが、開けてこの葬式の時には一滴の涙も零すこと
なく、墓地に運ばれるキョウコの棺桶に随行していた。
ポンポン。
参列者の最前列を歩きながら、母親との思い出を脳裏に巡らしていたアスカの肩を、ポ
ンポンと叩く者がいた。
「ん?」
振り向いたアスカが肩を叩いた人物を見上げると、白髪で長身の男性であった。西の国
では有名な学者の、冬月コウゾウである。
「大丈夫ですか?」
「はい・・・。大丈夫です。」
「アスカ様、この世は大きく変わろうとしています。」
「この世が?」
「そうです。目に惑わされてはいけません。耳に惑わされてはいけません。」
「どういうこと?」
「心で真実を見極めなければ、この世は生きてはいけなくなります。」
「心で・・・。真実・・・。」
「あなたには、きっと何か成すべきことがあるはずです。私も、私にできることをしよ
うと思います。」
「成すべき事? それは、なに?」
「それはわかりません。ただ私は、この時代にこれから起こることを、書き記し後の世
の人々に伝えようと思います。」
「そう・・・。」
「アスカ様もこれから大変だと思いますが、見えている物に惑わされずがんばって下さ
い。」
「はい。」
「そうすれば、きっと神の御加護があるはずです。」
冬月はしばらくアスカと話をしていたが、そろそろ一行が墓地に近付いてきたので、参
列から少し離れて民の群衆へと入って行った。
その男、冬月コウゾウはこの先長い長い文書を書き、Dead Sea Scrollsと名付ける。そ
れが後に死海文書として、21世紀の初頭に起こる最終戦争の切っ掛けとなる。
心で真実を見極める・・・。
どういうことだろう。
その言葉の意味を独りアスカは何度も考えたが、まだよくわからなかった。そんなアス
カの目の前で、いよいよキョウコの棺桶が火の中に入れられ弔いの祈りが始まった。
ママ・・・。
後は心配しないで安らかに天国へ言ってね。
敵はきっとアタシが討ってみせるから。
ありったけの想いを火の中で神に召されていく母親に捧げていると、天から幾人もの天
使が舞い降り、キョウコの身体を天界へと連れて行く。
ママ、天国で幸せになってね。
この国の民も、みんなそのことを祈っているわ。
天に召されて行くキョウコの姿を仰ぎ見ていたアスカは、ぐるりと民の方に目を向けた。
その瞬間、キールの背後に燃え上るドス黒い闇の炎が目に入る。
なっ、なにっ!?
目をゴシゴシと擦り、再びキールの方に目を向けると、ただキョウコに跪き祈りを捧げ
ている姿だけが見える。
幻? 見間違い?
不吉な闇の炎が見えた様に思ったけど・・・。
少し気になったが、今はキョウコとの最後の別れの儀式の途中。アスカは、頭を振り雑
念を払うと、天に上る最後のキョウコの姿を仰ぎ見るのだった。
<お屋敷>
儀式の後、屋敷の役人の館ではキョウコがいなくなった今、今後のまつりごとをどうし
ていくか、豪族達が集まって集会を開いていた。
「誰が西の国を纏められるというのだ。」
「今、東の国が攻めてきたら、対抗できないぞ。」
「そういうお前が、国の長になりたいんじゃあるまいな。」
「わしなら、東の国から西の国を守れるのだがな。」
「なんだとっ! お前など単なる成り上がり者ではないかっ!」
口ではいろいろと言っているものの、豪族達は次の支配者になるべく水面下で熾烈な戦
いを繰り広げていた。
「静まれっ! 皆の集っ! 国の長を決める前に、やらねばならぬことがある。」
そんな豪族達に、最も勢力の強い豪族の長であるキールが大声で喝を入れる。事実上、
一番この国の後継者に近いキールの言葉に、皆視線を集中させた。
「キョウコ様が殺された時、薬剤師を呼びに行ったのは誰だ? その者も、キョウコ様
を殺害した少年と共犯である可能性が高いっ!」
皆の頭に思い浮かんだのは、最もキョウコに信頼され、アスカとは別の意味で最もキョ
ウコの近くにいた葛城ミサトであった。
「ミサト・・・そうか、あの女が。」
「ミサトが、キョウコ様を殺したんだっ!」
「あの女を、許しておいていいのかっ!」
豪族たちの間で、ミサトに対する反感が次々に高まっていく。そんな様子を、キールは
ほくそ笑みながら見ていた。
<キールの館>
「いかがでございましたか?」
集会の後、キールは酒を飲みながら闇に潜む影と今後の計画の話を進めていた。まずは、
邪魔な存在から排除にかかろうというのだ。
「バカ共めが、直ぐに信じよったわ。」
「あの女がいては、なにかとやっかいでございますから。」
「うむ。後はほおっておいても、奴らが勝手に始末してくれるだろう。」
「はい。」
「さすれば、アスカという小娘を祭り上げ、我々がこの国を支配するのだ。まぁ、所詮
この国など使い捨てだがな。」
「はっ。」
「例の時期はどうなっておる。」
「闇に閉ざされし月より、大いなる力が現れるとされております。」
「そうか・・・。それまでに、作り上げねばならん。ククククク。」
キールはぐっと酒を飲み干すと、闇に向かって不気味な笑い声を上げるのだった。
<アスカの館>
儀式の間、ずっと気の張っていたアスカであったが、体力以上に精神的にかなりまいっ
ていた。そんなアスカを気遣い、ミサトが励ましにやってきている。
「キョウコ様は、お気の毒なことをしました。」
「大丈夫。ママは天国へ召されたわ。」
「わたしが、ずっとお側についていれば・・・。申し訳ありません。」
「ミサトのせいじゃないわ。ママの敵は、必ずアタシが討つから。心配しないで。」
「そのことなんですが、本当にあの少年がキョウコ様に毒を盛ったのでしょうか?」
「決まってるでしょ。」
「アスカ様。この世の真実とは、決して目に見えるものだけではございません。」
「・・・・。」
昼に冬月が言っていた言葉と同じ様なことを言うミサトの顔を、じっと見つめるアスカ。
自分は大きな過ちを犯そうとしているのではないかという、不安が過る。
「どういうこと?」
「はっきりとしたことは、わたしにもわかりません。ただ、大きな闇の力が動いている
様な気がするのです。」
「大きな闇・・・はっ!」
いいえ、そんなはずはないわ。
あれは、何かの見間違いのはずよ。
ママが信頼してた、豪族なんですもの。
ドタドタドタ。
その時、突然幾人もの大きな足音がしたかと思うと、剣を持った豪族達が次々とアスカ
の館へと入ってきた。
「ミサトはいるかっ! ミサトは何処だっ!!」
「観念しろっ!」
その声を聞いたミサトはキっと目を吊り上げると、部屋の扉を開け迫り来る豪族の兵士
達の前に立ちはだかる。
「何ごとですかっ! ここは男子禁制の巫女の館ですっ!」
「なにーーっ! キョウコ様を殺しておきながら、よくもぬけぬけとっ!」
「なっ!」
ミサトはあらぬ濡れ衣、しかもこともあろうかキョウコを殺した犯人呼ばわりされ、怒
りに目を大きく見開く。
「アスカ様、お下がり下さい。この女はキョウコ様の殺害に1枚噛んでいるのですっ!」
「アンタ達っ! 何わけのわかんないことをっ! ミサトがそんなことするはずないでし
ょっ!」
「アスカ様は騙されているのですっ! おいっ! ミサトを捕まえろっ!」
「くっ!」
襲いかかってくる豪族の兵士達。何を言っても無駄だと知ったミサトは、最後に小声で
アスカに耳打ちする。
「アスカ様。力を手にし、必ず助けに戻ります。それから、キョウコ様の館に伝説の巻
物がっ。それをっ!」
早口にそこまで言ったミサトは、追っ手を振り切って逃走する。
「ミサトーーーっ!」
アスカは、追手から逃げ去って行くミサトに向かい、様々な想いを込めて彼女の名前を
叫んだが、既にその姿は闇に溶けて消えた後だった。
「待てっ!」
「逃げたぞっ!」
「殺せーっ!」
「キール様のご命令だっ!」
キール?
どうしてミサトが疑われるの?
館から外に目を向けると、ミサトを追走する兵士達の群が持つ松明の明かりが、お屋敷
の外遠くまで広がっていっていた。
いったいこの国に何が起きようとしているの?
真実は何処にあるの?
つい先日まで、穏やかだったこの国。しかし、キョウコの死を境に何かが狂い始めてい
る。アスカは、何が真実なのかだんだんとわからなくなってきていた。
ただ、キョウコの言っていた大きな力が、間違い無くこの国に影を落とそうとしている
という危機感だけが、重く圧し掛かってきていた。
<キョウコの館>
ミサトは捕まることは無かった様であった。その騒ぎが静まった頃、アスカはミサトが
言い残した伝説の巻物というものを見に、今は無き母の館へと足を運んでいた。
確か、この下に・・・。
神棚の下の蓋をそっと持ち上げると、中にはわずかな空間があり、そこから真っ赤な巻
物が出てくる。
これだわ・・・。
”この世を大いなる闇が覆う時、伝説の戦士3人現る。その戦士、神の衣を纏て人々を
救い・・・・・・”
アスカは手にした巻物を読み始める。文書の前半は世界の危機に現れるであろう伝説の
戦士について、後半は西の国について書かれており、最後こう締め括られていた。
”西の国より1人、炎の戦士現る。真紅の衣を纏い炎の龍にて世界を救うであろう。”
西の国から、そんな戦士が現れるの?
アタシ達を守ってくれるっていうの?
残りの2人の戦士は何処にいるの?
最後まで巻物を読んだものの、結局よくわからなかったアスカは、その巻物を元あった
所に戻し、自分の館へと戻って行くのだった。
To Be Continued.
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