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ファーストインパクト
Episode 03 -夜霧の蛍-
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<西の国の外れ>

松明の光が、直ぐ後ろまで迫って来ている。つい先程まで屋内にいたミサトは、薄い着
物に素足という姿で、草木の覆い茂る山の中を当ても無く逃げ惑っていた。

『あっちで物音がしたぞーっ!』
『殺せーっ!』

ボロボロになった着物から剥き出しになる素肌を、剃刀の様な草で何個所も切りながら、
諦めそうになる自分を奮い立たせて逃げ続ける。

わたしは、もう駄目かもしれません・・・アスカ様。

しかし、もう数メートル手前まで追手が迫って来ており、石などに躓き血だらけになっ
た足は、これ以上動きそうになかった。

ビシュッ!

とうとう、背後から矢が飛んでくる。暗闇の中なので狙いはつけられないだろうが、身
を射抜かれるのも時間の問題だろう。

バサッ!

追手に追い詰められ、体中に怪我をし、ミサトは精根尽き果て足を縺れさせて薮の中に
倒れ込んだ。

アスカ様・・・お約束を違えることになってしまいました。
わたしが、戻れなくともご無事でいて下さい・・・。

体中に走る痛みを感じながら、ミサトは仰向きに倒れ眼上に輝く月を見上げる。その足
元からガサガサと追手が迫ってくる。

キョウコ様。只今お側に参ります。

迫りくる人の足音がいよいよ足元へ差し掛かった。ミサトは、覚悟を決めゆっくりと目
を閉じる。

「うわーーーーっ!」
「ぐっ! ぐはっ!」

しかし、予想していたものとは違う追手の悲鳴が、突然暗闇に響き渡る。ミサトは何事
かと痛む体を少し起こして、声のする闇の中へ目を凝らした。

「おいおい、こんな女性1人になんてことしてるんだ?」

「何者だっ! 貴様っ!」
「なんだっ! てめーーっ! ミサトの仲間かっ!」

「悪いが、仲間じゃなくても俺は女性の見方なんでね。」

「やかましぃっ!」
「殺せっ!」

「人探しよりこっちの方が俺には向いてるんだが・・・それでもいいのか?」

そんな言葉になど聞く耳も持たず、一気に襲い掛かる追手達。

「やれやれ仕方が無い、なまった体を動かすか・・・。」

暗くてはっきりとは見えないが、ミサトの目の前で10人以上もいる武装した兵士が、
次から次へとただ1人の男にやられていく。

「もう終わりか? なんだぁ、意外と情けない連中だな。あまり良い運動とは言えなか
  ったか。」

そう言いながら、その男は倒れ込むミサトにゆっくりと近づいて来た。少なくとも敵で
はなさそうなので、ミサトは倒れたまま月明かりに映し出される男の顔を仰ぎ見る。

「これはこれは、美しい人だ。しかしその怪我じゃ、その美貌が台無しだな。」

「わたしは、葛城ミサトです。西の国の巫女様に仕えていました。あなたは?」

「俺のことはまぁいいさ。それより、近くに湧き水がある。早く怪我の手当てをしなく
  ちゃな。」

「あっ。」

体がすっと浮き上がり抱き上げられたミサトは、薮の中を湧き水のあるという所へ向か
い、手当てをしに連れて行かれたのだった。

<獣の山>

シンジは、モンモンとした日々を過ごしていた。あの少女に誤解されたまま、会うこと
も叶わず、毎日薪を割るばかりの生活にイライラしている。

「おうっ! シンジ。今日の飯はなんや?」

「トウジはいつも、ご飯のことばかりだね。」

「そらそうや。生きるには、飯がいっちゃん大事やさかいなぁ。」

何を当たり前なことを言うといった感じで、トウジはシンジの言葉を笑い飛ばしつつ薪
を割り続ける。

カコーン。
カコーン。

トウジと並んで薪を割り続けるシンジだったが、その心中は自分に憎しみの目を向けた
少女のことでいっぱいだった。

こんなことをしてちゃ駄目だ。
きっと話をしたらわかってくれるよ。
うん。そうに違いないさ。もう1度会いに行ってみよう・・・。

「トウジっ。ちょっと、町まで行ってくるよ。」

「なんやて? シンジに行かせたらあかんて言うとったで。」

「先生には黙っててくれないかな?」

「ほないなこと言うても、ばれたらワイまで怒られるがな。」

「今日の晩御飯のカブト虫の幼虫、全部トウジにあげるからさ。」

「ほ、ほんまかっ! えらい、わるいなぁ。ほんじゃ、気ーつけて行ってこいや。」

「じゃ、後を頼んだよっ。」

風を起こしたシンジは、また獣の山を疾風の様に駆け下りていく。その後ろ姿を、薪を
割りながら見送るトウジ。

ほんま、せわしないやっちゃなぁ。
しゃーないなぁ。見つかった時は、一緒に怒られたるわ。

カコーン。

どうせ見つかるだろうとは思っていたが、今は知らぬ振りをしてシンジの薪を自分の近
くに寄せ割り始めるのだった。

<お屋敷>

風に紛れてお屋敷の中へ入り込むと、シンジは以前に少女を見た館へと忍び込んだ。し
かし、そこには少女の姿は見当たらない。

何処へ行ったのかなぁ。

アスカの姿を探して、お屋敷に立てられている館を次々と見てまわる。そうこうしてい
るうちに、多くの人が集まる集会場の屋根裏へと辿り着いた。

「皆の集、よく集まってくれた。」

集会場でキールは、次から次へと集まってくる豪族達に軽く酒を振るまいながら、号令
を掛けている。

「キール殿。今日こそは、次の後継者を決められるのでしょうな。」

「後継者? それはもう決まっておろう?」

その言葉にザワザワとざわめき始める豪族達。この機会を利用して、最有力の豪族であ
るキールが、国を乗っ取るのではないかという不安が一気に高まる。

「もしキール殿がこの国を納められるというのであれば、我々とは相反することになり
  ますぞ。」

どの豪族も、自分が国の長になりたいと思っている。そこで、最も邪魔となるのはキー
ルであり、その利害関係はキール以外の豪族全てで一致している。

「なにを馬鹿なことを・・・。我が国は東の国と違い、巫女様が代々納めてきた国。」

「それは、どういうことですかな?」
「はっきりと聞かせてもらおう、キール殿。」

「後継者は、キョウコ様の実子であるアスカ様以外にないと言っておるのだ。」

豪族達は、国の長から身を引くキールに対して、意外な顔をしお互いを見合ったが、そ
の正論に反対するものは誰独りとしていなかった。

「それで、よろしいですかな。」

「確かに、アスカ様が収めるのが筋というものだ。」
「うむ、異論は無い。」

内心、様々な利害の画策があるものの、全ての豪族が納得できる妥協案の提示に、みな
合意の言葉を口にする。

「だが、アスカ様はまだ14歳と幼い。そこで、後見人が必要なのだが。誰が適任でし
  ょうな。」

「なっ!」
「まさかっ!」

そこで、ようやくキールの本心がわかった豪族達が、一斉に顔で声を上げたが、自分達
連合組織で後見人となるわけにもいかず、正論を打ち出すキールに反論もできない。

「しばらくの間は、若輩ながらこのキールが後見人とさせて頂こうかと思っておるので
  すがな。」

「くっ・・・そ、そうですな・・・。」
「キール殿が適任でしょうな・・・。ちっ。」

ニヤリと笑うキールに皆反感を持ちながらも、その集会は事実上そこで強制的に終わら
される結果となった。

アスカって、あの娘のことじゃないのか?
後見人ってどういうことなんだよ?

シンジはその集会の様子を、屋根裏から気配を消してじっと見ていた。後見人となると
いったキールという男から、邪悪な気を感じて仕方が無い。

あの娘が危ない・・・。
早く見つけないとっ!

集会場の屋根裏から抜け出したシンジは、またアスカを探し館から館へと移っていく。
すると、ある館で丁度侍女に体を拭いて貰っているアスカの姿を発見した。

いたっ!
はぁ・・・やっぱり奇麗だなぁ。

近くに幾人もの侍女がいる為、しばらく屋根裏からその様子を見続けるシンジ。そんな
こととは知らないアスカは、お湯に濡らした布で体を拭いて貰い続ける。

「アスカ様、気を落とさないで下さい。」

「わかってるわ。アタシが落ち込んでたら、民の人達が不安になるでしょ。」

「今、豪族の方々が集会を開いておられるとか。きっとアスカ様のことではないでしょ
  うか?」

「ママが天に召されたから、アタシが次の巫女になるのかしらね?」

「そうですとも。他に考えられません。アスカ様の歳では大変だとは思いますけど、が
  んばって民に幸せをもたらして下さい。」

「大丈夫よ。ママが信頼してた豪族達もいるし、キールもいるでしょ?」

「そうですね。大丈夫ですよね。」

屋根の下から聞こえてくるアスカと侍女の会話を聞いたシンジは、その言葉に顔を強ば
らせた。

あの娘・・・アスカは、わかってないんだ。
あいつが、どんなに恐ろしい奴か・・・。
あいつの恐ろしさを教えなくちゃっ!

キールのことを教える為に、屋根裏から飛び降りようと身構えたシンジだったが、ふと
体の動きを止める。

駄目だ・・・。
今、ぼくが言っても・・・信じては・・・。

自分を親の敵だと思っているアスカに何を言っても無駄だろう。シンジは思い直すと、
アスカを助ける機会を伺うことにし、今日の所は山へと帰ることにした。

<キールの館>

数日後、キールはアスカを自分の館へ呼び寄せ、巫女の後を継ぐ話をしていた。元々、
アスカもキョウコの後を継ぐと決めていたので、最初のうちは音便に話が進む。

「では、アスカ様の巫女就任の儀を行います。よろしいですな?」

「ええ。構わないわ。」

「そこでですな。今後の西の国の為に、ここに書かれていることを発表して頂きたい。」

「これは?」

アスカが紙を受け取ると、そこには新たな国の政策が書かれていた。

壱.全国民の戸籍の登録。
弐.毎年、取れた作物の6割を税として徴収。
参.13歳以上の男子は、全て兵もしくは労働者として徴収。
四.国の政策を批判する者は死刑。
                :
                :

「なっ! なんなのよっ! これはっ!」

最初の方だけ読んだアスカだったが、そのあまりの悪政に紙を持つ手をブルブルと震わ
せ、怒りの篭った目でキールを睨み付ける。

「ここに書かれていることを、国の政策として占いに出たと発表して頂きたい。」

「占いに出てるわけないでしょっ! 言えるもんですかっ!」

「これは、キョウコ様の遺言なのです。」

「そ、そんなバカなっ! ママがこんなこと言うわけないわっ!」

「本当です。あなた様は、まだ巫女ではありません。先代の遺言が聞けないというので
  あらば、反逆と見なして自らの責務を果たすことになりますが?」

キールはそう言って、剣に手を掛けアスカをギンと見据える。

「くっ! ・・・・・・・・・・・・・。」

「どうやら、わかって下さったようですな。これで、キョウコ様も浮かばれることでし
  ょうな。くくくっ!」

キョウコを失いミサトをもがれ、自分を守るものが全てなくなった裸同然のアスカは、
ギリギリと奥歯を食い縛りながらキールの館を出て行くしかなかった。

<獣の山>

その夜、シンジはまた胸騒ぎがして眠れなかった。それも只事ではなく、胃の中で蛇が
のたうち回る様な感覚に捕われ、何度も吐き気を催していた。

まさか、あの娘にっ!
くそっ! なんとかして山を降りないとっ!

近頃アスカのことが心配で、何度もお屋敷に通っていたシンジは、とうとう見つかり先
生に監視されながら部屋の中に閉じ込められていたのだ。

もうすぐ夜が明けちゃう。
駄目だっ! 行かなくちゃっ!

キッと目を見据えたシンジは、意を決すると鍵のかかった部屋の壁に竜巻を叩き付けて
穴を開け飛び出した。

急がないとっ!

「待つのじゃっ! シンジっ!」

それと同時に、シンジの前に先生が飛び降りてくると、バッと杖を持って立ち塞がって
きた。

「行かなくちゃいけないんだっ! お屋敷で大変なことが起こってるんだっ!」

「ならぬっ!」

「どうして駄目なのさっ!」

「ならぬものはならぬのじゃっ!」

「どうしてだよっ! そんなのわかんないよっ!」

そこへ、まだ夜も明けきらぬ小屋の外で叫ぶシンジと先生の声を聞きつけたトウジが、
眠い目を擦りながら部屋から出てくる。

「どないしたんやぁ。こんな朝っぱらから。」

「トウジっ。ごめん、ぼくはお屋敷へ行くことにするよ。」

「どういうこっちゃっ?」

「ならぬと言っておるじゃろうがっ! 馬鹿ものがっ!」

「先生・・・今までお世話になりました。この御恩は決して忘れません。でもっ! ぼ
  くは行かなくちゃいけないんだっ! やらなくちゃいけないことがあるんだっ!」

キッと先生を見据えたシンジの背後から、強い風が吹き付けてくる。力ずくでも通ると
いう意思表示だ。

「まだ、お前ごときには負けぬぞ。」

「先生っ! 許して下さいっ! うぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーっ!」

前に立ち塞がる先生に向かって竜巻を叩き付けるシンジ。しかし、術使いが使う物とは
異質の術でそれをひょいと避ける先生。

「まだまだじゃ。」

「ぼくは、行くんだっ!」

さらに風を巻き起こし、先生に叩き付けるシンジ。あまりの風力に、トウジは大木にし
がみつき成り行きを見守ることしかできない。

「とりゃっ! ほりゃっ!」

しかし、いくら風を起こしても、雲に乗っている様に先生はひょいひょいと避け続け、
シンジの行く手をはばみ続ける。

さすが先生だっ!
でもっ! でもっ!
ぼくは行かなくちゃいけないんだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!

今まで、育ての親として遠慮する部分のあったシンジだが、とうとう先生を真の敵とし
て全力で攻撃した。

「ふぉっ!??? あ、あれはっ!」

その瞬間、先生はシンジではなく、その背後の何かを目を剥いて見つめた。

「うぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

シンジがありったけの力を振り絞って、何本も巻き起こした竜巻を先生にぶつける。

「ふはぁぁぁぁっ!」

そのあまりの力とスピードに先生も避けることがかなわず、その場にもんどりうって倒
れる。

「先生っ!」

その姿を見たシンジは、はっと我に返って先生に近寄ろうとした。

「シンジ・・・行くが良い。お主のなすべきことを、まっとうするがよい。」

「先生っ!?」

「だが、師に手を上げた罪は免れん。破門じゃ。」

「は、はいっ! 今までお世話になりましたっ!」

腰を真っ二つに折り曲げ、地面に倒れる先生に頭を垂れるシンジ。その後ろから、今ま
で大木に必死にしがみついていたトウジがよろよろと近づいてきた。

「先生、ワイもシンジと行くわ。兄弟みたいなもんやさかいなぁ。」

「そうか・・・お主も行くか。」

「おうっ! 今まで、いろいろありがとうな。先生。」

トウジもシンジに並び、頭を下げる。そして、ありったけの感謝の意を込め、先生に礼
を言った2人は山を降りて行った。

「ふぅ、年寄りにはきくのぉ。強くなったもんじゃ・・・。しかしあやつ、最後まで剣
  だけは抜きよらんかったわい。せっかくの奥義が無駄じゃのぉ。ふぉふぉふぉっ。」

そんな2人を見送った先生は、ゆっくりと傷ついた老体を立ち上がらせ、遠い目で昇り
来る朝日を見上げ、シンジが初めて自分の手の元へ来た時のことを思い浮かべる。

やはり、血は争えんて・・・わしでは力不足でしたわい。申し訳ない・・・。
じゃが、彼が選んだ道ですじゃ。
見守ってやって下され・・・ユイ様。

<アスカの館>

火の占いを得意とするアスカは、自分の館にある祭壇に火を灯し、朝まで占いを繰り返
しながら、何度も何度もこれからの国のことを考えていた。

アタシが巫女になると、民が苦しみます。
キョウコ様、アタシはどうすればよろしいでしょうか。

苦しい立場に立たされたアスカは、母ではなく師としてのキョウコに救いを求めながら
占いを繰り返す。

占いを利用され、民を苦しめることはできません。
でも・・・今のアタシには、何もできません・・・。

キョウコが死んだ日から、いつの間にか侍女の数が減らされ、アスカの周りには見張り
とも言える武装した衛兵の数が日に日に増えていっている。

アタシは、どうすれば・・・。

真実がどこにあるのかわからなくなってしまったアスカが、ただひたすら祈り続けてい
ると、その火の中に母を殺した少年の顔がふわりと浮かんできた。

はっ! 今のはっ!
どういうこと?
どういうことなの!? キョウコ様っ!

縺れていた糸が解けそうな感覚を覚えたアスカが、更に意識を集中していく。しかし、
その時、アスカの館の扉が開いた。

「アスカ様。巫女の後継ぎの儀式の時間です。」

キールが、ゆっくりと入ってくる。キョウコが生きていた頃は、巫女に関わる者の館に
豪族が入ることなどなかったが、今のキールに逆らえる者はいない。

「・・・・・・。」

アスカは、占いをしていた火を消すと、奥歯を噛み締めながらゆっくり立ち上がり、お
屋敷の前に設けられた大きな儀式の祭壇へ向かい、連れられ歩いて行くのだった。

To Be Continued.


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