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ファーストインパクト
Episode 04 -朝焼け-
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<儀式の祭壇>
儀式の祭壇の前には、大勢の民が半強制的に集められていた。その前に各地の豪族に取
り囲まれたアスカが、ゆっくりと歩いて現れる。
「「「わーーーーーっ!!」」」
新しい巫女の登場に沸き立った民は、歓呼の嵐で迎えるが、1つの巻き物を手に持った
アスカの心は暗かった。
アタシが、これを発表すれば・・・。
占いに出たと言えば・・・民の人々は・・・。
この時代の占いは神のお告げであり、決して逆らうことはできない神聖なものである。
今アスカは、そんな力を持っている自分を恨みさえしていた。
アタシさえいなければ・・・。
そうすればっ!
巫女のお告げでなければ、キールが何と言おうと民に対する影響力は少ないはずである。
アスカは、キッと目を吊り上げると近くを歩いていた豪族の青銅の剣を抜き取った。
アタシが死ねばっ!
そのままアスカは、剣の切っ先を自分の首元に持って行く。慌てたのは、キールを始め
とする豪族達。
「アスカ様っ!!」
剣を抜き取られた豪族と、その側にいた兵士や豪族は、咄嗟にアスカに飛び掛かって剣
を奪い取った。
「離してっ! 離してーっ!!!!」
「アスカ様っ! お戯れはお止め下さいっ!」
「アタシは、たとえ殺されてもこんなもの発表しないわよっ!」
剣を奪われたアスカは、巻き物を地面に投げ捨てたが、それをキールが拾い上げて近寄
って来る。
「アスカ様。キョウコ様の遺言をお聞き下さい。そうでなければ、反逆と見なさねばな
りませんが?」
「いいわよっ! 殺すんなら殺しなさいよっ!」
「宜しいのですかな? あなたが反逆したということは、侍女達も同罪となりますが?」
「うっ・・・。」
自分が殺されるのは民の為やむをえないが、今迄世話をしてくれた侍女達にまで被害を
及ぼすことは、アスカにはできなかった。
「どうやら、わかって頂けた様ですな。では、これを・・・。」
「くっ!」
キールが手渡してくる巻き物を、アスカは目を吊り上げて受け取り、天を仰ぎながら祭
壇へとゆっくり上って行く。空はどんよりと曇っており今にも雨が降りそうだった。
キョウコ様・・・アタシはどうすればいいのでしょうか?
ママ・・・。
きっと、今の自分の姿をキョウコは空の上から、嘆いて見ていることだろう。キールに
反抗することはおろか、死ぬことさえできないアスカは、奥歯を噛み締めていた。
「「「わーーーーーーーーーっ!!!」」」
アスカが祭壇の最上段に上った時、大勢の民からのどよめきが聞こえた。ここで、儀式
の言葉を読み上げてしまうと、アスカは正式に巫女となってしまう。
「「「アスカ様ーーーーっ!!!」」」
自分の巫女就任を喜び祝ってくれる民を、祭壇の上から見下ろしたアスカは、胸が張り
裂んばかりに苦しかった。
今からアタシが言おうとしていることは・・・。
みんな・・・ごめんなさい・・・。
祭壇の下からは、キールとその兵士達が自分のことを見上げている。もう後に引くこと
はできない。アスカは、覚悟を決め巻き物を広げた。
『アスカ?』
「えっ?」
その時、アスカの耳に何処かで聞いたことのある男の子の声が聞こえてきた。
『ぼくの話を聞いてくれるかい?』
「誰? 何処?」
『君に不吉な災いが降り掛ろうとしてる。』
それはわかっている。このまま進めば、自分はおろか侍女達も民達をも苦しめることに
なることは明白なのだ。
『だから、ぼくは君を助けたい。ぼくを信じて欲しい。』
「アンタは、誰なのよっ!」
『ぼくは、君の母さんを決して殺してない。信じて欲しいんだ。』
「アンタっ!」
『ぼくは、君の母さんを殺した奴を知っている。』
「なっ! なんですってっ!」
『ぼくを信じて欲しい。』
アスカには声の主が誰なのか、既にわかっていた。数日前までは、憎くて憎くて仕方の
なかった奴。しかし、今はこの少年を信じることができる気がした。
もしかしたら、あの火の中で見たのは・・・。
このことの暗示だったのかも・・・。
今朝火の中に見た物は、決して災いをもたらす光ではなかった。アスカは、天を仰いで
その向こうにいるであろうキョウコに、心の中で語り掛ける。
ママ・・・アタシ、この人を信じてみる。
この人について行ってみようと思う。
それで、いいわよね。ママ。
その瞬間、今迄黒く覆われていた空の雲間から、まばゆいばかり日の光が地上を照らし
た。
「わかった。アンタを信じるわ。」
『ありがとう・・・。』
その言葉を聞いた途端、シンジは儀式の祭壇の周りに4本の竜巻を起こして、ストンと
最上段に飛び降りてくる。
「ぼくは、碇シンジ。ここは危険だ。行こうっ!」
「ええ。わかったわっ!」
突然何処からともなく現れたシンジに、祭壇の下は大騒ぎになっていた。キールは、竜
巻で蹴散らされた兵士を統率すると、即座にシンジに矢を放たせる。
「キョウコ様を殺した奴だっ! 殺せっ!!!」
アスカが祭壇の上にいることなどお構いなしに、次々と放たれる矢。シンジは、その矢
を風を起こして払いのけると、アスカの細い腰をしっかりと抱き締めた。
「行くよ?」
「ええ。」
「風っ!!!」
シンジがそう叫んだかと思うと強風が吹き込んできて、アスカの身体はふわりと宙に浮
き上がり空を舞い始めた。
「しっかり掴まっててね。」
頬を赤らめながら、シンジが自分の姿をまじまじと見つめてくるので、アスカはだんだ
んと恥ずかしくなってくる。
「なによっ!」
「巫女の衣を着ているアスカも、かわいいなぁと思って・・・。」
「なっ!」
「ほとんど、何も着てない姿しか見てなかったからさ。」
「ア、アンタっ! どういうことよっ!」
「うわっ。暴れちゃ駄目だよ。落ちちゃうよ?」
「アンタっ! 乙女の素肌を見るってのが、どういうことかわかってんでしょうねぇっ!」
「だ、だから、暴れちゃ駄目だってっ!」
「うぅぅぅぅぅ。」
暴れる度に不安定になるので、今の所はアスカも矛を納めて大人しくシンジに抱きかか
えられながら、風に乗って空を飛んで行った。
一方、祭壇の周りでは、巫女が連れ去れられ大騒ぎとなっていた。
「アスカ様がさらわれたぞーーーーっ!!!」
「奴を探せーーーっ!!!」
口々に叫びながら、既に姿の見えなくなったシンジを探し回る兵士達。そんな中、キー
ルは闇に潜む影を呼び寄せていた。
「奴は、術を使う様だ。追えっ!」
「はっ!」
影は、シンジの去って行った方向に、闇から闇へと姿を隠して走り去って行った。
<獣の山>
獣の山の麓まで来たシンジは、アスカに負担を掛けない様にそっと地面に降り、待って
いたトウジと合流していた。
「遅かったなぁ。ほぉ、これが巫女様かいなぁ。えらい、べっぴんやなぁ。」
「誰? コイツ?」
「うん。ぼくの友達で、トウジって言うんだ。いい奴だよ。」
「鈴原トウジや。よろしゅう。ほやけど、こないな近くで巫女様を見れるなんて、ワイ
は幸せっちゅーもんや。」
ジロジロと自分のことを見てくるトウジを、胡散臭そうに睨み返すアスカ。シンジの友
達ということだが、どうも気が合いそうにない。
「あんまりジロジロ見るんじゃないわよっ!」
「なんやぁ? 顔はべっぴんやのに、えらい性格悪そうな巫女様やなぁ。」
「なっ! なんですってーーーっ!」
「やっぱり、口もえろう悪いわ。かなわんなぁ。」
「ア、アンタねっ! もう一度言ってみなさいよっ!」
アスカが、トウジを睨み付け平手を振り被ろうとした時、シンジが2人の間に入ってき
た。
「まずいのが追って来てるよ・・・。」
「どないしたんや。」
「トウジ、アスカを頼むよ。」
「ほうか・・・。わかったわ。ほんじゃ、いつもの所で待っとるさかいな。」
「うん。」
突然真剣な顔になったトウジと、目を吊り上がらせるシンジの会話に付いて行けないア
スカは、きょとんとして2人を見ていた。
「アスカ。トウジと一緒に先に行ってて。後から行くから。」
「えーーーっ? コイツとぉ?」
「時間が無いんだ。早くっ!」
「わかったわよ・・・。」
「ほんなら、行くでっ! 出でよっ!!」
トウジがそう叫んだ途端、土がぐちゃぐちゃと割れたかと思うと、毛むくじゃらの巨大
な蜘蛛が召喚され、ゴソゴソと這い上がってきた。
「いっ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「早よ乗りーなっ!」
「いやーーーーっ! いやっ! いやっ! 絶対いやーーーーーーっ!!」
「ほないなこと言っとる場合やないやろが? 殺されるで。」
「いやーーーーっ! 死ぬっ! こんなのに乗るくらいなら、ここで死ぬーーーーっ!!」
「トウジっ! 急いでっ!」
「わかっとるがなっ! やかましいこと言うとらんで、早よ乗らんかいっ!」
「いやーーーーーーーーーーーっ!!!」
しかし、もう時間が無いので、トウジは無理矢理アスカを引っ張り上げると、蜘蛛の上
に乗せて走り出した。
「ギャーーーーーーーーーっ!!! 助けてーーーーーーあばばばばばばばば・・・。」
その毛むくじゃらの蜘蛛の感覚が、どうしても我慢できなかったアスカは、とうとう意
識を失ってしまった様だ。
・・・・近い。
トウジとアスカが去った後、シンジは近付いてくる追手の気配に意識を集中していた。
以前、少し戦った闇の術使いに間違い無い。
来るっ!
「風っ!!!」
間近に影の存在を感じたシンジは、自分の周りに風を盾の様に巻き起こし、腰に刺さっ
ている短い青銅の剣を抜いた。
バババババババ。
木々の葉や草が、風に乗って周りを舞い続ける。そんな中から、影がゆっくりと姿を現
した。
「また会ったな小僧。」
シンジは、無言で剣を影に向けて構える。
「この程度の術では、俺にはかなわんぞ。」
そう言った途端、影が何かに意識を集中し体が10体に分裂した。
「なんだっ?」
その術は、先生やトウジそしてシンジが使うどの術とも異質な物であった。シンジは、
突然分裂した敵に困惑する。
「いくぞっ! 小僧っ!」
四方八方を囲まれたシンジは、あらゆる方角から斬り込んで来る影に翻弄されながらも、
風に乗って避け続けた。
<洞穴>
その頃、トウジに連れられて逃げたアスカは、洞穴に辿り着いていた。
「おい、ええ加減に目覚ましーや。」
ピチャリ。
「うーーん。」
葉に溜まった滴を眉間に垂らされたアスカは、瞼をぴくぴくとさせて薄っすらと目を開
ける。
「はっ! く、く、蜘蛛はっ!」
「もう、おらへんがな。」
「あっ! シンジはっ!」
「やかましいやっちゃなぁ。今頃、戦っとるんちゃうか?」
「なんですってーーーーっ!!!」
シンジが戦っていると聞いたアスカは、近くにあった枯れた木や草を拾い集めてくると、
ぽっと手の平に火を灯して、その草木につける。
「おぉ? お前、術が使えるんか?」
「え? 術なんか使えないわよ?」
「ほやかて、今、火を呼んだやないか。」
「あぁ、これは占いに使うからよ。大したことじゃないわ。」
「ほうかぁ。そういうもんなんか。ワイはてっきり、術が使えるんかと思うたわ。」
目を丸くするトウジだったが、アスカは構わず目の前に燃えた火に意識を集中していく。
すると、その中にはシンジと影が戦う姿が浮かび上がってきた。
「水晶があったら・・・もっと・・・。」
火だけではあまり鮮明に映らないが、それでもだいたいの様子は映し出される。どうや
ら、シンジが苦戦している様だ。
「アンタっ! シンジがやられてるじゃないのよっ! 助けに行きなさいよっ!」
「あかん。ワイは、お前を守るっちゅーて、シンジと男の約束をしたんやっ!」
「シンジがやられちゃったら、元も子も無いでしょうがっ!」
「ほやかて、男の約束は男の約束やっ! ワイは死んでも約束を守るんやっ!」
なんなのよっ! コイツわーーーーーーーーっ!!!
シンジっ! がんばってっ!!!
トウジが当てにならないことを悟ったアスカは、火の中にゆらゆらと映し出されるシン
ジの姿を心配そうに見守るのだった。
<山中>
シンジは、分身の術を使って攻めて来る影に苦戦していた。殺しても殺しても、全てが
囮で次から次へと沸いて出て来るのだ。
これが、闇の力なのか・・・。
必ず本体があるはずだっ! 何処なんだっ!
切り掛って来る度に、敵の攻撃をかわしてはいるものの、全てを完全に避けきれるもの
では無く、既に身体のあちこちに切り傷ができており、衣が血まみれになっていた。
「でやーーーーーーっ!」
影が切り込んで来る。
違う・・・。
こいつじゃない。
敵の切っ先から、すっと身体を避けてさらに意識を集中していく。
「でやーーーーーーっ!」
違う・・・。
殺気の一番強い所は、どこだ・・・。
敵の殺気を読み取ろうと、シンジは必死で意識を集中していったが、敵も本体を見破ら
れまいと、絶え間無く攻撃を繰り返してくる。
「でやーーーーーーっ!」
違う・・・。
まだだ。
早く来いっ!
攻撃してくる敵を、次々と交わしていくシンジ。その瞬間、とうとうしびれを切らした
のか強烈な殺気がシンジに向かい剣を振りかざして飛び込んで来た。
キタっ!
「でやーーーーーーっ!」
「うぉぉぉぉーーーーーーーーーーーっ!」
敵に向かって真っ向から駆け出し、剣の切っ先に全神経を集中して切り付ける。
その剣を間一髪で避ける影・・・。
しかし、それはただの剣の切り込みではなかった。
ズシャーーーーーーーーーーーーーーーーっ!
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
剣を避けたはずの影の腕が、肩からぼとりと地面に落ち血が吹き出る。
「ぐはっ! か、かまいたちかぁっ!」
シンジの奥義である真空剣。俗に言うかまいたちである。
「うぉぉぉぉーーーーーーーーーーーっ!」
間髪入れず、攻撃を続けるシンジ。
「くっ。ここまでだっ! 次回はこう上手く行くとは思うなっ!」
しかし、影は自分の腕を片手で拾い上げると、闇に紛れて消えてしまった。
しまったっ!
敵の残した捨てゼリフ。しかし、安易に負け惜しみとも思えず、シンジは次に会った時
のことが不安になるのだった。
<洞穴>
体中傷だらけになったシンジが洞穴にやってくると、アスカは占いをしていた火をバタ
バタと消して、入り口までシンジを迎えに出てきた。
「シンジっ! ひっ! ひどい傷っ!」
「大丈夫だよ。」
「大丈夫じゃないわよっ!」
アスカは、自分の着ていた衣の袖を引き千切ると、シンジの怪我をしている所に巻き付
けていく。
「せっかくの衣が・・・。」
「いいのっ!」
「ありがとう。」
「ごめんね、アタシの為に・・・。」
そんな2人の所へ、洞穴のからトウジが出てきた。
「無事で良かったのぉ。」
「ここはまだ危ないよ。この山から逃げなくちゃ。」
「ほやけど、お前のその怪我や。今日はこの洞穴に隠れようや。」
「うん、ごめん・・・。」
「ほんなら、ワイが見張りしとるさかい、ちょっと寝とけ。」
「頼んだよ。」
見張りをトウジに頼んだシンジが、ふらふらと洞穴の中へと入って行こうとしたので、
その肩をアスカがしっかりと支える。
「ごめんね。アタシのせいで。」
「いいんだ。ちょっと寝るよ。」
「うん、そうねっ。それがいいわ。」
そのまま、意識を失うかの様にドサリと倒れるシンジ。身体のあちこちに剣で切られた
傷があり、出血が酷い所もある。
「シンジ、ありがとう。」
アスカは倒れた頭を自分の膝の上に乗せ、疲れたシンジの顔を見ながらいとおし気に頭
を何度も摩り続けるのだった。
:
:
:
翌朝夜が明けきらぬ頃、シンジが空腹のあまり目を覚ますと、何やら良い香りが洞穴の
外から漂ってきていた。
なんだろう?
いい香りがするな。
その香りに引き寄せられる様に立ち上がると、昨日の痛みがだいぶとれていることに気
付いた。ふと体を見ると、いつの間にか傷口に薬草が丁寧に巻き付けられている。
「おうっ! シンジっ! 目が覚めたかっ!」
「あっ、シンジ。今持って行くわね。」
洞穴の外を見ると、トウジが山の小屋から持って来ていた鍋を使って、アスカが料理を
している様だった。
「シンジぃ。この巫女様の作る料理、ごっつ美味いで。お前の作る芋虫とかカブト虫の
幼虫の料理とはえらい違いやっ!」
だって、先生があれしか食べないんだもん・・・。
「えへへぇ。料理が美味しいなんて言われたの初めてだわっ!」
得意になるアスカだったが、あくまでもそれは虫しか食べたことの無いトウジの感想で
ある。
「シンジ。まだ起きちゃダメよ。そこに寝てなさい。」
「うん・・・。」
そう言って、アスカは木でできた小さなおわんに、鍋で作ったおじやを入れていそいそ
と持ってくる。
「いやぁ。ごっつ美味いわぁ。」
その後ろで生まれて初めて食べるおじやに、トウジはこの上ない幸福を感じている様だ。
「はい。あーーん。」
「え? いいよ。自分で食べるから。」
「ダメよ。怪我してるんだから。」
「もう、痛くないよ。」
「ダメなのっ! これくらいしかできないんだから・・・アタシには・・・。」
アスカの気持ちに負けたシンジは、膝枕をして貰いながらおじやを食べさせて貰う。確
かにトウジの言う様に、食べたことの無い美味しい料理だったが、それ以上にこうやっ
てアスカと時間を共にできることが何より嬉しかった。
「食べ終わったら、この山から離れようと思うんだ。アスカも付いて来てくれるかな?」
「あったり前じゃない。もう、アタシは国には戻れないんだから。」
「うん。」
「それに、アンタに責任取って貰わなくちゃいけないしっ!」
「へっ? 何それ?」
「へへへぇ。そのうち、ゆっくり教えてあげるわ。」
「う、うん・・・ありがとう・・・。」
そうこうしているうちに、辺りは明るくなり始めた。追手が来る前に山を離れなければ
ならない。シンジ達は朝焼けの中、旅に出ることにする。
「トウジ? その荷物重くない?」
トウジの背中には、大きな袋が背負われており、どうやら中は調理器具や食料がたくさ
ん詰め込まれている様だ。
「これも、飯の為や。それに、お前の荷物に比べたら、軽いもんやわ。」
「ぼくの荷物?」
剣に目を向けたシンジだったが、ふとトウジの言った意味に気付き、アスカの方に視線
を移した。
「ア、アタシぃ?」
「ははは・・・確かに重いや。」
「なんですってーーーっ! 」
「だって・・・。」
「いいもんっ! 重くたって、鈴原の荷物よりずーっと役に立つんだからぁ。」
アスカはそう言いながら、山道を歩きつつシンジの腕に自分の腕を絡ませてくる。
「はは。そうだね。」
「そうよ。ものすごーく、役に立ってあげるんだからっ。」
この時、冗談半分で言ったアスカの言葉が、後に現実となり大きな意味を持って来るこ
となど、シンジも当のアスカも今は知るはずもなかった。
<キールの館>
キールは苦虫を噛み潰した顔で、暗い部屋の中、今後の策略を考えていた。
まさか、あの小娘を取り逃がすとは・・・。
だが、もう時間がない。
人心を無視するのは愚作だと思ったが、やむをえんな・・・。
「影っ!」
「はっ!」
「我に反旗を翻そうとする豪族共を、すべて抹殺せよ。」
「はっ!」
キールの命令を受けた影は、まだしっかりと付ききっていない右腕を押さえながら、闇
の中へ溶け込んで行く。
月が闇に覆われる前に、城を完成させねばならん。
もう時間がないのだ。
奴を目覚めさせねばならんのだ。ククククク。
キールはまだ光を放っている月を見上げて、不気味に笑う。その背中には、どす黒い闇が
どんよりと覆っていた。
「待っているがいい。
アダムよ・・・。」
To Be Continued.
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