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ファーストインパクト
Episode 05 -神剣-
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<緑の砦>

アスカの住んでいた西の国より少し東北に向った所、東西南北を岩山に囲まれた盆地に、
緑の豊かな砦があった。

「ヒカリお姉、たくさん木の実が取れたわ。」

ヒカリの妹であるノゾミが、両手一杯に今日1日かかって集めた木の実を抱いて、嬉し
そうにヒカリの前に駆け寄って来る。

「そうね。じゃ、そろそろ夕暮れだから、砦に戻りましょうか。」

「はーい。」

「みんなぁー、そろそろ戻るわよ。日が暮れてしまうわ。」

この砦は農作物が豊富で、民衆は豊かな生活をしている。しかし、そんな不自由の無い
生活をしている民衆も、夜だけは極度に恐れていた。それと言うのも、夜になると闇の
獣が、人の血を求めて出没する為だった。

「コダマお姉様、只今戻りました。」

「今日も沢山の収穫ね。早速みんなの夕食の準備をして頂戴。」

「はい。」

農作業と民衆の食事の準備を主な仕事とする女性の取り纏めであるヒカリが、今日の収
穫を砦の長であり姉であるコダマに報告している。

「只今戻りました。コダマ様。」

「シゲルさんもご苦労様でした。ヒカリに渡しておいて貰えるかしら?」

「わかりました。」

女性に対し男性は、狩猟と兵士を主な仕事とする。今、刈ってきた猪を持って来たのは、
その取り纏めであるシゲル。

「じゃ、ヒカリ? 食事の準備をお願いしますね。」

「はい。お姉様。あら? ノゾミは?」

「あそこで遊んでいるわ。」

「またぁ〜・・・。」

砦の門の近くで、ノゾミが小犬のペンペンとじゃれ合って遊んでいる。そろそろ、夜に
なってきたので、砦を守る大きな門が閉められようとしているところだった。

「ノゾミ? 夕食の準備を始めるわよ?」

「だって、ペンペンが離してくれないんだよぉ。あははははは。」

「ほらぁ。遊んでばかりいないで。」

「だってぇ。あははははは。」

「もう〜。しょーのない娘ねぇ。」

ヒカリはやれやれという感じで、ペンペンとじゃれ合うノゾミを優しい口調で叱る。そ
の横でギーギーと音を立てて、門番が砦の門を閉め始めている。

ワンワンワン。

「あっ、ペンペンっ!」

後少しで門が完全に閉まろうかと言う時、砦の外を野良犬が山へ向って走って行った。
それを見つけたペンペンが、閉まり掛けた門の隙間を通って外に飛び出して行く。

「駄目っ! ペンペンっ! 外に出ちゃっ!」

「あっ! ノゾミっ! 出ちゃ駄目っ!」

「だって、ペンペンがっ。」

「ノゾミーーーっ!!!!」

ペンペンを追って出て行ったノゾミを、金切り声を上げるヒカリと、門を閉め掛けてい
た男達が追い掛ける。既に外は夕闇が覆っており、あちらこちらから闇の獣の遠吠えが
聞こえ始めていた。

「ノゾミっ! 待ちなさいっ!!!!」

「だってーーっ! ペンペンがぁー!」

門から少し走り出た所でペンペンを捕まえたノゾミは、パチっと頭を叩いて叱り付ける。
その後から追い掛けてくるヒカリ達。

「もうっ! ペンペンったら、駄目じゃないのっ!」

「ノゾミっ! 何してるのっ! 早くっ! 戻るわよっ! 急いでっ!」

真っ青な顔をしたヒカリが、慌ててノゾミの手を引っ張り、砦へ引き返そうとした時、
2人を守って取り囲んでいた男性の1人が、悲鳴と共に血飛沫を噴いて倒れた。

ギャウッ! ギャウッ!

「ぐわーーーーーーーっ!」

ギャウッ! ギャウッ!

黒く、形もはっきりとしない、闇の獣と呼ばれている獣が何匹も、牙を剥いてその男に
襲い掛かっている。

「ヒカリ様っ! 早く中へっ!」
「ぐはっ!」
「うわーーーーっ!」

なんとか血路を開いて、ヒカリとノゾミを助けようとする兵士達だったが、次々と闇の
獣の餌食となっていく。そんな様子を城壁の上から真っ青な顔で見つめるコダマ。

「ヒカリっ! ノゾミっ! 誰か、妹達を助けて下さいっ!」

「ヒカリ様っ! ノゾミ様っ! 早くっ! ぐはっ!」

「お姉ーーーっ!」

「いやーーーーーっ!」

とうとう全ての兵士がやられてしまい、闇の獣に周りを取り囲まれたヒカリは、ノゾミ
を抱いてその場に座り込んでしまった。

「ヒカリ様っ!!!」

砦からは兵士の取り纏めであるシゲルと彼の率いる兵士が、大きな盾と剣を持って出て
来ているが、行く手を闇の獣に阻まれ進むに進めない。

「コダマお姉様ーーーーーーっ!!!」

「お姉ぇぇっ! 助けてーーーーっ!」

「キャーーーーーー!」

金切り声を上げて叫ぶヒカリとノゾミに、闇の獣が一斉に飛び掛かる。それを見ていた
砦の民衆は、誰しもがもう駄目だと目を伏せた。

グサッ! グサッ! グサッ! グサッ!

「ギャーーーーーーーーーーーーー!!」

しかし、悲鳴を上げたのは闇の獣だった。何事かとヒカリが目を開けると、突然土の中
から現れた巨大な土蜘蛛が、その8本の足で闇の獣を突き刺し、蹴散らせ始めたのだ。

「何だっ! あれはっ!」

「新しい闇の獣だーーーっ!」

砦の門の前で戦っていた兵士達は、巨大な土蜘蛛という新たな怪物の出現に、皆絶望の
声を上げる。

「また出たぞーーっ!!」

「あれはなんだーーーーっ!!!」

砦から土蜘蛛を見ていた民衆の1人が、薮の中から次々と現れる巨大な泥人形を見て叫
んだ。その泥人形も、土蜘蛛と同じく、次々と闇の獣を叩き潰していく。

「よっしゃ。あらかた片付いたみたいやなぁ。」

そして、全ての闇の獣が死に絶えた時、泥人形が現れた薮の中から、黒い衣を纏った1
人の少年が現れ、ヒカリとノゾミに近付いて行く。

「おっしゃ。お前ら、怪我ー無いか?」

「ひっ!」

「どないしたんや? 大丈夫かいな?」

「いっ、いやっ・・・。」

突然近付いてきた黒い服の少年を見上げたヒカリとノゾミは、体を震わせ顔を引き攣ら
せて、悲鳴に近い声を出しながら後ずさりして行く。

「さすが、トウジだ。すごいや。」

「やっぱり、あの蜘蛛だけは何度見ても気味悪いわねぇ・・・。」

地面に座り込んでいる2人の女の子達に、手を差し伸べているトウジの後から、アスカ
を連れて歩いて来たシンジは、見事な戦いに拍手をする。

「いやーーーっ! 助けてーーーっ!」

「おいっ! どないしたんや?」

「キャーーーーーーーーッ!」

トウジが差し伸べる手をヒカリは払いのけると、ノゾミを引っ張って一目散に砦の中へ
と走って逃げて行く。

「助けてーーーーーーーっ! 化け物ーーーーーーーーーーっ!」」

「ば・・・化け物て・・・。 せっかく助けてやったのに。」

「どうしたんだよ?」

「ワイの顔見て、逃げよったんや。失礼なやっちゃで。」

「アンタの顔が、化け物に見えたんじゃない?」

「なに言うとんや。」

ムスっとしたトウジ達がそんな会話をしていると、いつの間にか砦の兵士達が、ずらり
と3人の周りを取り囲んでいた。

「お前達だなっ! 闇の獣を操っていたのはっ!」

「へ?」

「なんやぁ?」

シゲルの言葉に、きょとんとするシンジとトウジ。アスカはその緊迫した雰囲気に脅え、
ぴったりとシンジに寄り添っている。

「お前達のせいで、何人の人が死んだと思ってるんだっ!」

「やっちまえーーっ!」

「おーーーっ!」

掛け声と共に襲い掛かってくる砦の兵士達。人助けをしたはずなのに、どうして攻撃さ
れるのかシンジ達は、わけがわからなかった。

「ちょ、ちょっと待ってよっ!」

「ワイらが、なんか悪いことしたんかいなっ!」

「シンジーーーっ! キャーーーーっ!」

何か誤解を受けている様なので、なんとか話をしようとするシンジだったが、兵士達は
聞く耳を持たず攻撃してくる。

「死ねーーっ! おやじの敵だーーーっ!」

「よくも、妹をーーーっ!」

シンジ達にしてみれば、わけのわからないことを叫びながら攻撃してくる兵士達。こう
なっては、とにかく剣を抜いて応戦するしかない。

「ぼく達の話も聞いてよっ!」

「やかましいっ! 息子の敵っ!」

剣を振りかざして、シンジを切り付けてくる兵士。

「くそっ!」

シンジも、自分の持つ剣で応戦する。が・・・。

パキーーーン。

兵士は一発でシンジの短剣を真っ二つに折り、首元にその剣を突きつけてくる。

「どうしてっ!?」

横に目を向けると、トウジの剣も砕け散っており周りを取り囲まれていた。

ど、どうして?
どうして、ぼくの剣が・・・。

自分の剣を一発で砕いた敵の剣。シンジは、目の前で何が起こっているのかわからず、
その場に座り込んで目を白黒させる。

この剣は、いったいなんなんだっ!?
なんで、こんなに強いんだっ!?

この小さな砦が外敵に襲われず、独自の勢力を維持している理由はこの剣にあった。人
々はこの剣を神剣と呼び、決して刃を交えようとはしない。

「シンジーーーーっ!」

連れ去られて行くアスカの声が聞こえる。その横で、頭に来たトウジがゴーレムを呼び
出そうとしていた。

「トウジっ! ちょっと待ってっ!」

「なんやっ!? もたもたしとったら、やられてまうがなっ!」

「いいから・・・。」

シンジの言葉にトウジも攻撃をするのをやめ、3人は砦の牢屋へと連行されて行ったの
だった。

<牢屋>

牢屋に入れられたシンジは、牢屋の中をくまなく見て回っていた。その横で、トウジと
アスカが大声を張り上げて喧嘩している。

「アンタが余計なことするから、捕まっちゃったじゃないのよっ!」

「ほないなこと言うたかてっ! ワイは、助けたらなあかんおもてっ!」

「それが余計なことだって言うのよっ!」

「なんやとっ! ほんじゃっ! 見殺しにしろっちゅーんかいなっ!」

「あの娘達助けて、アタシたちが殺されてたら、いい笑い物よっ!」

トウジとアスカの言い合いを余所に、シンジは先程から気になっている鈍く光る牢屋の
檻を、拳で叩いてみる。

ガンガン。

これだっ!
これは、いったい何なんだ?

ガンガン。

シンジが檻を叩く度に鈍い音が牢屋の中に響き渡る。それと同時に、アスカとトウジの
声も牢屋の中に響き渡る。

「やかましわい。だいたい誰のせいで、西の国離れてこんな所まで来る羽目になったと
  思っとんやっ!」

「あーーーっ! シンジぃ。あんなこと言うぅぅぅ。」

子供が親にいじめっ子のことを言いつける様な目でシンジを見ながら、トウジを指差し
アスカは口を尖らせる。

「ほんまのことやないかっ!」

「うっさいわねぇっ! もうっ! あっち行ってよっ!」

「おうっ! 言われんでも、お前みたいなやかましい女。願い下げやっ!」

「シンジぃっ! シンジぃっ! あんなこと言うぅぅぅ。」

シンジの腕にぶら下がって、トウジにあっかんべーをする元巫女のアスカ。しかし、シ
ンジは、先程から剣のことばかりを考えていた。

あの剣が欲しい。
どうしても・・・。

「もう、ワイは寝んでっ! やっとれんわっ!」

「勝手に寝なさいよっ!」

「うん。おやすみ、トウジ。アスカも寝た方がいいよ?」

「うん。そうね。じゃ、寝ましょ。」

トウジが寝始めたので、シンジも横になった。その横にぴったりと体を寄せて、シンジ
の腕を抱える様にしてアスカも横になる。

「トウジ? 寝た?」

「なんや。」

「ぼくは、あの剣が欲しい。」

「おう。あれ、凄かったのぉ。」

「だろ? どうしても欲しいんだ。」

寝ようとしていたアスカの耳に、2人の会話が入って来たので、自分も話題に入ろうと
口を開く。

「あんな剣がなくたって、シンジは十分強いじゃない。」

「アスカは、もう寝なくちゃ。」

そんなアスカの頭を両手で抱いて、シンジは自分の胸に押し付けると、優しく目を閉じ
させる。

「むぅぅぅぅぅっ。」

相手にして貰えず、幼子の様に寝かし付けられたアスカは、不満の声を上げながらも目
を閉じた。

「明日、ちゃんとぼく達のことをわかって貰うよ。」

「上手くいくかいのぉ。こんな状態じゃ、難しいんちゃうかぁ?」

「その時は・・・。」

「ほうか・・・。そんなに、欲しいんか。」

「うん。」

「でもなぁ、そこまでしとうないのぉ。」

「うん。」

目を輝かせて神剣に思いを馳せるシンジは、自分の腕の中で寝息を立てるアスカの髪を
撫でてやりながら、その夜は眠っていくのだった。

<屋敷>

翌日。

後ろ手に両手を縛られたシンジ達は、兵士達が見守る中、広い屋敷の大きな部屋の真ん
中に引っぱり出された。

「お前らっ! コダマ様の前だっ! ひざまづけっ!」

「なんでワイらが、ひざまづかなあかんねんっ!」

「黙って、そこに座らぬかっ!」

シンジ達を連れて来た兵士は、鈍く光る神剣をトウジの喉元に突き付け、無理矢理コダ
マの前に座らせる。

「わたしは、この集落の長を努めているコダマです。あなた達が、闇の獣を操っていた
  というのは本当ですか?」

「なんやとっ! ワイのゴーレムはなっ!」

「トウジっ。」

怒りも露に、目を吊り上げて反抗しようとするトウジだったが、シンジが割って入り、
その言葉を止めた。

「なんや、ワイにも言いたいことあるんや。」

「ぼくに、任せてくれないかな。」

「ほうかぁ?」

トウジを納得させたシンジは、コダマに向かってゆっくりと目を向けると、静かに喋り
始める。

「どうすれば、ぼく達を信じてくれるんですか?」

「信じる・・・ですか? そうですね。では、闇の獣を一匹残らず退治して下さい。」

「どこから出てくるかもわからんのにっ! ほないなこと、でけるわけないやろがっ!」

「トウジ、ちょっと待ってよ。」

いきり立つトウジを押えながら、シンジは再び顔をコダマへと向ける。

「わかりました。」

「本当ですか?」

「でも、その間。アスカの安全を約束して欲しいんだけど?」

「いいでしょう。ただし、人質として監視させて貰いますよ?」

「それと・・・ぼくに、その剣を下さい。」

「なっ! それはできません。」

「どうして?」

「これは、わたし達の砦の者以外、触ることは許されません。」

「闇の獣を倒すって言ってるんですよ?」

「・・・・・・。」

「その剣があれば、倒せると思うんだ。」

「ちょっと、待ちなさい。」

シンジの言葉に困ったコダマは、側に控えていたシゲルとヒカリを近くに呼ぶと、ひそ
ひそと何かを話し始める。そして、しばらくの話し合いの後、コダマは再びシンジの方
へ振り返った。

「本当に、闇の獣を倒して頂けるのですね?」

「はい。」

「なら、1本だけこの神剣を差し上げます。ただし、約束を破って逃げるようなことが
  あれば、その女の子はどうなるかおわかりですね?」

「逃げたりはしません・・・けど、もしぼくが死んだ時は、ひどいことはしないで下さ
  い。」

「わたし達は、鬼ではありません。わかっています。青葉、渡してあげなさい。」

シンジと取り引きが成立したコダマは、シゲルに1本の神剣を持ってこさせ、シンジに
手渡した。

これがっ!
これが、神剣かっ!

持った時に手にずっしりとくる感覚と、その剣が放つ鈍い光の力強さは、それまでシン
ジが持っていた剣とは雲泥の差があった。

「これが、神の剣ですかっ!」

「そう人は言いますね。あなたが持っていた剣では、歯が立たないでしょう。」

「この剣に比べたら、ぼくが持っていた剣なんて・・・。」

「それは、あなたが青銅の剣を持っていたからです。その剣は、鉄で出来ています。」

「鉄?」

「そうです。作るのが非常に難しい剣ですが、青銅の剣とは比べ物になりません。」

コダマの言葉に、再び視線を剣に移す。

鉄の剣・・・。

シンジは、生まれて初めて見る鉄の光に、その瞳を輝かせるのだった。

To Be Continued.


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