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ファーストインパクト
Episode 06 -大地の力-
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<屋敷>
シンジ達が鉄の剣を持って退室した後、シゲルはコダマの側に寄って来て神妙な顔でひ
そひそと話し始めた。
「信じられるのでしょうか? コダマ様。」
「彼女を頼むと言っているのです。嘘は無いでしょう。」
「そうですか。しかし、我々も警戒しておいた方が?」
「そうですね。こちらから攻撃を仕掛けるのは初めてです。もし、彼の攻撃が成功した
ら、窮地に立たされた敵が、ここに獣を送り込むかもしれません。」
「はい。」
「あの巨大な蜘蛛を操る少年はここに残ると言っていました。彼と協力して下さい。」
「はっ!」
こうして、緑の砦と闇の獣を操る謎の術使いが、初めて真っ向から激突を始めようとし
ていた。
<広場>
広場では、大きな鍋に木の実や刈ってきた猪など、たくさん具を入れた鍋物が用意され
ていた。アスカと一緒にやってきたトウジは、目の色を変えて自分の器を持ち鍋の前に
並んでいる。
「おうっ! お前が、飯作っとんか。」
鍋から民衆1人1人に食事を配給しているのは、昨日助けたヒカリであった。トウジは
ニコニコしながら自分の器を差し出す。
「ひっ!」
ヒカリはまだトウジのことを怪しんでいるらしく、恐々震える手で器を取ると、さっ
と鍋の具を入れて突き返した。
「なんやぁ。せっかく助けてやったのに、ごっつ嫌われたもんやなぁ。」
「アンタの顔が怖いのよ。」
しょんぼりするトウジに、追い討ちをかけるアスカ。
「なんやて、もういっぺん・・・まぁええわ。今は飯や。飯の時はたのしゅう食わなあ
かん。」
「はぁーあ。アンタの頭は食べることだけ?」
「当たり前やっ! それがいっちゃん大事なこっちゃでぇ。」
アスカは呆れ返りながらも、自分の器に入れて貰った鍋の食事を少しづつ食べ始める。
それは、巫女であったアスカが食べてきた物と比べても、格段に美味しい物だった。
「なんやっ! これはぁぁっ! ごっつう美味いわぁぁ。」
「ええ。本当ねぇ。美味しいわ。」
「何処ぞの、煩い女が作った物とは比べもんにならんわぁ。」
「むっ! あんなに美味しいって言ってたくせにっ!」
「幼虫や芋虫と比べたらやっ! ほやけどこれは、ほんま美味いわぁ。」
「ムムムーーーッ! もうっ! 絶対アンタには、何も作ってあげないからねっ!」
「いやぁぁぁ、美味いなぁ。あんなかわいくて、料理の美味い娘と仲よーなれならええ
なぁ。」
「フンッ! アタシだって、別にアンタなんかと仲良くなりたくないわよっ! イーダっ!」
ムカムカしながら鍋を食べるアスカだったが、ヒカリの作った料理の味は文句の付けよ
うが無い絶品だったので、それはそれで満足していた。
「シンジ・・・今頃大丈夫かなぁ・・・。」
<山奥>
その頃シンジは強い妖気を感じつつ、闇の獣を操る術使いを倒すべく暗い山の中を独り
進んでいた。
近い・・・。
近くにいるっ!
その時、シンジの周りに闇の獣が、何匹も踊り出てきた。シンジも予測していたので、
即座に身構えると、鉄剣で応戦に出る。
そろそろ身の危険を感じてきたみたいだ。
強い妖気だ。
おかげで、相手の場所が伝わってくるよ。
周りから何匹もの闇の獣が襲い掛かってくる。その獣を竜巻を起こして蹴散らしながら、
シンジは、妖気の強い方へ強い方へと走って行った。
ここだっ!
目の前には妖気を発する大きな洞穴があった。その真っ暗な穴の中には、目と牙を光ら
せる闇の獣が、うじゃうじゃとたむろっている。
「風っ!」
ギャオーーーー。
洞穴の中から不気味な声を上げてシンジに襲い掛かってくる獣達を、風に乗ったシンジ
は鉄剣で次々と斬りつけながら、洞穴の奥深くへ進んで行った。
<緑の砦>
トウジ達がたらふく鍋を食べ、満足な顔で寝転んでいると、砦の外で不気味な雄叫びが
聞こえ始めた。
「いよいよ来よったか。おい、お前っ!」
「なによっ! アンタにお前呼ばわりされたかないわよっ!」
「地下の牢屋に入っとけっ!」
「なんでっ! アタシが牢屋にっ!」
「敵が来たんや。お前に何かあったら、シンジに合わせる顔がのうなるさかいな。あの
牢屋は頑丈やさかい、あっこ行っとけ。」
「アンタ・・・。」
「それよりな。奴らが来たってことは、シンジはもう戦い始めとるで。応援してやれや。」
「えっ!」
「シンジは独りで戦こうとるけど、お前に応援して貰ろうたら、元気でると思うやけど
なぁ。」
「うんっ! わかったっ!」
アスカはトウジに言われたまま、占いに使う薪をいくつ抱えて、地下の牢屋へと降りて
行くのだった。
「よーしっ! シゲルっ! 行くでーーーっ!」
「俺達にお前の戦い方はできない。お前は好きにやってくれ。俺達は俺達で動く。」
「おうっ! ワイもその方がええわ。行くでーーーっ!」
トウジは一目散に砦の塀に駆け上がると、暗闇の外の様子を目を凝らして眺める。そこ
には、砦を押し潰さんばかりの闇の獣の大群が押し迫って来ていた。
「こりゃまた、ごっつ来よったなぁ。」
さすがに今迄に経験したことのない数の闇の獣に、砦の兵士達の中には逃げ腰になって
いる者もいる。
「おうっ!お前らっ! 今からびびっとってどーすんやっ! シンジが決着つけるまで、
守ったらワイらの勝ちなんやでーーっ!」
トウジは、他の兵士達に気合いを入れながら、迫り来る闇の獣の前に巨大な土蜘蛛とゴ
ーレムを次々と地中から出現させた。
「おっしゃぁぁあっ! いったれやっ!」
トウジの出現させたゴーレム達は、闇の獣を次々となぎ倒していくが、敵の数があまり
にも多くすり抜けた獣が砦に迫ってくる。
「ほんま凄い数やわ。シンジの奴、かなり追い込んどるな。敵の焦りがよーうわかるわ。」
とうとう何匹かの闇の獣が砦の塀に取り付き始める。トウジは、地面の石を浮かび上が
らせると、獣に当てて応戦する。また、兵士達も弓を射掛けるが、多勢に無勢の状態と
なってきた。
「あかんっ! 押さえきれへんっ! 来よるでーーーっ!」
7割以上の闇の獣が砦の外でうち減らされていたが、それでもかなりの獣が砦に登って
きている。後は、人の手で応戦するしかない。
「あんまし、剣術は得意やないんやけどなぁ。しゃーないわっ!」
トウジは次々と這い上がってくる獣を次から次へと斬り殺す。同じ様に塀の上で待機し
ていた兵士達も応戦を始める。
「中へ入れるなっ! 死ぬ気で防戦しろーーっ!」
シゲルが兵士達に号令を掛けて、闇の獣を蹴散らして行く。それでも1人また1人と、
徐々に餌食となっていく兵士達。
「しまったっ! 」
砦の端でそんな声が聞こえたかと思うと、切り崩された一角から闇の獣が砦の中へ雪崩
込んできていた。
「なんちゅーこっちゃっ! ここは、任したでっ!」
トウジは、全力で塀を駆け下りると、砦の中へ入った闇の獣を追い掛け始めた。
「待たんかこらぁっ! くそぉっ! 出でよっ! 土蜘蛛おっ!」
土蜘蛛を出して流れを食い止めようとするが、それすらも擦り抜けた獣は全てこの砦の
長であるコダマ達の住む屋敷に向かって進んでいた。
「あかんっ! やばいわっ!」
「コダマ様っ!」
それを見たシゲルも、コダマを守る為に駆け付けようとするが、砦の守りをするだけでも
手一杯で塀の上を動くことができない。
「こっちは任せとけっ!」
トウジは、シゲルに砦の守りを任せると、獣を蹴散らしながらコダマの屋敷へ一直線に
走って行った。
<洞穴>
その頃シンジは、洞穴奥深くで闇の術使いと戦っていた。
「ククク。血がどんどん増えるわいっ。あと少しで復活じゃ。どんどん血を吸ぇっ!」
闇の術使いの回りにはドーナツ型の血の池があり、先程からその血の量が少しづつ増え
ている。それが砦の民の血であることは明白であった。
くっ!
早くしないと、砦のみんながっ!
「ククク。あと少しで、完全復活じゃぁぁ。」
どうやら、闇と血の契約を結んだのであろう。後どれくらいかはわからないが、これ以
上血が増え続けると、何が起こるかわからないが、少なくとも敵に強大な力が授けられ
ることは間違い無い。
これ以上、力を持たれちゃやっかいだ。
早くなんとかしなくちゃ。
シンジは風に乗り、血の池の上を飛びながら術使いに切り掛かって行くが、寸前で闇の
獣を目の前に出され、逃げられてしまう。
「竜巻っ!」
幾本もの竜巻を出すものの、血の池を越える前にその威力はどんどん衰え、逆に闇の獣
がシンジに襲い掛かって来た。
「くそーーーーっ!」
孤独なシンジの戦いも、暗い洞穴の奥深くで熾烈を極めていた。
<コダマの館>
ガタンっ!
館の扉を蹴破ったトウジは、剣を振り翳して闇の獣を迎え撃つ。その後ろでは、3姉妹
が震えながらその様子を見ていた。
「わ、悪いのですか?」
コダマがおずおずとトウジに戦いの状況を聞いてくる。
「めっちゃ、やばいわ。とにかく、ここはもうあかん。裏口から地下へ逃げて、なんや
らあの固い牢屋ん中に入っとけ。」
「わかりました。」
トウジに言われた3姉妹は、裏口を開け地下の牢屋の方へ走り出す。そんな3姉妹の後
を追い掛ける闇の獣達。
「くそっ! 回り込まれてもーたっ!」
表口の獣はそこそこに、トウジは裏口へ回って3姉妹を追い掛ける獣を蹴散らす。
「はよ、逃げーーっ!」
「はい。」
コダマに従い走って行くヒカリとノゾミ。そして、あと少しで地下への通路という所ま
で来た時、ヒカリが石段に躓き転んでしまった。
「キャーーーーーーっ!」
倒れたヒカリ目掛けて襲いかかってくる獣。トウジは、寸前で石を飛ばしその場はヒカ
リを助ける。
「ヒカリっ! 早く!」
コダマがヒカリを呼ぶが、足をくじいてしまったらしく立つことができない。
「コイツはワイが守る。おまえらだけでも早よ行け。」
「でも。」
「行けっちゅーとるやろがっ! 邪魔になるわっ!」
「はいっ!」
トウジに怒鳴られたコダマとノゾミが地下へ入って行く。それを見届けたトウジは、地
下へと伸びる鉄の扉を閉めて、ヒカリを抱き上げた。
「じっとしとれやっ!」
「は・・・はい。」
このままでは、敵に取り囲まれる。トウジはヒカリを連れて、屋敷の隅へと走って行く。
「動くなやっ!」
「はい。」
コダマ達が地下へ入ってしまったので、闇の獣はヒカリをターゲットに次々と迫って来
ていた。トウジは、ヒカリを背中に隠し剣を持って対峙する。
「ワレぇっ! 掛かってこんかいっ!」
土蜘蛛を出し、ゴーレムを出し、石を飛ばしながら応戦するトウジだが、元々剣術は得
意でない為、いざ接近戦になるとかなりの苦戦が強いられる。
「キャーーー。」
トウジが少し隙を見せた途端、その横を擦り抜けた獣が、ヒカリに襲い掛かってきた。
「なにかましとんじゃっ!」
地面を蹴り獣に体当たりをする。それと同時にトウジの足には、獣の牙がぐいとめり込
んでいた。
「ぐぁぁぁぁぁ。こんぼけぇぇぇっ! なにさらしとんじゃっ! 痛いやないかーっ!」
自分の足を食い千切ろうとしていた獣を刀で切り付け、動かない足を引きずりつつも、
ヒカリを守るべくじりじりと後づさりする。
ガウーーーーー。
ヒカリを背中で守りながら、足が立たず尻餅をつくトウジに、次々と獣が襲い掛かって
くる。
「おんどりゃーーっ! コイツには、指1本触れさせへんどっ!」
ヒカリを必死で守りながら応戦するトウジの身体に、次々と獣の爪や牙の跡がつき、血
が吹き出始めた。
「まだやっ! ワイは、守るっちゅーたもんは、守るんやっ!」
そんなトウジの後ろで、ヒカリは震えながらトウジの背中に必死でしがみついている。
「くそーっ! ワイはっ、こないな娘は初めてみたんやっ! ワイは、こないな娘が好き
なんやーーーーーーーっ!」
自分の体を盾にし必死でヒカリを守るが、とうとう腕からも血が吹き出し右手に持って
いた剣がカランと地面に落ちた。
「くそーーっ! かかってこいやっ!」
ヒカリの前で両手を広げ、飛び掛かってくる獣を目を見開いて見据える。
「トウジさーーーーーんっ!」
ヒカリが叫ぶ。
「うらぁーーーーーーーーーっ!」
まさにトウジの目の前に獣が飛び込んで来た瞬間、まるでその獣は闇に溶けるかの様に、
フッと何処へともなく消えていった。
ドサッ。
安堵の溜め息を漏らして、ヒカリの前にトウジの血みどろの体が崩れ落ちた。
「・・・・・・そうか。助かったで、シンジ・・・。やりよったか・・・。」
全てが終わったことを知ったトウジは、張っていた気が一気に遠退き、そのままヒカリ
に凭れ掛かって意識を失った。
<屋敷>
翌朝早く朝日に照らされて戻ってきたシンジは、歓呼の声援で迎え入れられた。そのボ
ロボロになった服装と、あちこちが欠け落ちた鉄剣の様子から、彼も独りでどれほどの
激戦を繰り広げてきたかが、誰にでも想像できた。
「シンジっ! こ、こんなになって・・・。」
真っ先に砦から飛び出して、駆け寄って行ったのはシンジが戦っている間中、火の前で
ひたすら祈り続けていたアスカであった。
「シンジーーーーーっ!」
今にも崩れ落ちそうになるシンジに、肩を貸してゆっくりと砦の中へ導くアスカ。
「シンジさん。ありがとうございました。勝ったのですね。」
砦に入ると、コダマが深々と頭を下げシンジを迎え入れる。
「いえ・・・。すみません。駄目でした。」
「え?」
しかし、シンジの顔は暗かった。
「今回の戦い・・・勝ったことは勝ったんだけど・・・。完全に倒すことができません
でした。」
「そんな・・・。」
「直ぐにはあの術使いも復活できないと思う・・・けど。また、いつ復活するかわかり
ません。」
「そうですか・・・。」
「もうっ! こんなに傷だらけになってシンジが帰ってきたんだから、そんなの後にし
なさいよねっ! 先に傷の手当てでしょっ!」
術使いが倒しきれなかったと聞いてがっかりするコダマに、ムカッときたアスカは、大
声で叱咤しながらシンジを屋敷へ連れて行く。
「あっ、そうでした。直ぐに支度させます。」
コダマは砦の女性達に次々と指示を出し、シンジが落ち着いて眠れる場所と傷薬を提供
するのだった。
<ヒカリの館>
その頃ヒカリは独り自分の館で、傷付き気を失ったトウジを必死で看病していた。傷口
に薬草を巻き付け血を止め、一晩掛けてトウジの汗を塗れた布で拭っていたのだ。
「う・・・うーーん。」
朝になりトウジが呻き声を上げ意識を取り戻すと、心配そうに顔を覗き込んで来ている
ヒカリの姿があった。
「ん? なんや、お前か。」
「気が付いた?」
「無事やったか?」
「私は・・・あなたが守ってくれたから。」
「ほうか、ほら良かった。」
「ありがとう・・・。痛む?」
「どーってことあらへん。お前が手当てしてくれたんか?」
「うん・・・。」
「悪かったのぉ。ワイのこと嫌ろうとったのに、手当なんかさせてもーて。」
「そんなことないっ!」
「えっ?」
「そ、そんなこと・・・。ない・・・。」
ヒカリは、無事に意識が戻ったことで安心したのか、涙を流しながらウジの目を覗き込
んでくる。
「なにか、して欲しいことある?」
「ほやなぁ。ほれやったら、飯くれへんか? お前の飯、ごっつう美味いからなぁ。」
「うんっ! わかったっ!」
ヒカリはパタパタと館を出て行くと、めったに使わない米をふんだんに使って、おかゆ
を作り、トウジに食べさせてあげる。
「なんや、これは? こないだのも美味かったけど、これはまたごっつう美味いなぁ。」
「早く元気になって。」
「こんなん食っとったら、すぐ元気になるでっ!」
「うんっ! 元気になってっ!」
それからというもの、ヒカリは仕事がある時以外、人が変わったように付きっきりでトウ
ジの看病をし続けるのだった。
<お屋敷>
数日が経過した。怪我がある程度回復した頃、シンジは中央の屋敷に出向いていた。
「もう、怪我の方は宜しいのですか?」
「はい。」
「この度は、ありがとうございました。」
コダマとシゲルが、深々とお礼をする。完全に闇の術使いを封印しきれなかったとして
も、この先しばらくは安心して暮らすことができるのだ。
「何か望みの物はありますか?」
「鉄の剣・・・確かに強かったです。でも、やはり欠けてしまいました。」
シンジは先の戦いで欠けてしまった剣をずいと差し出す。その剣は、あちこちが刃毀れ
しており、どれほどの熾烈な戦いが繰り広げられたかを物語っている。
「もっと、強い剣はありませんか?」
「残念ながら、これ以上の剣は私達には作れません。」
「そうですか・・・。」
「ただ・・・これは噂ですが。北の国という所が、雪の向こうにあると聞きます。」
「北の国?」
「はい。そこには、どんな魔物も突き通すという、伝説の槍があるそうです。」
「伝説の・・・そんな物があるのですか?」
「噂ですが、なんでも真っ赤な槍で先が3つに分かれているということです。人はその
槍をロンギヌスの槍と言い恐れ敬います。」
「ロンギヌスの槍・・・。あの、お願いがありますっ!」
「なんでしょう。」
「ぼくは、1度その国へ行ってみたいと思います。だけど、アスカをそんな寒い所へ連
れて行きたくありません。しばらくここで預かって貰えないでしょうか?」
「えっ!?」
それまで黙って話を聞いていたアスカだったが、その言葉を聞いてギョッとした顔でシ
ンジを見つめ返した。
「イヤよっ! アタシも行くっ!」
「駄目だよ。噂でしかない所なんだよ? そんな国、本当は無いかもしれない。」
「イヤイヤッ! それでも、アタシも一緒にっ!」
「そんな危険な所へなんて連れて行けないよ。ここなら安全なんだ。しばらく待ってい
てくれないかな?」
「イヤっ! 危険でもいいっ! シンジと一緒に行くっ!」
そんな様子を見ていたコダマは、そっとアスカに語り掛け始めた。
「アスカさん? あなたが行くと、シンジさんはあなたを守る為に無理をすると思うわ。」
「・・・・・・・そ、そんな・・・。」
「だから、シンジさんの言うことを聞いて、ここで私達と待ちましょう?」
「・・・・・シンジ・・・アタシ、邪魔なの?」
「ぼくは・・・ただ、アスカを危険な目に・・・合わせたくないから・・・。」
困った顔で、おずおずと言葉を区切って答えるシンジ。
「そう・・・。そっか。わかった。待ってる。」
アスカは一粒涙を流したが、シンジに見られない様に直ぐに袖で拭き取ると、ニコリと
微笑み返した。
「アタシ待ってるから、無事に帰って来てね。」
「ごめん・・・。必ず帰って来るよ。」
「うんっ!」
アスカはそういうと、一緒にいられる後僅かな時間が少しでも惜しいといった感じで、
シンジの腕にぎゅっと抱き付く。
「ところで、シンジさん? トウジさんは、どうされるんでしょう?」
「トウジは・・・その・・・。」
「そのことなんやけど、ワイ、この砦の住人になろう思うんや。」
「えっ!?」
「シンジがなぁ、術使いを打ち損じてもうたやろ? こいつの尻拭いは、ワイがちゃん
とせなあかん。」
「ひどいよ・・・ぼくのせいにするなんて・・・。あの娘と一緒にいたいだけじゃない
か・・・。」
「なんか、言うたか? シンジ?」
「べつに・・・。」
トウジの言葉を聞いたシンジは、ブチブチと小声で文句を言う。
「ワイも男や。約束したことは、最後まで守らなあかんっ。仲間の失敗は、ワイの失敗
も同じや。」
「ヒカリとは、上手くやっていけそうですか?」
「えっ?」
しかし、コダマはトウジの本心を見抜くかのごとく、にこりと笑い返してきた。
「いや・・・ワイは・・・べつに・・・。」
「大事にしてやって下さいね。私にとっても大切な妹ですから。」
「あ・・・いや・・・。」
「お願いしますよ。」
「わっ、わっかりましたぁぁっ!」
とうとう観念したトウジは、大声でコダマに答える。その横には、はにかみながらも微
笑んでいるヒカリの姿があった。
:
:
:
翌朝、いよいよシンジが砦を旅立つ時がきた。
「トウジ。ぼくが帰ってくるまで、アスカを頼んだよ。」
「おうっ! 任せとけっ!」
「コダマさんにシゲルさんも、本当にアスカのこと、宜しくお願いします。」
「はい。しっかりと面倒みさせて貰います。ちゃんと、花嫁修行もして貰っておきます
ね。」
「あっ・・・そ、そういうんじゃ・・・。」
シンジは顔を赤くして、ポリポリと頭を掻く。しかし、その横にいたアスカは、そんな
冗談に耳を貸す余裕は無い様で、ぎゅっと下唇を噛み締め両手を力強く握っていた。
「アタシ、待ってるから。」
「うん。」
「シンジが帰って来るまで、ずっと待ってるから。」
「できるだけ早く帰ってくるよ。」
「ううん。無理しないで・・・。遅くなってもいい。無事に帰って来てっ。」
「うん。」
「毎日、無事を祈ってるから。」
「うん。それじゃそろそろ。」
「アタシ、アタシ、ずっと待ってるから。」
「うん。それじゃ・・・。」
「アタシのこと忘れないないでね。」
「うん。そんなわけないだろ。じゃそろそろ行くね。」
「アタシ、シンジのこと想って待ってるからっ!」
「うん。じゃぼくはそろそろ行くから。」
「アタシ、ちゃんと待ってるから・・・待ってるから・・・。」
「・・・・・あの。アスカ・・・。」
「待ってるから・・・。」
さすがに、その様子を見かねたコダマが、助け船を出そうとそっと声を掛けてきた。
「アスカさん、そろそろシンジさんも行かれるみたいですから。中に入りましょうか?」
「う、うん・・・。」
しぶしぶではあったものの、名残惜しそうにシンジから手を離したアスカは、下唇を噛
み我慢していた目を涙で潤ませながら、歩き始めるシンジを見送る。
「アタシ、ずーーーと待ってるからっ! ずっとずっと待ってるからーーーーっ!」
そう言いながら、手を振るアスカにシンジは笑顔で手を振ると、背中を向けて山の森の
中へ消えて行った。
「アタシっ! シンジの無事をいつも祈ってるからっ!」
既に見えなくなったシンジの姿に、いつまでも叫び続けるアスカ。
「アタシっ! アタシっ!」
「さぁ、そろそろ入りましょうか?」
「アタシ・・・待ってるんだから・・・。」
アスカはいくらコダマに言いわれても、砦の中には入ろうとせず、いつまでもいつまで
も、シンジの去って行った方を見つめ続けているのだった。
<北の国の二の城>
ここは、極寒の北の国に聳え立つ3つの城の中でも、最大の勢力を誇る二の城。その最
上階に、マヤがゆっくりと入ってくる。
「レイ様。また、1人目のレイ様の城で、不穏な動きが見られます。」
「姉さん・・・。どうして・・・。」
レイは、1人目のレイと言われる3つ子の姉と、3人目のレイと言われる妹に想いを馳
せ、悲しそうな目をするのだった。
To Be Continued.
作者"ターム"さんへのメール/小説の感想はこちら。
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