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ファーストインパクト
Episode 07 -優しき瞳の水の戦士-
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<北の国>
雪山が聳える北の国には、氷の城壁に囲まれた3つの城が互いを牽制し合う様に山を隔
て建てられている。
何かが・・・。
私の国に大きな変化が起ころうとしてる。
私達を救う物?
その3つ勢力の中で最も巨大な城の中にある神殿。その中で1人の少女が、氷の像に祈
りを捧げて座っている。
「レイ様、お呼びでしょうか。」
「近いうちに何者かがこの城を訪れるかもしれません。礼を尽くして迎えて下さい。」
「わかりました。」
「それから・・・。」
「はい?」
「姉さんや妹の所へ向かった伝令は?」
「はい・・・残念ながら。」
「そうですか。マヤさんも今日は遅いですから、もうお休みになって下さい。」
「はい。」
北の国が歴史に名を刻み初めて以来、若き女王となったこの何代目かの綾波レイは、歴
代の女王の中でも最も不幸な運命を背負った者であった。
どうして、姉妹で争わなければいけないの?
どうして・・・。
北の国では、長女が綾波レイという名を名乗り女王となる慣わしがあった。ところが、
先代の綾波レイが生んだ娘は3つ子だったのだ。
各従者は3つ子をばらばらにし、自らが擁し奉るそれぞれの娘を綾波レイと名乗らせ、
後継者を巡る権力争いが発生する。
その後、先代の神に通ずる力を受け継いでいたのが、2人目の綾波レイであることがわ
かったのは、彼女達3人の綾波レイが5歳になった時だった。
しかし、一度分裂した勢力は簡単には元には戻らず、それから9年経った今もそれぞれ
の綾波レイを後継者だと奉り、争いは続いていたのだった。
<雪原>
シンジは、草でくくりつけた藁を身体に巻き付けて、凍えるような寒さの中、独り雪に
足を埋めて歩いていた。
寒い・・・。
こんな寒い所に、北の国なんて本当にあるのかな。
アスカを連れて来なくて良かった。
この極寒の地に入って以来、シンジは2日も何も口にしていなかった。ただただ、太陽
と星を頼りに北へ北へと歩いて行く。
寒い・・・。
でも、ここまで来たんだ。
後少し。
「炎っ!」
疲れ切った身体で意識を集中し、僅かな火を目の前に灯す。しかし、燃える物が何もな
い雪原では、その火も直ぐに消えてしまう。
もっと、炎の術を修行しておくんだった。
アスカの方が、よっぽど大きな火を出せるや・・・ははっ。
寒い・・・。
元々シンジは風を司る術使いであり、炎系統の術は真似事でほんの少し使える程度で
ある。その為、碌に暖を取ることもできず、ガチガチと震えながら濡れて凍り付いた足
を少しづつ少しづつ進めて行くしかなかった。
<一の城>
ここは北の国の中で、一の城と呼ばれている3つの勢力の中で2番目に大きな城。この
城では、長女である1人目の綾波レイを擁し奉る赤木ナオコが、その勢力を纏めていた。
「レイ様。」
「なにかしら? クスクス。」
「見回りに行った兵士が、異国の者が倒れているのを発見しました。」
「あら、そう。」
「いかがいたしましょうか?」
「会ってみたいわ。クスクス。」
「しかし、まだ意識が回復しておりませんが・・・。」
「そうなの。じゃ、気が付いたら呼んで頂戴。」
「わかりました。ところで、レイ様。また、氷の悪魔に魂を売った魔女の城を責めようと
思いますが。」
「そうなの? 最近は、妹も悪さをしてないんじゃないの?」
「とんでもございません。我が城の悪意の無い兵士達を、何人も惨殺しております。」
「そう・・・。どうして、妹は、そのようなことばかり・・・。」
「全ては、あのマヤがいけないのです。あの者が、妹君を操っているのです。」
「わかったわ。民の為、仕方無いわね。早速出兵の支度をして頂戴。クスクス。」
「はっ。」
レイ直筆の出兵命令書を受け取ったナオコは、ニヤリと笑ってレイの館を後にするのだ
った。
綾波レイが5歳の時、正当な後継者が2人目の綾波レイだとわかった一の城と三の城の
従者達は、まるで示し合わせたかのように、2人目のレイの持つ力を悪魔の力だと自分
達が擁し奉る綾波レイに吹き込み、目の敵にしていたのだ。
<一の城の客間>
ここは・・・。
ぼくはどうしたんだろう?
目が覚めたシンジは、あたたかい布団の中で眠っている自分を発見し、むくりと起き上
がった。
ぼくを誰かが助けてくれたのかな?
ここは、何処なんだろう?
何もかもがわからないシンジは、布団から身体を出すと、この館の人間を探して部屋を
出て行く。
ドタドタドタ。
廊下に出てみると、あちこちを慌ただしく武装した兵士が走り回っている。何か一大事
が起きている様だ。
「あの・・・すみません。」
「やかましいっ! 戦の準備で忙しいんだっ!」
「戦? どういうことですか?」
声を掛けようとした兵士は、シンジの言葉になど取り合わず、険しい顔のまま走り去って
行ってしまう。
戦が始まるのかな。
ぼくも、助けて貰ったお礼に何か力になれることはないかなぁ。
まだ様子がよくわからないので、この館の主らしき人物を探してうろうろと歩き回って
いると、兵士を統率している1人の女性が目に止まった。
「あの・・・。すみません。」
「あら、あなた。目が覚めたの?」
「はい。助けて頂いたんでしょうか?」
「ええ、見回りの兵士が、倒れていたあなたを見つけたの。」
「戦が始まるんですか?」
「ええ。そうよ。」
「良ければ、ぼくも何かお手伝いを・・・。」
「あなたに、何かできるの?」
「はい、少しは・・・。」
集まっている兵士達の前で、竜巻を起こして見せる。ナオコや兵士達にとって、2人目
のレイ以外の人物が、術を使う所を見るのは初めての経験だった。
「「「おおおおおおおおおお。」」」
兵士達の間にどよめきが起こり、ナオコですらも目を丸くし、驚きの表情でシンジのこ
とを見つめる。
「あなた・・・術が使えるの?」
「はい。助けて貰ったお礼に、何か役に立てれば・・・と。」
「そう、わかったわ。では、一緒に戦って貰えるかしら?」
「はい。わかりました。」
ナオコはニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、シンジに耐寒防具などを与え、戦の手筈
などを教えるのだった。
<二の城>
その日の昼下がり。マヤの元に伝令が駆け込んで来た。その慌て振りから、ただごとで
ないことが伺える。
「どうしたんですか?」
「一の城の兵が向かって来ていますっ! 戦ですっ!」
「また・・・。レイ様がお嘆きになるわ。」
報告を受けたマヤは、悲しみを顔に表しながらレイの館へと足を運ぶ。戦となると、誰
よりも悲しむレイの表情を見るのが辛い。
コンコン。
「はい。」
「マヤです。悪い知らせがあります。」
「入って下さい。」
許しを得て部屋の中に入ったマヤは、沈痛な面持ちでレイを見ながらその前に跪く。
「姉君が、攻めて参られました。」
「・・・そう。」
予想はしていたことだが、そのレイの悲しみに暮れた顔を見ると、張り裂けんばかりの
痛みを心に覚える。
「また・・・戦わなくちゃいけないのね。」
「はい・・・。わたし達が至らないばかりに。申し訳ありません。」
「いいえ。そんなことはないわ。わかりました。」
「では、戦の準備を致して参ります。」
「お願いします。」
マヤが去った後、レイは氷の神の像に向かって跪くと、両手を胸の前で合わせて祈りを
捧げる。
また、私は戦わなければなりません。
民を守る為とはいえ、姉に刃を向ける私に罪があるならお裁きを・・・。
その頃マヤは、敵の動きを図面に表しながら、暗い表情で今回の戦の作戦を立てていた。
レイがいる限り、勝つことは目に見えている。それでも、戦わなければならない。
いつになったら、平和が訪れるの?
どうして、ナオコさんはわかってくれないの。
一の城で1人目のレイを擁し奉るナオコを見ながら、幼い頃に育ったマヤは、できるこ
となら戦などない平和に暮らしていきたいと願っていた。
<雪原>
一の城の兵士達は、シンジを中心に陣形を整えると、二の城の近くの雪原まで進行して
来ていた。今回の出兵は、術を使えるシンジがいるというだけで、活気立っている。
「敵が出て来たぞーーーーっ!」
「掛かれーーーーっ!」
どこからともなく雄叫びを上げる兵士達の叫び声と共に、二の城から出てきた兵士に突
撃して行く。
あれが敵・・・。
ぼくも、助けて貰ったお礼にがんばらなくちゃ。
雪崩の様に攻めて行く兵士達に混じって、シンジも風に乗り目の前から迫る敵兵に突進
して行く。
ピキーーーーン。
シンジの肌を、この世の物とは思えない冷気が掠めた。
「なっ! なんだっ!?」
風に乗り舞い上がっていたシンジの眼下で、先頭を走っていた幾人もの兵士が一斉に氷
つく。前を見ると敵兵士達の真ん中で、青い髪の少女が祠に乗ってこちらを見据えてい
た。
この力はっ!?
あいつが敵の長かっ!
次々と凍らされていく兵士達を越え、二の城の兵士達が怒濤のごとく攻め寄せて来る。
させるかっ!
「風よっ! 竜となれっ!」
その声と共に、二の城の兵士達の眼前でいくつもの竜巻が巻き起こる。突然のことに慌
てふためく敵兵士達。
一方レイは、目の前で起こっている情景を、目を見開いて驚きの表情で見ていた。この
国であの様な術を使える者は、自分以外に存在しないはずなのだ。
姉さんなの?
一瞬、レイは1人目のレイにも力が宿ったのかと思ったが、どうやらそれは目の前で宙
に舞い上がっている少年の物の様であった。
違う・・・姉さんじゃない。
あれは誰?
次々と二の城の兵士達が、空高く舞い上げられていく。このまま手を拱いていることも
できない為、レイも全神経を集中して攻撃を開始した。
「凍気っ!」
レイが巻き起こした冷気が、竜巻を起こしていたシンジを直撃する。シンジは、体中が
凍りそうになりながらも、風で冷気を追い払い反撃を始める。
「風よっ!」
迫り来る冷気を、強烈な風を使い押し戻すシンジ。もはや、その戦は兵士同士の戦いで
はなく、シンジとレイという術使い同士の戦いとなっていた。
なんだ? あの娘は?
今まで会った敵とは、まるで違う・・。
風に乗り空高く舞い上がると、レイに向かって直接攻撃を掛けるが、レイの放つ冷気が
強すぎて近づくことができないでいた。
「そんな凄い力を持っているのに、どうして闇に魂を売ったんだっ!」
ナオコに聞かされたことを信じているシンジは、持てる力全てを使い鉄の刀を振りかざ
してレイに斬り掛かる。
「竜巻よっ! 風よっ!」
余力を残す余裕などない。シンジは、目を吊り上げ全ての術を使い切るつもりで、特攻
を仕掛ける。
「真空剣っ!!!」
持てる最大の奥義を振り翳しレイに切り掛かる。
シンジの背後に、風神の姿が浮かび上がる。
「でやーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
その姿を、レイは冷静な赤い瞳で見上げた。
「氷よ壁となり私を守り給え。」
パキーーーーーーーーーーーーーーーーーン。
次の瞬間、レイとシンジの間に巨大な氷の壁が突如現れる。
「なっ!」
ズバーーーーーーーーン。
風も竜巻も遮られ、最終手段であった真空剣すらも鉄の刃ごと氷の壁に粉砕される。
ズドーーン。
落下し、雪原に叩きつけられるシンジ。
粉雪が高々と舞い上がる。
「ぐっ・・・。」
胸を強く打ち、声も出せず苦しみながらゆらゆらと立ちあがる。目の前には、祠に乗っ
て自分を見下ろしている赤い瞳が見えた。
やられる・・・。
一の城の兵士達も、シンジがやられたことを知り、恐怖に顔を引き攣らせてじりじりと
後ずさり始める。
ん?
なんだ?
しかし、その様子を見た2人目のレイは、二の城の兵士達に撤退を命じると引き上げ始
めた。
どうして?
勝ったんじゃないのか?
シンジにはなぜレイが引き上げ始めたのかわからない。しかも、最後に見た赤い瞳には、
優しい輝きが宿っている様に見えた。
あの娘は、なんなんだろう・・・。
二の城の兵士達が引き上げた後、一の城の兵士達に救出されたシンジは、2人目のレイ
のことを考えながら城へ戻る。
あんな凄い力、見たことがない。
あれだけの力があれば、簡単にこの城くらい・・・。
どうして、引き上げたんだ?
どうして、ぼくを見逃してくれたんだ?
闇に魂を売ったと聞かされている少女。しかし、とてもシンジには、あの赤い瞳の持つ
輝きが闇の物とは思えない。
もう一度・・・戦ってみよう・・・。
でも、まだ駄目だ。
ぼくには力が無さ過ぎる。
2人目のレイが持つ優しい瞳の光にも興味があったが、それ以上にあの強大な力にもう
1度挑戦してみたくなってくる。
あの娘は強い。
ぼくなんかが、及びもつかない力を持っている。
優しい瞳を持つ水の術を使う女の子か・・・。
いずれまた、必ず・・・。
To Be Continued.
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