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ファーストインパクト
Episode 08 -新たな力-
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<二の城>

戦が終り城へ引き上げた後、傷ついた兵を癒したマヤはレイの館へと足を運んでいた。
今回の戦いは今までとはわけが違う。あの少年に対するレイの考えを聞いておきたい。

「レイ様、宜しいでしょうか。」

「はい。」

返事を聞いて館に入ると、レイは氷の像に祈りを捧げているところだった。その間マヤ
は傍らに正座し、静かに儀式が終わるのを待つ。

「ふぅ・・・。」

レイは口から少し息を漏らし、祈りを終え振り返った。その様子を見たマヤは単刀直入
に、今日見た少年のことを切り出す。

「レイ様、あの少年のことですけど。」

「風の術を使う人ね。」

「レイ様の他に、あの様な力を持っている方がおられるのでしょうか?」

「ええ。」

「でも、レイ様が勝ったのですから、大丈夫ですよね。」

「いいえ・・・。」

「えっ!? どういうことです?」

「あの人は、風の術使い・・・。それも、宿っているのは風の属性の頂点を極める風神
  様でした。」

「風神様とは、レイ様が契約している神様よりお強いのですか?」

「私の水神様の方が、遥かに力はあるわ。」

「それなら。」

「いいえ。火や水の属性と違って、風には2つの神様が必要なの。」

「まだ半分の神様しかあの少年には付いてないと?」

「ええ・・・だから、二神を得た時は・・・。」

「そうですか・・・。」

マヤはしばらく少年のことを考えるが、そのことよりも目先の解決しなければならない
問題があることを思い出す。

「話は変わりますが。兵のことで・・・」

その後は、しばらく傷ついた兵のことや、他の城の姉や妹にどうやったら理解して貰え
るのかを、マヤとレイは話し合うのだった。

<一の城>

翌日、敗戦の後のごたごたが片付いた頃、まだ傷は残るもののある程度疲れのとれたシ
ンジは、ナオコの部屋へやって来ていた。

「シンジです。いいですか?」

「どうぞ。入って下さい。」

「はい。」

ナオコの許しを得て部屋に入ったシンジは、そこに昨日戦った少女の姿を見つけ驚いて
部屋の入り口まで引いてしまう。

「ど、どうして・・・?」

「どうしたのです?」

「そ、その娘は・・・。」

「あぁ、レイ様です。昨日の魔に魂を売った娘の、3つ子の姉です。」

「そ、そういうこと・・・ですか。」

3つ子と言うのだから当然かもしれないが、本当にそっくりである。ただ唯一違いがあ
るとすれば、その瞳に感じる力だろうか。

「昨日は役に立てなくて、すみませんでした。」

「いいえ。よく頑張って下さいましたわ。」

「あなたがシンジくんね? クスクス。」

「うん。」

「わたしの妹、強いでしょ? クスクス。」

瞳から感じる力だけでなく、喋ってみると雰囲気も少し違う。それはともかく、敵であ
るはずの妹のことを、どうしてこんなに嬉しそうに語るのかが不思議だ。

「レイ様。笑い事じゃありません。妹君を倒さない限り、私達に平和は来ないのですよ?」

「そんなに、妹は悪いことばかりしているの?」

「むやみに民を傷つけ、好き勝手されております。ですから、レイ様がしっかりして下
  さらないと。」

「そうですね。クスクス。」

シンジはナオコの言っている意味がよくわからなかった。むやみに傷つけるどころか、
勝利しているにもかかわらず、自分達を見逃すかのごとく城に撤退したではないか。

この人は何を言ってるんだ?
まぁいいや。そんな話をしに来たんじゃない。

昨日の少女とそっくりな少女がいて、驚いたシンジだったが、ここへ来た目的を思い出
すと、ナオコにその話を切り出す。

「このままじゃ、ぼくはあの娘に勝てません。」

「無理・・・ですか。」

ナオコは視線を少し下に落とし残念そうに小声を出す。

「だから、修行に行こうと思います。」

「修行? 修行するなら、ここでは駄目なんですか?」

「ここに来る途中、少し南の方に気になった高い山がありました。あそこへ行ってみよ
  うと思うんです。」

北の国へ来る途中、山頂を黒い雲に覆われた高い山が、なぜか妙に気になって仕方が無
かった。その時から、次に修行するならその山にしようと決めていたのだ。

「そんなに高い山に登って、大丈夫ですか?」

「大丈夫だと思います。行かせて貰えますか。」

ナオコは思慮を巡らす。このままシンジを置いても利用価値は無い。だが、修行をすれ
ば勝てるかもしれない。それに、修行で死んだとしても、なんら損は無い。

「わかりました。では、旅の支度は私達がします。がんばって来て下さい。」

「そうですか。ありがとうございます。」

ナオコの内心など知らないシンジは、何度もお礼の言葉を言うと、旅の服や食料などを
受け取り、来る途中に見た高い山へと修行に行くのだった。

<黒雲の山>

雲を突き抜ける円錐形に近い外観の山をシンジは登り続ける。北の国からあまり離れて
いない為、山の中腹まで登って来ると雪やツララがあちらこちらに見え始めた。

「はっはっはっ。」

水は周りに広がる氷や雪でしのげるが、食料はどんなに節約しても7日分くらいしか無
い。ゆっくり山を登っていては、修行に適した場所を見つける前に食料が尽きてしまう。

「はっはっはっ。」

人里離れ孤独になり自然と一体化するのが、山で育ったシンジの修行のやり方である。
シンジは、風に乗るタイミングを見計らいならが徒歩で山を登り続ける。

あの黒い雲が掛かってる所まで行ってみたい。
あそこに、何かある様な気がする。

「風よっ!」

谷間から吹き上げる風が無くなったのを見計らい、風を起こして山を登って行く。する
と、山の中腹に信じられない物をシンジは見つけた。

「なんだ?」

風を止めその場に降り立つと、紛れも無くそれは人が作った大きめの頑丈な小屋であっ
た。

<山小屋>

こんなとこに、どうして小屋なんかあるんだ?
ぼくと同じで、修行に来てる人が建てたのかな?

かなり太い木で建てられた古い小屋で、雪国によくある三角形の屋根をした頑丈な小屋
だった。

誰か居るのかな?
入り口は何処にあるんだろう?

興味が沸いたシンジは、どんな屈強な人物がこんな人里離れた険しい山に修行しに来て
いるのだろうと、小屋をぐるりと回り大きな扉を見つける。

ドンドン。

「あの。誰か居ますか?」

ドンドン。

しかし、小屋の中からは何も返事が無い。ただの空き小屋だろうかと思ったシンジは、
その重い扉を力を入れて押し開ける。

「えっ?」

中に入ってシンジは驚いた。とてもこんな所には似つかわしくない、同じ年くらいの少
女が一枚の布に頭まで包まって小屋の隅でガタガタと震えていたのだ。

「なに・・・してる・・・の?」

「・・・・・・か、雷様?」

「は?」

少女が何を言っているのかさっぱりわからなかったが、シンジは優しい笑みを浮かべて
ゆっくりと近づいて行く。

「ぼくは、シンジ。この山に修行に来たんだ。」

「雷様じゃないのね。」

「見たらわかるだろ?」

少女が毛布から2つのクリンとした目を出してみると、確かに自分と同じ人間の優しそ
うな少年が目の前に立っている。

「良かったぁ・・・。」

「こんな所で何してるの?」

「わたし・・・。」

シンジの問い掛けにおずおずと答え始める少女。

先日、山の麓にある村に雷様の怒りが落ちた。村の風習では、雷様の怒りが落ちた後は、
この山に生け贄を出すことになっている。そこで、今回は自分が選ばれたと言うのだ。

「どうして、君なの?」

「雷様のお怒りを納めるには、村長様が選んだ若い女の子が連れて来られるの。」

「そうなんだ・・・。」

神とそういう契約になっているのなら、仕方が無いことなのかもしれないが、その少女
を見ていると可哀相になってくる。

「君の名は?」

「マナ。」

「そう・・。雷様は何処にいるの?」

「山の上の黒い雲だって聞いてるわ。」

「丁度ぼくもそこへ行こうと思ってたんだ。雷様に許して貰える様に祈ってみるよ。」

「本当に?」

「うん。ぼくには、祈るくらいしかできないけど。」

「ありがとう・・・。」

今日中にあの黒い雲の所まで辿り着きたかったが、もう辺りは暗くなり始めており、こ
の少女を独り置いて行くのも可哀相なので、今夜はこの小屋に泊まることにする。

「いつから、ここにいるの?」

「2日前から。」

「食べ物は?」

「昨日、無くなっちゃったの。」

「それじゃぁ、ぼくのを食べるといいよ。」

「それじゃあなたのが・・・。」

「いいよ。今朝いっぱい食べたし。まだ、余分も結構あるから。」

ナオコから貰った食料を出して手渡すと、昨日の夜から何も食べていなかったマナは、
お礼を言いながら嬉しそうに少しづつ食べ始める。

「美味しい。」

「そう。良かった。」

「もし、ぼくの祈りが雷様に届いたら、マナはここを降りれるんだよね。」

「雷様のお怒りがお静まりになれば。たぶん・・・。」

「明日、雷様の怒りが納まる様に祈るから。一緒に降りようよ。」

コトリ。

「ん?」

今迄こんな小屋に1人でいて緊張してたのだろう。シンジが横にいることで安心したの
か、マナはシンジの肩に凭れて眠り始めた。

寝ちゃったか・・・。
きっとぼくが助けてみせるよ。

シンジはマナの頭を自分の膝の上に置くと、自分は小屋の壁に凭れ明日に備えて眠り始
めるのだった。

                        :
                        :
                        :

翌日、シンジが目覚めると既にマナは先に起きており、いつの間にかシンジの頭を膝に
おいて覗き込んできていた。

「あっ。ごめん。」

「ううん。おはよう。」

「お、おはよう。」

びっくりしたシンジは慌てて飛び起き、少し照れながらマナの前に腰を降ろして頭をポ
リポリと掻く。

「いつから起きてたの?」

「かなり前からね。」

「ずっと、ぼくの顔見てたの?」

「そうよ。あはははは。」

こんな所へ連れて来られて恐くて、昨日は緊張していたのだろう。シンジは、この少女
の本来の顔は、今の笑顔なのだと思う。

「そうだ。ご飯食べようか。」

「わたしは、昨日貰ったからいいわ。」

「駄目だよ。一緒に食べなくちゃ。」

「でも・・・そんなことしたら、本当にあなたのが・・・。」

「無くなったら、また何か探しに行けばいいんだろ?」

「そうだけど。」

「だから、食べようよ。」

「ありがとう。」

シンジは持って来た食料を分けると、寒い山小屋の中マナが持っていた布に2人で包っ
て食事を取り始める。

「マナは村で何してたの?」

「木の実を集めてたわ。」

「そっか。じゃ、美味しいご飯を食べてたんだね。」

「でも、取った物はみんな村長様に渡さなくちゃいけないの。」

「じゃ、マナのご飯は?」

「そこから、少しだけ貰えるわ。」

「なんか、酷いなぁ。」

「でも、みんなそうだから。」

「マナを、ここに連れてきたのは?」

「村長様が、村の男の人に言ったの。でも、村の男の人は内緒でこの布だけ置いて行っ
  てくれたわ。」

「そうなんだ。なんだか、村長って人許せないなぁ。」

「でも、1番偉い人だから・・・。」

そんな話をしながら、2人は寒さを凌ぐ為に体を寄せ合い朝の食事を済ませる。昨日は
突然で気づかなかったが、ゆっくりとマナを見ているとかなり可愛らしい。

「どうしたの?」

顔をマジマジとシンジが覗き込んできたので、マナはきょとんとして見つめ返す。

「こんなかわいい娘を生け贄なんかにするなんて、酷いなぁと思って。

「えっ・・・!?」

それまであまり意識することなくシンジと話をしていたマナだったが、急に顔を赤くし
て視線を逸らした。

こんな状況をアスカが見たら、シンジが奥義を100発出そうとも瞬殺されていたこと
だろう。

「じゃ、そろそろ行くよ。」

「もう行くの?」

「うん。そろそろ修行しに行かないとね。」

「そう・・・気を付けてね。」

「雷様にお祈りしてくるよ。」

「ありがとう・・・。本当に、気を付けて。」

心配そうにするマナに見送られながら、シンジは風に乗り黒雲へ向かって山を登って行
くのだった。

<山頂付近>

ザーーーーー。

山の中腹までは特に問題は無かったが、山頂に掛かる黒雲に入った途端、その中は豪雨
の様な状態で氷が体目掛けて叩き付けて来る。

「竜巻っ!」

それでも速度を緩め様とはせず、氷の欠片を風で弾き返しながら黒雲の中を突き進む。

ピカッ!

ゴロゴロ。ガーーーーン。

「わっ!」

ゴロゴロゴロ。ガガーーーーン。

更に山を上昇して行くと、シンジの周りに稲光が光り、雷があちこちに落ち始める。

雷様が近いのか。
先にあの娘の為に祈ってみよう。

シンジは風を止めその場に座ると、雷と氷が落ちてくる中、目を閉じて祈りを捧げ始め
る。

ビシッ! ビシッ!

村にどんな過ちがあったのかは知りません。
だけど、あの娘は悪くないんです・・・。
雷様も神様なら、あの娘を助けてあげて下さい。

シンジの体を無数の氷の欠片が打ちのめしてくる。その痛みに耐えながら、ただひたす
ら祈り続ける。

ピカッ!

ゴロゴロゴロ。ガガーーーーン。

しかしシンジが祈れば祈る程、黒雲の中の嵐は激しくなり雷がシンジを囲む様に落ち始
めた。

ゴロゴロゴロ。ガガーーーーン。

「ぐっ!」

直ぐ真横に雷を叩き付けられ体に強烈な衝撃を受けるが、それでも体勢をその場で立て
直し祈りを続ける。

あの娘は純粋な目をしています。
どうか助けて下さいっ!

何度も雷を間近に感じながらも、怯むことなく祈り続けるシンジの耳に、低い地に響く
様な声が聞こえて来た。

”ここは御主の様な者が来る所ではない。”

来たっ!

「どうして、村を襲ったんですかっ!」

”立場をわきまえぬ人よ。今直ぐ立ち去れ。”

「あの娘は、関係ありませんっ! 助けて下さいっ!」

”立ち去れいっ!”

ビカビカッ!

ゴロゴロゴロゴロ! ドガーーーーン!

威嚇するかの如く、体を掠めて雷が飛来する。しかし、じっと黒雲に覆われ視界の効か
ない天空を微動だにせずギンと見上げる。

「お願いしますっ!」

ゴロゴロゴロゴロ! ドガーーーーン!

「ぐっ・・・・お、お願いしますっ!」

ビカビカッ! ドガーーーーン!

何度も雷様に向って願いを掛けるシンジだったが、その度に雷があちこちに落ちてくる。

「どうしてっ! あの娘が生け贄なんかにならなけりゃいけないんですかっ!」

”神にたてつく愚か者めっ!”

ビカッッ!

ズガーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!

「わーーーーーーっ!」

とうとう雷様の怒りを煽ってしまったシンジの体目掛けて、雷が直撃してきた。その勢
いで吹き飛ばされてしまう。

”ぬっ?”

「お願いしますっ! 助けて下さいっ!」

雷の直撃を食らったはずのシンジが、ボロボロになった衣を纏った体を起こし黒雲の中
を這い上がって来た。

”馬鹿な・・・。”

ズガガガガガガガガガガガガガ!!

再び雷がシンジの体を襲う。しかし、その閃光は全て弾き返されてしまう。

”なんだっ?”

”久しいの。”

”ぬっ。御主はっ!”

”今我は、この少年の守護している。”

”御主が宿っていたのか・・・。”

雷様の放った雷からシンジを守るかの様に、風神が前面に現れる。シンジは、目の前に
姿を現し対峙する風の神と雷の神を、じっと見上げつつ更に訴え掛け続ける。

「雷様っ! あの娘を助けて下さいっ!」

風神が宿っていたことを知った雷様は、一旦シンジの瞳に視線を向けると再び視線を風
神に戻した。

「お願いしますっ! 雷様っ!」

”どうする。この少年を守護する我と戦うか。”

”なぜ、御主はこの少年に宿った。”

”アダムが復活しようとしている。既に水神,火神は守護すべき’人’を見つけた。”

”そうか・・・。我のみが・・・。”

風の属性を持つ2神のうち半身が宿る少年。その目に間違いは無いだろう。また、火や
水の属性に遅れを取ることは好ましくない。そんな考えが雷様の脳裏を過ぎる。

”人よっ!”

「雷様っ!」

雷様はシンジに語り掛ける。

”御主に風の神が宿っておるのは知っておるな。”

「はい。」

”何という神か知っておるか?”

「いいえ。知りません。」

”そうか。それも知らずに、我に向ってきたか。なんたる奴じゃ・・・。”

「あの娘を助けたいんですっ!」

”ふっ。よかろう。我の力を御主に与える。御主に宿っておる風神に感謝せよ。”

「えっ!」

シンジは驚いて黒雲を見上げた。まさか、自分と契約している神が風を司る最高神であ
る風神だとは思いもしなかったのだ。

「雷様っ! ぼくの神様は風神様なんですかっ!?」

”そうじゃ。そして、我が名は雷神なりっ!”

ビカッ! ゴロゴロゴロゴロ。ガガーーーーーン。

「うっ!」

シンジの体を稲妻が突き抜ける。シンジは思わず目を閉じたが、全く体に衝撃は感じら
れず逆に大いなる力が漲ってくるのがわかる。

ぼくに風神様が・・・?
そして、雷神様も・・・?

シンジは自分の両手を見つめ、漲る力に驚く。

ビカビカっ!
ガガーーーーーン! ゴゴゴゴゴッ! ズガーーーーーーーーーーーーーーーーーン!

何本もの稲妻が黒雲から山々へ落雷する。

「はっ!」

その衝撃で、山に降り積もっていた雪の均衡が崩れた。

ゴーーーーーーーーーッ!

「駄目だっ!」

雪は雪崩となり、ズルズルと山を落ち始める。

「下にはマナがっ!」

風神と雷神が自分の守護神となったなど、信じられない思いだったが、今はそんなこと
を言っている場合では無かった。

「風よっ!」

シンジは風を起こして、一気に黒雲を突き抜け山を下って行く。

ゴーーーーーーーーーーッ!

それと同時に雪崩も山を落ち始めた。

「間に合ってくれっ!」

ドドーーーーン。ドドドドドドーーーーーーーっ!

「マナーっ!」

ありったけの力を振り絞って、風に乗って山の斜面の急下降する。

「見えたっ!」

マナのいる山小屋が見えてくる。しかし、雪崩が今にも山小屋を飲み込もうとしている
瞬間だった。

「うぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

山小屋が雪崩に押しつぶされると同時に、山小屋に飛び込む。

「キャーーーーーーーーーーーーーーっ!」

襲い掛かってくる雪崩を前にして、マナが絶叫の悲鳴を上げた。

「竜巻よっ! 雷よっ!」

マナの前に立ち塞がったシンジは、風と雷を同時に起こして雪崩に叩き付ける。

ズバババババババババババっ!

山の下から山頂へ向って、雪崩の雪面を稲妻が走る。

ジュバーーーッ!

水蒸気が辺り一面に天空高く立ち上る。

「うぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

渾身の力を込めて、雪崩に術を叩き付ける。マナは、シンジの背中に抱き着いて目をし
っかりと閉じていた。

ゴゴゴゴゴ。

山の麓へ雪崩が落ちて行く音がこだまする。

「はぁはぁはぁ・・・。
  た、助かった・・・。」

雪崩は止まっていた。シンジが目を山頂へ向けると、先程まで一面に覆っていた黒雲は
何処へともなく消え去り、視界一面には青空が広がっている。

「マナ。もう大丈夫だよ。」

シンジの言葉に、マナが恐々ながらゆっくりと目を開けると、眩い日差しが自分とシン
ジに降り注いでいた。

「綺麗・・・。」

「もう。大丈夫だよ。」

「シンジ・・・あなたは・・・。」

「さぁ、降りようよ。もう、マナの村に雷様の怒りが落ちることもないよ。」

「ありがとう・・・シンジ。」

目に涙を浮かべて抱き着いてくるマナを抱き上げたシンジは、風に乗りながら新たな力
を体全体に感じつつ、悠々と山を下りて行くのだった。

<村>

シンジは山を降りながら、これからマナが帰る村のことを考えていた。昨日聞いた村長
がいては、いつまで経ってもマナ達は苦労するのではないかと。

「ねぇ、マナ?」

「なに?」

「村長さんってどんな人なの?」

「偉い人よ。」

「どうして?」

「うーん。みんなそう言うわ。」

「そう・・・。」

西の国でも権力を我が物にしようとする輩は沢山いた。マナはわかっていない様だが、
どうもその村長もそういう輩の様だ。

そうだっ。
そうしよう。

良からぬ事を思い付いてほくそ笑むシンジと、数日振りに帰って来て喜ぶマナが、一緒
に村へ入ると、村人達が幾人か出て来た。

「マ、マナどうしたんだっ。」
「雷様の所へ行ったんじゃないのかい?」
「見ろっ! 山の雲が無くってるぞっ!」
「恐ろしや・・・。」

口々に色々なことを言いながら、マナとシンジの周りを取り囲んでくる村人達。そこへ
少し遅れて、1人の老人が近寄って来た。

「マナっ! なぜ戻ったのじゃっ! 雷様の怒りがまたこの村に落ちても良いのかっ!」

「村長様。雷様の怒りは納まったんです。ほら、黒い雲が無くなったの。」

「駄目じゃ駄目じゃ。あれは、祟りの前触れじゃ。」

「違うの。この人が、助けてくれたの。」

「なんじゃお前はっ! 勝手にマナを連れて帰って来ては困るのじゃ!」

手にしていた杖でビシッとシンジを指しながら、村長は大きな声で叱咤してきた。しか
し、シンジは待っていましたとばかりに声を作って大声で叫び始める。

「我が雷様だ。」

「なんじゃ、お前は。とっとと出て行け。」

「罪深きは御主なりっ!」

シンジは、雷神の口調を真似して低い声で叫ぶと、村長の周りに雷を幾つも落としてみ
せる。

ゴロゴロゴロ。ガガーーーーーーーーーーーーーーン。

それに続いて、強風を村長目掛けて叩き付ける。

ビューーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
ビカッビカッ!
ゴロゴロゴロッ!
ガガーーーーーーーーーーーーーーーーーン!

びっくりしたのは、村長を始めとする村人達である。ただの子供だと思っていた少年か
ら、雷様の怒り落ちてきたのだ。

「へへーーーーーーーーっ!」

1人きょとんとするマナを除く村人達が、一斉にシンジに平伏した。

「皆の衆。これからは、マナを巫女とせよ。マナの言うことに従い、平和な村を作るの
  じゃ。」

「へへーーーーーーーーっ!」

「よいな。」

「へへーーーーーーーーっ!」

一斉にマナに平伏す村人達。村長もガタガタと振るえながら、マナの前で土下座してい
る。

「えっ? わたし? シ、シンジ?」

「いい村を作るんだよ。」

「わ、わたしがっ?」

「じゃぁね。」

シンジはマナの耳元でそれだけ言うと、村を出て行った。後に残されたマナは、自分の
周りで平伏す村人達の真ん中で、どうしていいのかわからず。あたふたしながらシンジ
を見送るのだった。

To Be Continued.


作者"ターム"さんへのメール/小説の感想はこちら。
tarm@mail1.big.or.jp


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