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ファーストインパクト
Episode 09 -望まれし戦い-
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<三の城>
ここ三の城には、3人目のレイと呼ばれる末の妹が、リツコという一の城のナオコの娘
と一緒に暮らしていた。
「また、何してるのぉ?」
「フフフフフ。出来たわっ! 出来たのよっ! 二の城の怪しげな術使いを倒すからくり
がっ!」
「またなの? 姉ちゃんには勝てないって。」
「何を言うのっ! この世は、自然の法則で動いてるのよっ! 術なんてまやかしだって
言うことが、これで示されるのよ! 私の力をごらんなさいっ!」
また始まった・・・。
聞いてたら長くなるわ。
さよなら。
3人目のレイは、なにやら新しく作ったからくりを前に狂喜乱舞するリツコから、そそ
くさと逃げる様に館を出て行った。
術に頼ろうとする母さんなんて、もういらないわっ!
自然の法則こそが、この世の絶対的なものなのよっ!
私こそが、天才のからくり師だってことを、術を破って証明してみせるのよっ!
ある意味、リツコは生まれてくる時期が早過ぎた。事実、転生したリツコは人々から高
い評価を受ける科学者になるのだが、今はまだ奇妙なからくり師であった。
「このからくりで、あの変な術使いを倒すのよっ!」
早速兵を集めるリツコ。三の城の兵とは、からくりを押していく運搬の役割と、からく
りを作動させる役割をするだけであり、実際に戦うわけではない。
「さぁっ! わたしのからくりの力を見せてあげるのよぉっ!」
リツコが指揮を取りながら、兵達がからくりを次々と押して行く。その様子を、3人目
のレイはお気に入りの日当りの良い館の屋根の上から眺めていた。
「あははははは。なぁに、あれぇ。変なのぉぉ。今日はどんな顔して帰ってくるのか楽
しみぃ。あはははははは。」
ゴロゴロゴロと押されて行く、木でできた大きな太った熊の様な木彫りを見て、3人目
のレイは大笑いしていた。
「きっと、姉ちゃんにやられて半べそ掻いて帰ってくるわよぉ。あははは。あの人を見
てる程、面白いことないわねぇ。」
3人目のレイは、この寒い地でもとにかく明るく陽気に、リツコのことを笑いながら毎
日を元気良く暮らしていた。
<二の城>
マヤがレイの館へいそいそと入ってくる。その慌ただしさから、また戦が始まる様子を
伺わせる。
「どうしたの?」
「妹君が攻めてきました。」
「そうですか・・・。今度は何?」
「熊に似た木彫りです。」
「熊・・・・・・? わかったわ。出ましょう。」
姉でないことを知り、少しほっとする2人目のレイだったが、それでも戦に行かないわ
けにはいかず、城の前に陣を構える。
「あれが熊?」
「はい。かなり大きな木彫りです。」
「あれで何をするの?」
「さぁ・・・。前回は、蜂の巣を飛ばしてきましたね。結局、蜂がみんな三の城の兵の
方へ行ったから助かりましたけど。」
「あまり変なことをしなければいいのだけど。」
三の城の兵を見据える二の城の兵達。ある意味、何を始めるかわからないのでドキドキ
しているが、三の城の兵の方がそれ以上にドキドキしていた。
「おいっ! また蜂じゃないだろうなぁ。」
前回、蜂で酷い目に合った三の城の兵は、ぼそぼそと仲間に不安気な顔で尋ねるものの、
仲間もわかるはずがない。知っているのはリツコだけだ。
「聞こえるぞっ! あの人を怒らせたら、からくり人間にされるって噂だ。」
「本当かよ。」
「あの危険な目を見たらわかるだろ。」
「くわばらくわばら・・・。」
そんな熊の木彫りを押す兵達の後ろで、リツコは猫の形をした手押し車に乗って全軍を
仕切っていた。
「私のからくりの力を見せるのよっ! 全員、手元にあるレバーを引きなさいっ!」
ザワザワザワ。
リツコの指示が飛び、兵達は互いに嫌そうな顔を見合わせながらも、しぶしぶ手前にあ
るレバーを力一杯引き下ろした。
ボッ! ボッ!
熊の口元に火が灯り、その大きく開けた口の中から球状に丸められた藁の固まりが、火
を点火されて次々と発射される。
「わはははは。見なさいっ! これが、火の球からくりよっ!」
独り得意になっているリツコ。その間も、火の玉となった藁の固まりが、次々と二の城
の兵目掛けて飛んで行く。
「マヤさん。兵の指揮をお願いします。」
「はい。」
こんなことで1人の被害も出したくないレイは、自ら前に出て氷の壁を作り、火の玉か
ら兵達を守る。
「氷よっ。壁となりて兵達を守り賜え。」
兵の前に巨大な氷の壁が出現する。リツコはその壁目掛けて、次々と火の玉を投げつけ
て行った。
ビュッ! ビュッ!
「ハハハハハ。見てみなさいっ! 氷がどんどん融けてくわっ! 所詮、私のからくりの
前には、術なんていう怪しげな物は無力なのよっ! ワハハハハハっ!」
得意満面なリツコが高笑いしている。三の城の兵士達も前回とは違い、今回ばかりはリ
ツコのことを少し見直し初めていた。しかし・・・。
ボッ!
「わーーーーっ!」
火の玉を口から吐いていた木彫りの熊が、あちらこちらで燃え始めてしまった。木製の
熊で火を扱っていたのだ。当然と言えば当然である。
「熊が燃えたぞーっ!」
「こっちもだーっ!」
あちこちで、燃える熊から兵士達が逃走し始める。その火は、次々に別の熊の木彫りに
燃え移っていく。
「早く火を消しなさいっ!」
今まで順当に火の玉からくりで攻撃していたにもかかわらず、兵達が敗走し始めたので、
リツコは焦って激を飛ばす。
「わーーーーっ! もう駄目だーーっ!」
「やっぱり、このからくりも駄目だったんだーーーっ!」
リツコの怪しげなからくりに不安を募らせている兵達は、一旦状況が悪くなると歯止め
が効かない。
「レイ様。妹君の兵達が逃げて行きます。」
「終わったわ。戻りましょう。」
「はい。」
「私も疲れたから、少し休むわ。」
「はい。レイ様の車を持って来てっ!」
マヤは三の城の兵達が引き上げたのを確認すると、2人目のレイを乗せた車を伴い城内
へと戻って行った。
<三の城>
三の城では3人目のレイが、すすこけた木彫りの熊と一緒に帰ってくるリツコを、ケタ
ケタと笑いながら見ていた。
「あははははは。なにあの格好ぉっ!? あははははははっ! く、苦しい。お腹いたー
ーーいっ! あはははははははっ!」
しばらく屋根をドンドン叩いて笑い転げていたレイだったが、そろそろリツコの話があ
る頃になってきたので、いそいそと自分の館へ戻って行く。
「レイ様。木で作ったのが敗因です。次回こそは必ず勝ってみせます。」
とぼとぼと帰ってきたリツコは、悔し涙を流しながら戦の結果を報告する。その言い訳
を3人目のレイは、笑いを堪えながら聞いていた。
ププッ!
涙流しちゃってるわ。
さってと。みんなと一緒に、ごはん食べてこよっとっ!
リツコの言い訳に散々心の中で笑った3人目のレイは、兵達の愚痴も聞きたくなって、
兵や民が食事をする広場へと元気に駆け下りて行くのだった。
<一の城>
所変わってこちらは一の城の1人目のレイの館。
「レイ様。シンジたる者が帰って来ました。」
「そう・・・。無事で良かったわね。クスクス。」
「これで、あの魔に魂を売った妹君を倒すことができます。」
「1番下の妹はどうしてるの?」
「はい。申し訳ないことに、我が娘に囚われたままです。あの魔を倒した後、必ず救出
してみせます。」
「そう・・・。早く会ってみたいわ。可哀相に。」
「酷い仕打ちを受けているとか・・・。おいたわしいことです。」
コンコン。
その時、レイのいる部屋の扉を叩く音がした。
「何者です。」
「あの・・・シンジですけど。いいですか?」
「ここに、勝手に入ってはなりませんっ!」
「あっ。ごめんなさい。」
「今回だけは、まぁいいでしょう。なんですか? 入りなさい。」
「はい。」
ナオコの許可が降りたので、シンジは扉を開け部屋の中へと入って来た。その表情はな
にやら深刻である。
「何ですか?」
「帰って来て直ぐなんですが、早速あの城へ行こうと思います。」
「無理です。まだ兵達の準備が整ってません。」
「そうじゃなくて・・・その・・・ぼくだけで・・・。」
「どういうことですっ?」
「ぼくとあの娘の戦いになるだろうから、あまり傷付く人を増やしたくないんです。」
「うーーーん。」
ナオコは悩んだ。シンジが二の城に寝返る様なことになっては、取り返しがつかない。
かといって1人で行くと言うのであれば、止める理由が見つからない。
「だから、ぼく1人で行きます。」
「わかりました。ただ、心配なのでわたしの側近の兵を30名預けます。」
「いえ、そんなの悪いです。」
「他ならぬシンジさんの為です。構いません。」
「ナオコさん・・・ありがとうございます。」
監視の為に付けられた兵だが、自分の身を気遣ってくれていると思ったシンジは、ナオ
コの好意を断ることもできず、その兵達と共に二の城へ向かって行った。
<二の城>
先程、三の城との戦いが終わり休んでいた2人目のレイの部屋に、またマヤが飛び込ん
で来た。
「お休みのところ申し訳ありません。」
「どうしたの?」
「あの少年が来ました。」
「また姉さんが攻めて来たの?」
三の城と一の城の戦いでは、戦いの熾烈さが段違いである。極力姉に手を上げたくない
2人目のレイは、顔を強ばらせる。
「いいえ。少し向こうに少し兵の数が見えますが、あの少年が1人で戦いに来た様です。」
「そう・・・。」
「先程戦ったばかりですのに申し訳ありませんが、兵達ではあの少年に勝てません。」
「ええ。いいわ。私も会いたかったから。」
「では、戦の準備をして参ります。」
「あっ、マヤさん。」
「はい?」
「今回は、あれを・・・。」
シンジが二の城の少し手前で待っていると、大きな門が開き数名の兵士と一緒に、車に
乗った2人目のレイが出て来た。どうやら彼女も1体1で勝負をしてくれる様だ。
それでいいよ。
関係無い人を傷付けたくないし・・・。
レイが出て来たのを確認したシンジは、風を起こし少し体を宙に浮かせる。それを見た
レイも、自分の周りに雪を舞わせて兵達から離れると、ゆっくりと近づいて来た。
「雷神様とも契約したのね。」
「うん・・・。今度は負けないよ。」
「戦うの?」
「うん。」
「どうして?」
「もう一度、戦ってみたいんだ。」
「そう・・・わかったわ。あなたの望みなら従いましょう。」
赤い瞳と黒い瞳が互いを見つめる。
2人を極寒の地の弱い太陽が照らす。
風が吹き、雪の積もった木の枝が揺れた。
どさっ。
雪が落ちる。
バタバタバタ。
鳥が飛び立つ。
それが、合図となった。
「竜巻よっ!」
粉雪を撒き散らせ、竜巻を起こすシンジ。
「水よ。わたしを守りたまえ。雪よ。舞い上がれ。」
2人の2度目の激突が始まる。水の柱に乗るレイと、風で舞い上がるシンジ。竜巻と雪
が交錯する。
鉄の剣は無いけど。
もう一度勝負だっ!
シンジはナオコより預かった青銅の剣を引き抜くと、竜巻と雪が舞う中を一気に突っ込
んで行く。
「かまいたちっ!」
剣の周りに大きな真空ができる。
「水よ。遙かなる滝となれ。」
「なっ!」
氷の壁ができると予想していたにもかかわらず、今度は水の壁を作られてしまったので、
ぎりぎりでそれを回避して上昇する。
あんなこともできるのか・・・。
危なかった。
あのまま突っ込んで行ってれば、水の流れに叩き落とされていたことだろう。シンジは、
レイからの攻撃に備えようと体勢を立て直し始める。
「水流よっ! 空を貫き賜えっ!」
「風っ!」
レイの前に流れ落ちていた水が、1本の竜となって迫って来る。それを上昇気流に乗っ
て回避するシンジ。
「うわっ!」
直ぐに回避運動に入ったにもかかわらず、予想以上にレイの攻撃が早く足をすくわれ地
面に叩き付けられてしまう。
「冷気よ。舞い下り賜えっ!」
「ぐっ! くっ、くそっ! 竜巻っ!」
打ち付けた肩を押えながら立ち上がったシンジは、竜巻を起こしぎりぎりのところで冷
気を追い払う。
やっぱり強いっ!
凄いよあの娘は・・・。
「うぉぉぉーーーーっ!!!」
風になど乗っていてはレイの攻撃をかわせないことを悟ったシンジは、多少の衝撃は覚
悟の上で竜巻に自分の身を舞い上がらせる。
「もう一度だっ! かまいたちっ!」
今度は竜巻に押されたシンジは、水の壁をも突き抜ける勢いで剣の周りに真空を纏わせ
特攻した。
「来るのね・・・。氷よっ! 壁となりて、わたしを守り賜えっ!」
前回と同じく、全面に大きな氷の壁を作るレイ。
よしっ!
今だっ!
シンジはこの瞬間に最初から全てを掛けていた。
「雷よっ!」
シンジの背中に、風神と雷神が浮かび上がる。
ズババババババババ!!
氷の中で、火花を散らしながら稲妻が炸裂する。
バキーーーーーン!」
「はっ!」
砕け散る氷の壁。レイは目を大きく見開く。眼前に迫り来るシンジ。
「くっ! 雪の結晶よっ! 舞い上がれっ!」
咄嗟に新たな術を唱えるレイ。
「落雷っ! うぉーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
シンジの強みは、2神と契約していることだった。同時に2つの術を全開で出すことが
できる。
ズババババババっ!
落雷が、鋼の様なダイヤモンドダストとなった雪の結晶を叩き落とす。それと同時に、
レイが乗っていた水の柱を竜巻が貫いた。
「きゃっ!」
ドスン。
地面に叩き付けられるレイ。
「うぉぉぉぉーっ! かまいたちっ!」
「氷っ!」
バキーーーン。
ぎりぎりで、かまいたちを小さな氷の壁で防いだレイだったが、シンジの特攻してきた
勢いをまとも食らい、遥か後ろへ弾き飛ばされる。
ズザザザザザ!
「キャーーっ! くぅぅ。」
そこへ、マヤが走って近寄ってきた。
「やはり・・・これを・・・。」
「はい・・・仕方ありません。」
一旦距離が開いたが、シンジは再び竜巻に乗って迫る。
レイは青い衣を纏って、シンジを迎える。
「雷よっ!!!! 竜巻よっ!!!!」
「ごめんなさい・・・。」
竜巻に乗り雷を身に纏ったシンジがレイに迫る。
「偉大なる水神よ。我が元へ・・・。」
ズババババババババ。
辺り一面の雪に稲妻が走る。
「うぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
シンジの剣がレイを捉える。その瞬間、レイの姿が視界から消えた。
それと同時に、視界が青白く染まる。
バーーーーーーーーーーン!
「うわーーーーーーっ!!!!」
冷気が辺りを支配する。
一気に凍り付いたシンジの体が、飛んで来た勢いで地面に叩き付けられる。
自分の身に、そしてレイに何が起こったのかわからない。
あまりの衝撃に、瞳孔を開いたまま痙攣するシンジ。
「ごめんなさい。」
姿を消した少女が、ゆっくりと近付いて来た。
何が起こったんだ???
この少女はいったいなんなんだ???
シンジは薄れていく意識の中、頬に感じる少女の手の温もりだけを感じていた。
<雪山>
二の城から見える少し離れた所の雪山に、1人の男が立っていた。
あの竜巻は術だな。
やっと、みつけたか・・・。
その男は、ニヤリと笑うとゆっくりと雪山を下山し始めるのだった。
To Be Continued.
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