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ファーストインパクト
Episode 10 -雪に輝く光-
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<西の国>
アスカが去ってからというもの、西の国はキールの圧制に国力が大きく落ちていた。そ
こへ今、東の国の兵士達が雪崩れ込んで来たのだ。
「兵には目もくれるなーっ! 目指すは、キールの首よっ!」
「「「おーーーっ!」」」
逆に東の国の民衆は、国が安定しており訓練も十分にされているため、統制がとれ決起
盛んである。
「あそこが巫女の館よっ! 一気に攻めるわっ!」
「「「おーーーっ!!!」」」
怒濤の如く流れ込んで行く東の国の兵士達。重労働に次ぐ重労働の上、食事もまともに
取らされていない西の国の兵士は、最初から逃げ腰だった。
「ケケケケケケ。」
その時東の国の兵達の前に、1人の術使いが現れた。闇に魂を売った力を使う者の目を
したその術使い。影である。
ドドドドドド。
巫女の館へ突撃していく兵士達。しかし、その前に立ちはだかった影の体が、幾人にも
分かれ分身する。
「術使いだーーーーっ!」
「闇の力だーーーーっ!」
さすがに、人にあらざる者を見た兵士の間に動揺が走る。
「ウケケケケケケケ。」
ゴーーーーーーーーーーー。
分身した全ての影の口から巨大な火柱が上がる。
「わーーーーーっ!」
「ぎゃーーーーーっ!」
その様子を見ていた指揮官らしき女は、目を吊り上げ兵達の前へ飛び出て行った。
「お前がキョウコ様をっ!!! はぁぁぁーーーーっ!!!」
それは東の国の将として、兵士を引き連れ故郷へ戻ってきたミサトであった。
「ウケケケケ」
ゴーーーーーーーーーーー。
「ぐっ!」
剣を振り翳して突撃したミサトを火柱が襲う。何とか身を交わして逃げるものの、近付
くことすらできない。
「ミサト様っ! 無理ですっ! 被害が大きくなりますっ!」
決起早るミサトを引き止める兵士達。しかし、キョウコの仇討ちを誓って攻めてきたミ
サトは、このまま引くことなどできない。
「離しなさいっ!」
「駄目ですっ! 無理はするなと、王の命令ですっ!」
「ぐっ・・・。」
多くの兵を動員し、巫女の館目前まで攻め込んだミサトだったが、結局それ以上進むこ
とができず、被害が大きくなる前に東の国へ引き上げるしかなかった。
キョウコ様の仇も取れず・・・。
王の命令・・・キールの計画も阻止できず・・・。
悔しい・・・。
東の国へ帰還する途中、ミサトは悔し涙を流し続けていた。
<二の城>
所変わって北の国の最大の勢力を誇る二の城。その城の中に建てられた館の一室で、シ
ンジはゆっくりと目を覚ました。
ここは・・・?
味方の城?
それとも、敵に掴まったのか?
とにかく体を起こし手を振ったり足を動かしてみるが、特に大きな怪我は見当たらない。
ただ、あちこちが痛むのだがそれは仕方ないだろう。
ぼくは、あの娘にまた負けたんだ。
それから・・・。
記憶の糸を辿ろうとするが、あの後何があったのか全くわからない。気を失ってしまっ
たのだから、当然のことではあるが。
とにかくここにじっとしていても仕方ないので、シンジはゆっくりと体を起こして、音
がしない様にそっと部屋から出て行く。
ここは・・・。
違う。
館から出て景色を見たシンジは、見える景色が一の城と全く違うことに気付き、敵に捕
らわれたことを確信した。
でも、どうして手当されてたんだ?
敵が?
おかしいじゃないか。
体のあちこちの小さな傷口を手当した跡があり、しかも牢屋ではなく立派な部屋の中で
寝かされていたのだ。
いったい何があったんだ?
あの娘は何処にいるんだ?
何もかもがわからないシンジは、人目をはばかりながら二の城の中を音をたてない様に
歩き出す。
どういうことだ?
逃げようと思えば逃げれるぞ。
今、風を起こして舞い上がれば、難なく逃げることができる。まったく見張りの兵も何
も自分にはついていそうにない。
わからない・・・。
とにかくあの娘に会おう。
やっていることがどうしても理解できない少女。優しい瞳を持った少女。そして、どう
しても勝つことができない少女。
初めて会った時から、シンジはその少女のことが気になって仕方がなかった。
話がしてみたい。
何処にいるんだ。
1度話がしてみたくて仕方のないシンジは、城の奥へ奥へと歩いて行くのだった。
<一の城>
ナオコは戻ってきた側近の兵から聞いた話を、1人目のレイに伝えに来ていた。
「レイ様。シンジという少年が、死にました。」
「えっ?」
驚いて目を大きく開ける1人目のレイ。
「命乞いをするあの少年を、妹君が残忍に殺したそうです。」
「そ、そんな・・・。妹がそんなことをするの?」
「はい。酷い話です。」
「我らが兵にも、このような被害が及ばぬ様、レイ様ももっと親身になってあの魔に魂
を売った者を倒すことに協力して下さい。」
「そう・・・。」
1人目のレイは、あの少年が死んだ知らせと、妹が残虐な行為を働いたという知らせを
聞き、意気消沈してとぼとぼと部屋の奥へと戻って行くのだった。
<二の城>
シンジは、おそらく2人目のレイがいるであろう最も豪華な館の中へと足を踏み入れて
いた。
たぶん・・・ここだ。
ギーーーー。
重い真っ白な扉を開け、中へ入って行く。すると、そこに1人の人物がいた。
「わっ。」
「あっ。」
シンジも驚いたが、相手の女性も突然現れたシンジに驚いている様だ。
「あ、あの・・・ぼくは、その・・・。」
2人目のレイと戦ったばかりだ。敵意があると誤解されない様に、必死で言い訳をしよ
うとする。
「どうです? 体の具合は?」
「えっ?」
ところが、帰ってきた言葉があまりにも意外だったので、シンジはきょとんとしてその
若い女性を見上げた。
「わたしは、レイ様のお世話をさせて貰っている、マヤといいます。」
「あ、ぼ、ぼくはシンジです。」
「レイ様がお待ちです。」
何の疑いもなく、あの少女のいる部屋へと通される。シンジは更に何がなんだかわから
なくなってきた。
ぼくを疑わないのか?
それとも、いつでも勝てる自信があるのか?
「レイ様。少年が目覚めました。」
「そう。では、お通しして。」
「はい。」
2人目のレイの承諾を得たマヤは、部屋の扉を開けるとシンジを氷の像のある間へと丁
寧に導く。
「では、わたしはこれで。」
「ありがとう。マヤさん。」
マヤが去った後、2人目のレイと2人っきりで部屋に残されたシンジは、どうしていい
のかわからず、おどおどと戸惑っていた。
「あ、あの・・。」
「お待ちしておりました。」
「へ?」
突然自分の前に跪いてくる2人目のレイに、シンジはどうしていいのかわからず素っ頓
狂な声を上げてしまう。
「あ、あの・・・。え? なに? 何を待ってたの?」
「あなたは、私たちの救世主です。」
「きゅ、救世主ぅ? ど、どうして? き、君が勝ったんじゃないか。」
「はい。ですが、あなたが私達を救うと、お告げがありました。」
2人目のレイの言っていることがさっぱりわからないシンジは、口をパクパクさせ、手
を開いたり閉じたりしながら呆然と立つ。
「あ、あの・・・。とにかく頭を上げてよ。」
「はい。」
「あの・・・、ありがとう。手当してくれたんだね。」
「ええ。」
「どうして、君に負けたぼくを?」
「人を助けるのは当たり前でしょ。」
「・・・・・・。」
やはりシンジはおかしいと思った。ナオコの話と何もかもが噛み合わない。
「あの・・・いきなり色々言われても、わからないから説明してくれないかな?」
「ええ。」
それから、一通りの北の国そして自分達の一族の説明を聞いたシンジは、愕然とした。
ナオコから聞いた話と何もかもが違うのだ。
「そうだったのか・・・。」
どちらが嘘をついているのかなど明白である。シンジは、そんなナオコに利用されてい
たのかと知ると、がっくりと頭を垂れた。
「ごめん・・・。ぼくのせいで・・・。」
「いいえ。あなたのせいじゃないわ。」
「でも。君みたいな娘と戦えたことだけは、嬉しかった。負けちゃったけどね。」
「あなたは、まだ私には勝てないわ。」
「うん。君は強いからね。凄いよ。」
「いいえ、あなたは勝ってたわ。最後の力は、この衣の力・・・。」
レイは氷の像の祭壇の下から真っ青な衣を出してくる。戦いの最後で、レイが身に纏っ
ていた蒼白の衣だ。
「この衣には伝説があるの。」
”この世を大いなる闇が覆う時、伝説の戦士3人現る。その戦士、神の衣を纏て人々を
救い・・・・・・”
レイはその伝説を語り続ける。
”北の国より1人、水の戦士現る。蒼白の衣を纏い水の龍にて世界を救うであろう。”
「これがその衣。神のお告げに従って、私はこの衣を纏ったの。第1の適格者として。」
「そんなに凄い衣だったんだ・・・。じゃ、ぼくが最後にやられたのは?」
「この衣を纏うと、水神様と完全に融合して氷の龍になれる。その力よ。」
「凄いや・・・。」
自分は水の属性を司っていない為、この衣を纏うことはできないが、世の中にはこんな
凄い物もあるのだと、感嘆の声を上げる。
「でもさ、そんな凄い力があるんなら、どうして他の城を攻めないの?」
「姉さんや・・・妹を攻めるなんて・・・。」
「でも・・・。」
攻め落とした方が解決が早いのではないかと思うシンジだったが、俯いて悲しい顔をす
るレイのことを見ていると、とてもそんな言葉を口から出すことができなくなった。
「わかったよ。じゃっ! ぼくが助けるよっ!」
「えっ?」
「ぼくも君に助けて貰ったからね。」
「あなたの名前は?」
「ぼくは、シンジっていうんだ。」
その日の夕方、レイはマヤを祭壇の間へと招いていた。
「いけませんっ! そんなことっ! もし、レイ様の身に何かあったらっ!」
「私は大丈夫。これしか方法が無いの。」
「でもっ!」
シンジと共に2人だけで敵の城へ乗り込むと聞いて、猛反対するマヤ。しかし、レイは
根気強く説得する。
「その間、この城をお願いします。」
「ご決意は、お変わりないのでしょうか?」
「ええ。」
「そうですか・・・。」
心配で仕方の無いマヤだったが、主の言うことにこれ以上反対することもできず、しぶ
しぶ承諾する。
「シンジさん。くれぐれも、レイ様を守って下さい。」
「うん。わかってるよ。」
「本当に、お願いします。」
「大丈夫さ。レイはぼくより強いし。」
「とにかく、レイ様を無事に帰して下さい。お願いします。」
「頑張るよ。」
「本当にお願いします。」
レイは強いが相手は姉である為、何が起こるかわからない。マヤは何度も何度もシンジ
に念を押し、2人を城から見送った。
<雪原>
シンジとレイはとぼとぼと、雪の中を2人だけで歩いていた。術を使うと、直ぐに自分
達であることがばれてしまうので。普通の人と同じ様に2つの足で歩いて行く。
「大丈夫?」
「ええ。」
術を使えば強大な力を発揮するレイであったが、体は普通の女の子である。しかも、城
からあまりで出ない為、足腰がそんなに強いわけでもない。
ザッザッ。
雪の中に足を1歩づつ1歩づつ踏み入れながら、シンジの後を追う様にレイもゆっくり
歩いて行く。
「きゃっ。」
バサッ。
「あっ! 大丈夫っ!?」
「ごめんなさい。」
転んでしまった自分を抱き起こされたレイは、謝りながら両手を雪に突いて立ち上がる。
全身雪まみれだ。
「ごめんなさい。足手纏いになってしまって。」
「そんなことないよ。」
髪や体についた雪をパンパンと払ってあげたシンジは、今度はレイの手を握りぐいぐい
と引いて歩き出す。
「あ・・・ありがとう・・・。」
「いいよ。しっかりぼくの手を持ってるんだよ。」
「ええ。」
それからしばらくレイの手を引いて雪道を歩いていたが、だんだんとレイの歩く速さが
遅くなってきた。
「大丈夫?」
「ええ。」
強がっているが、どうみてもかなりしんどそうだ。既にあたりは暗くなっており、寒さ
が2人の体を襲う。レイの足も、カタカタと震えていた。
「乗ったらいいよ。」
「えっ?」
シンジはレイの前にしゃがみ込むと背中を向ける。そんな姿に、レイは何を言っている
のかわからず、凍えた手に息を吹き掛けながらじっとしていた。
「早く行かなくちゃ。朝になっちゃうよ。ほら。」
なんとしても夜の間に潜入しなければならない。シンジは少し後ろに下がり、レイに背
中を突き付けておぶおうとしてきた。
「いえ。大丈夫。歩けるから。」
「足が震えてるよ? それじゃ、歩けないよ。」
「でも・・・。」
「行くよっ!」
「きゃっ!」
断るレイに半ば無理矢理背中を押しつけると、レイをおぶって立ち上がったシンジは、
にこりと笑って振り返った。
「ははは。この方が暖かいや。」
「・・・・・・。」
生まれて直ぐに親を亡くしたレイは、こうやって人におぶわれたり抱かれた記憶が無か
った。
「・・・・・・。」
自分のことを親身に考えてくれる忠実な家臣は山程いたが、それとはまた違う優しさを
シンジの背中に感じる。
「暖かい・・・。」
「え?」
「ううん。」
レイはそのまま目を閉じ、シンジの背中の温もりを感じながら、雪道をおぶわれて一の
城へと向かって行った。
<一の城>
苦労はしたが、すっぽりと布で顔まで隠しとぼとぼと地道に歩いて来たので、見回りの
兵にも怪しまれず一の城の直ぐ前まで来ることができた。
「言ってたのは、あそこの城壁なんだ。」
「そう。」
城の周りには篝火を焚いた見張りの兵が幾人も立っている。しかし見張り交代の時、館
から1番離れた城の端の城壁に、一瞬兵がいなくなることをシンジは知っていた。
「レイの姉さんは、あそこの館にいるんだ。」
「姉さんが・・・。」
「うん。ナオコさんは、その隣の少し小さな館。」
「じゃ、私は姉さんの所へ向かえばいいのね。」
「姉さんを取り返したら、後はこっちのものさ。」
2人は手筈を整えると、見張りの兵が交代に入る時期をじっと雪の中の暗闇で待ち続け
る。
「寒くない。」
「ええ。大丈夫。」
姉を取り戻す為、国に平和を取り戻す為、今のレイはただじっと一の城の動きだけを見
ている。
「もし、私に何かあったら、姉さんを・・。」
「大丈夫さ。レイはぼくが守るから。」
「シンジくん・・・。」
その時、城に動きが見えた。いよいよ見張り交代の時間だ。
「行くよっ!」
「ええっ!」
兵達が動き、見張りが手薄になった一瞬を狙って、死角となる城壁の真下まで気配を消
して走っていく2人。
「風よっ!」
ゴーーーー。
シンジが風を起こし、一気に2人は城壁を乗り越えた。ところが、飛び越えた先のその
真下には予想外に兵が幾人もたむろっていたのだ。
「そんなっ!」
城壁から舞い降りてくるシンジと、兵達の視線がかち合う。どうやら、手にしている器
からして、この死角に隠れて酒を飲んでいた様だ。
「くそっ! レイっ!」
「ええっ!」
兵達に体を当て、そのまま場内へ走って行く2人。突然のことに、戸惑っていた兵もよ
うやく状況を悟り大声を出し始めた。
「敵だーーっ! 敵が潜り込んだぞーーっ!」
「2人の術使いだーーーっ!!!」
場内は騒然となった。しかし、ここまできて計画を中断することなどできない。シンジ
は、風を起こしてレイと共に1人目のレイの館へと飛んで行く。
「あっ!」
2人が後少しでレイの館へ入れるという時、その館に駆け込んで行く人影が見えた。ナ
オコである。
「しまったっ!」
「姉さんが危ないわ! 氷よっ、矢となり、かの扉を壊せっ!」
シンジの起こした風に乗りながら、レイは氷の矢を1人目のレイの館の扉に叩き付け、
道を開ける。
「間に合ってくれっ!」
バーーーーンっ!
最後の扉が砕け飛び、2人はレイの眠っていた部屋に入った。そこにシンジとレイが見
たものは、喉元に刃物を突き立てられ首を抑え込まれている1人目のレイの姿であった。
「フフフ。ご苦労なことね。わざわざ死にに来るなんて。」
「くっ!」
シンジと2人目のレイが一歩踏み出そうとすると、ナオコは刃物をぐいと1人目のレイ
の喉元に突き立てる。
「姉さんっ!!!」
身動きができず、真っ青になる2人目のレイ。
「ナオコさん。どうして・・・。」
首を締め上げられ苦痛にもがきながら、何がなんだかわからない1人目のレイは、ナオ
コの顔に怯えた視線を送った。
「姉さんっ!」
「私の妹なの?」
「姉さんを離してっ!」
「アハハハハハ。馬鹿を言うんじゃないわ。もし1歩でも動いたら、ブスリといくわよ。」
「くっ。」
ナオコはレイの首を締め上げていた方の手に短剣を持ち変えると、もう片方の手で腰の
青銅の剣を抜き振り被る。
「これで、私の天下だわっ! 動くんじゃないよっ!」
1歩も動くことができない2人目のレイは、奥歯を噛み締めてナオコの顔を睨み付けて
いる。そして、ナオコの手が振り下ろされ、青銅の剣がレイ目掛けて切り込んでくる。
「ぐふっ!」
「シンジくんっ!」
しかし、その剣は2人目のレイには当たらず、その前に立ち塞がったシンジの腹部を切
り裂いてその場に落ちた。
「ぐはっ!」
真っ赤な血が、2人目のレイの足下に流れ出る。
「シンジくんっ!」
「おやおや。馬鹿だねぇ。関係ないのに、こんな女の為に。」
「シンジくんっ!」
シンジを抱き起こそうとしたレイだったが、それをナオコが止める。
「おい。動くんじゃないよ。姉の命が欲しくないのかい?」
倒れるシンジの側に落ちた剣を取ろうと、ナオコがじりじりと近寄ってくる。
「そら、動いたらブスリだよ。化け物っ!」
その足音をシンジは神経を集中して聞いていた。
「この坊やも頼り無いねぇ。」
「ぐはっ!」
レイの目の前で、血の流れ出る腹部を押さえてもがき苦しむシンジ。だが、耳だけはし
っかりと床にくっつけたままである。
「さぁ、次はお前の番さ。アハハハハ。」
1人目のレイの首を締め上げながら、シンジを切った剣を取り上げ様とナオコがしゃが
んだ。
「竜巻よっ!」
その時、既に警戒していなかったシンジが、急にナオコ目掛けて竜巻を起こした。1人
目のレイも壁に叩き付けられたが、ナオコの手は放れ別々に飛ばされて行く。
「姉さんっ!」
即座に逃げていくナオコ。しかしレイはナオコを追わず、壁に叩き付けられた姉を抱き
起こしに走った。
「あなたが、妹なの?」
「そうよ。姉さん。」
レイの館から走り出るナオコ。それに気付いたレイは、慌てて追いかけようと立ち上が
った。
「レイっ!」
「えっ!?」
「ぼくが行く。」
その言葉に止められたレイが、振り返ると血を流しながら立ち上がろうとしているシン
ジの姿があった。
「シンジくんっ!」
「レイは、手を出しちゃ駄目だ。」
「無理よっ! しっかりしてっ!」
「早くっ、ナオコさんを追い掛けなくちゃ。」
「もう・・・もういいわ・・・。」
「どうしてっ!?」
「姉さんを助けれたんだもの。もういいの。」
「レイ・・・。」
2人目のレイは、1人目のレイと共にシンジに肩を貸して、館を出て行こうとゆっくり
と歩き出す。
「ごめんなさい。私の為に。」
「いいよ。これで、平和になるんだね。」
「ありがとう・・・。本当に・・・。」
その時、館がガラガラと崩れ始めた。咄嗟のことに、2人目のレイは巨大な氷の壁を作
って姉とシンジを守る。
「なに?」
「レイっ! あれはっ!」
「そんな・・・。なんてことを・・・。」
崩れた館の向こうに見えたものは、闇に魂を売りその力を手に入れたナオコの姿だった。
「ふははははは。こうなったら、お前達全て殺してやる。」
ふたまわり程体を巨大化させたナオコは、壁をうち砕きシンジの所へ迫って来る。
「なんて、愚かな。」
2人目のレイは、姉を背中にかばいつつ呪文と唱え始める。
「駄目だっ。レイ。」
「えっ? シンジくん?」
「ぼくがやる。君はやっちゃ駄目だ。」
「でも、その傷じゃっ。」
「駄目だ。これから、レイは国を納めるんだろ。手を出しちゃ駄目だ。」
理由はどうあれ、姉をこれまで育ててきたのはナオコであることに違いない。こんなつ
まらないことで、そんな人をレイに殺させたくはなかった。
「手を出しちゃ駄目だよっ 風よっ!」
シンジは風を巻き起こし、闇に魂を売ったナオコに向かって行く。しかし、腹部の傷が
酷く風が血を吸い出していく。
「ぐぅぅ・・・。」
気を失いそうになりながらも、シンジは青銅の剣を手にし、ナオコに切り掛かって行っ
た。
「ウハハハハハハ!!」
ナオコの周りに餓鬼が飛び出してくる。どうやらナオコの魂を買ったのは、低級な魔の
様だ。
「雷よっ!」
ズバババババババ。
餓鬼を粉砕しながら、ナオコに迫って行く。
「ぐはっ!」
しかし後少しというところで、足に力が入らなくなり膝を折ってしまった。
「フハハハハハ。死ねっ!」
ナオコの手が人の物とは思えない程伸び、シンジの首を閉め付けてくる。
「ぐぅぅ。」
「シンジくんっ!」
「駄目だっ! 手を出しちゃっ!」
首を締めつけながら、ぐいと天井高くシンジを持ち上げるナオコ。腹部からはひっきり
なしに、血が滴り落ちている。
この状態では、雷にしろ風にしろ自分も道連れにある。しかし、剣術を使う程の体力は
残っていない。
「ぐぐぐ。」
首を更に強く締め上げられる。
「た、竜巻よっ!」
最後の力を振り絞って、竜巻を自分の体も道連れにナオコに叩きつける。
「ぎゃーーーーっ!」
その竜巻に、ナオコは空高く舞い上げられていった。しかし、それと同時に血を飛び散
らしながら、シンジも部屋の隅へ叩き付けられる。
「シンジくんっ!」
「私も手伝うっ!」
2人目のレイがシンジの手当をしようとすると、1人目のレイも駆け寄って来る。
「姉さんはっ、兵達の動揺を沈めてっ!」
「ごめんなさい。みんなナオコさんが、してたからどうすればいいのか・・・。」
「そう・・・じゃ、シンジくんをお願いっ! 私がっ!」
その後、一の城の兵を沈めた2人目のレイは、姉と共に意識の戻らないシンジを連れて、
自分の城へと帰って行ったのだった。
To Be Continued.
作者"ターム"さんへのメール/小説の感想はこちら。
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