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ファーストインパクト
Episode 11 -春が訪れて-
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<三の城>

翌日、一の城が崩壊したことを従者がリツコに伝えに来た。その知らせを聞いたリツコ
は、最後は魔となって命を落とした母のことを哀れんだ目で思い浮かべる。

術なんかに頼るから・・・。
最後まで、術に縛られて。
哀れな人・・・。

仮にも自分の母である。しばらく、物思いにふけっていたリツコだったが、自分は二の
舞は演じたくないと再び研究を再会する。

「フフフフ。このからくりができれば、術なんてまやかしに過ぎないことが証明される
  わ。クククク。フフフフ。アハハハハハハハハハハハハハハっ!」

このからくり小屋に入ったリツコにだけには、さすがの3人目のレイも恐くて近付けな
いらしく、遠く離れた屋敷の屋根の上でひなたぼっこをしていた。

2人目の姉ちゃん・・・。
よくあのナオコさんから、1人目の姉ちゃんを救えたわねぇ。
そろそろ、わたしも・・・。

そんなことを考えていると、からくり小屋から白煙がボワンと上がり、リツコの悲鳴が
聞こえてきた。

また、やってるわ。
やっぱり、面白そうだから、もう少しここにいよーーっと。

「あははははは。」

とにかく、陽気に呑気で明るさが取り柄の3人目のレイであった。

<二の城>

1人目のレイの城と2人目のレイの城が和平してから、数日が経った。その間も、シン
ジは目を覚まさず、ずっと熱を出し眠り続けていた。

「レイ様。お体に触ります。」

「いいの。」

「でも。」

マヤの再三の注意もきかないで、2人目のレイは昼夜を問わず看病を続けていた。

「姉さんはどうですか?」

「さすがはレイ様の姉君です。真綿の様に、吸収されておられます。」

1度分裂してしまった集団はそう簡単には元には戻らない。そこで、一の城を治めるこ
とができるだけの知識を、1人目のレイに今教えている最中であった。

「シンジさん。今日もまだ・・・。」

「ええ。私の為に・・・。」

「でも、このままではレイ様の方がお体を。」

「私は大丈夫です。」

レイは、傷口の薬草を代え、冷たい水で濡らした布を再び額に乗せる。

「レイ様・・・。」

その時、従者の者が部屋の外からマヤに声を掛けてきた。

「すみません。失礼します。」

マヤはレイに1度礼をすると、従者の話を聞きに外へと出て行った。

<城の門>

マヤが幾人かの兵と共に城の外へ出て行くと、そこには無精髭を生やした男が不謹慎な
笑みを浮かべて立っていた。

「あなたですか? シンジさんに会いたいとおっしゃってるのは。」

「ん? 君は?」

「レイ様に従っているマヤと申します。」

「ほぉ。なかなかの美人じゃないか。」

「は?」

「どうだい? 今度一緒に酒でも?」

「なっ! 何をしに来たんですか?」

「おいおい。いきなり怖い顔するなよ。ははーん。まだ、経験が無いんだな?」

「なっ! なんなんですか! あなたはっ!」

仮にも北の国最大勢力を誇る二の城の最もレイに近い従者であるマヤに、こんなことを
平気で口にしたのはこの男が初めてだ。

「用が無いのなら、引き取って下さいっ!」

「おやおや。真っ赤になってるぞ。」

「こ、こ、このわけのわかんない人を捕らえて下さいっ!」

「そんなに俺と中へ行きたいのか? 俺は自分で歩いて入れるんだがな。」

「なっ! と、捕らえなくていいですっ! 叩き出しなさいっ!」

マヤに命令された兵達が、その男を叩き出そうとするが、あっという間に軽々と全員が
地面に叩き伏せられてしまった。

「て、敵っ!」

恐怖したマヤは、顔を引き攣らせて城の中へ逃げ込もうとしたが、その手を男に掴まれ
る。

「離してっ!」

「ちょっとふざけ過ぎたか。とにかく、シンジ君に会わせてくれないかな?」

「駄目ですっ!」

既にマヤは完全に脅えきっており、視線を逸らしてなんとか城内に逃げ込もうと必死だ。

「どうして、駄目なんだ?」

「意識が無く危ない状態なんですっ! なんと言われても、無理ですっ!」

「なにっ!」

その男は急に顔付きを真剣な物に変え、マヤの肩を両手でぐいと押さえた。

「いたっ!」

「シンジ君は何処だっ!」

「離してっ! 離して下さいっ!」

「俺はリョウジ。東の国の使いの者だ。」

「えっ?」

「彼の身に何かあってからでは、取り返しがつかないっ! 直ぐ会わせるんだっ!」

<レイの館>

一通り自分の素性などを説明をしたリョウジは、マヤと共にシンジが眠るレイの館へと
入って来ていた。

「この子がシンジ君か・・・。」

「あなた、シンジさんを知っているんじゃ?」

「いや、会うのは初めてだ。」

シンジの知り合いだと思ってここまで通したマヤは、嘘をつかれたのかと驚いた様だが、
リョウジは取り合わず、シンジの額に手を当てたり傷口を念入りにチェックし始める。

「ふぅ・・・。手当したのは、君か?」

「ええ。」

「レイ様に向かって、”君”とは何ですかっ!」

「おっと失礼。じゃ、レイ様。」

リョウジは手を胸の前に持っていき、城の主に対してそれ相応の礼儀を示す。

「よくここまでやってくれた。礼を言わせて貰うよ。」

「はい。・・・あなたは?」

「東の国の者だが・・・。まだしばらくシンジ君は動かさない方がいいだろう。また来
  る。」

「シンジ君は大丈夫なの?」

「あぁ。もうすぐ気がつくさ。君のおかげだ。」

「私の・・・。」

リョウジという男は、また来るとだけ言い残して去って行った。その後、レイはシンジ
の手を握り続けていた。何処へも行って欲しくないと願う様に。

<三の城>

リツコは自分のからくり小屋で、狂喜乱舞していた。この世の幸せが、全て1度に訪れ
た様な騒ぎである。

「できたわっ! これこそ、究極のからくりよっ! ワハハハハハっ!」

顔中を墨や油で真っ黒にしながら大喜びするリツコの横には、青銅で作られた龍の人形
が置いてある。

「フフフフフ。これで、術なんてのがからくりには勝てないことをお証明してみせるわ
  っ! ワッハッハッハッハッハ。」

高笑いが響き渡る三の城の兵士達は、また嫌ーな予感がするのを顔に表しながら、冷や
汗を掻いていた。

<二の城>

レイの懇親的な看病のお陰か、翌日シンジは13日振りに目を覚ました。

「ん・・・。」

「シンジ君?」

「ん? あぁ、レイか・・・。」

「シ、シンジ君っ。ぐす。」

すすり泣きながら、抱き着いてくる2人目のレイに、シンジは今自分の身に何が起こっ
ているのかわからず唖然としている。

「どうしたの?」

「ぐすぐす。」

「あっ、そうだ。姉さんはっ?」

「ええ。大丈夫。もう大丈夫。」

レイは涙でシンジの胸を濡らしながら、しっかりと抱き着いて来た。この姿をアスカが
見たら、シンジは再び意識を失っていたことだろう。

「あっ。そうだ。ぼく怪我をっ? あれ?」

シンジが自分の腹部に目を向けると、ほぼ傷も塞がっており薬草がしっかりと巻き付け
てある。

「レイがしてくれたの。」

「ええ。」

「ありがとう。」

「いいえ。私の方こそ・・・。私達の為に、こんなに酷い怪我させてしまって・・・。」

傷の塞がり具合から見て、かなり長い間レイに看病をして貰っていたことが容易にわか
る。

「本当にありがとう。」

レイはしっかりとシンジに抱き着いて意識が戻った喜びと、自分達を助けてくれた感謝
の気持ちを、その笑顔に表す。

ガラッ!

「レイ様大変で・・・キャっ! しっ、失礼しましたぁっ!!!!」

そこへいつになくノックも忘れて飛んで入ってきたマヤが、2人の姿を目にし慌てて扉
を閉める。

「あ、ごめんなさい。どうしました?」

我を取り戻したレイは、シンジからゆっくり離れると、嬉しくて流していた涙を拭って
マヤを呼ぶ。

「妹君が・・・責めて参られました。」

「そう・・・。今度は何?」

「龍の様な物を押して来ています。」

「わかりました。用意して下さい。」

「はい。」

姉とは上手くいったものの、まだ完全に北の国に平和が訪れたわけではないと気を引き
締めたレイは、顔を引き締めゆっくりと立ち上がる。

「ちょっと行って来ます。シンジ君は、ゆっくりしてて。」

「あっ。ちょっと待って。」

「何?」

「妹の娘も一緒に攻めて来てるの?」

「いいえ。今迄来たことはないわ。」

「そう。また騙されているんだね。」

「たぶん・・・。そうだと思うわ。」

シンジと2人目のレイは、大きな勘違いをしていた。3人目のレイが出て来ないのは、
蜂に刺されたり、火傷をするのが嫌な為である。

「じゃぁさ。今の間に、ぼくが三の城へ行って、助け出して来るよ。」

「駄目。」

「どうして?」

「これ以上危ないことをして欲しくない。」

「大丈夫さ。」

元気を見せようと勢い良く立ち上ったシンジだが、長い間寝たきりだったので足が弱っ
ておりうまく立てずによろけてしまう。

「ほら・・・。駄目。」

慌ててシンジを全身で支えたレイは、そっと寝かせようとしたが、それでもシンジは無
理に起き立ちあがる。

「もう少しで平和になるんだろ? 最後まで手伝わせてよ。」

「シンジ君・・・。」

敵が攻めて来ておりレイもここでぐずぐずしているわけにもいかず、結局シンジが強引
に自分の意見を押し通すことになった。

「シンジ君・・・。無事で・・・。」

飛び立っていくシンジの無事を祈りながら出陣していくレイ。その前には、幾体もの龍
の人形が兵に押されて並んでいた。

「みんなっ! 手前の棒を引くのよっ!」

レイが出て来たので、号令を掛けるリツコ。兵達は互いに嫌な顔をしながら、レバーを
手前に倒した。

ビシュッ! ビシュッ! ビシュッ!

火のついた油が龍の口から飛び出て行く。前方には氷の壁が張ってあるが、そこに油が
ベシャッと張り付いていく。

「ほほほほほっ! これなら、氷が溶ければ、油がどんどん流れて行くわっ! あの城も
  おしまいよっ!」

自分の完璧な作戦に酔い痴れ、高笑いを浮かべるリツコ。

「わーーーーっ! 油が流れて来たーーーっ!」

「こっちもだーーーっ!」

しかしふと気付くと、自分達の陣地に火のついた油が流れてきており、兵士達は逃げま
どい始めている。

「しまったっ! こっちの方が、位置が低かったんだわっ!」

龍のからくり人形を捨てて逃げ始める兵達。倒れた龍のからくり人形から、更に油が溢
れ出し三の城の兵士達は一目散に、敗走していったのだった。

<三の城>

風に乗って三の城へやってきたシンジは、城の中の館の屋根でひなたぼっこをしている
蒼い髪の少女を見つけた。

「あれ? 君、レイ?」

「ええ。そうよ。すっごーーーい。あなた、空飛べるの?」

「今なら逃げれるっ! 早く来てっ!」

「今、ひなたぼっこしてるのぉ。」

「早くしないと、リツコっていう人が戻って来ちゃうよ。急ごうっ!」

「あははははは。それ、待ってるのぉ。」

「君は騙されてるんだっ! ぼくを信じて急いでっ!」

必死で3人目のレイを連れ出そうとするが、レイは言うことをきかずゴロゴロと屋根の
上でひなたぼっこを続ける。

「お願いだから、一緒に来てよ。君は騙されてるんだって。」

「あっ! 帰って来たわっ!」

そうこうしているうちに、リツコの率いる兵士達がぞろぞろと敗戦の雰囲気で帰ってき
てしまった。

「駄目だっ! 急いでっ!」

「あはははははは。また負けたんだぁぁぁっ! あはははははははははははっ!!」

「へ?」

ブツブツ文句を言いながら帰ってくる兵士達の後ろから、泣きそうな顔で帰ってくるリ
ツコを見て大笑いするレイに、シンジは妙な違和感に囚われた。

「あの・・・。何が可笑しいの?」

「だって・・・あははははははは。あの顔みてよ。ブッ。な、泣いてる・・・・・。
  ブブッ。クスクスクス。あはははははははははははっ!」

屋根の上でお腹を押さえて、ゴロゴロ転びながら大笑いするレイ。

「君の国の兵士が、負けたんじゃないの?」

「うちの兵は戦わないわよ? お人形が負けたの。あははははははは。 みて、あの顔。
  あははははははははははははははははっ!」

「はぁ?」

3人目のレイが何を言っているのか、さっぱりわからない。それはともかく、連れて帰
ると約束したのだから、なんとしても連れて帰りたい。

「君の姉さん達が呼んでるんだ。一緒に来てくれないかなぁ?」

「あはははは、え? やっぱり? そろそろそうなるんじゃないかなぁって思ってたのよ
  ねぇ。」

「はぁ?」

「だって、あのやっばそうーな、一の城が落ちちゃったんでしょ? うちなんて、よっ
  わいよっわいもん。あはははは。」

意を決して刀をぶら下げてやってきたシンジだったが、もう何がなんだかさっぱりわか
らない。

なんなんだ?
どうなってんだ?

帰ってきた兵達が、シンジとレイが話をしているのに気付いても、攻撃してくるどころ
か、広場でブチブチと愚痴を言い合いほったらかしの状態だ。

「そうねぇ。リツコさんを説得してくれたら帰るわ。」

「だから、君は騙されて・・・るのかなぁ・・・。」

だんだん、レイが騙されているとお思えなくなってくるシンジ。そもそもあのリツコと
いう人は、何を望んでいるのかすら既にわからなくなってしまっていた。

「戻るのはいいけど、リツコさんと一緒じゃないと嫌なの。」

「そんなに、いい人なの?」

「ブッ。」

レイは思わず吹き出して、コロコロ笑いながら首をブンブンと横に振る。

「ちがう、ちがーう。面白いのぉ。あはははは。」

「そ、そう・・・。」

「そうだっ! いいことがあるぅ!」

3人目のレイは、こそこそとシンジに何か妙案を耳打ちしてきた。が、シンジにはそれ
の何処がいいことなのか、それでどうして戻れる様になるのかさっぱりわからなかった。

うーん・・・。
ここを壊したら、いいのかな・・・。
まぁいいや。壊してみよう。

シンジは、リツコのからくり小屋に竜巻を思いっきり叩き付け、その上から雷をドカド
カ落とした。

ピカっ!
チュドドドドドドっ!

「わーーーーーーーっっ!!!」

その途端、屋根に立っていたシンジの周りに、いろいろな色の煙が立ち上り、館のあち
こちで爆発がおき始めた。

「な、なんだーーーっ!????」

慌てて風に乗って逃げるシンジ。後ろではドカドカと爆発が起きている。

「なんだ? あの館は?」

そこへ、先程帰って来たリツコが、慌てて飛び出してきた。

「キャーーーーーーーっ! 私のーーっ! 私のからくり小屋がぁぁぁっ! いやぁぁぁ
  ぁっ!」

髪を振り乱し頭を抱えて涙を流すリツコ。そんな様子を先程の屋根の上からレイは、今
にも笑い死にするんじゃないかというくらい、息も絶え絶えに爆笑して見物していた。

「あの・・・。やってきたけど。」

「アハハハハハハハハハハハハハハっ!!!! お、お腹が・・・お腹が痛いぃぃぃっ!
  く、くるちぃぃぃぃ。ひぃぃぃ。ひぃぃぃ。アハハハハハハハハハハハハハハっ!!」

屋根をドンドンと叩いて、涙を流して笑い苦しむレイ。

なんなんだ? この娘・・・。
本当に、あのレイの妹?

「アハハハハハハハハハハハハハハっ!!! ぐ、ぐるじぃ。しむぅぅ・・・。」

「あの・・・それでどうすればいいの?」

「あはははははっ。あ、そ、そうだったわね。あはははは。あ、あのね。」

笑い過ぎで、余程お腹が痛いのだろう。ひーひー言いながら、レイは明日姉達と一緒に
来てリツコに言うセリフを言ったのだった。

そして翌日。

狐に摘ままれた様な思いをしながら、2人目のレイと1人目のレイは、シンジと一緒に
大勢の兵に守られながら三の城へやって来ていた。

「おいっ! 二の城の兵が来たぞーーーっ!」
「とうとう、この城も終わりだな。いや、これであのからくり師から開放されるんだ。」

3人目のレイが言っていたとおり、応戦してくる気配すらない。

「入っていいの?」

「うん・・・。そう言ってたけど。」

そこへ、ドタドタドタと3人目のレイが走って来たかと思うと、どばっと2人の姉に抱
き着いてきた。

「あはははははは。本当に来ちゃったんだぁぁ。」

「本当にって・・・。」

「あなた、何してるの? クスクス。」

「さぁさぁ。こっちよぉ。」

敵の兵共々、いきなり場内に招き入れる末っ子のレイに、シンジの時と同様に何がなん
だかさっぱりわからないまま付いていく姉2人のレイ。

「だから、言ったろ? よくわかんないって。」

「そ、そうね・・・。」

姉のレイ達とシンジが通されたのは、真っ暗なリツコの寝室だった。窓を全て閉め、明
かりを取り入れていないだけでなく、雰囲気自体がどんよりしている。

「リツコさんっ! 朗報よっ!」

「レイ様・・・。私はもう駄目です。何もかも無くなってしまいました。」

「ほらほらぁ。そんな顔しないでっ。姉ちゃんが来たのよぉっ!」

「もう、私には何もできないわ。好きにして・・・。」

無機質な長椅子に腰掛け、がっくり頭を垂らすリツコの様子を見て、2人目のレイがシ
ンジに不思議そうに聞いてくる。

「何をしたの?」

「さぁ。1つ奇妙な小屋を壊しただけなんだけど・・・。煙が出てたよ。」

「そう・・・。」

シンジの説明を聞いても、どうしてリツコがこんなに落ち込んでしまっているのか、理
解できない2人目のレイ。

「ほらほら、リツコさん。姉ちゃんがね、2の城に大きなからくり小屋を作ってくれる
  からってっ!」

「あの・・・リツコさん?」

2人目のレイは、昨日シンジが3人目のレイから聞いてきたセリフを思い出しながら口
ずさむ。

「私の城であなたのからくりを、皆待っているんです。来てくれませんか? からくり
  小屋を用意します。」

「私のからくりを? 待ってる? 私の・・・からくりを・・・。」

その瞬間、どんよりした雰囲気が一気に怪しげな雰囲気に変化した。そこに駄目押しを
掛ける3人目のレイ。

「今迄の戦を見て、すばらしいからくりだって、みんな尊敬してるんですって。」

「すばらしいぃぃぃっ!?」

ギラリ。

再びリツコの目が光り、部屋の雰囲気がよりいっそう怪しくなっていく。

「戦なんかに使うのは勿体無いから、もっと北の国の人達の為に使ってほしいってぇ。
  尊敬してるみたいよ?」

「尊敬? 私を尊敬っ!? わはははははは。そうなのねっ! からくり小屋は、用意し
  て下さるの?」

「え・・・あ、はい。」

その怪しい目の輝きにたじたじになりながらも、2人目のレイはおずおずと答える。

「よろしい。この天才からくり師のリツコが、直ぐに参りましょうっ!」

とにかくここではもう研究が続けられないのは明白だ。リツコにしてみれば、研究がで
きて、更にそれを皆に自慢できれば全く問題は無い。

「じゃ、姉ちゃん達。行こうか。」

「もういいの?」

「うん。リツコさんも、また来るって言ってるし。じゃぁね。リツコさんっ!」

「おほほほほほっ。私のからくりが二の城で尊敬されていたとはっ! うちの兵なんか、
  文句ばっかりっ。文句ばっかりっ。文句ばっかりっ。ブツブツブツ。」

「また始まった。姉ちゃん行こ。」

「え、ええ。」

こうして、三の城は何なく陥落したのだが、その後にいろいろと問題が残った。ある意
味、一の城以上に三の城が残した問題は大きかった。

<二の城>

レイの部屋で3人目のレイは、真相を知った姉2人に死ぬ程怒られていた。

「あなたのせいでっ! いままで何人の人が怪我したと思ってるのっ!」

「うぅぅぅぅ。」

「戦を遊びみたいに見物してるなんて・・・。クスクス。」

「うぅぅぅぅ。」

「どれだけ、私が心配したと思ってるのっ!?」

「うぅぅぅぅぅ。」

「でも、わたしに比べたら幸せな人生で良かったわね。クスクス。」

「姉さん。甘やかしては駄目。」

「そうね。クスクス。」

3人目のレイの説教は、延々と朝まで続いた。そして、最大の問題はリツコの研究であ
った。

チュドーーーーン!

「また、からくり小屋が爆発したぞーーーっ! 火を消せーーーっ!」

三の城の悲劇が二の城で毎日の様に繰り返される様になったのだ。ただそんな中でも、
1人の者がリツコを尊敬し、からくりに新たな可能性を見出していた。

「からくりって凄いですねっ! 先輩っ!」

マヤが、からくりの魅力に取り付かれてしまったのだ。二の城の最大の功労者であるマ
ヤが、リツコの研究を推奨し始めたので、誰も止められるものがいなくなってしまった
のが、悲劇が拡大する一因でもあった。

そんなある日。シンジはレイの部屋で、頭を下げてお願いをしていた。

「ここに、ロンギヌスの槍ってのがあるって聞いたんだけど。」

「ええ。あるわ。北の国の宝よ。」

「それを・・・。その・・・。」

宝と言われては、簡単に欲しいとは言えなくなってしまい、口篭もってしまう。

「そう。必要なのね。」

「うん・・・。できれば・・・。無理ならいいんだけど・・・。」

「シンジくんが必要なら、いいわ。」

レイは蒼白の衣と共に祭壇に祭ってあるロンギヌスの槍を、氷の像に祈りを捧げた後慎
重に取り出す。

「これよ。」

「これが・・・。」

レイから受け取った赤い槍はずっしりとしており、先が3つに分かれた物だった。

「凄い・・・。」

「それと、もう1つ渡す物があるの。」

「え? もう1つ?」

「ええ。これ・・・。」

レイが手渡してきたのは、小さな袋に紐がついた物だった。レイは抱き着く様な仕種で
シンジの首に両手を回すと、首からそれを掛ける。

「これは?」

「お守り。」

「そうなんだ。ありがとう。」

にこりと微笑むシンジの笑顔を見ていると、思わず涙が浮かんでくるレイ。

「本当に、明日行ってしまうの?」

「うん。リョウジさんが迎えに来るから。」

「私も行きたい。」

「駄目だよ。レイは、北の国を守らなきゃ。」

「わかってる・・・わかってるけど・・・。」

昨日、再びやってきたリョウジと話をしたシンジは、一緒にここを去り一緒に東の国へ
行くことを決意したのだ。

「今、この国は大事な時じゃないか。」

「うん・・・じゃ、いつ戻って来てくれるの?」

「わからない。でも、また必ず会えるさ。」

「私、ずっと待ってる。」

「何か困ったことがあったら、東の国に使いの人を送ってよ。すぐ来るから。」

「うん・・・。」

その夜は、3人のレイとマヤにリツコを交えて、シンジの送迎会が開かれた。2人目の
レイはシンジと並んで座り、北の国で取れる豪華な食べ物を口にする。

「ねぇねぇ、姉ちゃんとシンちゃんが、そうやって並んでたら似合うわねぇ。」

宴もたけなわとなった頃、3人目のレイがシンジと寄り添って座る2人目のレイを冷や
かしてくる。

「・・・・ど、どうして。そういうこと・・・言うの。」

「あはははははははははっ! 姉ちゃん、赤くなってるぅ。」

目を泳がせながら、困った顔をする2人目のレイを更にからかう3人目のレイ。

「ごめんなさい。シンジ君・・・。こ、これも食べて。」

「ありがとう。」

3人目のレイの言葉を誤魔化そうと、適当な食べ物を取り上げシンジの皿に入れる2人
目のレイ。

「また・・・また、戻って来てくれるのね。」

「うん。困ったことがあったら、呼んでよ。」

「私を守ってくれるのね。」

「もちろんだよ。」

「いつまでも?」

「うん。」

「ずっと?」

「うん。」

「ありがとう・・・。」

レイは嬉しそうに微笑みながら、シンジの皿にいろいろと食べ物を入れて世話をするの
だった。

<城の前>

翌日、朝早くにリョウジが迎えに来たので、シンジは2人目のレイを始めとする城の皆
に見送られていた。

「よし。シンジ君。行こうか。」

「はい。」

「シンジくん・・・無理はしないで・・・。」

名残惜しそうに、レイはシンジの手を握り、別れが辛そうな目で話し掛けてくる。

「わかってるよ。レイも頑張ってね。」

「ええ。シンジくんが、帰ってくる迄にはもっと良い国にしておくわ。」

「え? 帰って?」

「帰ってきたら・・・この国はシンジくんのものになるでしょ。」

「は?」

「それ迄に、立派な国にしておくわ。」

「ちょ、ちょっと・・・レイ?」

「シンジくんと結ばれる日を夢見て、私も頑張るから。シンジくんも、頑張ってきて。」

「あ、あの・・・。あのね。」

「私をずっと守ってくれるって、言ってくれた時は嬉しかった・・・。」

「あっ!!!」

この時点で、ようやくレイの昨晩言った言葉の真意を理解するシンジ。

「そろそろ行こうか。シンジ君。」

そこへ、リョウジが近寄って来る。

「あ、あの・・・。」

「行ってらっしゃい。シンジくん。」

このまま行っちゃ駄目だ。
ちゃんと、言わなくちゃっ!
言わなくちゃ・・・。

しかし、ふと目を上げるとレイが潤んだ恋する少女の目で、自分を見つめていることに
気付いた。

「うっ・・・。」

「シンジ君。もういいかな。」

「は、はい・・・。」

結局シンジは、何も言い出せずレイに手を振ってリョウジと一緒に北の国を離れて行っ
た。

このことが、後にとんでもないことになるのだが、今のシンジにはそんなことは想像す
らできないのだった。


To Be Continued.


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