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ファーストインパクト
Episode 13 -回る歯車-
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<北の国>
平和になった北の国。レイはいつもの様に氷の像に祈りを捧げていた。時折、からくり
小屋からドンドンという爆発音が聞こえてくるが、最近ではそれも聞き慣れた音。
どうか今日も、シンジ君が無事であります様に・・・。
1日の祈りの中には、必ずシンジの無事を願う物が含まれている。北の国の守り神に捧
げるべき祈りではないのかもしれないが、素直な願いと気持ちが現れているのだろう。
「!?」
その時、レイが目を見開き、顔を上げた。
「シンジ君なの? ・・・違う。これは・・・。」
突然強大な何かの意志の力、シンジを感じた時に似た感覚を感じ取ったレイは、氷の水
晶を取り出し再び像に向き直る。
何?
この力は・・・。
意識を集中していくレイ。
これは。
・・・・・・炎。
氷の水晶に見える強大な炎。その炎が見える方角、西へ西へと意識を集中していくと、
周りにはどす黒い闇が立ち込めている。
2人目が目覚る日が近い。
炎の周りに強大な闇。
いよいよ・・・。
レイは氷の水晶を元へ戻すと、マヤを呼び寄せる。
「はい。なんでしょうか。」
「時が来たわ。」
「では・・・。」
「2人目の覚醒が近いみたい・・・。そして、とうとう闇が見えました。」
「では・・・。」
「舞台は西の方角の様です。」
「わかりました。準備を致します。」
「この国は、姉さんとマヤさんに任せます。」
妹のレイでは心もとないが、姉は既に多くの知識も身に付けており、国を任せても大丈
夫だろう。自分が戻ってこられる保証が無い以上、後継ぎを決めておかねばならない。
「準備が出来次第、ご報告に来ます。」
「ええ。」
退室したマヤの声が、館の外から聞こえて来る。
「出兵の準備をっ! 出兵ですっ!」
北の国、史上最大の出兵が、今始ろうとしている。
シンジ君。
先に行くわ。
キっと瞳を見開き、伝説の蒼き衣を纏ったレイが立ち上がる。
統一した今となっては、西の国,東の国と互角の力を持つ北の国。その兵の約半数、国
外へ出兵可能な兵の全てが、レイ指揮の元出陣の準備に動き出した。
<西の国>
アスカが目を覚ますと、そこは以前自分が住んでいたアスカの館であった。取り急ぎ、
掃除した様で辺りがまだ誇りっぽい。
「うっ・・・。」
今、なぜ自分がここで眠っているのか、何があったのかわからないアスカは、体を起こ
そうとした。しかし、あちこちに痛みが走る。
アタシどうしたの?
祭壇に火をつけようとして。
それで・・・。
それで・・・それで・・・。
アスカはゆるりと立ち上がり館を出る。外が昼になっていることから、どうやらまる1
日近く意識を失っていた様だ。
「あっ!」
外の光景を見て、自分の目を疑う。そこには、半分が灰となり見るも無惨な姿をさらけ
出した、以前キョウコが住んでいた巫女の館があった。
何があったのっ!?
こうやって火をおこそうとしたら・・・。
昨日と同じ様に手の平に火をつけてみるが、何も変わったことはない。ただいつもとは
少し違う。何か違う感覚を手の平に感じる。
何? この感じ?
なんか違う・・・。
なんとなくもっともっと力を入れることができる様な感覚を感じるアスカは、その火に
神経を集中して行く。
まだいける。
もっと。
どんなに力を入れても、まだまだ物足りない。まだいける。もっともっと。そして、そ
れが限界に近くなった時。
ドーーーーーーーンっ!
「キャーっ!!!!」
目の前に巨大な火柱が上がる。アスカは、真後ろに転んで尻餅をつく。
「な、な、な、な、な、な・・・。」
自分がやらかしたことではあったが、目を剥いて驚く。周りから、火柱を見た兵達がわ
らわらと近寄ってくる。
「何事だっ!?」
「あっ、巫女様っ!」
その兵達を見たアスカは、このことを言ってはいけないと直感的に悟り、尻餅をついた
まま巫女の館を指さす。
「急にあそこから火が出たわっ!」
「まだ、何処かに火が残ってたのかもしれん。直ぐ消せっ!」
「お体は、ご無事ですかっ!?」
既に何処にも火の気配は無かったが、また火事になっては大事なので、兵達が辺りに水
を撒き始める。
「ア、アタシ。民の様子を見てくるわっ!」
そんな兵達の前からそそくさと逃げる様に、アスカは民達が働いている場所へと走って
行った。
アタシの体、どうなっちゃったの?
今迄あんなことなかったのに・・・。
自分の手をしげしげと見詰めながら歩く。まるで自分の手が、自分の物で無い様に思え
てくる。
「おぉぉっ! 巫女様だぁぁぁっ!」
「巫女様が来て下さったぞぉぉっ!」
巨大な球状の城を造っていた民達が、アスカの姿を見つけて沸き返る。
「お前らは働けっ!」
しかし、容赦なく棒で民を打ちのめす兵達。アスカは慌てて棒で打たれた民の元へ、駆
け寄って行く。
「なんで叩くのよっ!」
「巫女様・・・。いや、しかし・・・。」
民を抱き起こすアスカを前に、どう対応していいのかわからない兵は、棒を引っ込め困
った顔をする。神の代理人である巫女に逆らうのも恐いが、キールの命に背くのも恐い。
「大丈夫?」
「すまんです。巫女様。」
「必ず休養は貰えるから、もう少し頑張って。」
「へい。申し訳ないこってす。」
今迄辛い労働ばかりを強いられていた民達は、こういったアスカの行動に元気付けられ
よりいっそう働く様になった。
ある意味、キールの手助けをしているとも思えるが、かといって民をほっておくことな
どできず、これはこれで良いと働く民達に労りの言葉を掛けて歩くのだった。
<キールの館>
昨日の爆発事故でごたごたとしていたが、その夜とうとう緑の砦攻めの件で呼ばれたア
スカは、怒りも露にキールの館へと足を運ぶ。
どうするアスカっ?
断れば、民の皆にあれ以上の重労働が・・。
でも、緑の砦だけは・・・。
結局結論が出ないままキールの館へやって来てしまう。何と答えれば良いのか考えなが
ら、幾人もの兵に守られるキールの前に連れ出される。
「どうですかな。ご返答はお決まりですかな。」
「くっ!」
「おや? まだ決まってない様ですな。なら、民に兵役を課すしか・・・。」
「ちょっと待ってっ!」
「なんですかな。巫女様。」
嫌みっぽく”様”付けで呼ぶキールを睨みつけながら、アスカは必死で答えを探す。
時間が欲しい・・・。
もう少し余裕があれば・・・。
そうだわっ!
アタシが兵を訓練して、時間を稼げばっ!
「わかったわ。。緑の砦を攻めます。」
「ククク。そうか。素直なことは良いですなぁ。」
「でも、兵を育てるのに10日は必要よ。」
「むっ? 10日も必要無いであろう。」
「アタシは緑の砦にいたから、あそこの強さを知ってるわ。勝つにしても、民を減らし
たくないでしょう。」
「ふーむ。よかろう。」
キールにしても、10日くらいの日を急ぐわけではない。それに、東の国のこともあり
兵を鍛えることは損にはならない。
「じゃ、10日の訓練。いいのね。」
「よかろう。訓練の期間は与えよう。」
とにかくこれで時間は稼げた。まだこれといって対策があるわけではなかったが、この
与えられた時間内でなんとかすればいい。
それに少なくとも、重労働を強いられている民に、訓練という名目で休息の時間が、こ
の先10日は保証されたのだ。それだけでもアスカは嬉しかった。
「じゃ、アタシは戻るわ。」
「待たれよ。まだ話がある。」
「なによっ!」
「兵の訓練だが・・・。」
「ちゃんと鍛えるから大丈夫よ。」
「フフフ。巫女様お手を、そんなことにはわずらわせんよ。」
「えっ!?」
「我が手の物で鍛えるのでご安心を。」
「なんですってっ!? アタシがやるわよっ!」
「心配めさるな。巫女様の命令と言えば、民は喜んで過酷な兵の訓練に挑むと言うもの
だ。一石二鳥とはこのことよのぉ。ククククク。」
「こ、このっ・・・!」
「もう良い。下がらせよ。」
「ちきしょーーーーーっ!!!」
殴りかからんばかりのアスカを、兵達が押さえつけ追い出して行く。じたばたするアス
カだったが、手も足も出せず叩き出されてしまった。
ちくしょーーーっ!
どこまで、民を・・・。
くぅぅっ!
これでは緑の砦を攻めることを認め、それに加え民に兵役を課したのと同じ結果になっ
てしまった様な物だ。
アスカは悔しくて仕方の無い想いを心の底に宿しながら、夜空を見上げ館の外に出て行
く。
シンジぃぃ。
アタシ、何もできないよ。
頑張ってるけど、頑張ってるんだけど・・・辛いよ。情けないよ。
くじけちゃいそうだよ・・・。
シンジぃぃぃぃーーー!
今この星空の下の何処かにいるであろうシンジに、アスカは心の中で呼び掛けながら、
萎えてしまいそうな自分の心を奮い立たせるのだった。
<東の国>
リョウジと共に旅をしてきたシンジは、ようやく東の国へと足を踏み入れていた。そこ
は、西の国や北の国にも勝るとも劣らぬ広大な大国であり、何よりも驚いたのは、兵士
の統率と農作物の豊富さが、他の国とは雲泥の差であった。
「シンジくん。ここが、東の国だ。」
「凄い。こんな国があるんだ・・・。」
自然の要塞ともいうべき切り立った崖と、高く石を積み上げた城壁に周りをぐるりと取
り囲まれ、兵も民も生き生きと生活をしている国が眼前に広がる。
「さぁ、こっちだ。」
「はい。」
シンジは加持に連れられ、東の国でも最も煌びやかな建物の中へと入って行く。
「只今戻りました。」
「ふむ。」
「彼がそうです。」
「そうか。」
加持は館の中へ入ると、大きな椅子に座る1人の男の前で跪きシンジを紹介する。シン
ジはその人物を見てきょとんと立ち尽くすのみ。
「シンジくん。跪くんだ。王の前だぞ。」
「えっ!?」
加持の言葉を聞き慌てて跪くシンジを、東の国の王はじっと見据えていた。その威圧感
はそうとうな物である。
「シンジ。」
「はい。」
「よく戻って来たな。」
「え?」
王の言葉の意味がわからないシンジは、不可思議な表情で顔を上げる。戻って来たも何
も初めて来る国なのだ。
「ぼくは、初めてここへ来たんですが?」
「お前はここを知っている。」
「知ってるって・・・。」
「わたしの名は碇ゲンドウ。」
「えっ!? 碇・・・まさか。」
「そうだ。お前の父だ。」
「そんな・・・嘘だろ・・・。」
もう一生、親に会うことなど無いと諦めていたシンジは、突然現れた父に困惑する。し
かも、その父とはこの国の王だと言うのだ。
「嘘だろ・・・そんなの・・・。今更・・・。」
「わたしは、ずっとお前を捜しておった。」
「ぼ、ぼくをっ?」
「お前の命。国の為に使わねばならん。」
「!!!!」
「我が国の戦士となれ。」
「・・・・・・。」
「これは、命令だ。」
「父さんは、ぼくを戦わせる為に呼んだの?」
「そうだ。」
「・・・・・・。」
「詳しくは、マコトに聞け。」
ゲンドウは、シンジの付き人となるマコトを前に出させる。
「ぼくは、父さんの兵になる為にここへ来たの?」
「アダムと戦えるのは、お前しかおらん。伝説の戦士となれ。」
「伝説の戦士っ? なんだよそれっ! そんなの知らないよっ!」
「説明を受けろ。」
「そんなのってっ! じゃぁなんで、ぼくを捨てたんだよっ!」
「お前を捨てたのは、母だ。」
「なっ!」
「わかったら行け。」
「さぁ、皇子様。こちらへ。」
日向がシンジの腕を掴み、ゲンドウと加持の前から連れ出して行く。
「父さんっ! ぼくはっ!」
必死で訴え掛けるが、その声は届かないまま王宮を連れ出され、別の館へと案内されて
行くシンジ。
「ここが、皇子様の館です。」
「・・・・・・。」
「西の国を攻める日は近いです。旅の疲れを癒して下さい。」
「なっ! なんだってっ!?」
それまで黙っていたシンジだったが、その言葉に過剰に反応する。よりによって、今ア
スカのいる西の国を攻めるというのだ。
「西の国を攻めるってどういうことだよっ!」
「王の命令です。」
「そんなのってっ! そんなのって・・・母さんはっ! 母さんは何処にいるんだよっ!」
「遥か昔に、皇子様と共にこの国を逃げ、亡くなられたと聞いています。」
「そ、そんな・・・。」
シンジは突然自分の身に降り掛かって来る様々なことに対応しきれず、その上、母の死
を知りがっくりと膝を落としてしまう。
こんなとこ来るんじゃなかった。
アスカのとこへ行っとけば良かった・・・。
「では、失礼します。」
愕然とするシンジを置き、マコトが退室して行く。残されたシンジは、自分に与えられ
た大きな館の中で、なにがどうなっているのか整理できず、がっくりとうな垂れるだけ
だった。
<西の国>
「休むなーーーっ! 剣を振れーーーっ!」
あれから既に5日が経過していた。重労働の上厳しい兵役を化せられた民は、ふらふら
になりながら重い剣を何度も何度も炎天下の中振らされている。
「そこっ! なに休んでるんだっ! 巫女様の命令だぞっ!」
「は、はい・・・。」
ふらふらになりながらも信頼する巫女の命令ということで、必死で立ち上がり剣を振る
男。巫女という言葉の絶大なる力に、キールは訓練の様子を満足気に眺めていた。
「よーし。振り方止めーっ! 続いて格闘の訓練を行うっ!配置に付けっ!」
よろよろと格闘の訓練を行う位置に移動して行く兵達。そんな様子をアスカは見るに耐
え無いといった顔で、館の陰から見ていた。
バタっ!
その時、1人の老齢の人物が格闘訓練中に倒れた。指揮していたキール直属の兵は、そ
れを見るや棒を持ち駆け寄り、背中をバシバシと殴り始める。
「戦の途中で倒れたら、お前は死ぬんだっ! 役立たずめがっ!」
「見るに見かねたアスカが、思わず飛び出して行くが、周りを取り囲んでいた兵士達に
取り押さえられる。」
「戦は男の仕事です。巫女様はおさがり下さい。」
「離してっ! 離してっつってるでしょうがっ!」
「キール様のご命令です。近付けるわけにはいきませんっ。」
「離せーーーーっ!」
暴れるアスカに兵達はとうとう刀の切っ先を向け、無理矢理訓練場から引き離して行く。
これ以上アスカにはどうすることもできず、民が痛めつけられるのを、ただ眺めている
ことしかできなかった。
<巫女の館>
元アスカの館であり、キョウコの館の焼失により新たに巫女の館となったこの建物で、
アスカは祭壇に祈りを捧げていた。
キョウコ様・・・。
アタシには、これ以上どうすることもできません。
このままでは、緑の砦も攻められてしまいます。
アタシはどうすれば・・・。
ママ・・・。
祈り終わったアスカは、祭壇に火を灯そうとする。最近は慎重にやらなければ、すぐに
火柱が出てしまうので、神経を集中し小さな火を灯す。
祭壇に火を灯すだけでも、一苦労ね・・・。
え?
そう・・・。そうだわっ!
何かを思いついたアスカは、決意を固めた目で巫女の館を出て行った。
<キールの館>
アスカがキールの館へやって来ると、いつもの様にその館は屈強な兵達に守りを固めら
れていた。
「キールに話があるわ。通して。」
「そういう話は聞いておりません。」
「じゃ、今すぐ聞いてきてっ!」
アスカの物凄い勢いに、1人の兵士がキールに判断を仰ぎに向かった。
「入って頂いて結構とのことです。」
「フンっ!」
周りを兵に固められながら、館の奥へ通されるアスカ。その1番奥に、キールの姿があ
った。
「巫女様から話とはどういう風の吹き回しでしょうかな?」
「アンタに、いいこと教えに来たのよ。」
「ほう。なんですかな?」
「アタシねぇ。占いの他にできることがあるのよ。」
ニヤリと笑ってキールを見据える。
「占いの他? 何でしょうな。」
「冥土の土産に見せてあげるわっ!」
ドガーーーーーーーーーーーーーーーーーーンっ!!!
次の瞬間、アスカの目前に火柱があがり、キールに向かってその炎が叩き付けられる。
「キール様っ!」
咄嗟に、周りを固めていた兵が盾を持って、キールを庇い立てする。それでもアスカの
攻撃は止むことなく、次々との炎を叩き出して行く。
「影っ! この小娘の相手をせいっ!」
「はっ!」
キールの命を聞き、どこからともかくヌルリと出てくる影。その隙にキールは、裏口か
ら兵に守られて出て行こうとする。
「待てーっ!」
「フッ。まさか、お前に術が使えたとはな・・・。ククククク。」
キールはそれだけ言って、館から姿を消した。
「逃がすかーーーーっ!」
「わたしがお相手しましょう。」
ブーーーーン。
キールを追おうとするアスカの眼前に現れた影は、その体を分身させるとアスカの行く
手を遮る。
「どきなさいって言ってんのよっ!」
ズドーーーーーーーーーーーーーンっ!
ズドーーーーーーーーーーーーーンっ!
影に向かって次々と火柱を叩きつけるが、何処に本体があるのかわからず、その全てが
かわされてしまう。
「せっかくの炎術も、その腕じゃ無意味だな。ケケケケケ。」
燃え始めるキールの館。アスカの繰り出す炎の力は凄まじかったが、使い方が荒っぽく
影を追いつめることができない。
「ケケケケケ。」
「ぐぅぅぅっ!」
影の手が伸び、アスカの首に巻き付いてくる。苦し紛れに炎を撒き散らすが、影はその
全てをかわし、首を締め上げて行く。
「ぐぅぅぅ。ちくしょーーーーっ!」
次の瞬間、アスカの周りに円を描く様に火の壁ができあがった。さすがの影もこれでは
近付くことができず、いったん距離を置く。
「熱い・・・。とにかく逃げないと。」
アスカは、燃えさかる炎の中、キールの館を吹き飛ばして、壁に空いた穴から表へ飛び
出す。
「アイツはっ!? ドコっ?」
周りを見渡し、影の姿を探す。何処から姿を現しても、火柱を叩きつけれる準備をする。
「ケケケケケっ!」
「そこっ!」
ズドーーーーーーーーーーーーーンっ!
声がした場所に火柱が上がるが、そこには既に影の姿は無かった。
バフッ!
それと同時に、アスカの周りに黄色い粉が飛び散る。けむたそうに手でその粉を払うが、
まるで纏わりつく様に体の周りを粉が舞い続ける。
「うっ・・・。」
意識が遠のいていく。影がアスカの周りに撒いたのは、眠りの粉としびれの粉であった。
ち・・・くしょ・・・う・・・。
<地下牢>
ザバーーーーー。
突然水を掛けられ意識を取り戻すアスカ。目の前に、含み笑いを浮かべるキールの姿が
見える。
「キール様のお来しだぞっ! いつまで寝ているっ!」
ザバーーーーー。
再び牢の外から見張り兵が水を掛けて来る。
「くっ・・・。コ、コイツ・・・。」
怒りも露に立ち上がろうとするが、石の牢に入れられているばかりか、手も足も縄で縛
られており、禄に動くことすらできない。
「生かしてやっただけでもありがたく思うんだな。ククククク。」
キールが見下ろして、嫌な笑みを浮かべる。
「ダレがっ! アンタなんかにっ!」
「ここで自分の愚かさを悔いるが良い。緑の砦は我々だけで十分だ。」
「ちくしょーーーーっ!」
ドガーーーーン。
火柱を叩きつけるが、キールは丁度届かない位置に立っており手も足も出すことができ
ない。
「今は、巫女の名を出すだけで民は動く。まだ利用価値はあるが、当分は不要だ。」
「ちきしょーーーっ! ちきしょーーーっ! ちきしょーーーっ!」
ドカーーン!
ドカーーン!
ドカーーン!
あちこちに火柱をあげるが、石の牢がそう簡単にくずれるはずもなく、キールまで炎は
届かず、どうすることもできなかった。
「また、用がある時は来る。その時は、宜しく頼みますよ? 巫女様。ククククク。」
高笑いを浮かべながら地下牢からキールが出て行く。扉が閉められると、そこは完全な
闇に支配された。辺りにはネズミや虫が這っており、湿気と熱気でむせ返る。
「ちきしょーーーっ! ちきしょーーーっ! ちきしょーーーっ!」
ズドーーーーン。
ズドーーーーン。
アスカの衣のあちこちが焦げていく。アスカの手足を縛っていた縄は焼き切れ、手首と
足首に火傷ができる。
「ぐわあぁぁーーーーーっ! こんちくしょーーーーーーーーーっ!」
ドカーーーーンっ!
ズドーーーーンっ!
火柱が上がるが、一瞬辺りを明るくするだけで燃える物が何もなくすぐに闇に包まれる
地下牢。熱気で自分が苦しくなるばかり。
「殺してやるっ! 殺してやるっ! 殺してやるーーーーーーーーーーっ!」
石の牢を両手で掴んで揺すれど叩けど、びくともしない。石を握りしめる手に、切り傷
が増えていく。
「うわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
誰にも声など届かない暗く狭くじめっとした地下牢の中、ネズミが不気味に鳴く声と、
アスカの絶叫が響き渡り続けた。
To Be Continued.
作者"ターム"さんへのメール/小説の感想はこちら。
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