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ファーストインパクト
Episode 14 -福音を齎す者-
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<東の国>
王宮に呼ばれたミサトは、神妙な面持ちでゲンドウの前に姿を現した。将軍に任じられ
てから2度に渡り西の国を攻めたが、ことごとく失敗している。
「只今参りました。」
「ミサト将軍・・・。」
「はっ。」
王座の上から威圧するかの様に見下ろされる。これ迄の失敗の責任もあり、緊張に顔が
強張る。
「至急、戦の準備だ。」
「わたしに?」
「うむ。」
処罰を覚悟し赴いて来ただけに、信じられないといった面持ちで見上げるが、ゲンドウ
は相変わらず厳しい表情を返すのみ。
「承知致しました・・・。」
「後が無い。この度の戦、失敗は許されぬ。」
これ迄の戦は、ゲンドウにも勝ち目が無いことはわかっていた。しかし、決め手はなく
ともキールの野望を止めねばならなかった。だが今回は違う。遅れてしまったが、よう
やくシンジを見つけることができたのだ。
「しかし・・・。」
「どうした?」
「敵の術使いが強力でして・・・。もう少し待って下されば、我が手の・・・。」
「フッ。問題無い。」
「と、申しますのは。」
「シンジをリョウジが連れ帰った。」
「シンジ・・・では、皇子様がっ!?」
「そうだ。」
かつて西の国を追われた時、ミサトはシンジを探して旅をしていたリョウジに助けられ
た。そういった事情もあり、皇子の名前は幾度か聞いたことがある。
「シンジとリョウジ将軍を戦に加える。勝たなくとも、ジオ・フロントの破壊かキール
を殺せば良い。」
「はっ!」
「犠牲は問わん。失敗した時は・・・。」
「失敗した時は?」
「シンジ・・・いや、第18使徒の末裔となる3人の戦士と第1使徒の、この地を賭け
た決戦となる。」
「そうなれば、わたしはどうすれば?」
「わからぬ。」
「は?」
「わたしにも、何が起こるかわからぬ。故に、そうなる前に食い止めろ。」
「はっ!」
シンジを探し密偵を放っていたゲンドウは、西の国の異変に気付いた。10年前に予言
者が、人が滅びると告げた年に起きた異変。ゲンドウは事態を重く見て調査を進めた。
古文書によれば、神より18の使徒が生まれ互いにこの地を賭け戦いをしたとある。
戦い結末は、唯一3つの体で生まれたリリンがこの地を治めた。リリンは2人で愛の力
を生み、3人が心を1つにした時、和の力を生み勝利した。
その末裔が人である。人は神に心を開き、占いや術などの力を授かり発展を遂げた。
<リョウジの館>
シンジはある決意を胸に、リョウジの館へと訪れていた。東の国を立ち、アスカを助け
に行こうと言うのだ。
「これは、皇子様。」
「ここでいいです。」
リョウジは丁寧な挨拶をし館へ招き入れ様とするが、シンジはそれを拒み入り口で立っ
たままリョウジを見る。
「どうしたんだ?」
「ぼく・・・西の国へ行きます。」
「あぁ、もうすぐ出兵だ。」
「違います。1人で行きます。アスカを助けに行かなくちゃいけないんだ。」
「無駄だな。」
「どうしてですっ!?」
「奴は使徒というものを復活させようとしている。」
「使徒???」
「それが復活すれば、例えそのアスカという娘を助けたとしても、人は全て滅びると言
われている。」
「!!!!!」
ただ西の国を攻める兵士にされる為に呼ばれたと思っていたシンジには、衝撃の言葉で
あった。にわかに信じ難い内容であったが、嘘をついている目とも思えない。
「どう言うことですか?」
「昔のことはどうだっていいさ。だが、それを止められるのは君達しかいないというこ
とだ。伝説の戦士の君達にしか。」
「伝説の戦士・・・。」
もし突然こんなことを言われたのなら、まだ信じ難いものがあったであろうが、シンジ
は知っていた。レイが伝説の戦士として、途方も無い力を持つ衣を手にしていたことを。
「じゃぁっ! 伝説の衣が、この国にもっ!?」
「それを、どうして知ってるんだ?」
「北の国のレイが、持っていましたから。」
「なっ! なんだとっ!?」
リョウジは愕然とした。目と鼻の先に、もう1人の伝説の戦士がいたと言うのだ。そう
と知っていれば、なんとしても連れて帰ろうとしたであろう。
「そうだったのか・・・あの娘が・・・。」
「ええ。」
「まさか、あんなおちゃらけた娘が伝説の戦士だったとは・・・。」
どうやら、3人目のレイと勘違いしている様だが、今となってはどうでも良いことだろ
う。
「で、でもっ!」
「どうした?」
「それならどうして、母さんはぼくを捨てたんですかっ!?」
「うーん。これは俺も聞いた話だが・・・。」
10年程前、この国の皇子であるシンジに奇妙な現象が現れ始めた。元気に野山を駆け
回って遊んでいた皇子であったが、常にその周りを風が舞い始めたのだ。
この国の巫女である予言者は言った。この者は伝説の戦士になると。14歳になった年、
伝説の戦士として命を掛けて戦う運命にあると。
母であるユイはその運命を呪った。母としての愛情が上回ってしまい、シンジを連れて
逃げることとなる。しかし、追っ手は執拗に迫る。逃げ切ることができないと感じたユ
イは、シンジを誰かに託し自らは死の道を選んだ。
息子の行方不明。そして、愛する妻の死を聞いたゲンドウは、ただ何も言わず自らの立
場と定めを呪い、無言で膝を地に付いたと言う。
「それが、先生だったんだ・・・。」
「あぁ。これが文だ。」
リョウジはおもむろに懐から1つの木の皮に書かれた文を取り出した。そこには、今と
なっては懐かしい先生の文字が短く記されている。
”皇子様が去られてからこの方が参られた。
ユイ様は愛情溢れるお方でした。
だが、運命には逆らえませぬ。
母の愛を忘れず定めを全うすれば事は成りまする。ゆめゆめ忘れるなかれ。”
母さんは、ぼくを捨てたんじゃなかったんだ。
ありがとう・・・。
でも、母さん。ぼくはっ!
「リョウジさん。伝説の衣は何処にあるんでしょう?」
「それは俺も知らないな。王の所へ行くか。」
「はい。」
シンジはリョウジに連れられ、王宮へと向かう。その途中、鎧に身を包んだ女性に出会
った。
「おぉ。ミサト。これはまた勇ましいな。」
「戦が近いからねん。今度は・・・。あら? この子って・・・。」
ミサトはふとシンジに視線を落として目を丸くした。西の国にいた頃、見た覚えがある
少年である。
「皇子様だ。」
「えーーーーっ!!!!」
「知っているのか?」
「え、ええ・・・そう、あなたが・・・。」
シンジも驚いていた。度々アスカを見に西の国へ赴いた頃、見たことのある女性が目の
前に立っているのだ。
「あなたは、アスカの・・・。」
「えっ? ア、アスカ様を知っているのっ?」
「はい。今は西の国にいますが・・・。」
「ええ。わたしも最近、アスカ様が戻られたことを知ったわ。」
「そうですか。」
「アスカ様の為にも、今度の戦い頑張りましょっ。」
「はいっ!」
ここに初めて、ミサトとシンジの心が1つになる。それは、遥か未来へ掛けて受け継が
れることとなる、大きな大きな絆であった。
「マコトっ! さっさと矢を運びなさい。」
「へい・・・。」
荷物運び係のマコトに、戦で使う矢を運ぶ様に命令したミサトは、リョウジとシンジに
笑顔で手を振り、戦の準備を進めに行く。
その向こうには、ミサトにどれだけこき使われても、喜んで仕事をしているマコトの姿
があった。
<王宮>
王の前に出向いたリョウジは、平服しながらシンジの意向をゲンドウに伝えた。
「衣は、あの岩山の山頂の祠にある。」
王宮から見える岩が切り立った小さな山を指差す。その山は低いが、ほぼ垂直に突き出
し、四方を硬い岩の絶壁に囲まれている。
「あれを取って来い。」
「衣を取って来たらいいんですね。」
たかだかあの程度の山、風に乗って飛べばすぐである。シンジにとっては造作もないこ
と。
「ああ。ただし、術は使ってはならぬ。」
「えっ!?」
「自らの力だけで取って来い。」
「・・・・・・。」
「どうした? 術に頼らねば何もできぬのか。」
「・・・・・・。」
唖然と岩山を見詰めるシンジ。術を使わず、あの切り立った岩山を人の力だけで登るの
は、至難の業である。
「・・・・・・。」
「フッ。くだらぬ奴だ。」
「!」
「わたしの元で育てれば、こうはならなかっただろうが・・・。」
「くっ!」
今の言葉は母に対する冒涜であった。ここで逃げれば母の行動を否定することになって
しまう。
「やればいいんだろっ!」
「うむ。だが戦まで時間が無い。期限は日が落ちる迄だ。」
「わかったよっ!」
シンジはキッと岩山を見据え、ロンギヌスの槍をぐっと掴むと王宮を駆け出して行った。
<西の国>
緑の砦へ影が率いる兵が出兵してから、日が僅かに傾いた頃のこと。
ズドーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!
残った兵も工事を進める民も、地面を揺らす程の耳を劈く音と、真っ赤な閃光に一斉に
顔を上げる。
丁度焼けたキョウコの館があった辺りから、巨大な火柱が上がったのだ。
「何が起こったんだーーーっ!」
「火を消せーーーっ!!!」
戦で兵の数が減っている為、民も総出で火事を消しに掛かる。既にかつてのキョウコの
館は全焼していた。そんな騒ぎを聞き付け、キールが姿を現す。
「何事だっ!」
「まだ、火がくすぶっていた様です。」
「ここまで長く火がくすぶるとは・・・不幸な死を遂げた巫女様の祟りでは?」
「フッ。馬鹿な。それより、地下牢を見て来るんだ。」
「地下牢?」
「さっさと行け。」
「はっ!」
その頃、アスカの侍女となったマユミは、西の国の外れに立ち黒い鳩を空目掛けて放っ
ていた。
<地下牢>
キールに命令された3人の兵は、地下牢へ繋がる重い扉を開け、暗闇の中を蝋燭の明か
りのみを頼りに降りて行く。
ネズミやムカデが、その明かりを感じたのかササと姿を隠す。
「アイツまだ生きてるのか?」
「さぁ。」
地下の奥深く迄降りると、暗黒の牢屋が蝋燭の明かりに映し出され、その向こうにはば
たりと倒れうずくまったアスカの姿が見えた。
「おいっ。生きているのか?」
「・・・・・・・・・・い。」
「何か言ってるぞ。」
「あぁ。だが、近付いたらやばいぞ。」
アスカの蚊の鳴くような声に、兵達は神経を集中して耳を傾ける。下手に近付いて、炎
の餌食になるのはごめんだ。
「お、お願いです・・・。ここから出して下さい。」
「あっ?」
「何だ? 聞こえるか?」
「あぁ。」
耳を傾ける兵。
「何でも言うことを聞きます・・・。
もう暗いとこはイヤです・・・。
何でも言うことを聞きます・・・。
もう暗いとこはイヤです・・・。
光のある所へ・・・。
お願いします。もう暗いとこはイヤ・・・・・・。」
「おい、どうする?」
「うーん・・・。」
牢の中で土下座しながら懇願するアスカ。3人の兵達は互いに顔を見合わせる。
「お願いします。キール様。なんでもしますから、ここから出して下さい。
お願いします。
もう暗いとこはイヤなの・・・。
お願いします。
もう暗いとこはイヤなの・・・。
お願いします。」
「とにかく、キール様に報告しよう。」
「あぁ。」
何をどうしていいのかわからない兵達は、取り急ぎキールに指示を請いに地下牢を上が
って行った。
<キールの館>
あの後、アスカはキールの命により地上へ出され、今はこの館に衣を着替えて立ってい
る。
「巫女よ。今は戦で民が減っている。残った民によりいっそう働く様に号令を掛けて来
て貰おうか。」
「はい。キール様・・・。」
頭を床に押し付け土下座したアスカは、キールの命に従いゆっくりと館を出て行くと、
祭壇に登り民に号令を掛ける。
「民の皆。キール様の命令です。もっと働きなさい。」
「巫女様のおおせじゃ・・・。」
「あり難いお言葉じゃ、頑張って働かねば。」
倒れそうになりながらも、巫女の言葉ということもあり必死で働く民達。
「そうです。もっと働くのです。もっと・・・もっと働くのです・・・。」
そんな様子を祭壇の下から見ていたキールは、ニヤリとほくそ笑む。既にジオ・フロン
トは完成している。巫女も手中に収めた。
後は問題となる運命の日に備え、外敵に備えれば全ては成し得る。その要となる、緑の
砦が落ちるのも時間の問題であろう。
全ては思いのままであった。
<緑の砦>
血相を変えてシゲルがコダマの館へ飛び込んで来た。その形相から、ただごとでない事
態が起こったことが伺える。
「どうしたのですっ!?」
「に、西の国が攻めて来ましたっ!」
「なっ、なんですってっ!」
「何千という兵ですっ!」
「とにかく門を閉めてっ! 山や畑に出ている人も呼び集めて! トウジさんにも伝えて
下さいっ!」
「はいっ!」
騒然となる緑の砦。いくら神剣があるとは言え、女も含めて数百の民しかいないこの砦
では、とても大国である西の国には太刀打ちできない。
「ワイができるとこまで食い止めるわっ!」
「頼む。トウジ。」
「おうっ!」
シゲルと共に、城壁の上に登り立っていたトウジは、土蜘蛛とゴーレムを召還させた。
砦の前は切り立った崖に挟まれた狭い谷。望みは、そこを通る兵を土蜘蛛とゴーレムで
数を大幅に減らすことしかない。
「来よったでぇ。」
時を置かずして、敵の兵が隊列をなして現れた。ありったけの土蜘蛛とゴーレムを召還
させたトウジは、一斉に兵に向かって突進させる。
ズバッ! ズバッ! ズバッ!
ところが次の瞬間、黒い衣を纏った同じ顔をした男達が、土蜘蛛とゴーレムを長い刀で
切り裂いた。分身した闇の力を持つ男、影である。
「なんやっ! あいつはっ!」
「まずいぞっ!」
「あの野郎っ! あいつは、ワイがなんとかするさかい、後は任せたでっ!」
「わかったっ!」
兵を減らすつもりだったが、闇の力を持った男が現れそれどころではなくなった。トウ
ジは一騎打ちを覚悟で砦から飛び降りると、ゴーレムに乗り影へと迫って行く。その間
も、西の国の兵達は緑の砦へ攻撃をし掛けて来る。
「煮え湯を掛けろっ! 矢を射るんだっ!」
砦の周りに敵の兵が取り付いて来る。城壁の上から必死で攻撃する緑の砦の民。もう男
も女も関係無く全ての民が総出で戦うしかない。
「うらーーーっ! ゴーレム出でよっ!」
「フッ。この程度の召還で・・・。」
「おらーーーっ!」
トウジも苦戦していた。召還しても召還しても、次々とやられていく土蜘蛛とゴーレム。
疲労ばかりが蓄積され、このままでは力尽きるのも時間の問題だろう。
「くそったれがーーーっ!!!」
また、新しいゴーレムを召還し、自らも苦手な刀を振り翳し影に特攻する。
ズバンっ! ズバンっ!
前面に押し出していたゴーレムが、あっという間に倒された。
「くそーーーっ!」
力の差がありすぎる。召還するもの全てがことごとく粉砕され、影がトウジに迫って来
る。苦手な剣術では、とてもかなう相手ではなさそうだ。
「あかんのか・・・。ワイでは・・・。」
じりじりと後退するトウジ。その時、背後から轟音が轟いた。ぎょっとして振り返ると、
土埃をもうもうと上げ、砦の城壁が崩れ落ちている。
「女,子供を逃がせっ! 我らには神剣があるっ! ここで食い止めろーーっ!」
乱戦になる崩れた城壁付近。シゲル率いる男達が必死で防戦するが、数があまりにも違
い過ぎる。
「ちくしょーーーっ! ここまでかいな・・・。」
「フッ。死んで貰うぞ。小僧。ケケケケケ。」
1体に戻った影がトウジに斬り掛かって来る。トウジは目を閉じ、死を覚悟した。
ズドドドドドドドドド!!!!!
轟音が轟く。
「「「「わーーーーーーーーーーーっ!!!」」」」
雄叫びが聞こえる。
「な・・・なんや・・・?????」
トウジが振り返ると、岩場の上から何千という大群が緑の砦目掛けて突撃を始めていた。
西の国の兵も、緑の砦の兵も、互いに何がなんだかわからず混乱を始める。
「「「「わーーーーーーーーーーーっ!!!」」」」
「「「「わーーーーーーーーーーーっ!!!」」」」
時を置かずして西の国の兵達は、新たに沸いて出た兵に押し戻され始めた。それを見て
とった緑の砦の兵は、状況がわからないままであったが一気に戦意を取り戻し、西の国
の兵に迫る。
「なにをしておるっ! ひるむなーっ!」
焦ったのは影であった。まさかの敵の出現に、トウジの相手どころではなくなり、兵の
立て直しを図ろうとするが、とにかく敵が強い。
「どけっ! 俺が片付けるっ!」
このままでは全滅しかねない。影は一気に西の国の兵達を押し退け前へ躍り出ると、再
び分身して闇の力を解放した。
「はぁぁぁーーーーっ!!!」
辺りの無数の石を宙に浮かせ、敵の兵目掛けて次から次へと飛ばす。だが、その目的を
達成した石は、1つとしてなかった。
ピキーーーーーン。
撃ち放った石つぶてが凍り付き、ボタボタと地面へ落ちていく。
「な、なんだっ!??」
ふと前を見ると、蒼い髪の少女が1人で近付いて来ていた。
「じゅ、術使いか・・・。フッ。こしゃくなっ!」
術使いとは、以前シンジと戦って互角の戦いをしている。油断さえしなければ勝てる相
手だ。影は分身したまま、一気にレイに斬り掛かって行く。
ザバーーーーーーーン。
その途端、影目掛けて氷混じりの滝の用な水が、膨大な量になって落ちて来る。
「ぐわーーーっ!!!」
水圧に押し戻される影。
バキーーーーーン。
水面から飛び上がろうとすると、水が凍り付き身動きできない。
「このっ!」
バキバキッ!
氷を破り本体の影だけが脱出する。再び斬り掛かろうと構えるが。
バキーン。
前後に現れる巨大な氷の壁。あっと言う間に挟まれ、押し潰されそうになる。
なっ、なんなんだっ! 奴はっ!
ぎりぎりの所で壁から脱出したが、今度は氷の矢が無数に飛んで来る。近付くどころか、
身を守るだけでも必死な状態で、時を追うごとに後ろへ後ろへと下がっている。
西の国の兵も、砦から遙か後方へ押し戻されている。それもそのはず、戦いを繰り返し
てきた北の国の兵と、にわか作りの疲労した西の国の兵では力の差がありすぎた。
「あなた・・・何をしているの?」
突然声がした。前に視線を戻すと、涼しい顔をしたレイが目のすぐ前に立っている。
「わーーーーーーーーーーーーーーっ!」
恐怖に叫び声を上げ、後ろに大きく跳び逃げる影。
「帰りなさい。」
レイが右手を大きく振り上げた。帰らなければ次は無いと言っているのだろう。
「おのれっ! 殺してくれるわーーーーっ! フハハハハハハハっ!」
しかし影は高笑いを浮かべた。そして、その周りにドス黒い闇とも言うべき煙が立ち込
めたかと思うと、木の高さもあろうかという巨大なムカデに姿を変えて行く影。
シャシャシャシャシャ。
奇妙な音を立てながら、口から緑色の体液をドロドロと垂らして、巨大ムカデが迫る。
おそらくこれが、本当の闇の姿なのだろう。
「どうして、そういうことをするの・・・。」
さすがに嫌な顔をするレイ。あまり見ていて気持ちの良い形ではない。
パキーーーーン。
ひとまず、巨大な氷の壁を前面に押し出し進行を防ごうと試みたが、巨大ムカデは体液
でその氷を溶かし、力ずくで氷を砕き迫って来る。
「・・・・・・。」
次に氷の矢を無数に射掛けてみるが、そのことごとくを数十本ある足で弾き返すムカデ。
おもむろに嫌な顔をするレイ。
シャーーッ! シャッ! シャッ!
既に目の前まで、ムカデが迫って来ている。もう後が無いが、なんとしても接近戦だけ
は嫌だ。
蒼い衣を纏うレイ。
目を閉じ、両手を合わせる。
レイは、氷神に祈りを捧げた。
ズバーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンっ!!!!
水と氷を纏った蒼白の龍が天に舞い上がった。
一瞬にして凍りつく様な、冷気が辺り一面を支配する。
ズバババババババババババババ!!!!
地中から無数の氷の剣が、突き出て来る。
ズドドドドド!!!!
鋭利な刃物と化した水が、巨大ムカデを斬り付ける。
シャーーーーっ!
悲鳴とも取れる声を上げる巨大ムカデ。
瞬きする間の出来事。
抵抗する術も無かった。
跡形もなく粉砕される巨大ムカデ。後には体液だけが凍り付いていた。
「どうして、そんなものを残すの・・・。」
元の姿に戻ったレイは、また嫌な顔をして緑の砦へと戻って行く。
ここが、シンジ君のいた緑の砦なのね。
緑の砦に近付いたレイは、東の空に振り返り天を見上げる。
2人目はもう・・・。
後はシンジ君だけ。
待ってるわ。
<東の国>
シンジは爪から血を流しながら、岩山を上っていた。少しでも力を抜くと、真っ逆さま
に落下してしまう。術を使えば地面への激突は無いが、最後まで使わず成し得たい。
グサッ!
ロンギヌスの槍を岩に突き立て、それを手掛かりに登る。武器の使用が許されたのが、
せめてもの救いであった。この強力な槍はありがたい。
後少しだ・・・。
足も手も指が麻痺してくるが、懇親の力を込めて岩肌をよじ登っていく。場所によると、
90度以上の絶壁もある為、疲労が激しい。
これを登ったら、伝説の衣が・・・。
アスカを助けに行ける。
ピシッ!
爪が半分欠け、落ちて行った。血が腕を伝い、肩まで流れる。
「くっ!」
だがここで力を抜くと落ちてしまう。痛みを堪え指先に力を込め、必死でよじ登る。
もう夕暮れが近い。あの太陽が落ちる前に、登り切らなければならない。
アスカが待ってるんだ。
母さん、ぼくを守って・・・。
シンジは、ゲンドウを始めとするリョウジ,ミサト達大勢の兵や民が見守る中、岩山を
じりじりと登って行く。
その時、シンジを見上げていたミサトの元に、1羽の黒い鳩が空から舞い降りた。足に
文がくくり付けられている。
”無事、事は成し得ました。
ですが、まだキールの居所が掴めません。
時満ちる迄に、体力の回復と共に所在を探られるとのことです。”
その文を、くしゃりと丸めるミサト。私的にミサトが放っていた、密偵マユミからの報
告であった。
やはり、無理か。
アスカ様・・・。
<西の国>
完成したジオ・フロントの周りを、ぐるりと歩いて回るアスカ。その石でできた球状の
城は、ぼんやりと赤く光っている。
もう少しアタシが早く、この衣を・・・。
なんとしても、キールを見つけなくちゃ。
真っ赤な衣を来たアスカは、キっと星空を眺める。もう月がほとんど円に近い。もうす
ぐ、満月だろう。
「アスカ様・・・。」
その時、暗闇から声がした。
「なに?」
「私は、東の国へ戻ります。状況をミサト様に報告しなければなりません。」
「そう。わかったわ。」
「お気をつけて下さい。」
「ええ。」
時は少し遡る。アスカが捕らえられた後も、ミサトの命により伝説の衣を探し続けてい
たマユミは、ようやくキョウコの祭壇で巻物を見つけた。
更に周りを調べると、その奧に隠し扉があり護符の張られた隠された神棚があった。手
を伸ばしてみたが、結界が張られておりマユミには触ることができない。
きっとアスカ様なら。
マユミは人目をはばかり、地下牢からアスカを連れ出しキョウコの館へと連れて行くこ
とに成功する。
これがそうなのね・・・。
キョウコの館の外でマユミが見張りをしている中、アスカは教えられた衣に手を伸ばし
た。
なんだ。簡単に取れるじゃない。
これを着ればいいのかしら?
そして、アスカが衣を纏った瞬間。
ズドーーーーーーーーーーーーーーーン!!!
辺に「火柱があがったぞっ!」と言う声が飛び交い、わらわらと兵や民が地上で騒いで
いる。そんな様子を、アスカは遙か天空高くから見下ろしている自分に気付いた。
な、な、なにこれっ!!!?
西の国の民が火柱だと思ったのは、紛れもなく2人目の伝説の戦士、アスカが変化した
炎を纏った紅の龍の姿であった。
まずいっ!
とにかくこのままではいけないと咄嗟に思い、元の姿に戻る。そこへ、血相を変えたマ
ユミが駆け寄って来た。
「び、びっくりしましたぁ。」
「アタシの方が、もっとびっくりしたわよっ!」
「とにかく、牢に戻って下さいっ。」
「え、ええっ!」
混乱の中、建物の陰を通り牢屋に戻るアスカとマユミ。
「でもっ! これだけの力があればっ! キールをっ!」
「駄目です。」
「どうしてよっ!」
「今のキールは、体を乗っ取られた影武者です。」
「なんですってっ!」
「本当のキールの居場所が、まだわかりません。」
「くっ・・・。わかったわ。それを突き止めればいいのね。」
「はい。」
時が満ちる迄に、キールに接近し所在を調べるという計画を立て、アスカは牢へと急ぎ
戻った。
しかし、未だにキールの居場所がわからない。
<緑の砦>
北の国の兵達は、緑の砦の民に食事でもてなされ、長旅の疲れを癒していた。
「明日、日が昇る前に立ちます。」
「そうですか・・・。もう少し、疲れを癒して行って下されれば良いのですが。」
兵の疲れを癒してくれたコダマに、レイは感謝の意を示すものの、ゆっくりもしていら
れない。
「先を急ぎます。」
「西の国へ行かれるのですね。」
「はい。」
「では、神剣を持って行って下さい。」
「いいのですか?」
「ええ。とても兵の皆さんの分はありませんけど、あるだけ持って行って下さい。」
「ありがとう・・・。」
「それにしても、どうして私達を助けて下さったのですか?」
「シンジ君から聞いてましたから。」
「えっ? シンジさんとお知り合いなのですかっ?」
「ええ。」
ぽっと頬を染めるレイ。
「そう言えば、西の国にはアスカさんと言うシンジさんと将来を誓った方がおられます
から、宜しくお願いします。」
ゾワッ!
レイの目が吊り上がった。コダマはその突然の形相の変化に、言ってはならない何かを
言ってしまったのではないかと、真っ青になる。
「事情が変わりました。今すぐここを立ちます。」
「えっ?」
「それでは。」
スタっと立ち上がるレイ。コダマの館がビシビシと凍り付き始める。恐怖のあまりコダ
マは声も出すことができなかった。
<東の国>
”この世を大いなる闇が覆う時、伝説の戦士3人現る。その戦士、神の衣を纏て人々を
救い・・・・・・”
岩山の頂点に辿り着いたシンジは、祠の中に納められていた巻物を手にしていた。
”東の国より1人、雷風の戦士現る。黒の衣を纏い雷風の龍にて世界を救うであろう。”
そう書かれた巻物の奧に、紫色掛かった黒い衣が置かれていた。手の指に血を滲ませな
がら、その衣を手にする。
これが・・・伝説の衣。雷風の衣・・・。
ゆっくりと衣に手を掛けたシンジは、遙か下に見える東の国の民、そしてゲンドウを見
下ろしながらそれを身に纏う。
ズバーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン! バリバリバリ!!!!!!!!!
竜巻を舞い上がらせながら、雷が地から天へと昇って行く。
こ、この力は・・・。
神の力を借りる術などというものではない。まさに神と同調し一体化したという感覚だ。
遙か未来、人々はこのことをシンクロと呼ぶ様になる。
これが伝説の衣なんだ・・・。
天空から地上を見下ろすと、民が歓声を上げて自分のことを見上げている。ただ王の子
だからというだけでなく、試練を越えて衣を手に入れたシンジに対し、民はいつの間に
か信頼を寄せていた。
力を得るのは容易い。しかし、信頼を得るというのは、容易ではないのだ。そして、戦
において、信頼こそが勝敗を決める。
「よくやったな。シンジ。」
ゲンドウの声が聞こえる。表情はいつもの物であったが、その言葉にシンジは初めて父
を感じた。
風と雷の龍となっていたシンジが、元の姿に戻ると慌ただしく動き出すミサトを始めと
する兵達。
「父さん・・・。」
「行け。」
「うんっ!」
東の国最大のそして最後の出兵が、西の国目指して行われ始めた。
:
:
:
<西の国>
それから数日。既に月はほぼ円状になっており、明日こそ間違いなく満月の夜であろう。
体力も回復したアスカは、月だけが浮かぶ暗黒の空を見上げる。
伝説の戦士。
後2人って間に合うのかしら。
幾度となくあらゆる方法で探り続けたにも関わらず、キールの居場所はわからぬままで
あった。最後の望みは、時が満ちた時にキールが現れた一瞬を狙うのみ。
カサッ。
草の揺れる音がした。
「ダレっ?」
警戒しつつ音のした方に広がる闇に、目を凝らすアスカ。すると、月明かりに照らされ
蒼い衣を着た少女が、暗闇の中からゆっくりと近付いて来るのが目に入った。時期が時
期だけに警戒する。
「あなたが、2人目の戦士?」
「!!」
蒼い衣を着た少女が口を開く。
「じゃ・・・。」
「やはりそうなのね。」
「アンタも伝説の・・・。」
「ええ。私はレイ。」
「そう。」
「戦いの前に話を、したい人がいるの。」
「話をしたい人? 知ってたら教えてあげるわ。アタシはアスカ。宜しくね。」
「・・・・・・。」
「どうしたの?」
「そう・・・あなたが・・・。」
「え?」
「戦いの前に、あなたに言うことがあるの。」
「なに? アタシに?」
「ええ。シンジ君が、私と将来を誓ったことを。」
ゾワッ!
それまで穏和に話をしていたアスカの髪が逆立った。
「フーン。でも、アンタにシンジは、似合わないんじゃないかしら?」
「雷と水は相性がいいの。あなたこそ合わないわ。」
「雷?」
「知らないのね。彼が3人目の戦士よ。」
「えっ、えーーーーーーーっ!!!!!」
「そんなことも知らないのね・・・。」
「そんなこと関係ないでしょっ! アンタにシンジは渡さないわよっ!」
ボワッ!
アスカの周りに火の粉が舞い始める。
「いいでしょう。先に敵を倒した方が・・・というのでどう?」
「フンっ! 上等じゃないっ!」
その夜レイは、静かに西の国を去った。既にアダムの復活は始まっているが、今はまだ
堅いジオ・フロントの中。狙いは明日の満月の夜、キールがその魂を捧げる瞬間。
アスカもレイも、必ず自分が倒すと誓いつつ運命の夜明けを迎えることとなった。
To Be Continued.
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