召喚師達2 〜 裏庭亭外伝 〜
作 Ophanim
”あの日”から一ヶ月近く経った。
あの後僕はアスカにぼこぼこにされて、レイに毎日泣かれてしまった。
おかげで父さんからは家に入れてもらえなくなるし、母さんからは食事を
抜かれてしまった。もう二度とモンスター退治なんて行くもんか・・・。
でも、アヤさんっていい人だなぁ・・・。また行こうかなぁ?
「馬鹿シンジっ!!」
「う、うわわっ!な、何だよ、アスカ、おどかすなよぉ・・・。」
僕は心臓が止まるほど驚いた。
「なにしてんの?もう行くわよ?」
アスカは何事もなかったかのように僕を引きずって歩いた。
「え?ど、どこにさ?」
「裏庭。じゃ、先、行くから・・・。」
いつのまにか隣を歩いていたレイが僕を追い越して・・・右手を掴んだ。
「私も一緒に引きずっていってもいい?」
「ええ。いいわよ。半分持ってくれると助かるわ。」
ってこら・・・。
「また行くのぉ?この前でもう懲りたでしょうに・・・。」
僕はげっそりとした顔でヒカリさんに話しかけた。
「今度は大丈夫!いいものつけてもらったんでしょう?ね、アスカ?」
ヒカリさんは僕の言うことなんか無視して胸を張った。
「ええ、浮気防止用のアイテムをつけてもらったから大丈夫よ。これが
あればひろ虫も怖くないわ!」
アスカも勢い良く胸を叩いた。
「あ、あと、新しいメンバーが入ったから紹介するわ。」
ヒカリさんはそう言いながら後ろを振り返った。
「ちょっとぉ!だべってばっかりいないで参加しなさいよ。」
ケンスケと一緒に地べたに座っていた銀色の髪の少年が立ち上がって
握手を求めてきた。
「あ、僕、凪紗カヲル。吟遊詩人なんだ。よろしく。」
「あ、よろしく・・・。」
ってこら!今の今まで地面を触っていた手でいきなり握手させるなぁっ!!
「あ、ごめんごめん。すぐに拭くから・・・。」
・・・あのぉ・・・それ、僕の服なんだけどぉ・・・。
「冗談冗談!よろしく、シンジ君。」
はぁ・・・また変なのが増えただけじゃないか・・・。
「おっかしいわねぇ・・・。もう一人来る筈なんだけど・・・。」
ヒカリさんが辺りを見回したのと、その人物が角を曲がってこっちに
向かってきたのとはほとんど一緒だった。
「済みません、遅くなりまして・・・。」
紫色の深いフードをかぶって身長よりも大きな木の杖をつきながら小走りで
やってきたその子は息を弾ませながら謝った。声の感じからして女の子かな?
「あ、いいのいいの。あたしたちも今来たところだし・・・。」
ヒカリさんはそう言ってその子に微笑んだ。
いつもあのくらい愛想が良ければ綺麗なのになぁ・・・と、思いながら、
新しく来た子に目をやる。
走ってきて暑くなったのだろう、その子は深いフードを取った。
あ、可愛い・・・。
茶色味のかった髪に大きな目。真っ白で、細くて、折れそうな手首。
「あ、あの。紹介が遅れました。桐嶋マナといいます。僧侶です。よろしく
お願いします。」
マナさんはそう言ってぺこ、と頭を下げた。あんまり勢い良く頭を下げた
ので背負い袋からばらばらと小物が落ちてきた。
「あ、済みません、済みません・・・。私トロくて・・・。」
そう言ってマナさんが頭を下げる度にポロポロと小物が落ちていく。
僕はいそいそと落ちた小物を拾い集めた。
「あ、有り難うございます、ええと・・・。」
「錨シンジだよ。シンジ、でいいから・・・。」
そう言って僕はマナさんを見上げた。
「はいっ!有り難うございます、シンジさん!」
そう言ってマナさんは僕に向かって頭を下げた。
・・・マナさんの最初の回復呪文は、マナさんの荷物で出来た僕のたんこぶに
かけられた・・・。
「さぁて、いざ来いっ!ひろ虫っ!!」
アスカやヒカリは勢い込んで裏庭に飛び込んで行った。
「全く・・・。パーティなんだから隊列っていうものがあるのに・・・。」
ケンスケがぶつぶつと文句を言いながら後に続く。少人数のパーティでは
戦士のような攻撃力も守備力もあるものが前列に出た方がいいのだ。
「いてて・・・。」
シンジとトウジはその後に続こうとして扉に頭をぶつけた。先に入った
3人が2人の鼻先で扉を閉めたのだ。
「酷い人達だねぇ・・・。」
カヲルはそう言いながら扉を開けて中に入って行った。
「け、怪我人置いていくやつも結構酷いでぇ・・・?」
トウジは鼻を押さえながらカヲルに文句を言った。
すると扉の向こうでカヲルの絶叫が聞こえてきた。
「な、なんやっ!どないしたっ!!」
トウジは大慌てで立ち上がると扉を開けて飛び込んで行った。途端にまた
トウジの叫ぶ声が上がる。
シンジは立ち上がろうとしたが、誰かに引っ張られてまた腰を下ろした。
「大丈夫、シンジ君・・・?」
レイだった。そのままのそのそとシンジの隣に座り込む。
「あ、レイ・・・。大丈夫だよ、このくらい・・・。」
シンジはそう言ったものの、実はさっきマナに食らった一撃と寸分違わぬ
場所をしたたかに打ったので酷く痛んでいた。レイは赤くなっているシンジの
おでこにそろそろと手を伸ばしてゆっくりと大事そうに撫でた。
「可愛そう・・・。私が薬草を持ってきたから・・・。」
レイはバックパックをごそごそと漁って薬草を取り出した。
「あ、ありがとう。じゃ、頼もうかな・・・。」
「チルマ@クルミっ!」
突然シンジの頭に向けて回復呪文がぶつけられた。
「大丈夫?シンジ君。さっき私がぶつけた場所だから痛かったでしょう?」
マナはいそいそと”シンジとレイの間”に割り込んだ。が、レイもマナも
どちらもトロトロとした動きなので、横で見ているとままごとを見ている
ようでとても楽しい。
「どぉして私とシンジ君の間に座るんですかぁ・・・。」
レイが泣きそうな声でマナに体重をかける。
「シンジ君の怪我は私の責任だから私が治すんですぅっ!」
マナもレイを押し返すようにしてだだをこねる。
「まぁまぁ・・・。中で何かあったみたいだから、早く入ろうよ。」
シンジは二人を宥めて扉を開けた。
「じゃ、僕についてきて。ん?なに?」
シンジは二人を振り向いていたが、二人がのんびりとシンジの頭の上を
見上げているのでつられて上を見た。
不意に目の前が暗くなった。
ごつっという音がしてシンジは目の前に無数の星を見た。
「イーボブェウ@アスカ@トサっ!!」
アスカの勇ましい声を遠くに聞きながら、シンジは気を失っていった。
「いやぁ、シンジ君、お手柄お手柄ぁ!」
ヒカリとアスカが張り付いたような笑顔でシンジを誉め讃える。
「はいはい。よかったよかったね。」
むすっとした顔でシンジは注がれた果汁ジュースを乱暴に飲み干した。
「そ、そんな顔しないで、ね、ね、シンジ君・・・。」
ヒカリは何とかシンジの機嫌を直そうと色々と手を尽くした。
「リーダー、誉めんのもええけどまずは謝んのが先ちゃうか?」
トウジはシンジ同様のふくれっ面でヒカリに文句を言った。
「その通りだね。トウジ君。彼らにはまず謝る義務がある。」
温厚なカヲルも珍しく怒っていた。
「そうですの!アスカちゃん!酷いですのぉっ!!」
レイも両手を上げたり下ろしたりしながら怒っている。
「あら、でもいくら怪我しても私が治してあげますわ。」
マナだけはにこにこと満面の笑顔でご機嫌だ。怪我をしたシンジの看病を
一手に引き受ける事が出来たからだ。トウジの怪我はヒカリが面倒を見たし、
カヲルはきわどく攻撃をかわしたからだ。
「わ、判ったわよぉ・・・。シンジ、ごめんね・・・。」
アスカは小さい声で謝った。
「トウジ、ごめん・・・。」
ヒカリも罰の悪そうな顔で謝った。
「ま、そんくらいで許してやんなよ。」
ケンスケは椅子にふんぞりかえって鼻をさすった。
「ん?なに?」
突然不穏な雰囲気になった事に気がついたケンスケは目をこすって
一同の顔を見た。
「ケンスケぇ・・・。」
「もとはといえばあんたが・・・。」
ヒカリとアスカは率先してケンスケの首を締めにかかった。
話は、先に裏庭入ったアスカとヒカリ二人にケンスケが追いついたところに戻る。
「遅いわよ、ケンスケっ!」
「トウジ達はどうしたの?」
二人の女の子はケンスケに話しかけた。
「しっ!黙って・・・。」
ケンスケは急いで口の前に指を一本立てて二人に静かにするように示した。
「・・・ばんわぁ・・・。」
どこからともなく声がする。
「聞こえた?」
ケンスケは声を潜めて二人の近くに忍び足で寄って行った。
「あれがひろ虫だよ。これを使えばやっつけられるよ?」
アスカは腰に手を当てて呆れたような声を出した。
「なに言ってんのよ?あたしがちゃんとユイ叔母様に頼んでイーボブェウを
かけた呪文を持ってきているわよ。これがあれば呪文が正常にかかるわ。」
しかし、ケンスケはちっちっちと舌を鳴らしてその意見を却下した。
「だめさ。だっていくら攻撃の方法があってもひろ虫がいつ出てくるのか
判らないだろ?でも、ひろ虫のあの性質を使えば確実にしとめられる
ってわけ。」
そう言ってケンスケは得意そうに鼻を擦った。
「あの性質ってなによ?」
ヒカリがいらいらとしながら先を促した。
「つまりね、ひろ虫は裏庭に誰かが入ってくるととりあえず挨拶に出てくる
のさ。だから、この後入ってくるメンバーに併せて攻撃をかければひろ虫を
退治できるわけさ。」
ケンスケは得意満面で自分の作戦を説明した。
「そ、そんなこと・・・。」
ヒカリは少し躊躇した。
「あ、誰か来るよ。じゃ、最初は僕が・・・。」
ケンスケは手近の丸太を掴むとおもむろに振り下ろした。
「う、うわあああああああああああああっ!!」
カヲルは派手に叫んでどうにかケンスケの攻撃をかわした。
「こ、こらあああああああっ!ケンスケっ!!」
カヲルは怒って、逃げるケンスケを追っていった。後には女の子二人が残された。
「どうする?」
ヒカリはアスカに相談した。
「どうするったって・・・。やるしかないんじゃないの?」
アスカはそっと丸太をヒカリに渡した。
「頼むわよ?」
そうこうするうちにかさこそと外で音がしはじめた。まだ迷っているヒカリの
脳裏に、ふと一か月前の風景が浮かぶ。
トウジ・・・。
あんの浮気者ぉおおおおっ!!
「よしっ!」
ヒカリは大きく振りかぶると渾身の力を込めて丸太を振り下ろした。
「ぐはっ!!」
ごおおおおおん!!
まるでお寺の鐘の音のような音を立ててトウジはぱったりと倒れた。
「やったっ!!」
ヒカリは両手を叩いて喜んだ。
「やったわねっ!ヒカリっ!!」
アスカもヒカリの両手を掴んで喜んだ。
喜ぶ二人の頭上に声が響く。
「こんばんわぁ・・・。」
その声を聞いて初めて、二人はこの作戦の目的が”トウジ撃滅”ではなかった
ことを思いだした。
「あ・・・。」
「どうしよう・・・”これ”・・・。」
二人は短い相談の末、”無かった事”にした。
「じゃもうあと一人しかいないわね・・・。」
「そうね、これは”男の仕事”だわ。」
再びヒカリは丸太を抱えた。
まだ来ない・・・。
じりじりとした時間が流れる。
どれくらい待っただろう?
わいわいという声が近づいてきた。
「準備はいい、ヒカリ?」
「アスカこそ、呪文の用意はいい?」
アスカとヒカリは頷きあってシンジの登場に備えた。
ドアが開く。
な、なんであんたの両手がふさがってんのよっ!
「じゃ、僕についてきて。ん?なに?」
こぉの浮気者ぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!
アスカはシンジに向けて回し蹴りを見舞った。
それはヒカリが丸太を振り下ろしたのとほとんど同時だった。
「あ、アスカ、上っ!!」
アスカはヒカリの声にほとんど反射的に反応して呪文を放った。
「イーボブェウ@アスカ@トサっ!!」
ひゅーーーーーー・・・・・・ぱたっ・・・。
目を回したシンジの背中に、ひろ虫が一匹落ちてきた。
「やれやれ、あれだけ大騒ぎしてひろ虫一匹かぁ・・・。ま、でも、これで
小遣いくらいは出るさ。さ、帰ろう。」
どこからともなく現れたケンスケがそう言って一同を促した・・・。
「・・・という訳なのよ・・・。」
アスカとヒカリは必死で事情を説明した。
「あんなぁ。リーダー。それやったらみんなで構えておってドアだけ
ぱたぱたやってもおんなじやったんちゃうか?」
トウジは呆れてすっかり脱力しながらそう指摘した。
「うん、そうだよ。ひろ虫は今入ってきた人と元からいた人を区別して
いないから。ドアが開いたら、挨拶するのさ。」
ケンスケは得意気に説明した。
・・・ケンスケ・・・。
「てめぇ、そこ動くなっ!!」「この野郎っ!!」
トロトロとした動きの約二名以外の全ての人間がケンスケを血相を変えて
立ち上がった。
が、その時にはケンスケは既に、盗賊に転職した方がいいんじゃないの?
というぐらいの素早さで走り去っていた。
おしまい
え?
これでひろ虫が全滅したかって?
それは裏庭亭に行って自分の目で確認しましょうね。(^^)