某所で某作品を連載していた某氏 こと杜若氏(仮)が、
例のあの作品をリニューアルさせて再登場!(分かる人だけ分かって下さい)
すごいよ! シンジ君
第1話 魂の叫び
「まったく! この俺にわざわざ来いとはいったいどういう了見だ!」
戦闘避難が発令され、誰もいなくなった駅前にその少年は立っていた。名前を碇シ
ンジという。年齢は14歳だが、広く一般的な範疇で計るならおおよそ14歳という
年齢には不釣り合いな容貌をしている。ブツブツと文句を言いながら、なにやら手に
した物を見ているようだ。
髪の毛は立ち気味で、ボリューム感はあるものの、なんと表現すればよいのかわか
らなく、少なくともトチ狂った芸術家がデザインしたと言っても過言ではない。そし
て着ているシャツは紳士用の肌着。いわゆるオヤジシャツと言われる物だ。下は黒い
スラックスをはいており、これはまともな物であるように見える。
しかし、もっとも目を引く奇異な物はその両肩にかかった、輪のような物だろう。
それは子供が髪の毛を洗うときに、シャンプーが目に入らないようにおでこの辺りに
つける、シャンプーハットを少し大きくしたような物だ。表面はなめらかな様子で、
鈍くクリーム色に光っている。厚さは2センチ程度で、素材はよくわからないが、ど
うやら金属っぽい物で出来ているようだ。
「うーむ、だれなんだぁー!? コンチクショウ!」
シンジは手にしていた物を見ながらそうつぶやく。どうやらそれは一枚の写真のよ
うだ。その写真には女性が写っており、葛城ミサトと自己紹介まで入っている。
ここに注目!と、矢印が引かれており、その先端は胸を指していた。写真にはおそ
らく本人の物であろうキスマークがついている。
「しかし、いきなりの避難命令か・・・。来るんじゃなかったな・・・。仕方がない、
この人が来るまで歌でも歌っていよう!」
しばらく写真を見つめた後、シンジはそう宣言すると、人目を気にせずにおもむろ
に歌い出した。
ラスカルはアライグマ
締め鯖は締めた鯖
ドゥビドゥワーシャバダァ〜
季節の変わり目、老人は要注意〜
周りに人がいないのをいいことに、かなりの大声で歌うシンジ。歌唱力は非常に高
いと客観的に判断できるが、如何せん歌詞が非常に理解しにくい。両手を振りながら、
スナップショットを交え、のりのりの様子で熱唱するシンジ。
「民さん! 今日はハンバーグが食べたいなぁー。あの、燃えるような真っ赤な白い
犬を見てごらん。しっぽは黒だけどね」
どうやらその歌は台詞付きのようだ。
ギターを弾くまねのパントマイムをしながら、駅前を縦横無尽に動き回るシンジ。
しかし、突然起こった出来事によってそれは中断されてしまった。
ドガガガァァァ〜ン!
突如としておそってきた轟音。
その音の発信源はシンジの後方にそびえ立っていた、巨大なビルからであった。
1階はファーストフード店、ブティック等数軒の店が入り、2階から20階までは
会社に貸し出されている中規模の雑居ビルだ。そのビルが轟音をたてて今まさに崩れ
落ちているではないか。
はがれ落ちるコンクリートが地面に激突し、砕け散り、その破片が周囲のビルのガ
ラス窓やショーウィンドーを砕き、中にある備品や商品を破壊する。
規則的に「ズシン、ズシン」という、振動が辺りを襲い、そのたびにそのビルは形
を変えていった。
半分ほどビルが崩れたとき、そこには巨大な信じられないものが出現したのである。
それは少なくとも人類の知識では表現することの出来ない奇怪な、そして恐ろしい姿
をした巨人のような物であった。
大きく張りだした肩、人ならば本来首のあるべき場所にはなにもなく、ぬらりとし
た体表。
驚いた顔でそれを見上げるシンジ。
「まさか!? あれは・・・あれは・・・!?」
その巨大な存在を凝視しながら、驚きつぶやくように言葉を発する。
しかし、その化け物はゆっくりと鑑賞させてはくれないようだ。
驚きそれを眺めるシンジの方へ、その巨大な体を進めたのである。
先ほど振動とともに聞こえた「ズシン」というのは、どうやらこの化け物の足音の
ようだった。
「逃げなきゃダメだ! 逃げなきゃダメだ! 逃げなきゃダメだ!」
シンジは見ていたい衝動を、その言葉で抑えとりあえずその場を離れることにする。
後ろ髪引かれる思いで、その化け物に対して斜め後方の横方向へと逃げ出す。
「踏まれて鼻血を出すとかっこわるいからね・・・」
誰にともなく言うシンジ。そう言う問題ではないような気もするが、本人がそう言
うのならそれでいいのだろう。
逃げ出してほんの数秒後、強烈な勢いとともに豪快なブレーキ音を響かせて、一台
の車がシンジの進行方向をふさいだ。
キキィィィィ!
赤い車がシンジの目の前に急停車する。
「お待たせ! シンジ君。さぁ、早く乗って!」
先ほどシンジが見ていた写真の女性が車のドアを開けシンジに叫ぶよう声をかける。
シンジは逃げ出したときの勢いをそのままで、その車の運転席の方へ突進している。
そして、その女性の顔を踏み台にして、車の上に登り、一目散に逃げる方向のベク
トルを変更することもなく走り抜ける。
「むぎゅ」
顔面を踏まれた女性は、つぶされた蛙のような声を上げると、踏まれた振動で後頭
部を車にぶつけ、さらに「ぎゅぶ」と言う声を残し悶絶している。小刻みに手がふる
え、痙攣を起こしているようだ。
「逃げなくちゃだめだ・・・って今私は蛙を踏んだようですね!? しかもその蛙は
写真の葛城ミサトという女性によく似ていたようですなぁ」
「だれが蛙よぉぉぉ!!!」
「あれ? あの蛙は人語を話すのか」
とっさに足を止め振り返るシンジ。
そこには顔に靴底の後をつけ、わなわなとふるえる女性が車の横に立っていた。
「そこのお嬢さん! そんなところにいると危ないですよ! あの巨大な物に踏まれ
てしまう!!」
「あんたに言われたくないわよ! 使徒に踏まれるより早くあんたに踏まれたわよ!!」
シンジは首を傾げ、右手の人差し指をこめかみに当て考え込んだ。
巨大な化け物は女性のいる場所までわずかというところまで迫っている。一歩歩く
ごとに地面は揺れ、ぶつかったビルは轟音とともに崩れ落ち、その破片がまた周囲の
ものを破壊する。
そんな中で、それ自体を認識しているのかいないのか、全く動じていない二人。
「なるほど。わかりました。つまりあなたはこう言いたいのですね? 先ほど私に踏
まれた蛙は自分だと」
「どぅあかぁらぁ、私は蛙じゃない! 葛城み・さ・と! あんたに写真送ったでし
ょ!!」
「おおぉ! 思い出しました! 遅いじゃないですか。危うく踏まれて鼻血出ちゃう
ところでしたよ」
「とにかく、今は逃げることが最優先よ! とっとと車に乗って!」
ミサトはそう言うと運転席に乗り込み、助手席側に体を滑り込ませ、助手席のドア
を開ける。
シンジはそれを確認すると、小走りに車へと向かって助手席へと乗り込んだ。
「飛ばすからしっかり捕まってなさい!」
強烈な加速のGに押され、シートに押さえつけられる。
後方に巨大な化け物を見ながら、ミサトの運転する車は猛スピードでその場所を離
脱した。
「いきなり踏まれて最悪な出会いだったけど・・・まぁ、よろしくね。碇シンジ君」
ミサトは前方を凝視しながら、それでも落ち着いた様子でそう話しかける。現在走
っている辺りは、まだ落下物などもほとんどなく、また車や人もいないためかなり飛
ばすことが出来た。その証拠にミサトの運転する車のスピードメーターは140km
を指していて、なおも上昇中だ。
「いえいえ、こちらこそ。いきなり踏みつけた蛙が実は葛城さんだったとは。驚きま
した」
「あのねぇ。私は蛙じゃないわ。ま、それより私のことはミサトでいいわよ」
「そうですか。じゃあミサト。あのでかい物はなんなのですかな?」
シンジの言葉にミサトは露骨に顔をしかめる。こめかみの辺りをひくひくとさせて
いるようだ。
「あのね、シンジ君? 一応私年上なんだから、呼び捨てはないんじゃないかなって
思うのね」
「何を言う、コンチクショー!! 貴様がミサトと呼べとさっき言ったではないかぁ
ぁぁぁぁ!!」
車の助手席のため立ち上がることが出来ず、中途半端に中腰になったシンジがミサ
トを指さしてそう叫んだ。
「確かに言ったけど、あああああああああああ!!! もう何なのよこの子は!!
報告書と全然違うじゃない!!」
「世の中の真実は自分の目で見て、自分の耳で聞いたことだけですよ、ミサト」
「全く口の減らない・・・名前のことは後でゆっくり話し合うことにしましょう。さ
っきの質問の答えだけどあれは使徒と呼ばれる存在。私たち人類の敵ね」
そう言いながら、バックミラーで使徒を確認するミサト。先ほどまで国連軍の戦闘
機が使徒の周りで攻撃していたが、見る見るそれが戦線を離脱していく。
「なに・・・!? マジでN2地雷を使う気なの!?」
それを見たミサトは驚愕の表情でそう叫んだ。N2地雷とは国連軍の兵器でN2シ
リーズの一つである。他にN2爆弾やN2ミサイルなどがあり、その破壊力は、放射
能の影響のない原子爆弾並といえる物だ。国連軍はそれをこんな町中で使おうとして
いるらしい。
ミサトは踊るように車を遮蔽物の陰に滑り込ませる。
「シンジ君、伏せて!」
ずぅぅぅぅぅぅぅん!!!
猛烈な光線と重低音。そして熱に風。
その4つのエネルギーが織りなす嵐に揉まれ、シンジとミサトの乗った車は半回転
する。
数十秒間はエネルギーが荒れ狂っていた。
「シンジ君、大丈夫・・・?」
ミサトが声をかけるが、シンジからの返事はない。
視線を助手席側に向けるが、そこにシンジの姿はなかった。
「まさか・・・衝撃で放り出されたの!?」
大慌てでドアを開けようとするミサト。しかし、ドアは半回転した衝撃で変形して
しまい、開けることが出来ない。狭い車内でなんとか動き、ドアに体重を乗せ、肩か
らぶつかるが全くびくともしない。
「シンジ君! シンジ君!! 聞こえたら返事して!!」
割れてなくなった窓から、未だにもうもうと煙がたつ車外に向かい大声で叫ぶ。
と、突然車が揺れだした。
ミサトはあわてて受け身をとろうとするが、狭い車内でドアを開けるために体制を
移動していたため、受け身をとることが出来ずその衝撃に襲われた。幾ばくか見えて
いた、煙の影響のない近い地面が大きく回転している。
ずずん。
「ぎゅあ」
半回転した車がまた半回転し、どうやら正常な位置に戻ったようだ。
「いやぁ、ミサト大丈夫ですか? それとさっきの蛙も一緒ですか?」
煙が晴れ、そこにはシンジが立っていた。
「え・・・シンジ君が車戻してくれたの?」
「他に誰がいるというんですか」
いくら何でも14歳の男の子一人で車を回転させることが出来るの!?と、ミサト
は驚いたが、おもむろに叫ぶ。
「だからーー! 蛙って誰の事よ!!」
ミサトの抗議を無視するように、シンジは助手席の窓から車内に入り込む。そして
ニヤリと、邪悪な笑いを浮かべるとミサトに向かって言った。
「それよりも急ぎましょう。使徒は動きは止まっているようですけど、死んではいな
いみたいですよ」
「そ、そうね。とにかく! 後でゆっくりお話ししましょうね、シンジ君!」
エンジンを再起動させる。異音がするものの何とか無事に走るようだ。そのまま一
気に加速し、目的地へ向かう。
5分ほど走ると車庫のような場所へと車を滑り込ませる。
停車すると左右から車を固定され、がたん、という音とともに目の前の壁が開き、
車ごと移動を始めた。
「ところでシンジ君、お父さんからIDもらってない?」
「あ、これですかな?」
シンジは鞄をごそごそとあさり、その中から一通の封筒を取り出しミサトに渡す。
受け取ったミサトは中からIDカードと紙を取り出した。その紙はどうやら手紙の
ようだ。シンジを見ると頷くので、見てもOKとの意思表示と判断し、その手紙を開
く。
そこには、「濃い ゲンドウ」と書かれていた。
「はぁ?」
ミサトはゲンドウが書いたと思われるその文章に疑問を浮かべたようだ。
「つまり僕のお父さんは自分が濃い人だって私に伝えたかったんじゃないのですかな?」
「いやぁ・・・ちょっち違うと思うけど。多分ワープロで打つときよく確認しないで
そのまま変換して印刷しちゃったんじゃないのかしら」
あんまりにもあんまりな手紙に苦笑すら浮かばないミサト。確かにミサトから見て
ネルフ総司令である碇ゲンドウはかなり濃い。濃いというのもおこがましいくらいだ。
「よくこれで呼ばれてるのがわかったわね・・・シンジ君」
「まぁ解読すればわかることですから。濃いゲンドウ→父さんは濃い→父さんは濃い
人間だ→父さんは濃い人間だ、どのくらい濃いのか見に来い→父さんはものすごく濃
い人間になったので、シンジお前にその濃さを見せてやるからやって来い・・・とい
うことでしょうな。きっと」
「ちょ・・・ちょっち違うと思うけど・・・ま、まぁ来たんだからよしとしますか」
ミサトはそう言いながら後部座席から書類を取り出しシンジに渡す。
「これ読んどいてね! ところでお父さんの仕事って知ってる?」
シンジは渡された書類に目を落とす。それは表紙に「ようこそネルフ江」と書かれ
ていた。
「ネルフ!?」
「え・・・ちょっと、シンジ君!? ネルフのこと知ってるの!?」
「と、書いてある」
「がび〜ん! 読んだだけかい!!」
顔に縦線が入ったミサトは疲れ切っていた。
すると暗いトンネルから突然視界が開け、自然光によって辺りが照らされる。
「ジオフロント!」
シンジの口からつぶやきが漏れた。
広大な地面下の空間にその場所は存在していた。球の上1/4程度が露出した空間
に、下を見下ろせば近代的な建築物が多数あり、緑の森や湖まで見える。球の壁に当
たる部分には、巨大な円周部分を覆うように螺旋状の通路やカートレインのレールが
敷かれ、見る物を圧倒する。そしてなによりも凄いのは、上部の逆さまに生えたビル
群だ。大小さまざまなビルが、屋上を上にしその底部をさらしながら、ぶら下がって
いるのだ。
「ここが私たちの秘密基地。使徒を迎撃する最前線基地、ネルフ本部よ」
胸を張ってミサトがいう。
「ふむ。ピラミッドが本部か。だめですな、全く」
「なにがだめなの?」
「センスがない!」
「ほえ?」
ミサトはシンジの言動が理解できないようだ。
「しかし! この碇シンジがやってきたからにはこのままではすまさんぞ!! ナウ
なセンスでギャルもしびれてバッチリグーな建築という物を教えてやろう!」
シンジの目がきゅぴーん!と怪しく輝く。
ミサトはかなりの不安感に襲われていた。司令の命令とはいえ本当に連れてきてよ
かったのだろうか。それよりも何よりも、このシンジ君は本当にあの司令の息子なの
だろうか?と。
そして何より一番恐ろしいのは目が光ったように見えたことだ。
絶対にきゅぴーん!って光ったよぉ・・・ミサトは涙目になっていた。
カートレインは本部脇の駅に到着し、2人は車を降りる。そこからミサトとシンジ
のIDカードで扉を開き中に入っていく。いくつかのエスカレーターを降り、いくつ
かの通路を進み、そしていくつかの角を曲がる。建物の規模の割にはあまり人の気配
がないようだ。
「ところでミサト。かなり歩いているようですが? そして! ここはさっきも通っ
たようですが!?」
びくっと反応するミサト。
「うっさいわねー。黙ってついてくればいいの・・・!」
どうやら道に迷ってしまっているようだ。実はミサトもこのネルフ本部に来て日が
浅いのである。そして、この基地はスパイ活動やテロ活動を防止するために、必要以
上に複雑な作りをしているのだ。
「なにおぉ! この俺に向かってうるさいだと!?」
シンジはミサトの前に立ちはだかり、思いっきり腕をつきだしミサトを指さす。
「この俺にうるさいなどと・・・そんな台詞、たとえこの俺が許したとしても、この
俺は許さん!!」
『がびび〜ん!! 言ってる意味がわかんねーーー』
ミサトは自分の発言に後悔していた。ただでさえ迎えに遅刻して時間がないという
のに、その上本部内で迷ったあげくシンジは謎の言動を繰り返す。ミサトでなくても
嫌になるだろう。
まだ何かシンジは言いたそうであったが、目の前のエレベータの扉が開き金髪の女
性が現れたことにより、中断された。
「遅かったわね! 葛城一尉」
いきなり、金髪の女性はそう言った。
ちらっと横目でシンジを見る。
「・・・その子ね。例のサードチルドレンって」
自分自身に確認するように金髪の女性は言った。髪の毛は金髪であるが、眉毛は黒
い。染めているのだろう。白衣をまとって、何故かその下は水着を着用している。口
元にほくろがあり、いわゆるお姉さまタイプだ。
「なにぉー! 俺に無断でニックネームをつけるなぁー! 第一サードチルドレンな
んてセンスが悪いぞ!」
シンジはいきなりそう言うと、金髪の女性を睨み付けた。
金髪の女性は動揺している。
「あ、あたしは技術一課E計画担当博士赤木リツコ・・・」
思わず、自己紹介してしまう。
「うむ。わかった。赤城さんだな」
「リツコでいいわよ」
「あ、ちょっと待ってリツコ!」
ミサトがリツコに注意をしようと思ったが時すでに遅かったようだ。
「そうか。ならばリツコと呼ばしてもらおう!」
ひく。リツコのこめかみが痙攣する。
「だから止めようとしたのにぃ」
「まぁ、さっさと道案内を頼む。ミサトとリツコ」
こめかみをぴくぴくさせながらもかろうじて笑顔を作る2人に対して、シンジは容
赦なく言い放つ。
「つ、ついてきて。シンジ君」
そう言って歩き出すリツコの背中を追うようにシンジとミサトは歩き出した。
いくつかの通路を越えた後、モーターボートに乗って移動する3人。
真っ暗な部屋に到着する。
床はしっかりとあるようだ。
「ちょっと待ってね」
リツコがそう言うとパチンという音とともに照明がつく。そこには肩口まで水のよ
うな物に漬った、巨大な鬼のような顔があった。
「こ・・・これは・・・めそ! いや、げふっ! ごふっ・・・ロボットか」
(今めそって言ったぁぁ! めそってなに!?)
リツコとミサトは内心猛烈につっこみをいれた。
「えっと・・・あのね、シンジ君。厳密に言うとロボットではないの。汎用決戦兵器、
人造人間エヴァンゲリオン!」
酔いしれるように説明を始めるリツコ。
このままでは、延々と説明されてしまいそうである。
それをシンジが遮った。
「これも、父の仕事ですか・・?」
「そうだ」
背後から、男の声がそう答えた。
振り返るシンジ。そこには高台から見下ろすシンジの父「碇ゲンドウ」がいた。
「久しぶりだな・・・」
感情のこもらない声でゲンドウは言う。
「父さん・・・」
シンジは3年ぶりに会った父を見て、何か言いたげだ。
「シンジ、私が今から言うこ・・・」
ゲンドウがそこまで言ったとき、シンジが叫ぶ。
「父親かぁーコンチクショー! 3年もほったらかししやがって!! とても感謝し
ている! 四の五の言わずに養育費を出しなさい!」
ゲンドウは話を遮られて、立場がない。もう一度言おうとするゲンドウ。
「よく聞け、シンジ。今からおまえはそれに乗・・・」
またまた、遮るシンジ。
「今更俺を呼びつけて、いったい何の用だ! 濃さを見せたいのか! いいだろう、
見てやろう! さぁ見せて見ろ! さぁ、さぁ、さぁ!!」
ゲンドウの話などお構いなしのシンジである。
「ただし! 言っておくが並大抵の濃さでは俺を納得させることはできんぞ! 早く
見せろ!! さぁ、さぁ、さぁ、さぁ!!」
自分勝手に話をどんどん進めるシンジ。
「いいから、私の話を聞けっつーの!」
怒鳴るゲンドウ。
「うむ。そこまで言うなら、聞いてやろう。さっさと言うが良い。俺の気が変わらぬ
うちに・・・」
そういったシンジの目が怪しく光った。
「・・・それに乗って、使徒と戦うのだ!」
やっと、言えたゲンドウ。
「分かった」
あっさりシンジは答える。
(がび〜ん!こんなに簡単に納得するのかぁー)
ゲンドウは表向き表情を変えなかったが、内心驚いていた。
「ただし、一つ聞いておきたいことがある!」
しっかりした表情で、ゲンドウに言うシンジ。
「なんだ。言ってみろ」
それに答えるゲンドウ。
シンジはおもむろに言い放つ。
「ネルフのテーマソングはないのか?」
「・・・ない」
ゲンドウは少し考えているようだ。
「そんな重要なこともしていなかったのか! 父さんは総司令失格だな・・・。仕方
がない、俺が作ってやろう」
シンジはゲンドウにそう言う。
「ああ、頼む。重要なことを忘れていたようだ・・・。良い曲を期待している」
そんな会話を、周囲の人は呆然と聞いていた。
(シンジ君ってすごい。あの司令と対等に渡り合ってる・・・)
皆言葉には出さないものの、考えは一緒であった。
いち早くショックから回復したのはリツコだった。
「じゃ、じゃあシンジ君。今からエヴァの操縦法をレクチャーするから・・・、こっ
ちへ来て」
シンジはリツコの後に続いて、歩いていった。
(シンジの奴・・・断ると思ったんだがな・・・。レイを乗せると言えば気が変わる
と思ったが、必要なかったようだな・・・)
ゲンドウはレクチャーを受けに行くシンジを見ながら、そう考えていた。
シンジのレクチャーは、3分ほどで終了した。リツコはもっとしたかったのだが、
このシンジに何を言っても無駄なようなので、実戦で覚えてもらうことにしたのだ。
着々と準備が進む。シンジは細長い棒のような物に乗せられた。おとなしくそれに
従ったのが不思議である。
「冷却終了!ケイジ内全てドッキング位置・・・パイロットコックピット位置に着き
ました!」
エヴァの作戦司令室に声が響く。
「プラグ固定終了。第一次接続開始!LCL注入します!」
女性のオペレータ、マヤが言い放つ。
エントリープラグという細長い棒の中でシンジは緊張感のかけらもなく、のんきに
鼻歌を歌っている。
「バンバンババンバァー、今日はお仕事昼寝が出来なぃぃ〜。ヒマワリは何故あんな
に大きいのぉ〜」
相変わらず、訳が分からない歌詞で歌いまくる。
そんな時エントリープラグ内にLCLと言われる水のようなものが流れ込んできた。
「正義のぉ味方ぁ〜、風呂に入ってぇぇ温泉饅頭ぅ〜」
徐々に水位を増す。そしてそのLCLが満たされても何事も無いかのように歌い続
けるシンジ。
だが、肩に付けている「わっか」の様なモノに変化が現れた。ぶくぶくとLCL内
に白い気泡が出来たのである。
「バンバンババババ不良品! 買ったその日に不要品!」
「シンジ君、良い歌ね。でも、とりあえず後にしてくれる? それと、その肩のもの
は何? 何か出ているけど・・」
リツコがLCL内にあふれかえるほど発生している気泡の成分を分析しながら尋ね
る。分析結果はただの酸素と表示されている。
「あなたが今いるLCLという液体の中では直接肺に酸素が送られるから・・・」
一応説明するリツコ。
「何を言う!液体の中で息が出来るか!!」
リツコに向かってシンジは言った。
「あなた、もうその中にいるのよ・・・!?」
あきれたように言うリツコ。
「ボクは幽霊などという非科学的な物は信じない!! でも、怖い!」
なんだかよく判らないシンジの発言である。
「えーい! エヴァンゲリオン初号機発進!!」
つきあいきれない作戦主任であるミサトが叫んだ。
強烈なGがシンジを襲う。エヴァが急発進したためだ。カタパルトの様なものに乗
せられ、一気に上昇する。
シンジの視界が突然開けた。
目の前に先ほど町中で見た怪物が立ちはだかっていた。
「だ、誰だね君は、コンチクショー」
シンジは目の前の怪物に向かってそう叫んだ。
「シンジ君、それは使徒よ!」
怪物は何も答えない代わりに、通信機を通じてミサトが答える。
「正体不明の敵・・・ね。最後に現れてから15年ぶりよ。あなたはそれを倒さなけ
ればならないの。そうしないと人類全てが死滅することになるわ・・・」
ミサトは淡々とシンジに説明した。発令所は緊張感に包まれ、巨大なモニターには
使徒の前に立つエヴァンゲリオン初号機が、サブモニターにはエントリープラグ内の
シンジの姿が表示されている。
「なんだ。それならそうと言ってくれれば・・・、ボクはてっきりめそ・・・あ、い
や、げふっごふんっ!」
(何・・・今確かにシンジ君、「めそ」って言った・・・。「めそ」って何?)
ミサトの心を見透かすようにリツコが話し出す。
「MAGIは「めそ」に対して解析不能を示すコード601を返してきたわ・・・」
MAGIとはネルフの誇るスーパーコンピュータである。ニューラルネットワーク
を備え、カスケード接続された疑似細胞が、シナプスの動きをシミュレートし、高速
に思考するルーチンが組み込まれている。その基本思考部分を3つ併せ持ち、それぞ
れが思考し、それを多数決で決定するシステムである。
その処理能力はもちろん、記憶容量や情報量に関しても世界随一のシステムでも、
「めそ」に関しての情報はあまりに少ない。
出てくる物は「めそうなぎ」やら「小さくてかわいいこと」などと、広辞苑程度の
情報しか引き出せなかったのだ。
結果、ミサトやリツコ、オペレータは聞かなかったことにした。
「シンジ君、ぼーっと突っ立てないで、とりあえず歩くのよ!」
ミサトが「めそ」を振り切るようにシンジに向かって言う。
「あ・・・歩くって・・・こうすればいいの?」
いきなりずんずんと歩くエヴァ。スキップまで踏んでいる。妙に楽しそうな動きを
するエヴァが、発令所の人間にとっては妙でもあり、自分たちの予想以上の動きを見
せられることによってうれしくもあり、複雑な心境だった。
「おー、なかなか快適ですなぁー」
シンジはお気楽脳天気である。
「う、うそ。なんでいきなりあんな風にエヴァを動かせるの?」
不思議そうなミサト。
「シ、シンクロ率100%です!」
オペレータの男性、日向マコトが驚きの声を上げる。エヴァンゲリオンを操縦する
には、シンクロといわれる方法を採る。操縦者が思ったとおりに動くのだ。その思考
に対する動作反応をシンクロ率という数値で表す。100%というのは操縦者が思っ
たとおりに、タイムラグなしにエヴァンゲリオンが動作するということだ。
ネルフの慌てぶりようなど全く無視するかのように、シンジは妙な動きを繰り返し
ている。
「シンジ君、何か変化は?」
リツコがシンジに問う。
「んー、なんだか背中に付いてるこのコードがじゃまですねー」
シンジはそういうと、おもむろにそのコードを引きちぎってしまった。
「シンジ君、それはアンビリカルケーブルといって・・・って、もう切ってるー!!」
愕然とするリツコとネルフ一同。
「それはエヴァに電源を供給する・・・生命線なのよ!!」
リツコが声を荒げて言った。
「エヴァ初号機、内情電源に切り替わり・・・ました・・・?」
ロン毛のオペレータである、青葉シゲルが困ったように言う。言葉の最後は声も小
さい。
それもそのはず、内部電源に切り替わったエヴァは通常1分間、ゲインを利用して
も最大5分間の動作しかしないのである。切り替わった瞬間にはタイマーが逆算され
るはずなのだが、表示は内蔵電源に切り替わったものの、活動可能時間を示すタイマー
は全くカウントダウンしないのだ。
ネルフが今まで信じてきた科学力をあっさり否定されてしまった瞬間だった。
「なぜなの!? どうして!? ホワーイ!?」
沈着冷静が白衣を着て歩いているリツコが絶叫する。
「どうかしましたか?」
その様子をモニターしていたシンジが声をかける。使徒が目前に迫っているという
のに、すこぶる余裕だ。
「いいの・・・シンジ君は気にしないで。体制に影響はないから、多分」
「確認できました! エヴァ初号機のエネルギー源はシンジ君のつけている両肩の輪
のような物体です!!」
もう一人のオペレーター日向マコトが叫んだ。彼の目の前のディスプレイには、シン
ジの肩の物体が3Dでワイヤーフレーム処理された物が表示されている。UNKOWN
と警告が出ているが、確かにエネルギーがそこから供給されているデータが確認できた。
「なんなのよ! あれは!? シンジ君の肩の物体は何なのよぉぉぉ!!」
なりふり構わず取り乱し、絶叫するリツコ。普段の冷静さはみじんも残っていない。
「これですか? これは私のチャームポイントです! ほしがってもあげません・・・
ぐはぁぁぁぁ!!」
シンジが自慢げに答えているとき、使徒が初号機に対して殴りかかってきたのであ
る。
錐もみながらも、倒れることがないのは立派だが、数十戸のビルを破壊するまで止
まらない勢いだ。
「はぅぅぅぅ!」
シンジは妙な悲鳴を上げた。
「シンジ君落ち着いて、殴られたのはあなたじゃないのよ!」
ミサトが叫ぶ。エヴァのパイロットは操縦するためにエヴァとリンクしているので、
エヴァの受けたダメージはそのままパイロットに伝わるのだ。
「ボクじゃなくても痛ければ同じだぁ!」
もっともなつっこみをいれるシンジ。そして、体制を立て直しびしっと使徒に向か
って指をさして叫ぶ。
「やい使徒! おまえのパンチを食らって倒れなかったのは、俺が初めてだぜっ!」
(????)
瞬間、発令所の人間全員の頭の回りにクエスチョンマークが浮かぶ。
何故か使徒もその動きを止め、きょとんとした状態だ。きっとクエスチョンマーク
が浮かんでいるのだろう。
使徒は人間の言葉を理解できるのだろうか。いや、きっとシンジの心の叫びが伝わ
ったのだ。
「遊びは終わりだ・・・。そろそろ本気で行かせてもらうぞ!」
使徒をにらみつけ、自信満々にシンジが言い放つ。背後に真っ赤なオーラが浮かん
でいるように見える。
「ハアアアアァァ・・・・」
気合いの声とともに、シンジの瞳に光が宿る。初号機は大きく手を開き、そのまま
その手を円を描くように回転させる。
腕が一周回った後、おもむろに使徒にたいし背中を向けるエヴァ。両腕が股間のあ
たりをまさぐっている。
(・・・チャックがない)
どうやらチャックを開けようとしたのだが、エヴァにはそんなモノはない。
「リツコさん! 重要な問題です。エヴァにズボンを履かせてチャックを付けてくだ
さい!」
シンジはまじめな顔でリツコに言った。
「・・・と、とりあえず考えておくわ。今は目先の使徒を倒すことを考えて!」
その場しのぎの言い逃れなのか、それとも本当に考えるのかわからないがリツコは
そうシンジに約束する。
と、そのとき使徒がエヴァ目がけて手のひらから光線を発射した。
ずざぁっ!
光線は空を切る。貫いたと思ったエヴァは残像であった。
エヴァが切りもみながら宙を舞っていた。その跳躍はエヴァの身長の10倍近い高
さであった。
「シ、シンジ君が戦ってるのよね・・」
「す、すごい!いきなりこんな戦いかた・・・理論的には不可能よ!」
驚きの声を上げる、ミサトとリツコ。その後方の司令塔でゲンドウは不適な笑いを
浮かべている。
「勝ったな・・」
「そのようだな・・」
ゲンドウのつぶやきに、隣にいた副司令冬月コウゾウが答えた。
優雅に、そして力強いエヴァの跳躍。上空で1回転半の捻りをくわえ、使徒の後方
約40mの地点に着地する。
「ぬああああああああああああぁぁぁあぁぁぁ!」
シンジは奇声をあげ妙な動きで使徒に近づく。
その妙な動きは、両手を下に下げ手のひらを90度横に曲げたペンギンのような感
じで、足はぴしっとそろっており足首だけを使い、猛スピードで使徒に接近している。
ピョコピョコ、だばだばという感じだ。
(・・・ズボンが足首に引っかかっていれば完璧なのだが・・・)
こころの中でズボンがないことを悔やむシンジ。
「な、なんなのあの動きは・・・? エヴァが・・・エヴァのイメージが・・・」
ショックを受けるリツコ。ネルフのスタッフもきっと同じ心境だろう。
使徒も腰が引けている。その手前10mまで接近したエヴァ。
「いまだ! 必殺っムーミ○はカバじゃなぁぁぁい!!!」
どごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっん!
使徒の中心にある赤い光球〜コア〜を思い切り殴りあげるエヴァ。衝撃でコアに幾
筋かの亀裂が走り、青白い光も走る。
そのパンチを受けて使徒は空高く舞い上がった。
ずずずぅぅぅぅん。
地面に激突する使徒。コアがほとんど砕け散り息も絶え絶えだ。
使徒は最後の力を振り絞り、エヴァに飛びかかった。
「でこぴーん!」
シンジはそういうと、使徒にでこピンをかました。
またも吹っ飛ぶ使徒。
ずがぁぁぁぁん!
と、突然十字の光とともに爆発した。どうやらエヴァもろとも自爆するつもりだっ
たらしい。
「シンジ君無事・・・?」
「・・・・・」
「シンジ君!?」
ミサトが訪ねるがシンジは答えない。
「・・・ブツブツブツ・・・・ブツ・・」
シンジは何かぶつぶつ言っている。
「エヴァの音声モニター音量を最大にして!」
ミサトの命令にオペレーターは瞬時にそれを実行する。
「ネルフゥーとぉふぅー、でもさんかくぅ〜・・・うーん、今ひとつだな・・・」
エヴァからの通信音量を最大にした、ネルフの作戦司令室には、ネルフのテーマソ
ングを作っているシンジの声が聞こえた。
「ダバィーグビットダバラバダバディー。うーん、台詞がほしいな・・・心を揺さぶ
るような台詞、魂の叫びが!!」
その瞬間ネルフ発令所を激震が襲った。
「カツ丼大盛りぃぃぃ、麺は堅めでぇぇぇ!」
突然、限界までの大声でそう叫ぶシンジ。通信音量を最大にしていたネルフはたま
ったモノではない。あまりの音量にその音声エネルギーが空気をふるわせ、本部の大
激震へとつながったたのだ。
天井が崩れ落ち、壁もはがれる。整備作業員は衝撃でLCLプールへと落下、重機
は壁に激突、まさに阿鼻叫喚だ。
これにより幸い死者および重体者は出なかったものの、重傷および軽症患者の数は
100人を超えた。
発令所の司令塔にいた冬月コウゾウと、総司令の碇ゲンドウは苦虫をかみつぶした
ような表情である。
「全く・・・ネルフ本部初の被害が使徒ではなく、それを倒すエヴァのパイロットだ
とはな」
絞り出すように言うコウゾウ。
「ふっ。所詮人間の敵は人間だよ」
両手を鼻の下で組み、両肘を机についたままのゲンドウがそれを受け答えた。
「というより・・・むしろお前の息子だぞ?」
「ふ・・・問題ない」
そう言ったゲンドウの後頭部は、シンジの激震ボイスによって崩れてきた、壁の一
部に当たって盛大に出血をしていた。
パニックの収まった発令所の指示によって、エヴァ初号機が回収される3時間後ま
で、シンジはひたすらネルフのテーマソングを作り続けていた。
第2話に続く
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