裏庭セカンドジェネレーション

CHAPTER 14B

第14話【巣立ち】Bパート



「はぁ〜かったるいなぁ」 ムサシはため息をつきながらオレンジジュースの紙パックを
ビニール袋の中に突っ込んだ。 「何がかったるいんだい? ムサシ」 ケイタはワイシ
ャツのボタンを外して、山から吹きおろして来る風を取り入れようとしていた。
「折角の土曜なのに、面談で2時間も居残りするなんて、かったるいじゃ無いか」

終わった順に帰る訳にはいかない……まだHRをやって無いのだ……
朝から4時間ぶっ続けで面談をし、その間は自習し続けて、昼食を挟んで更に二時間かけ
ての、三者面談ともなれば、ムサシの言い分ももっともだろう。
一年生も二年生もとっくに帰宅しているのだ……

「おまえはいいよなぁ 碇センセの所に住んでるんだから話す事もあまり無いだろうし」
ムサシは僕の方をちらと見て呟いた。

「話す事が無いから困るんじゃ無いか……それに事実上の二者面談だし……」
僕はリンゴジュースの紙パックにストローを突き刺して言った。

「そういえば、アヤさんが免許取ったって?」
ケイタが風に吹かれながら目を閉じていたが、目を見開いて言った。

「うん……こないだ、最後の実技がやっと終わってセンターへ行ったから……」
僕はアヤさんが運転するエレカに同乗した時の事を思い出した。
仮免だったので、助手席に父さんが乗ってたんだけど、父さんも青ざめてたっけ
システムが無かったら電柱にぶつかるところだったからなぁ……
けど、アヤさんにも苦手なモノがある事を知り、少しほっとしている自分が情けなかった。

「学科の方は満点だったんだけど、実技の方でひっかかってたみたいだね……
運動神経は悪く無いんだけど、どこかとぼけてる所があるし……」 アヤさんは18歳に
なると同時に教習所に通ったのだが……免許を無事取ったのは、三ヶ月後で教習所の期限
ギリギリだったのだ。
これまでで一度でOKだったのはセンターでの筆記試験だけと来れば、その運転能力は怪
しいものである。

「免許取ったんなら、車(エレカ)はもう買ったのかい?」 ケイタが問いかけて来た。

「うん 今日 学校が終わってから取りに行くって言ってたけどね」

通学に車(エレカ)を使う事は許されていないが、高校を卒業後すぐに就職する生徒もいる
ので、練習や休日の父兄同伴でのドライブ等は認められているのだ。
もっとも交通システムが管理していて、いざとなると自動で車が止まるからだが……

キーンコーンカーンコーン

「もう昼休みは終わりか……」
僕は紙パックの底に残ってたリンゴジュースを飲み干して立ち上がった。


「眠……」 僕は順番を待つ間、机の上に突っ伏してうたたねをしていた。
自習の時間に仕上げるべき課題も終わり、三回もチェックしたので、間違い無いだろう。
そういえば……ミドリさんは進路どうするのかな……

僕達のクラスは男子20名女子16名の計36名……
男子は出席番号順に行い、女子は出席番号の逆順で、男女が交互に面談をしていた。
今、三者面談してる男子は 名字がタ行の生徒だ……もうすぐ自分の番だろう……

「ちぇっ どうせなら夏休みの宿題を渡してくれたら今の間にやっとくのに……」
「はは ムサシはいつも最後の日に慌てて僕の宿題を移してるだけじゃ無いか」
「こら、男子!静かに自習しなさい」 鈴原さんが立ち上がって二人を注意した。

教室の中にひとときの静寂が訪れた。

「なんだぁ?あの音は」 ムサシが窓から坂の方を見ながら呟いた。

「車(エレカ)の音かな」 ケイタも窓の方に歩いていった。

「ををっ」 ムサシが嬌声を上げたので、僕は目を覚ました。
どうせ、次の次は自分の番だ……

「ショッキングピンクの車(エレカ)かぁ 誰が乗ってるんだろう」

「ショッキングピンク?」 僕はつい先日の事を思い出した。 

「まさか……」 僕は窓際に駆け寄った。

「おいおい 回転してるんじゃ無いか?」 ムサシが指差した向うには、ショッキングピ
ンクの車が回転しながら来客用駐車場に入って来ていた。

あれよあれよと言う間に4回転程して、白い線の枠内にピタっと車が停止したのを見て、
観客達は拍手をしていた。

「すげぇスピンターン!教頭先生だってあれは無理だぜ」ムサシは目を細めて見ていた。
タイヤがある旧式車ならとんでも無いスリップ音がしたであろう……

「あれ……出て来ないな」
ケイタの言う通り、いつまでたっても車から人が降りて来なかった。

「やっぱりっ」 先日、アヤさんがカタログで見ていた車と同じだったのだ
僕は教室から飛び出して二段飛びに階段を駆けおりて、駐車場に駆けつけた。


「アヤさんっ どうしたんですか?」 僕はエレカのドアを開けて中を覗きこんだ。

「目が回っちゃうぅ〜」 アヤさんはハンドルにしがみついてへろへろになっていた。

「だ、大丈夫ですか?」 僕はアヤさんに手を貸して車から出るのを手伝ってあげた。

「シンイチ君……三者面談はもう終わっちゃった?」
アヤさんは頭を少し振ってから口を開いた。

「こ、これからです」 僕はアヤさんがここに来た理由と慌ててた理由を察した。

「おーい シンイチぃ 次はおまえだってさ」 ムサシが三階から声をかけてくれた。

「取り敢えず行きましょう 面談室で休んだらいいですから」
僕はアヤさんに肩を貸して面談室に向かった。

「ををぉあれがアヤさんか……直接見るのは初めてだぁ」
「碇センセの長女だろう?奇麗だなぁ〜」
「俺も親衛隊入ろうかな」
「無理無理 親衛隊は厳しいらしいぞ 親衛隊 隊中法度 なんてのもあるらしいし」
*  アヤさん親衛隊 隊中法度
一 アヤさんの意思に背きまじき事
一 隊を脱するを許さず
一 勝手に出し抜くべからず
一 勝手にアヤグッズを取り扱うべからず
一 許可無くアヤさんに近寄るべからず
  以上の事に背く者は切腹申し渡す*   
三階の方から歓声が上がっていたが、取り敢えず無視する事にした。


「渚 入ります」
「ああ」
僕はアヤさんを連れて面談室に入った。

「アヤ 本当に来たのかい」
「お母さんがいないんだから……ねっシンイチ君」
「はぁ……」

「座りなよ アヤさん」 僕は椅子を引いてアヤさんを座らせた。

「シンイチ君の時間には間に合ったんだけど、ちょっと目が廻っちゃって」

「あの音はアヤだったのか……シンイチの三者面談が終わったら、ミライの三者面談まで
の間は保健室ででも寝るといい」 父さんはアヤさんを見ながら微笑んでいた。

「じゃ始めるか……時間も少ない事だしな……」

「一応高校進学と言う事だが、渚君の志望校はどこだい?」
父さんはボールペンを弄びながら話しかけた。

「もう お父さん……私たちしかいないんだから、もっと気楽に話したら?」
黙っていたアヤさんが突然口を開いた。

「それもそうだな……で、どの高校に行きたいんだ? シンイチ」
父さんは手の動きを止めて、真剣な顔つきで僕を見た。

「出来れば……特待生制度のある高校です。 今の成績で無理な事は解ってるんだけど……
この夏休みは必死で勉強します……滑り止めは要りません……落ちたら働きます」
僕は父さんの目を見詰めて言った。

「……父さんを困らせるなよ……なぁ シンイチ」
父さんは再び手でボールペンを回しはじめた。
「私が受験した、松代の第二東京大学の付属高校……あそこなら特待生制度があるけど」
「そういえば、アヤは合格してたんだったな……どうしてあそこに行かなかったんだ?」

「……だって遠いし……私もお母さんもいなかったら、お父さん達の食事や家事はどう
するのよ……だからやめたの(あそこ全寮制だからシンイチ君と……会えないし。)」
アヤさんはこれまで明かさなかった秘密を語りはじめた。

「そうだったのか……おまえが三年の時は担任じゃ無かったから、
理由までは知らなかったが、おまえの担任だった同僚に嫌みを言われた事を思い出したよ
”第二東大付属高校を蹴って高等部に進んだのは前代未聞だ”ってな……」

「解った……そこを受験するのはいい……だけど、高等部も受けておくんだ……いいな」
父さんは汗を拭きながら口を開いた。

「どっちが父兄か解らないね それ教師の台詞じゃ無いわよ お父さん」

「…………」 父さんは返事に窮して黙っていた。


「じゃ、私が受験に向けて、この夏は家庭教師をしてあげるねっ」アヤさんが微笑んだ。

「おいおい アヤ おまえも受験生なんだぞ」 父さんは少し慌てて言った。

「大丈夫よ 4年制だけで4校短大も含めたら7校から推薦入学の話が来てるんだから」

「俺なんか、アスカにつきっきりで教えて貰ってやっと入学出来たのに……トンビが鷹を
産んだってのかな……いや、アスカに似たのかな……」
父さんは自分の世界に閉じこもっていた。

「あ、父さん……もう時間だよ」 僕は腕時計を見て言った。

「ん?もうそんな時間か……シンイチ……高等部への入試……承知してくれるか?」

「解ったよ……それに全寮制なら……みんなを守る事が出来ないかも知れないから、
高等部への受験に狙いを絞る事にするよ……僕の些細なこだわりで大変な事になったら
いけないから……」 僕は立ち上がって胸を張って答えた。

「そうか……アヤといいシンイチといい……すまんな……うっ

「もう シンイチ君 お父さんを泣かせちゃダメよ なかなか泣きやまないんだから」
そう言いながら立ち上がったアヤさんは僕の耳を軽く引っ張った
(もう……さっきの聞いてたの? 罰として保健室までエスコートしてね)
アヤさんは頬を少し赤くしていた。

父さんは俯いたまま涙を拭っていたので、気づかれずに済んだんだけど……


「な、渚 退室します」
僕はアヤさんの手を引いて足早に面談室から出ていった。

すでに次の女生徒と親が来て待っていたので、教室に戻る必要が無いので、
そのままアヤさんを保健室に送る事にした。

「アヤさんもここの生徒だったんだから、場所ぐらい知ってるでしょ?」
「エスコートして貰えるのは、女性の特権なの……いいじゃないの……
 ああ……私もこうやってシンイチ君と一緒の学校にいたかったなぁ」

「あ、アヤさん……」
口に出さなくてもバレるとは言え、アヤさんは自らの思いを口に出す事で、
何かを決意しているようだった。

「4年制の大学にしとけば、シンイチ君が入って来た時、一年は一緒にいられるね」

僕がアヤさんの大学に入学出来たらの話だけどね……


「保健医さん 今日はもう帰っちゃったのかな……」僕は保健室のドアノブに手をかけた

「開いてる……ミライの番まで横になる程度なら問題無いよね」
僕はアヤさんの手を引いて、保健室の中に入った。

「ダメ……目が回っちゃう……シンイチ君……寝かせて」

少しうそ臭かったが、僕はアヤさんのお願いに答える事にした。

上半身はベッドにもたせかけていたので、僕はアヤさんの足を支えてベッドの上に
載せてあげた。

学校が終わって、車を受けとってそのまま来たせいか、
高等部の制服を身につけたアヤさんが、染み一つ無い白いシーツを張り詰めたベッドの上
に横たわっている姿は……奇麗だった。
僕は少し開いた胸元から覗くものに視線を奪われていた。

ほんの一瞬、アヤさんに見とれている間に、アヤさんの手が伸びて来て、
僕の腕を引き寄せた。

「ほら……私だって……こんなにドキドキしてるのよ……シンイチ君……
シンイチ君を好きになる事が悪い事だなんて思って無いから……人を愛するって事は、とっても尊いものだと信じてるから……
だからシンイチ君ももっと素直になってよ……私だって勇気を振り絞ってるんだから……」

「あ、アヤさん……」 僕は制服ごしのアヤさんの胸の膨らみを掌に感じていた。



だが、その時……


「赤木主任 いないんですかぁ?」
何の前ぶれも無く、伊吹先生が扉を開けて入って来た。

その瞬間は空気が凍りついたかのようだった……だが……


「ふ 不潔よぉ〜〜シンイチ君の……シンイチ君のバカぁ〜」

泣きながら人気の少ない校舎を走る伊吹先生を追いかけて、
適当に考えた嘘をついてごまかした頃には、ミライの順番が来たので、
アヤさんは再び面談室に戻って行ってしまっていた。

来週から夏休みなので、噂が広がらない事を僕は神に祈った。




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どうもありがとうございました!


第14話Bパート 終わり

第14話Cパート に続く!



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