「とにかく謝らなくちゃ で、その子は?」
「あ、今こっちに歩いて来てる、あの子よ」
「今、砲丸投げたの、あなた? びっくりしちゃったぁ」
ミライの指差す向こうには、レストランのウエイトレスをしていた、
風谷ミツコさんかもしれない女性が笑いながら近づいて来ていた。
裏庭セカンドジェネレーション
CHAPTER 15D
第15話【
炎
の新入生
】Dパート
「あら、あなたの顔 どこかで見た事あるような……」 ミライは首を傾げて言った。
「奇遇ですね 私もそう思ってた所なんですよ あっ 私は三谷ヨシコと言います」
ヨシコと名乗った、ミツコさんに似た女性は笑みを崩さずに言った。
「あ、私は碇ミライって言うの 宜しくね」 ミライは首を傾げながら言った。
「僕はシンイチと言います。 本当にすみませんでした。」
僕は深々と頭を下げた。
「ああっ やっぱり昨日のお客さんだぁ」 僕が顔を上げるなり、三谷さんが言った。
「やっぱり、あのウエイトレスさんだったんですか」
僕は偶然の恐ろしさを噛み締めていた。
「昨日?」 ミライが呟いているのを聞いて僕は少し焦ってしまった。
「一昨日だよね 確か」 僕は片目で軽くウインクをして三谷さんに合図した。
「あっそうそう 一昨日だった そこにいる方と もう一人女性の人 連れてたよね」
三谷さんは僕の合図に気づいてくれて口裏を合わせてくれたのでほっとした。
昨日はハンバーガー屋に行くと言って出かけたのが、ばれる所だったからだ。
「おーいシンイチ! 次の測定の番だぞ!」 ムサシが第二校庭に姿を現して叫んだ。
「それじゃ、お詫びはまた後程……」 僕はもう一度頭を下げてから背を向けた。
「気にしないでいいからね 渚君」 僕は背に受けたその言葉で安心感を得た。
不安感は薄れたものの、妙な違和感を僕は感じていた。
「遅くなってすみません」 僕は次の競技の走り幅跳びの場所に走り込んで言った。
今回はセーブする事を忘れなかったので、僕は普通より少しいい程度の成績を残した。
体力測定は順調に進み、最後の一つの科目の前に、10分間の休憩を許されていたので、
僕達は近くの購買で買って来た紙パックのジュースを飲んでいた。
りんごジュースもあったので、僕は当然それを選んだ。
「何で体力測定にマラソンなんてやらなきゃいけないんだ? だりいな」
ムサシはぶつぶつ言いながらジュースを飲み干した。
「まぁ12kmのショートマラソンだし……30分ぐらいで終わるんじゃ無い?」
僕は中学生の時、高等部の生徒達がマラソンをしているのを見た事があるのを思い出した。
「知らなかったけど、この学校では陸上が盛んなんだってな……とは言っても全寮制で、
一日中管理するような私立校には勝てないそうだけど……だから新入生で使えそうなのは、
即座に陸上部からお呼びがかかるって訳だ。 おまえには明日にでも来るかもな」
ムサシは軽く腹筋をやりながら僕に語りかけた。
「あれは偶然だよ……もう一度やれったって出来やしないさ……」
僕は塀を飛び越えて行く鉄球の事を考えると、寒気がした。
次は人に当らない保証は無いのだ……
物思いに耽っている僕の前まで誰かがゆっくりと歩いて来た。
「おい 渚シンイチ! マラソンで勝負だ!」
伊吹コウジ君が僕の前で立ち止まって言った。
「コウジ君……」 僕は立ち上がって逆光で良く見えなかった彼の顔を見た。
「頬……どうかしたの? 腫れてるよ」
よほどキツくつねられたのか、彼の頬はほの赤く腫れていた。
「うるさい! そんな事より勝負を受けるのか、受けないのか!はっきりしろ」
コウジ君は一人で熱くなっていた。
「どうせ走らないといけないんだし……構わないよ」
何らかの形で勝負付けをしないと、彼のプライドが許さないのだろうか……
この場を逃げると、余計に気まずくなるだろうから、僕は受ける事にした。
「俺が勝ったら、2度とマヤ姉さんに近づくんじゃ無い いいな!」
コウジ君は吐き捨てるように言って背を見せて立ち去った。
「おいおい 自分が負けた時の事、何にも考えて無いなぁ……」
ムサシが苦笑しながら呟いた。
大声でコウジ君が宣言した為、僕たちの周りの男子生徒がざわざわしていた。
「おい……シンイチって、砲丸で壁越えたヤツだろ……走る方はどうなのかな」
「得てして腕力のあるヤツは走る方は駄目だったりするんだ 一概には言えないけどな」
「どちらにせよ、そういうヤツだと知って勝負を挑んだんだから自信があるんだろう」
「お、そろそろ集合だぜ……終われば帰れるとは言え、きついな」
ムサシはだるそうに立ち上がった。
「もしかして、昨日 昼からバイトしてたの?」
僕は普段のような元気の無いムサシを見て思いついた。
「前、おまえと行ってたバイト先潰れちまったから、土木工事のバイトやってるんだよ」
「そうかぁ……そんだけキツイのなら、バイト料もいいの?」
「いんや……メンツ足りてる所に無理矢理頼み込んだから、半日で5000円だよ」
「僕もそろそろバイト探さないといけないなぁ……」
「おまえも難儀なヤツだな……碇センセに言えば、小遣いぐらい貰えるだろうに……」
「必需品は買って貰ってるし……それに入学式しか着ないような学ランでも、着ない訳
にいかないから、無駄な出費させたし……自分の個人的なものは自分で稼がないとね」
「何に使ったか報告しなくでいい金だからな……俺は片親だし……お互い苦労するよな」
僕はムサシと集合場所に向かって歩きながら話した。
「シンイチ!」
僕は後ろからミライに呼び止められた。
「女子も8km走るそうだね」 僕は振り向いてミライに言った。
「伊吹先生の甥っ子とマラソンで勝負するんだって?女子の方まで話が伝わって来たわよ」
「うん……そうでもしないと、彼 納得しそうに無かったし」
「三谷さんと伊吹君 前の学校が同じだったそうよ だから良く知ってるそうなんだけど
伊吹君は中学校で陸上部にいて駅伝の全国大会にも出た事があるんだって 総合優勝は取
れなかったけど、彼の区間では一位だったそうよ」
「自分が圧倒的に優位なのに、それを告げずにマラソン勝負するなんて……中学校の時は
そんな卑怯な人じゃ無かったのに……もっとも三年生の時しか知らないんだけど」
ミライの後ろから、三谷さんが現れて言った。
「で、何か賭けさせられたの? シンイチ」
ミライが心配そうに僕の横に寄って来て話しかけた。
「うん……彼が勝ったら、僕に伊吹先生に近づくな だって……」
「そう……(いい事じゃ無い……あーの若作りで少女趣味のマヤ先生になんか……)」
ミライの強い思念が流れて来て、僕は少し驚いていた。
ミライがこのような嫉妬の念を漏らす事は少ないからだ……
「あの先生 俺達のクラスの授業の時はやけに嬉しそうだし、化粧がマメだったからな」
ムサシが笑いながら言った。
その時、教師が笛を鳴らしたので、僕たちはミライと三谷さんと別れて集合場所に急いだ。
「マラソンか……この靴で長距離はきついかな……」 僕は履いている靴を見て言った。
さっき現れた伊吹コウジ君はさすが、元陸上部だけあって高価なシューズを履いていたのだ
「一応タイムは取るが、あまり無茶しないように! あくまでも目安だからな」
担任の木村先生が現れて言った。
クラスごとに時間差で出発するのだそうだ。
「えーとあと3分後の予定だ 身体をほぐしておけ」
僕たちはその場を動かずに、軽い柔軟体操を始めた。
もっともやる気の無いものは、死語と化したヤンキー座りをしてさぼっていた。
「しかし、行きは坂を下るから楽だけど、帰りはあの坂を走りあがらないといけないんだか
らなぁ……キツイぜ 12kmったって、実質15kmぐらいの労力がいるからな」
ムサシが坂を見ながら呟いた。
この全体的に勾配がある場所でのマラソンだからこそ、木村先生が無茶しないように
と言ったのであろう……無理も無い話だ
「よし!適当に並べ!」
僕はコウジ君に体操服の袖を掴まれて最前列に並ばされた。
だが、コウジ君は後ろの端の方まで下がっていった。
恐らくハンデとでも言いたいのであろう
「ようし行って来い! 怪我すんなよ〜」
少し間の抜けた木村先生の合図で僕たちは飛び出した。
僕たちは第一校庭を一周してから校門を出て、ゆるい坂を降りていった。
「おっ女子達も始まったようだな」 隣をだるそうに走っていたムサシが、
公園の方を見て言った。 女子達は校庭を一周してから、公園を一周し、
再び校庭に戻ると言う、同じコースを複数回走るようなコース設定になっていた。
それだけ、坂道が恐いからではあるが……
ゆるい勾配の所に走るコース付きの公園を作ったのは、このマラソン用だろうか……
僕は6分ぐらいの力を出して、先頭を走っていた。
元陸上部だけあって、コウジ君もこんな危険な下りコースでは勝負を仕掛けては来ないだ
ろうと思っての事だが……
僕達先頭グループは、勾配がきつくなる、中等部の屋根が見える位置に差しかかった。
その時、後方から一陣の風が舞ったように感じた。
「トロトロすんなぁ! 本気で行けぇ〜!」 コウジ君が人の波をかき分けて、
先頭グループに肉薄して来た。
「行く気が無いなら、どけ!」
僕の肩口にコウジ君がタックルのように接触した。
次の瞬間には僕の身体は道の左側に弾け飛んでいた。
体勢を整えようとしたが、無理矢理止まると後ろを走る生徒を巻き込むので、
僕は斜め左の壁に向かって、斜面を転がっていった。
頭は手でガードしていたものの、運動エネルギーを消す事が出来ずに、
僕は膝から壁に激突した。
数秒して、コウジ君が笑みを浮かべながら僕の横を走って行くのが見えた。
その時、僕は始めて彼に感じて怒りを覚えた。
例えば僕だけを闇討ちにするのなら他人に迷惑はかけないが、
今の行為が意図的なものなら、走っている他の生徒に迷惑をかける可能性が高いからだ。
その手段を選ばない方法に、僕の理性は千切れ飛ばんとしていた。
「おい!シンイチ 大丈夫か!」 ムサシが僕の側まで駆け寄って来て叫んだ。
「折れては無いみたいだけど……」 僕は痛む膝と右足をかばいながら立ち上がった。
もっとも骨に以上が無ければ一時間で全快させる事が出来るだろう……
だが、人目のある所でする訳にはいかない……
無理をすれば、このまま走って彼に勝つ事も不可能では無い……だが、それをすると
僕が普通の人間で無い事がばれてしまうだろう……
「おい、つかまれ」 ムサシは僕に肩を貸してくれた。
僕たちは、走る生徒の邪魔にならないように道の左側を通って坂を上がっていった。
「ん? シンイチ どうした」
木村先生は、他に人がいないせいか、気安く僕を呼んだ。
「坂道で転んで、壁にぶつかったんですよ」 僕はあまり心配させない為と、
後で自力で治す事を考えて、簡単に説明した。
「ほほう……シンイチが怪我ねぇ……シンイチも人の子か…… おっと悪い悪い」
僕はムサシと木村先生に左右から支えて貰いながら医務室に歩いていった。
「伊吹……伊吹コウジが意図的に後ろから、シンイチの肩にぶつかったんですよ……」
「気持ちは解るが、意図的かどうかは、本人にしか解らん……まぁ、その事は覚えておく」
木村先生はムサシを宥めながら、眉をひそませていた。
僕は簡単な処置を受け、窓際のベッドで寝ていた。
暑いので、窓を開けて貰った為、校庭を走る一年の女子のかけ声も耳に入った。
僕は右ひざと右のふくらはぎに気を流し続けていた。
もう痛みも和らぎ初めていたが、あまり派手に治すのも問題があるので、
表面の痣は残しておく事にした。 もっとも痛みは残らないようにするのだが。
女子達は8km なので、すでに競技を終えて ばらばらと校庭に戻って来ていた。
「シンイチ!」 ミライが保健室の扉を乱暴に開けて中に入って来ていた。
「渚君……」 その後に三谷さんがついて来ていた。
「心配かけて、ごめんね……転んじゃっただけなんだ、大した傷じゃ無いから」
僕は膝をぽんぽんと叩いて、二人に言った。
「ほんとに大丈夫なの? シンイチ」 ミライと三谷さんは椅子に座った。
少しして、保健室の前で木村先生とコウジ君の声が聞こえた。
「どちらにせよ、おまえが接触して転んだんだ……一言ぐらい謝ってもバチは当らんぞ」
「……わかりました。」
木村先生の去る足音が聞こえ、少ししてからコウジ君が入って来た。
「すまない……そんな大事になるとは思わなかったんだ」
コウジ君は少しうなだれて言った
「コウジ君!」 三谷さんの声が保健所内に響いた。
「三谷?」
パーン
顔を上げたコウジ君の唯一無事だった方の頬に真っ赤な手形が出来ていた。
「私……渚君にコウジ君が意図的にぶつかったのを見たの……
そんな卑怯な事をするコウジ君を、元クラスメイトだなんて思わないわ!」
三谷さんは、それだけ言って足早に保健室を出て言った。
「三谷さんって大人しそうな人だと思ったのに、結構やるのね」
ミライが耳元で囁いていたが、僕はコウジ君がまるで恍惚の笑みのようなものを浮かべて
保健室の入り口を見ているのが少し気になった。
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第15話Dパート 終わり
第15話Eパート
に続く!
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