「あれ、交通情報みたいですね ラジオを0313に合せてくれと出てます」
僕はカーナビの画面に流れている文字を読んで言った。
”ザザッ 繰り返し申し上げます。 県道 元箱根線の国道一号線の手前10km地点に
土砂崩れが発生し、現在通行止めになっております。 復旧現場の手前に迂回路があり
ますので、指示に従って下さいませ” 僕はラジオの音に耳を澄ましていた。
まるで僕達の行く手に暗雲が立ちふさがったかのように僕は予感した……



裏庭セカンドジェネレーション

CHAPTER 16C

第16話【呉越同車】Cパート


「取り敢えず復旧現場まで行くしか無いみたいですね……」
僕はラジオを切ってアヤさんに告げた。

15分程して、僕達を乗せたアヤさんのエレカは復旧作業をしている現場に辿りついた。

「すみません 迂回路はどこにあるんでしょうか」
いつしか小雨が振っていたが、僕は助手席から出て、作業をしている人に声をかけた。
復旧作業をしている人達は泥まみれになって作業をしていたが、現場監督らしい人が僕に
気づいて手袋を脱ぎながら近づいて来た。

「すまんね 急な事だから立て看板とか無いんだが、入り口は解りやすい所にあるから……
2kmぐらい手前に自動販売機が並んでいる煙草屋があったと思うんだが、そこを曲がれば、
道なりに行けば国道一号線に行けるから……狭い道だから気を付けてな」
現場監督らしき人は僕に説明を終えると、再び手袋をつけて現場に戻っていった。

僕は軽く頭を下げてからエレカに戻った。

「2kmぐらい戻って下さい 迂回路の入り口の特徴に覚えがありますから……」
僕はアヤさんに事情を告げた。

「じゃ、ここでターンしないといけないわね……私 ターンは苦手なの……」
アヤさんは車をハンドルを切りながらバックさせ始めた。

「ストップ!」 危うくエレカの後部がガードレールに接触しそうだったので、僕は叫んだ。
「危なかったの? ごめんね シンイチ君」 アヤさんは今度は車を前進させた。
どうやら無事にターンが出来たが、狭い道が続くと言う迂回路の事を考えると、先行きが
あまり良いとは思えなかった。

数分後には見覚えのある自動販売機が4つ程あるコーナーのある煙草屋の前に車を止めた。
「ここから先は飲物買えないだろうから、買っておいた方がいいと思います」
僕は助手席から出ながら言った。
「アヤさんは何にします?」 「私はねぇ……午○の紅茶の黄色いヤツ」
「全員で行かなくてもいいわね……じゃ私が後ろ三人の分買って来るわね」
ミライもドアを開けて言った。
「ダメだ……雨が振ってる……濡れない方がいい……俺が行く」
コウジ君が反対側のドアを開けて外に出て言った。

「ありがと……じゃ、私はコーヒーなら何でも……(案外いいヤツかも)
風谷さんは? あ、違った……三谷さんは?」 ミライは無意識の内に三谷さんが風谷さんだ
と言う事に気づいたのか、呼んではならない名を口走ってしまった。

「わたしは……何でもいいです」 その言葉に反応したかのように表情が暗くなったのを、
僕は見逃さなかった。 記憶を消されたとは言え、昔の名前に反応したのだろうか……

僕とコウジ君は自動販売機に向かって小走りに駆けていった。

僕はカナデ○アンジンジャーエールがあったので、それを買う事にして、
自分の缶とアヤさんの缶を左右の手に持って立ち上がった。

「三谷には友達が少ないんだ……友達になってやってくれないか……」
コウジ君がジュースの缶を三つ持って立ち上がる時に、ぼそっと呟いたのが耳に入った。

僕は黙って頷いて肯定の意思を伝えた。

記憶を消され、恐らく中途半端に植えつけられたであろう偽の記憶で混乱している時期に
知らない学校……知らない人々の所に中学二年で転校した彼女を理解した人は少なかった
のだろう……コウジ君はその数少ない理解者だったのかも知れない……

「美味しい……」 アヤさんはシートベルトを外して少し背筋を伸ばしてから、
僕が手渡した○後の紅茶の黄色い缶を受けとった。
「んー……この迂回路はカーナビには表示されてないですね……ここで少し休憩した方が
いいんじゃ無いかな……」 僕はカーナビから顔を上げて言った。

「アネキもこんな長時間運転したの初めてだしね……肩揉んであげる」
ミライはジュースの缶の栓も開けずに、後ろからアヤさんの肩に触れた。

「ありがと……ミライ けど大丈夫よ オートパイロットの区間も多かったし……
ちょっとだけ休憩したら出発するわね……でないと目当ての温泉に行けないものね」
アヤさんはミライに左肩を揉んで貰いながら言った。

「姉妹っていいわね……私にもこんなお姉さんが欲しいな」
三谷さんが遠い目をして呟いた。
だが、さっきのような暗い表情は見受けられなかったので、僕は安心していた。

「ダメよ これは私のアネキなんだから」
ミライがふざけてアヤさんに後ろから抱きついて言った
「”これ”は無いでしょ ミライ」 アヤさんは苦笑しながらミライのおでこを指で叩いた。

「雨が強くなって来たみたいですね……」 僕は頭上で響く音に耳を澄ました。
「じゃ、そろそろ出ましょうか」 アヤさんはシートベルトを身につけながら言った。

迂回路を曲がって10分程……降り続ける雨の中 僕達を乗せたエレカは狭く、
一部はろくに舗装もされていないような道を進んでいた。
この辺りは盆地ぎみになってる事と、すぐ近くに生駒岳や双子山などの山岳が多い為、
霧がこの低地に流れこんで来ているのか、すでに視界は5Mを割っていた。

「霧が出て来たわねぇ……ガラスも曇って来たし」
アヤさんは心持ち身を乗り出して運転していた。 

「拭くものありますよね……」 僕は助手席の前に付いている引き出しを開けた。

僕は乾いたタオルを取り出して、運転席の前の辺りと助手席の脇のガラスを拭いた。
「こっちは私が拭いてあげる」
ミライが手を伸ばして来たので、僕はミライにタオルを渡した。
ミライは後ろから運転席の右のガラスを手を伸ばして拭いていた。

「えっと国道一号線は左の道ね……」 アヤさんは三叉路にある小さい立て札を見て言った
左側の道は川を横切る形になっていた。
右側の道はいかにもな田園風景で、行き止まりのようだ

「現在位置しか解りませんからねぇ……第三新東京市は住宅レベルまでだけど……」
僕はカーナビを見てアヤさんの方を向いた。
立て札通り、左に進んだのだが……


「おかしいですねぇ……」 僕はGPSの画面に見入っていた。
芦の湯のある一帯に出る筈が、いつの間にか山沿いの道を進んでいるようなのだ。

その時、曇天を切り裂くかのような雷が遥か向うの方に見えるゴルフ場の照明塔に落ちた
のが、僕には見えた。

「雨だけじゃ無くて雷までなんて……道は間違えたようだし、嫌な感じね……」
ミライが後ろでぼそぼそ呟いていた。だが、無理も無い事だろう……

「さっきの道に戻ろうにも、こうまで道が狭いと……もう少し広い所まで行きましょう」
僕は霧で視界が閉ざされた道を、少しでもアヤさんに協力する為に視覚をギリギリまで研ぎ
澄まして進行方向を見ていた。

「うっ」 僕は対向車のライトに気づいて、サイドブレーキを引いた。
両方とも30kmぐらいしか出して無かったのだが、僕の研ぎ澄ました視力でも
せいぜい7m先までしか見えなかったので、危ない所だったが、なんとか衝突は避けられた。

僕は助手席を降りて、相手の車の方に向かった。
霧が服に絡みつくかのように纏わり、相手の車に辿りつく頃には僕の服は濡れていた。

「大丈夫でしたか?」 僕は運転席の脇に立って言った。

「いやぁ〜そっちが早く気づいてブレーキ踏んでくれたからいいものの、危ない所でしたね
ぇ……下手に避けると、この道……霧で良く見えないでしょうけど、左右は田んぼと崖なん
ですよ……ここまで視界が無くなってるとは……まぁ、お互いなんとも無いようで良かった
です」 運転席に乗っていた30代前半の男が窓ガラスを降ろして言った。

「ところで、僕達 国道一号線に出たいんですけど、この道でいいんですよね」
「あぁ、迂回路ですか……でもこの道は違いますよ……5kmぐらい手前の三叉路で
右に行かなきゃ……」 「三叉路に立っていた立て札には、こっちが一号線だと書いてまし
たけど」 僕は立て看板を見た時の事を思い出した。

「この先には、芦の湯の別館が数軒あるんですが、お客を呼ぶ為 無邪気な子供が良く
立て札の方向を変えちゃう事があるんですよ 私の所も芦の湯の分館の温泉旅館なんですが
ね……予約されてたお客さんがちっとも来ないんで迎えに来たんですが、どうやらあちこち
で道路が通行止になってるそうだし、引き返したのかも知れませんねぇ……」

「どこかで車をUターンさせたいんですが、どこか広い所はありますか?」
「私がお世話になっている温泉旅館はすぐそこですよ 駐車場もありますし、これから
どうするかにもよりますが、取り敢えずどうですか?」

「助かります……じゃ、駐車場で車を回させて貰います」 僕は頭を下げて言った。
「ただ……私の車はバックで戻らないといけないんですが、視界が悪いので、誰かに見てい
て貰ったら助かるんですが……」 男は恐縮そうに言った。

「じゃ、僕が見ます」 「じゃ、これお使い下さい」 僕は強力な懐中電灯を受けとった。

「ちょっと待って下さいね 連れに声をかけますんで」 僕はみんなが待つエレカに戻った。

5分後 僕達は無事 温泉旅館の駐車場に到着した。

「蓮田さん……また橋が増水で通れなくなったってよ」
フロントの方から、年配の男が顔を出して、さっきここまで案内してくれた人に叫んだ。

「この方達、あの橋を戻って三叉路に戻るつもりだったんだけど、困りましたねぇ……」

「シンイチ君……何て言ってるの?」 アヤさんが運転席の窓を降ろして言った。

「あの元の道に引き返せないって事ですか 他に国道一号線に出る道は無いんですか?」

「こんな霧が出て無かったら地元の者なら通れるかも知れないけど、こんな日は無理だよ
だけど、あの川の増水はいつも一日で引くから、明日の朝には通れるようになるよ」
年配の男は笑みを浮かべて言った。 もしかしてわざと橋の高さを上げないのは、
こうやって迷いこんで来たお客を逃がさない為だろうか が他に方法が無いとなれば……

「かなり帰りが混むかも知れないって事で、明日来る所を今日にしたので、時間は大丈夫な
なですが……ここ温泉旅館って言ってましたよね……空室はありますか?」
僕は年配の男とさっきの男性に向かって言った。

「その、まだ到着しないってお客さんの部屋ならあるけど、4人部屋一つしか開いて無いん
だわ……まぁ布団はスペアがあるしテーブルを外に出せば5人が寝る事も出来るけどねぇ」

「もう約束の時間を一時間も遅れてるし、もう来ないでしょう……お困りのようですし、
そういう条件で良ければどうですか?」 先程の車の男性が笑みを浮かべて言った。

「まぁ、観光温泉みたいに水着で入れる温泉は無いけど、お風呂に入れて泊まれるんなら、
まぁ仕方無いわね」 アヤさんと三谷さんとコウジ君は家に電話する為にフロントで並んで
いるので、僕とミライは泊まる部屋に一足先に向かっていた。

「しかし、男と女が5人も同じ部屋に……シンイチ……襲っちゃだめよ」
ミライは笑いながら僕の肩を叩いて言った。

「はぁ……」 僕は言い返す気にもなれず、自分達の部屋を探していた。

「桔梗の間……ここね」 ミライは部屋を見つけるや否や中に飛び込んで言った。

「なかなかいい景色ね……思い出さない?」 ミライは窓際の椅子に座って言った。

前にミライに懇願されて胸を揉んだ時の事を言ってるのだろうか……
僕はミライの連続攻撃で頬が熱くなるのを感じた。

「続き……する?」 「ミ……ミライ やめてよそういう冗談は……」
「別に冗談じゃ無いけど? アネキとかが来る前なら」
ミライは舌を出して悪戯そうに笑った。

「お父さん留守だったけど、留守番電話に入れといたから」
アヤさんが入って来てくれなければ、とても気まずい雰囲気が続いた事だろう……
僕はこの日 アヤさんに心から感謝した。

「ここ、完全予約制なんですって……それにお風呂は露天だけど部屋の名前と同じ露天風呂
に入れるんですって……それぞれが分けられてるなんて、変わった温泉ね」
アヤさんは笑みを浮かべて言った。

「アネキ……家族風呂しか無いって事?」
ミライがさっきまでの威勢はどこに行ったのか、小声で呟いた。

「ええそうよ シンイチ君 一緒に入ろうね」 アヤさんが満面の笑みを浮かべて言った。

「悪い予感ってこれの事だったのかな……」 僕は一瞬気が遠くなってしまった。




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どうもありがとうございました!


第16話Cパート 終わり

第16話Dパート に続く!



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