渚君の力になれる……そう認識するだけで、眩暈にも似た感動を禁じ得ないのです。

僕はその詩を読み終えた時、自分の手が震えているのにようやく気づいた。
混乱している彼女にどうしてもっと何かしてあげられなかったんだろう……
「僕には……守られる価値など無いのに……」



裏庭セカンドジェネレーション

CHAPTER 17B

第17話【ザ・ビューティフルメモリー】Bパート



あれから3日経ってテストを来週頭に控えた土曜日……
僕達は連日の勉強疲れのせいか、のろのろと足取りも重く家路についていた。

「明日は勉強会入って無かったわよね」 ミライが元気の無い声で呟いた。
「うん……明日はアヤさんが母さんのサークルへの入会して初めての会だったよね」
明日はアヤさんがいない事もあり、軽く復習するだけと言う事にしていた。
これ以上詰め込まれたら片方の耳から零れ落ちそうだと思っていたので、ほっとしていた。
「高校で初めての試験だし……頑張ろうね シンイチ」
ミライは弱々しい声で僕に笑いかけた。
「うん……けど無理はしない方がいいよ ミライ」
勉強会が終わった後も一人で勉強しているせいか、ミライの顔色は良く無かった。
TRRR
その時鞄の中の携帯端末から電子音が鳴り響いて来たので、
僕は携帯端末から電話の受信部を取り外して電話に出た。
「はい シンイチです」
「この時間だと今帰る所よねぇ」 電話をかけてきたのはアヤさんだった。
「ええ まだ坂を降りきってませんけど」
「実は明日の準備に駆り出される事になっちゃって帰れないの……だから御昼御飯が用意
出来て無いの……ごめんね」 アヤさんはすまなさそうに言った。
「あ、じゃ母さんもそっちにいるんですね 父さんは出張だし……じゃミライとお昼をど
こかで食べて帰ります」 僕は電話を切って鞄の中に収めた。

僕が話している間もミライは少しだるそうに電柱にもたれかかっていた。
「アヤさんから電話で帰れないからお昼食べて来てだって」

「何を食べる?ミライの行きたい所に行こうよ」 僕はそっとミライの鞄も持ってあげた。
「んー 私は別にどこでもいい……」
ミライは僕が鞄を持った事も気づかない程にぼーっとしていた。

僕は考えた末、少し遠まわりになるので滅多に行かない喫茶店に行く事にした。
喫茶店とは言っても昼食を取りに来るサラリーマンで普段は一杯になるのだが、
今日は土曜日だから空いている事を期待したのだ。
そこの地鶏を使ったチキンカレーは絶品だと言う話なのだが、
一日限定20食なので食べた事が無いのだった。

僕達は少し歩いて、その喫茶店に辿りついた。

「いらっしゃい」
古風な金属製のベルの音が鳴り響くなか、僕とミライは店の奥の端の窓際にある
二人しか座れない少し落ち着ける席に並んで座った。
だいぶ前 確か中学校に上がった頃に一度だけ父さんに連れられて来た事があるのだが、
この店のマスターはその時の姿と全く同じだった。
少しよれよれになってカレーの染みが付いたエプロンを纏った不精髭を生やした
父さんより一回りは年上の筈なのに、あまり年齢を感じさせない物腰……
平日の昼はアルバイトのウエイトレスがいるのだが、今日は休みのようだ。

「あの〜チキンカレー二人前残ってますか?」
僕は水とおしぼりを持って来たマスターに恐る恐る問いかけた。
「二人前かい? ちょっと待ってくれよ」
そう言ってマスターは厨房に戻って鍋を掻き回していた。

「オッケイ 運がいいね 二人前出したら鍋が空だよ」
そう言いながらマスターはカレーの入った鍋に火をかけた。

「はぁ……」 ミライはため息をひとつついて冷たい水を一口飲んだ。
「おやおや、シンイチ君 彼女にそんなため息つかせちゃダメじゃ無いか」
マスターが笑みを浮かべて言った。
名前をどうして知っているんだろう……父さんの知り合いかな……
僕はそんな事を思いながら水を一口飲んだ。
「ミライ 大丈夫?」
僕は力なくテーブルの上に投げ出しているミライの左手を右手で軽くとって言った。
「……」 ミライは僕が手に触れている事にも気づいて無いようだったので、
僕は触れた手から、パワーをゆっくりと注ぎ込んでいった。
補充の意味も兼ねて左手は開いてリラックスした状態で膝の上に置いていた。

カレーが運ばれて来る5分程の間、僕はミライにパワーを送り続けていた。
マスターが鍋の火を止める音が聞こえた頃には、ミライの手に赤みがさして、
ミライはいつしか寝入っているようだった。

カレー皿に御飯を盛りつけているのを見て、僕はそっと手を離した。

「はい おまたせ」 少ししてかなり大盛りに持ったチキンカレーが運ばれて来た。

「うわ 結構量ありますね……」 僕は少し驚いていた。
「んー二時には閉店だし、三人前程は無かったから大盛りにしたんだよ 食えるだろ」
マスターは人懐こい笑みを見せて言った。 僕も笑みで答えた。

マスターは厨房に戻り、カレー鍋を洗い初めていた。

「ほら、ミライ カレー来たよ」
「んっ……寝入ってたみたいね けど、そのおかげか、少し元気が出て来たみたい」
「大盛りにしてくれたんだよ さぁ、食べようか」僕はスプーンの包み紙を外して言った。
「うん 美味しそうな香り……食欲湧いて来ちゃった」
ミライが少し元気を取り戻して、カレーに向かうのを見て僕は少しほっとしていた。
「うん 美味しい!」 ミライが感嘆の声を上げて食べはじめたので、僕も食べる事にした

15分後 思ったよりボリュームのあったチキンカレーをもうすぐ食べおえようとした時、
入り口のベルの音が鳴り響き、誰かが入って来たようだが、この席は窓の方を向いている
ので、入って来た人は見えなかった。

「あーお腹空いた……ねぇチキンカレー残ってる? 普段いる人がいないと疲れるのよね」
「さっき売り切れたよ 君の元教え子二人が注文してくれたから」
「教え子?」 「ほら 奥の席に」
「あぁ〜ら シンちゃんとミライちゃんじゃ無いの 高等部でも頑張ってる?」
「葛城先生」 「葛城教頭先生?」 僕達は葛城教頭先生の声に驚いて横を向いた。
「もう〜卒業してるんだし ”ミサト”でいいわよ 堅っ苦しいんだから」
中学校の卒業式で会って以来の再会であった。

「ほんの数ヶ月前なのに……なんか久しぶりって感じね 元気してた?
あっそうそう 御飯ものでは何が出来る? リョウジ」
葛城教頭先生は話の途中で横を向いてマスターに声をかけた。「焼飯を作ってやるよ」
厨房の方からマスターの返事が聞こえて来た。

「はい やっと高等部の雰囲気に慣れて来ました。」
「あの……ここのマスターの人と御知り合いですか?」
ミライはいきなり興味津々な眼差しで見ていた。 
「あれ?言って無かったっけ……こいつは私の娘の父親なの」
ミサトさんはマスターを指差して言った。
「娘さんの父親……それって」 ミライがぶつぶつ言うのをマスターが見て苦笑していた。
「そういえば、小学5年生の娘さんがいるって父さんから聞いた事あったけど……」
僕は以前父さんに聞いた話を思い出した。
「今はもう中学一年生になったのよ……シンイチ君」
少し真面目な顔つきでミサトさんが答えた。

「あ、そうか聞いたのは二年前ぐらいだったかな……」
「まだ、あの事怒ってるのかい?ミサト」 マスターはミサトさんの顔を覗きこんで言った。
「当たり前じゃ無い……私は私立に入れたかったのに。 親が教頭だなんて事が同級生に
知れたらあの子苛められるかも知れないのよ」 ミサトさんは少し俯いて呟いた。

教頭としての立場と、生活指導を任されてるせいか、学校でのミサトさんを嫌っている
生徒が結構いるって事は知っていたけど、そこまでミサトさんが気にしているとは知らず、
”ミサトでいいわよ”と僕達に言うのはその事が関係している事に気づかなかったのだ。

「それ解るな……いくら勉強してテストでいい点取っても”碇さんはいいわよねぇ”だなん
て言って冷ややかな目で見られた事あるし……だけど……」
淡々と語りはじめたミライを僕はつい見詰めてしまっていた。
「だけど?」 ミサトさんも気になるのか、真剣な顔をして問い返した。

「だけど……私は父が教師だと言う事で卑下もして無かったし……友達に何を言われても、
父は父ですから……だから 心配する事無いと思うから、学校では普通に接してあげてね」
ミライはいい終えると笑みを浮かべてミサトさんの顔を見詰めた

いつも父さんの事を”パパ”としか呼ばなかったミライが、いつに無く真摯な表情で語って
いるのを見て、僕は少し驚いていた。

それから少しミサトさんとマスターと談笑して、僕達は食事も終わったので席を立った。

「御馳走様でした」 ミライはレジの前でマスターにお金を渡した。

「いい事言うねぇ……ミライちゃん これ、さっき揚げたんだ 疲れてる時には甘いものを
適度に食べた方がいいよ」 そう言ってマスターはまだ暖かい紙袋を手渡した。

「うわっ まだ暖かい ありがとうございます!」 

僕達は礼を言って喫茶店を後にした。

「パパもミサト先生みたいに悩んだりしたのかな……」
家の玄関が見えて来た頃にミライは小声で呟いた。
「全然考えない事も無かっただろうけど……学校で他の人がいない所で会ったら結構嬉しそ
うな顔するし……ミライが成長して行くのを見る事が出来て、嬉しかったんじゃ無いかな」
ミライは少し納得したのか、笑みを浮かべて玄関を開けた。
「夕方まで僕は少し寝るから……ちょっと疲れが溜まっちゃって」
僕はミライに結構パワーを注ぎ込んでいたので、疲れていたのだ。
こういう時には眠るか、大木の下で休憩するのが一番なのだ。

「そうね……御飯のセットしたら私も寝ようかな……」
「夕御飯作るのは手伝うから、夕方に起きて来なかったら遠慮無く起こしてね」
「うん そうする」 僕はミライの返事を聞いてから二階に上がった。

手早く寝間着に着替えて、僕はベッドに横たわって眠りにつこうとしていた。
網戸からそよそよとそよぐ風に頬をなぶられている内に僕は眠りについた。 



すでに薄暗くなっている校内……僕は三谷さんと並んで歩いていた……


「渚君……私のノート……どこかに落ちて無かった?」
「あ……ごめん忘れてた……確かに落ちてたから拾って鞄の中に入れておいたんだ」
「はい……これ」
「ありがと……渚君……ところで、中……見た?」
「み……見て無いよ」
「渚君の嘘つき……酷いよ……どうせ私の事を笑ってるんでしょう……」
「そ、そんな事無いよ」
「さよなら……もう二度と会う事は無いでしょうね……今度こそあなたとはお別れよ」
「そ、そんな……待ってよミツコさん」

「あいたっ……」 僕は額に痛みを感じて目を覚ました。
「なんだ、夢か……けど……まだ返して無いんだよなぁ……どうしよう」
僕はゆっくりと覚醒していった。
「けど……何に当ったんだろう」 僕は目を開いた。

「ん……なんだ ミライの頭にぶつかったのか……なんだ……もう一寝入りしようかな……」
僕はタオルケットをかけなおそうとして硬直してしまった。
「な、何でミライが僕の横で寝てるんだ……」
さっきは寝ぼけていたのか、今ごろ現在の状況に気づいてしまったのだ。
さして広いとは言えないベッドにミライが何故か潜り込んで来た為、
夢にうなされて寝返りを打とうとして、ミライの頭で額を打ったのだろう……
だが、どうしてミライが潜り込んで来たのか……そういえば、確かに”私も寝ようかな”
だなんて言ってたけど……こんな意味だったのかな……そりゃ小学4年ぐらいまで、
一緒に昼寝とかしてたけど……」

「寒ぅい」ミライは寝入っているのか、もぞもぞとしながら僕の方に体重を預けて来た。
「ご、ごめん」 僕はタオルケットを元どおりにして、ミライに半ば抱きつかれたような
状態で寝ていた。

「どうしよう……幸いミライも寝間着は着てるからいいものの……今誰かが帰って来たら」
僕は一瞬誰かに目撃される事を想像して青くなってしまった。

「んー……しんいちぃ」裏庭亭の常連の”しんいち”氏にあらず
眠っていて無邪気に呟くミライを見て、僕はそっと頭を撫でてあげた。
僕は頭を撫でている内に、いつしか落ち着きを取り戻していた。

ところが……数分後

「んーんー」 ミライは僕の方へと寝返りを打とうとして、更に僕に密着して来た。
「ちょっ……ミライ……」 押しつけられて来るミライの胸の感触を感じながらも、
僕は少し慌ててしまった。 
「今 起きられたらヤバイ……」 連日の勉強で疲れていたせいもあるのだろうか……
種族保存の為の仕組みと言うか…………その時、下の方から誰かの話し声が聞こえて来た。
「ど、どうしよう……起きなきゃ」 だが、何しろミライが半ば抱きついているので、
ミライの目を覚まさずにベッドから抜けだす事は非常に困難なのだ。
下手に起こすと……またミライにひっぱたかれそうで……新聞の勧誘ならとっとと帰ってくれ
そんな事を感じていると、一際大きく声が聞こえた。

「こんにちわー 渚君いませんか?」 僕は三谷さんの声を聞いて血の気が引くのを感じた。
一部分を除いては。




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どうもありがとうございました!


第17話Bパート 終わり

第17話Cパート に続く!



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