一陣の風が吹いた時、僕は背後に気配を感じて振り向いた。
「探したわ……渚シンイチ……私が守らなければいけないヒト」
あの時の姿のまま、蒼い髪の少女が僕を見つめていた。
「君は……君は僕の何なんだ!」
僕は胸の中のわだかまりを、突然現れた蒼い髪の少女にぶつけた。
「私はあなたを守る為に作られた存在……ただそれだけ……」
蒼い髪の少女のその答えは僕を更なる混乱に追い込むだけだった。
裏庭セカンドジェネレーション
CHAPTER 19C
第19話【
蒼い髪の少女
】Cパート
「だから誰に作られたんだよ! 君は僕を産んだ綾波レイとは違う存在なの?」
「私を作ったのは渚カヲルと呼ばれた存在……その事については確認した……
そんな事より、大変な事が起きているわ……碇アヤに危機が忍び寄っているの……
私が守らないといけないのは渚シンイチ……あなただけど、今のままだとあなた
の身を守れなくなるから……」
「アヤさんに? 卷族が手を出そうとしているの? けど僕の父……渚カヲルが
守ってくれてるんじゃ無いの?」 僕は以前父さんに聴かされた話を思い出した。
「確かに碇家の一族の身体は渚カヲルと呼ばれた存在が守っているようね……」
「なのに、どうして危険なんだよ!」 僕は些か激情してしまい、彼女に詰め寄った。
「渚カヲルが守れるのは身体だけ……逆に言えば身体しか守れないと言う事よ」
彼女は事実を告げているだけに過ぎないのだろうが、冷静にその事を告げる彼女の顔は
冷徹に見え、僕の憤りは行き場を求めて燃え盛ろうとしていた。
「今なら碇アヤの心に巣食おうとしている闇……精神寄生体を追い払う事が出来る……
その為には彼女が抱いている疑念を晴らし、彼女の心を満たさねばならないでしょう」
疑念……もしかして僕の嘘を知って、悩んでたんだろうか……
「アヤさんの心を満たすって具体的にはどうすればいいの?
それに精神寄生体って何? その寄生体を取り除く事は出来ないの?」
僕は胸に抱いた疑問を彼女にぶつけた。
「精神寄生体はその名の通り、対象となる人物の心の闇を探し出して、そこに寄生して
心の闇を押し広げる事を得意とし、悪魔や憑きものとして人間に認知された卷族……
また、寄生された対象から無理矢理引き剥がす事は対象の死を意味している……
精神寄生体を追い払うには、対象人物の心の闇を光で満たすしか無い……
碇アヤの場合……渚シンイチと一つになると言う願いを叶えてあげる事だと思う」
顔色も変えずにそんな事を平然と言う彼女に僕は少し驚いていた。
「どちらにせよ、残された時間はあまりにも少ない……気づかれた事を知った精神寄生体は
かならず、行動を早めるだろう……忘れてはいけないのは、精神寄生体は残酷で、悪賢く、
人間を内部から操り破滅させる事を最も好む、卷族の中でも最も危険な存在だと言う事を」
「もしかして、僕にも危機が及ぶかも知れないって言っていたのは……」
僕は最も想像したく無かった危機の事に考えを及ばせた。
「そう……碇アヤを操って、あなたを殺させようとして来たら……あなたは碇アヤを殺して
自分の身を守る事が出来る? その為に私がいるの……渚シンイチ……あなたを守る為に」
僕を守る為ならアヤさんを殺す事も辞さない……彼女のその宣言に僕は身を凍らせた。
「そんな事はさせない……僕を守る為にアヤさんを殺すと言うのなら……僕は君を殺す!」
僕は決意を込めて彼女に伝えた…… その言葉が彼女の自我をも揺るがせるとしても……
「…………」 彼女は何を言っていいのか解らないのか、僕を見つめて立ち尽くしていた。
「今ならまだ間に合うんだな……」 僕は彼女に確認するかのように呟いた。
彼女が黙って頷くのを確認して、僕はその場を離れて家に向かった。
上がるのに10分はかかるだろう坂道を僕は2分で駆けおりた。
ミドリさんとの修行が無ければ心臓が破裂しても不思議では無かったかも知れない……
僕はアヤさんが家にいると思い、ただひたすら走った。
「ただいま……」 僕は玄関で靴を脱いで居間に向かった。
「あら、今日は夕方までバイトじゃ無かったの?」
母さんが珍しく家にいて、紅茶の入ったカップを手にしたまま、
読みかけの雑誌から顔を上げた。
「その予定だったんですけど、勘違いしてたみたいで、バイト代計算しおわってたから
給料貰ったらもう帰っていいって言われたんですよ」
嘘をつく事に罪悪感を感じなくなって来た自分が嫌だった……
「お昼は食べたの?」 母さんは雑誌をたたみながら問いかけて来た。
「いえ……昼からもバイトする時は弁当が出るんですけど、今日は……」
「アヤはいないけど、卵焼きぐらいなら作れるわよ」
「アヤさん どこか出かけたんですか?」
「カーショップに何か買いに行くって言ってたわよ じゃ出来たら呼ぶから、
テレビでも見てたら?」 母さんは鼻歌混じりでフライパンと卵を用意していた。
母さんの作る卵焼きは塩加減が上手で、昔から僕の好物だったのだ……
真似してミライが作った時には卵のカラがじゃりじゃりしてたけど……
僕はテレビを見るような精神状態じゃ無かったが、落ち着きを取り戻す為にもテレビを見る
事にして、スイッチを入れた。
ボウルで卵をかき混ぜる音を聴きながら僕はニュースを見ていた。
ミドリさんに連絡する事を忘れていたのを思い出したが、
今はミドリさんまで手が回らないので、今度会う時に謝ろうと僕は少しだけ逃げた。
”えー最新ニュースです 現在第三新東京市のエレカの制御システムが、
先程の定期メンテナンスの完了後に異常が発生し、原因不明のままダウンしております。
エレカに乗られる方は気を付けて下さいませ 尚、復旧の見込みはまだ解りません”
「母さん! アヤさんはエレカで出たんだよね」 聴くまでも無く解っていた事だが、
僕は確認しないと気がすまなかった。
「どういう事?」 母さんはフライパンの上に卵を流し込みながら言った。
「エレカの制御システムがダウンしてるそうなんだ……と言う事はこれまでは
起こりえなかったエレカ同士の衝突や、緊急制動装置も動かないって事だよね」
「そうね……けど、これまでも希にあった訳だし、無免許の人とかでも無い限り、
そうそう突発的な事故は起こらないと思うわ……制御されて無い事はエレカに乗って
いればすぐに解る事だし……あまり気にやまない方が……ってあれ? シンイチ?」
僕は妙な胸騒ぎがして、いてもたってもいられなくなり、家を飛び出していた。
{{兄さん!}}
{ああ……さっきから調べていたからアヤの行方は掴んでいる……}
{さっきの蒼い髪の彼女の言う事 聴いてたんでしょ}
{{ああ……おまえには言って無かったが、アヤの波長を掴むのに苦労した……}}
{で、どこなの!} 僕はこれまで兄さんにこんな口調で問いかけた事は無かったが、
事態が事態なので、あまり気にはしなかった。
{おまえがアヤをまいた道をまっすぐ行った所にちょっとした淵があるんだ……}
{{じゃ、ナビゲートしてよ 兄さん!}}
僕はおおよその見当を付けた方角に向かい、スピードを早めた。
僕はあまりにもアヤさんを便利な存在として軽んじていたのかも知れない……
アヤさんがどんな思いで、僕に告げたかも知れない言葉の本当の意味も知らずに……
「私は・・シンイチ君さえ無事でいてくれたら・・他に・・何も望まないわ・・」
「でも……いいの……シンイチ君がこの家にいてさえしてくれたら何も望まないから」
今となっては遅すぎたような気もするが、僕はアヤさんの気持ちに答えたいと
切実に思った……この気持ちには偽りは無い……だけど……今の僕にその資格は…………
兄さんの正確なナビゲートのおかげで、5分もしない内に僕はその淵に辿りついた。
「この淵 濃い緑色ですごく深そうだ……」 僕は背筋に汗を感じながら淵を見つめた。
{いた……あそこだ}
兄さんの思念を聴くまでも無く、僕はアヤさんのエレカを見つけた。
淵の側のちょっとした駐車場に、見紛う事の無いショッキングピンクのエレカが、
エンジンをふかしたまま、停車していた。
「何故死ねないの……私はもうシンイチ君にとって要らない存在なのに……」
黒いオーラがエレカの中から染み出るのを感じた直後に僕はアヤさんの強い思念を感じた。
すまんす 今日読んだ 蒲生邱事件 by宮部みゆき が後引いてるっす
「もう一度……もう一度だけ……」
エレカのエンジンの駆動音が高まり、今にも動きだしそうなエレカの前面には、
いくつかのかすり傷がついていた。 恐らく、あまり高くは無い仕切りを超えて、
淵に車ごと飛び込もうとしたが、制御システムで制動されたのだろう……
だが……今 そのシステムは稼働しておらず、アヤさんを止める術は無い……
僕は走って動きだしたアヤさんのエレカの前に立ちふさがった。
だが、アヤさんは僕が見えていないのか、うつむいたままぶつぶついいながらエレカを
運転していた。
衝撃波を放って、エレカを止める事も出来る……だが、アヤさんの命の保証は……
{あまりジャミングして来ないと思ったら……おまえがそういう行動に出る事を、
精神寄生体は見通していたようだな…… どうしても逃げないのなら、俺がやるぞ}
「忘れてはいけないのは、精神寄生体は残酷で、悪賢く、 人間を内部から操り破滅させる
事を最も好む、卷族の中でも最も危険な存在だと言う事を」
蒼い髪の彼女の言葉が今さらながら頭の中でリフレインした。
彼女が僕を守る為にはアヤさんを殺す事を辞さないのなら、僕が彼女を殺すと言った……
だが、兄さんが勝手に僕の身体を通して能力を使う事を止めるには僕の命を断つしかない
だが、僕が命を断てば……助ける者のいないアヤさんを乗せた車は深い淵の底に……
もし……これが精神寄生体が考えた罠だと言うのなら……これ以上効果的な罠は無かった。
いや……もしかしたら、アヤさんを救う方法があるかも知れない……
僕はかなりの加速で、僕に突っ込んで来るアヤさんのエレカに向かって走り出した。
僕がこれだけの加速でぶつかれば、車のスピードが落ちるに違いない……
僕は無事では済まないだろうが……アヤさんを助ける事が出来る
僕が即死さえしなければ、兄さんが僕を使ってアヤさんに怪我をさせる事無く止める事が
出来るだろう……
目前に迫ったアヤさんのエレカに向かって疾走する僕の頭の中では
不思議と死の恐怖を感じなかった。
アヤさんの車に追突する10秒前……僕の身体は横に吹き飛ばされた。
かなりの速度で走っていて突き飛ばされたのに、兄さんの手助けがあったのか、
僕は怪我する事無く地面に降り立つ事が出来た。
僕は兄さんが勝手に身体を動かしたのだと思い、
再びアヤさんのエレカに向かったその時……
目の前で蒼い髪の少女がアヤさんの車に正面からぶつかり、
まるでスローモーションのように宙を舞うのが見えた。
御名前
Home Page
E-MAIL
ご感想
今のご気分は?(選んで下さい)
貴様は鬼引きしか出来んのか!
いきなりの展開で訳がわかんないよ
よくやったな・・シンジ
問題無い・・・
おまえには失望した
ここに、何か一言書いて下さいね(^^;
内容確認画面を出さないで送信する
どうもありがとうございました!
第19話Cパート 終わり
第19話Dパート
に続く!
[もどる]
「TOP」