目前に迫ったアヤさんのエレカに向かって疾走する僕の頭の中では
不思議と死の恐怖を感じなかった。 
アヤさんの車に追突する10秒前……僕の身体は横に吹き飛ばされた。

かなりの速度で走っていて突き飛ばされたのに、兄さんの手助けがあったのか、
僕は怪我する事無く地面に降り立つ事が出来た。

僕は兄さんが勝手に身体を動かしたのだと思い、
再びアヤさんのエレカに向かったその時……

目の前で蒼い髪の少女がアヤさんの車に正面からぶつかり、
まるでスローモーションのように宙を舞うのが見えた。


裏庭セカンドジェネレーション

CHAPTER 19D

第19話【蒼い髪の少女】Dパート


「そ、そんなっ」
僕は跳ねられた蒼い髪の少女が頭から淵の中に落下して行くのが見えた。
僕より体重が軽そうな蒼い髪の少女だったが、どうやらアヤさんは衝突のショックか、
少し正気を取り戻しているようだった。

車に跳ねられていなければ、淵に落ちても彼女なら大丈夫かも知れないが……

「アヤさん 父さんに電話して!」
僕はアヤさんのエレカに近づき、運転席で少し頭を振りながらハンドルを握りしめている
アヤさんに声をかけた。

「あ……シンイチ君……わかった」
アヤさんは携帯フォンを取り出そうとしてたので、
僕はアヤさんから離れ、淵に落ちた蒼い髪の少女の安否を調べる事にした。

駐車場の脇に階段があったので、僕は淵に向かって走っていった。

「どうか……無事でいてくれ!」 僕は胸の痛みを堪えながら淵に近づいていった。

「早く救い出さないと、溺れてしまう…… な、なんだ!?」


僕は深い淵の中に飛び込もうとした時、水上に銀髪の男性が淵から足を
数メートル浮かせた状態で、蒼い髪の少女を抱えているのを見て目を疑った。

背を向けているので、顔は確認出来なかったが、そんな事の出来そうな人は
一人しか知らなかった。

「あなたが……あなたが渚カヲル……僕の父親ですか?」
僕は震える声で僕に背を向けている銀髪の男に声をかけた。

「…………」 少しの沈黙の後、銀髪の男性は蒼い髪の少女を腕に抱いたまま振り向いた。

その姿は紛れも無く兄さんのビジョンで見た渚カヲルの姿だった。


「15年ぶりだな……レイがおまえを連れ出してから直接逢うのは……」
夏だと言うのに、薄いグレーのコートを着た渚カヲルは涼しげな顔だった。

「その子を僕を守る為に作ったって本当ですか! 僕の母さんはどこに行ったんですか!」
僕は立て続けに質問を浴びせた。

「私が作ったともそうでないとも言えるな……綾波レイは生きている……」
「いくら代わりがあるからと言っても、いろいろ面倒なんで治療の為に帰らせて貰う」
渚カヲルは僕に背を向けようとしながら言った。

「……僕も連れていって貰えませんか? その子や母さんがどうなってるか
知りたいんです お願いします! お父さん」
僕がお父さんと言うと渚カヲルは皮肉そうな笑顔を浮かべた。

「おまえには、碇家を守る使命がある筈だ……私の能力は衰える一方でな……
今、私とおまえがこの地を離れたら危険な事になる……」

「渚シンイチに……教えてあげて……とても辛そう……」
その時、胸に抱かれていた蒼い髪の少女が口を開いた。

「人並みの感情を持って来たのか……だが、こんな所で立ち話をしてると、
おまえは死んでしまうかも知れないぞ 頭は打たなかったものの、出血が酷い」

「いいの……私が死んでも代わりがいるから……」
僕は彼女の言葉に戦慄を覚えた……僕の母さん……綾波レイの若い頃と同じ姿……
そして、この間見たビジョンの母さんとこの蒼い髪の少女の差異……
そしてアヤさんと話した内容……それらから考えると、
結論はどうしてもクローンに辿りついてしまうのだ。

「いくら君に代わりがあるとしても、僕を命に代えても守ろうとしてくれた君
は君一人なんだ そんな君に僕は死んで欲しく無い! 君が治るまで待つ事にするよ」
僕は水辺で渚カヲルに抱かれた蒼い髪の少女に語りかけた。

「私は渚シンイチにとって特別なの?……嬉しい」 彼女が初めて見せた笑みを僕は見入っていた。
「治療が済み次第、教えてやろう……今回のような事が二度と無いようにな」
渚カヲルのその紅い眼は、僕が無謀にもアヤさんの車にぶつかろうとした事を
責めているようでもあったが、さっきよりかは、暖かい視線を感じた。」

「碇シンジに伝言してくれ……こんな事が起こらないように例の措置をしておけ とな」
そう言い残して渚カヲルは掻き消すかのように蒼い髪の少女と共に姿を消した。

「例の措置……何だろう……父さんに聞いてみるか あっそれよりアヤさんを忘れてた」
不安でいるだろうアヤさんの所に僕は走っていった。

普段なら、事故があればすぐに制御システムから消防局や警察に自動で連絡が入るのだが、
未だシステムがダウンしているのか、その様子は無かった。

運転席の中で両手で自分の身体を抱きしめて震えているアヤさんを見て僕は心が痛んだ。
ここまでアヤさんを追い詰めてしまい、精神寄生体の侵入を許したのは、
下手な嘘でアヤさんを傷つけてしまった自分だと言う事を再確認したからだ。

僕は助手席のドアを開けて、そっとエレカの中に乗り込んだ。

「誰……シンイチ君?」 少したって顔を上げたアヤさんの瞼は腫れていた。
「父さんに連絡は?」
「したわ……もうすぐ来てくれる筈……ねぇ……あの蒼い髪の子……どうなった?」
アヤさんは震えているので歯を鳴らしながら言った。

「大丈夫……淵に落ちる前に、僕の父親の渚カヲルが助けてくれたんだ……
頭は打って無いから、出血は酷いけど、特別な方法ですぐに治るみたい……」
クローンが他にもあると言う事は部分単位での取り替えも効くと言う事を
喜んではいけないのだが、僕は彼女の快癒を願っていた。


「本当?シンイチ君……私を慰める為に嘘を言って無い?」
僕はアヤさんの”嘘”と言う言葉に背筋を凍らせた。
「本当だよ……だから心配しなくていいんだよ」

僕は振るえているアヤさんの手を取って言った。

「私……シンイチ君を跳ね殺そうとしてた……私……自分が許せないの」
「アヤさん……落ち着いたら説明するけど、心の中を犯す卷族がいるんだ……
アヤさんは操られてただけなんだ……それにアヤさんがそうなった原因は僕にある……」

「シンイチ君……」


「僕が時々ミドリさんと会ってたのは、恋愛感情からじゃ無いんだ……
同じような立場同士、お互いの心の隙間を埋めあってただけなんだよ
今だから言うけど、あのオーベルジュで僕がアヤさんとミライの部屋に行かなかった時、
死にかけていた僕を半ば無理矢理助けてくれたのはミドリさんだったんだ……
僕やミドリさんの力を強める為の儀式としてなら、確かに性行為と取れる事もしたよ

けど、それは全てアヤさんやミライ そして父さんや母さんを守る為の力を
身に付ける為だったんだ。 言い訳みたいだけどね……」

「ごめんね……シンイチ君さえ側にいてくれたら構わないって言ったけど……
ミドリさんと暮らす為に家を出て行かれるんじゃ無いかと思った時……
そのシンイチ君が言う卷族につけこまれたのね……」

ぽろぽろと涙を流すアヤさんを見て、僕は己の罪深さをこれまで以上に感じたが、
アヤさんの心に光を満たさせる為に必要なら、どんな事でもすると決意した。」

「もう泣かないで……アヤさん アヤさんが泣いてるのを見るのは辛いんだ」
「シンイチ君……」
僕はそっと顔を上げたアヤさんを軽く抱きしめて口づけをした。

キスをしている間もアヤさんは涙を流しつづけていたが、
段々とその涙が暖かくなって行くのを感じた。
それと共にアヤさんが落ち着きを取り戻して行くのを感じた。

涙を流すと、人間にとって良くない物質が流れるって話も、
まんざら嘘では無いのかも知れない。

だが、僕はアヤさんにしがみつかれて唇を離せなくなっていた。
それに、今この手を離せばアヤさんがどこかに行ってしまいそうで……

唇の方にまで流れて来たアヤさんの涙の味を僕は味わった。


「……キスマーク付けちゃったね」 ようやく開放してくれたアヤさんが、
ようやくアヤさんらしい笑みを浮かべたので、僕は安心した。

人間の心とは、支えを失うとかほど脆くなるものだが、
その存在理由を見いだすだけで、心を強く持つ事が出来る……
僕はその人間の特性に感謝したくなった。


「あ、NERVの人が来たみたいだね」
パトカーでは無いが、
明らかに普通車とは違うエレカとトレーラーが駐車場の中に入って来た。


アヤさんの車は証拠湮滅も兼ねて、ネルフでしてくれるそうになったので、
遅れて現れた父さんの車に乗って僕たちは家路についた。


簡単に夕食を済ませた後、僕は父さんの書斎に来ていた。
僕は事件のあらましを父さんにゆっくりと説明していった。
ミドリさんの事を半分ぐらいは伏せておいたのだが……

「で、その跳ねられた子はどうなったんだ?」

「渚カヲルが受け止めてくれたし、特別な治療をするために連れて帰ったから、
大丈夫だと思う……あの……母さんの若い頃にそっくりな蒼い髪の子は、
母さんのクローンらしいんだよ 今度、説明してくれるって言ってたんだ……」


「そうかクローンか……だが、何故渚カヲルはレイのクローンを……」

「もしかして、エレカの制御システムがダウンしたのは卷族のせい?」


「エレカの制御システムがダウンしたのは、錯乱した社員が同僚の制止をかいくぐり、
制御システムを強制終了させたからだそうだ……精神に寄生する卷族の仕業だろう。」

「これまで、その精神寄生体と戦う時は、どういう風にして来たの?」
「これまでは封印されていたんじゃ無いかと思う……いくら奴等が旧支配者のしもべ
だからと言っても、あのような存在を簡単に操れる筈が無い……これには何か裏がある
かも知れないな……こちらの方でも調べておく……おまえはもう寝なさい」

「あ、忘れる所だった……渚カヲルが、父さんに”こんな事が起こらないように例の措置
をしておけ”って伝言してくれって言ってたよ」

「……そうか……」 一瞬父さんの顔が苦渋めいたのが気になったが、
今説明を求めるべきでは無いと思ったので、止める事にした。


「それじゃおやすみなさい」
僕は挨拶をして書斎から出てリビングに向かった。

「あ、卵焼き……食べておこう」
僕は食卓の上にカバーをかけておかれた、冷えてしまった母さんの卵焼きを食べた。

「今日は少し塩が薄いな……アヤさんの涙の味みたいだ……」
僕は卵焼きを食べながら今日のアヤさんとの口づけを思い出した。
こんな時にも冷静なのねん 鬼畜!




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どうもありがとうございました!


第19話Dパート 終わり

第19話Eパート に続く!



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