「シンイチ君!」 四叉路を通り過ぎた時、シンイチは背後から呼び止められた。
「アヤさん……」 シンイチは振り向き、声のした方へと振り返った。
「必ず……必ず帰って来てね……」
「きっと……生きて戻りますよ 僕の魂の帰る場所は……あなたのいる碇家ですから」
シンイチはアヤの肩をそっと抱きしめ、再びマヤと歩いていった。
「うっ……」
その背後でアヤが手で口を押さえたのも知らずに……


裏庭セカンドジェネレーション

CHAPTER 22B

第 話【魂(こころ)の帰える場所】Bパート


AM5:30


「結界圏内まであと2KMに迫りました」
「総員に伝達! 結界形成まであと0200!」

NERV発令所は敵の侵攻を目前にしているものの浮き足立ってはいなかった。
エヴァンゲリオン……その存在が彼らの士気を刺激しているのだろう。
エヴァンゲリオンが十数年ぶりに起動し、精神寄生体を打ち倒した事はすでに全職員の耳に
入っており、てきぱきと各職員は己の仕事をこなしていた。

シンジは用意された椅子に深々と腰をかけ、痛めている背中を柔らかいシートで保護した。

「シンイチが出撃するそうよ……」
シンジの側に立っているNERVの副司令の一人 碇アスカはそっと耳元で囁いた。
「私も乗ったあのエヴァンゲリオンに……息子を戦場に追いやる気持ち……あの時の父さん
もこんな心境だったのかな……」 シンジは両手をコンソールの上で組みながら呟いた。

「この街はすでに戦場よどこにも逃れる所なんか無いわ それに……」
「それに……何だい?」
「この街を守る事をシンイチが選んだのなら、私たちはそれを見守りサポートしてあげる事
が、息子を戦場に追いやる者の勤めじゃ無くて?」
「息子と……呼んでくれて……その、ありがとう」
「何を言ってるのよ……レイがあの子を連れて来たあの日から……可愛い私の息子よ」
混乱と破滅と死が目前に迫っている中シンジとアスカのいる空間だけは静寂を守っていた。

「エヴァンゲリオン初号機搭乗員 渚シンイチの準備は完了しました」
通信セクションの代表が振り返りながらシンジに報告した。

「訂正しろ……」 シンジはコンソールの上の両手を握り締めながら答えた。
ワカメと言ってやれ
「は?」 意味が解らず通信セクションの代表は問い返した。
ワカメだ
「初号機搭乗者の名前は……今日から碇シンイチよ」
その答えはシンジの横に立つ碇アスカから発せられた。
「訂正致します エヴァンゲリオン初号機搭乗員 碇シンイチの準備は完了しました」
事情を察したのか、通信セクションの代表は再びシンジに報告した。

「すまないな……」
「どうせ……そう言うつもりだったんでしょ……」
「こんな時だが……いや、こんな時だからこそ……届け出をしておいてくれ」
「準備はあの子が中学に入る時から出来てますわ」
アスカはポケットから一枚のディスクを取り出して微笑んだ。

その頃シンイチはエヴァンゲリオン初号機の操縦席に座り、出撃の時を待っていた。

「シンイチ君 準備はいいわね」 側部スピーカーから伊吹マヤの声が響いた。
「ええ……いつでもいいですよ」 シンジは補助の為に使うレバーに手を置いて言った。
「もうすぐしたら結界を張るから、その結界を抜けて来た卷族を倒せばいいの……
赤木博士には言うなって言われてたんだけど……その結界もいつまで持つかは……」
「できるだけ各固撃破して戦力をそいでおけばいいんですね……」
「国連や他国の機関への支援依頼はしてるわ……それまで持ちこたえてね シンイチ君」
「解りました……」
「後は……ちょっと待ってね 通信が入ったから……はい……ええ……解りました」
マヤはヘッドセットをコンソールの上に置き、別の通信機で会話していた。

「あ、ごめんね……樹島ミドリさんが志願して敵が攻めてくる方向の結界を維持する為の
術者として前線に赴くらしいの……」
「ミドリさんが前線に?」
「ええ……NERVでナンバー1だったパイロットの操縦するハリアーmk3で前線に向かう
そうよ……」
「シンイチ君 ミドリちゃんは俺がちゃんと送り届けるから心配するなよ」
その時、シンイチとマヤの会話に何者かが割り込んで来た。
「その声は……加持さんですか? もしかして」
「ああ……腕は鈍っちゃいない筈だ ミドリちゃんも挨拶したかっただろうけど、
もう瞑想に入ってるんでな……じゃ、お先に失礼」
通信機の向こうからジェットの推進音が聞こえはじめ、そして回線は切断された。

「僕だけじゃ無いんだ……みんな みんな……戦ってるんだ」
シンイチはレバーを握り締めながら出陣の時を待った。


その頃 第三新東京市全域では朝のニュースで報じられた非常事態宣言と外出禁止令により
サードインパクトを知らぬ市民もサードインパクトの際に経験した者も、
皆一様にかつて無い胸騒ぎを感じていた。

また、霊感のある者や能力者はこの第三新東京市をとりまくかのように包囲を始めた、
卷族の存在に気付き初めていた。
すでに能力者とNERVに認知されている人物に対してはNERVのエージェントが、
協力の要請に伺っていた。

「お父さん……私 行って来るから」
山際シズカは手回りの荷物を詰めたサイドバッグを手に二階の自室から降りてきた。

「私がおまえの祖父である私の父のような力があれば、可愛い娘には行かせないのだが」
山際シズカの父であり、この神社の禰宜である山際オサムは娘の肩を抱いて言った。
山際シズカの祖父である山際ミチオはサードインパクトの際NERVに馳せ参じ、
旧支配者の一柱の封印をしようとしている所を、深きものども(ディープワンズ)に
殺されたのであった。

「この霊剣を持って行きなさい……きっとおまえを助けてくれる事だろう……」
山際オサムはつい先刻までこの神社の神体として設置されていた脇差程の大きさの
霊験あらたかな霊剣を手渡した。
をいをい そりゃ寒すぎるギャグだぜ

白絹で包まれた霊剣をシズカは黙って受取り、父に頭を下げて家を出ていった。

手縄山の山腹の公園でヘリコプターが一機待機しており、黒服を着たエージェントが
シズカを待ち続けていた。

シズカがエージェントの手を借りてヘリコプターに搭乗して数分後には
ヘリコプターが東の空へと消えて行くのを山際オサムは肩を振るわせながら見つめていた。


同時刻 NERV最下層 2番ゲージ
「赤木博士! 碇司令に報告しなくていいんですか?」
男性のスタッフが零号機のコクピット脇からマイクを掴んで言った。
「技術部としては報告の必要が無いと判断しました その事は言った筈よ」
リツコは手早にキーを叩きながらスタッフに答えた。
「ですが、事が露見したら赤木博士と言えども責任を問われるのはおわかりでしょう」
「……パイロットの名称も無いのにどうやって報告しろと言うの? 責任は私が取るから
あなたは発進準備を急ぎなさい」
リツコは一方的に通信を切り、椅子に腰かけてため息をついた。

「赤木博士 エヴァ零号機パイロットの準備完了しました」 「了解」
数分後 先程のスタッフから連絡が入り、リツコは一言だけ言って通信を切った。

「ところで、術者のガードは万全なの?」
リツコは回線を切り替えて問いかけた。

「ええ、作戦本部からの応援も頂きましたので、格術者へのガードの準備は完了しました」
「作戦本部? 誰が応援に来たの?」
「葛城作戦本部長自らが最前線の東ブロックに3名連れて行かれました」
「ミサトが? 確かに作戦班の仕事は無いでしょうけど……まぁいいわ 
結界まであと少しね 警戒を続けておいて頂戴」
「了解しました!」

「総力戦ね……ところで確保した三谷ヨシコはどうなったかしら」
リツコは冷めかけたコーヒーの入ったカップに視線を移しながら回線を開いた。


NERV 司令所

「碇司令 各術者の準備完了しました」
「結界形成まであと0005」
「国連軍から通達 トマホークを装備したイージス駆逐艦4隻がこちらに向かっています」
画面には第三新東京市の俯瞰図が映し出されており、
5箇所に設置された術者のいる場所が赤く光点で記されていた。

「肝心の他国の機関ですが、アメリカ・ドイツ・フランス・ロシア等担当のゼーレは未だ
沈黙を続けています 中国の機関も動こうとしませんが、香港の支部が援助を申し出てま
すが、他の国の機関では援助が間に合いません」

「一体ゼーレは何を考えているんだ……もしこの地で旧支配者の一柱でも復活しようもの
なら、アジア全域は人の住めない地になると言うのに……」
シンジは歯噛みしながら報告を聴きつづけていた。

「先程連絡のあったイージス艦ですが……核弾頭タイプのトマホークを装備しているとの
噂が……」 アスカはシンジの耳元で囁いた。
「まさかとは思うが……国連軍の中に潜伏している情報部員に連絡をとっておいてくれ」
「ゼーレの動向も気になります……交換研修している者はマークされてるでしょうから、
ローラちゃんの母親にそれとなく連絡を取るようにしてみます」 「ああ」

シンジとアスカがNERVの司令と副司令としての会話を続けている間も、
卷族達は第三新東京市に向かって侵攻を続けていた。

三叉の槍と鋭利な爪と言う二つの武器を持つ魚と人間をかけあわせたまるで悪夢のような
生物である深きものども(ディープワンズ)とその姿のままスケールを数十倍にしたよう
なダゴンは地を埋め、空に舞うビヤーキー(バイアクヘー)どもは両手の爪を光らせていた


その頃……卷族の侵攻ルートにもっとも近い東の術者詰め所には、
樹島ミドリ・山際シズカ そしてサードインパクトも体験した古参の女性の術者の
三人と彼女達をガードする為の要員が揃っていた。

「よりによってあんたまでもがここに来るとはねぇ……」
作戦本部長の葛城ミサトは隣に座っている夫である加持リョウジを見て呟いた。
「ま、人手不足だからねぇ こんなロートルでも最前線って訳さ」
加持は術者の精神集中を妨げる為に禁止された煙草が恋しいのか、口に9m弾を咥えて
銃の整備をしていた。

「いまどきそんな銃を使うなんて……ほんとロートルね」
ミサトはNERVの制式銃のエネルギーパックの予備を点検しながら言った。

「なぁにこいつは特別でね エルダーサインの護符をつぶして作った弾丸なんだよ」
加持は咥えていた銃弾を装填しながら言った。

「どうでもいいけど、足 引っ張らないでよね」 「おまえもな」
二人はお互いの顔を見て不敵な笑みを浮かべた。

三人の術者はすでに瞑想に入っており、部屋の後ろでの二人の会話には気付いて無いようだ


NERV 司令所
「結界形成まで0001」
「いや、今すぐ結界を張れ!」 シンジは痛む背を無視して立ちあがって言った。
一瞬不審な眼でシンジを見る者もあったが、数秒後には命令が伝達されていき、
5箇所の術者系16人は結界形成の為の術の詠唱を開始した。

シンジの判断は正しく結界のエリアに近づいた卷族どもはそのスピードを突然早めたので
あった。 シンジの決断が無ければ結界の形成は出来なかったであろう。

数十秒後には第三新東京市を五芒星のようにかたちどる結界が形成された。
もっとも一般人の目にはこれまでと何も変わらないであろうが、
卷族達は突然形成された結界に足を止める結果になりスピードがついていたので、
一部では混乱が起きつつあった。

「今だ! エヴァンゲリオン発進!」
シンジは立ち上がったまま司令所の隅々まで聞こえる程の大声で司令を出した。


同時刻 最下層1番ゲージ


「シンイチ君 発進命令が下ったわ 5秒後にカタパルトより発射します!」
「了解!」 シンイチはついに自らの存在理由を得た喜びもあってか堂々としていた。
「碇シンイチ君……日本は君の双肩にかかってるわよ……頼んだわね」
「碇?」
最後に言い残したリツコの言葉の真意を問いただす暇も無く、
エヴァンゲリオンを載せたリニアカタパルトは動作し、操縦席にいるシンイチに数Gの
衝撃を与え続けて地下に掘られた通路を時速100kmで進んでいた。

5分後 双子山の左側の山がスライドし、十数年ぶりにエヴァンゲリオンがその姿を現した。

「エヴァンゲリオン初号機パイロット 碇シンイチ出撃します」
次の瞬間初号機はカタパルトごと空中に飛び出しバーニアが点火され
カタパルトを山腹に落としながら高度500mまで上昇していた。

シンイチを見守る者は己が手を握り締めてその姿を見入っていた。




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最終話Bパート 終わり

最終話Cパート に続く!



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