「ん……」
悪夢を見続けていたせいか、彼女……イリーネの顔は汗にまみれていた。
「最近見なくなったんだけど……」 彼女はハンカチで汗を吹きながら呟いた。

「けど……母さんの顔……思い出せなくなってたけど……夢で……会えて良かった……」
彼女は涙を隠すかのように俯いていた。

「この子も……私と同じなのかも知れないわね……」
イリーネは失神している伊吹コウジの方を見て呟いた。


裏庭セカンドジェネレーション

CHAPTER 22R

最終話【魂(こころ)の帰る場所】Rパート



「三分も経って無いのね……」 イリーネは腕時計に視線を向けて言った。

そして30分の時が流れようとしていたが、渚カヲルや綾波レイのクローン体は微動すらしていなかった。
まるで出来のいい彫刻かのように……

「まだ召喚出来ないの?」 イリーネは何度も足を組み替えて時を待っていたが、
ついに堪え切れなくなりカヲルの背に言葉を投げかけた。


「……碇の血筋の者は本来は旧支配者の巫女たる資格を持っているが、その結びつきは逆に封印する能力をも

持っている……その碇の血筋の巫女が我が身をもって封印したのだ……生半可な術ではヨグ・ソトースの召喚はおろか

封印を解くなど……」 精神集中を続けながらもカヲルは背後にいるイリーネに語りかけた。

常人には出来ぬ業だがもとより人間では無い……


「ネクロノミコンの秘術でも不完全だと言うの?」
イリーネは不服そうに爪を噛みながら言った


「六分儀の血を引く者がいれば碇の血族による封印を解く手助けになるやも知れんが、

あの碇シンジが協力するとも思えんしな……それに六分儀と碇は表裏一体……お互いを補いあう特質と

相克する特質の双方を兼ね備えている……六分儀と碇双方の血を引いた碇シンジではもはや相克の特質は無い……」


なら、六分儀の嫡流たる私なら問題無いのだな
その時、二人の会話に第三者が介入して来た。

かがり火の影に立っている為、その姿は朧げであり窺い知る事は出来なかった。


「生きているのでは無いかと思っていましたが、本当に生きているとは……」カヲルは苦笑しながら介入して来た男
碇ゲンドウの方に振り返って言った。


「誰? カヲル!」 イリーネはゲンドウの事を知らないのか、カヲルに慌てて話しかけた。

「NERVの元司令……碇ゲンドウ氏だよ」 カヲルのその言葉の後にゲンドウは一歩を踏み出し、
篝火によってその顔が照らし出された。

「よく、ここに入って来れましたね……以前の通路は全て塞いでおいたんですが……」

「谷側から入って来たのだよ……バイアクヘーの背に乗ってな」
齢六十数才を数える今もゲンドウは不敵な笑みを浮かべていた。

「なるほど……あなたがバイアクヘーを従属させる事が出来るなんて聞いてはいませんでしたが……」

「伊達に姿を消していた訳では無い……『無名祭祀書』『屍食教典儀』『セラエノ断章』等の秘本で
更なる研究をしていたのだよ……」

「ほほう NERVがそのような貴重な本を所持していたとは……初耳ですね」

「ツァトウグァを崇める一族の本拠を急襲した時に得た押収物だがね……
それに以前、風の一族の支部を急襲した時に協力者を得てね……」

「なるほど……それでバイアクヘーの召喚を……ところで今日は何の御用ですかな?
私の行動を止めに来たのですか……」


「いずれ時が来れば自ら封印による眠りからヨグ・ソトースは目覚めるであろう……

それが五年後か五十年後か……はたまた五百年後かは分からんがな……

その時、この地は地獄と化すだろう……君は再び封印するつもりだろうが、

それでは問題の先送りにしか過ぎんよ」 ゲンドウはそう言って懐から銀色に輝く鍵を取り出した。


「………………今度ばかりは正真正銘驚きましたよ……その鍵はカーター家の所蔵だった筈ですがね……
世界に二つと無い時空の門を開く鍵……まさかそんな物まで……」

「もう半分程度はこの技術を実用化させているが、君はまだ知らないと見える」
ゲンドウは不敵な顔で以前より伸ばしている顎髭をさすった。

「エヴァンゲリオン初号機が、イタカやダゴンを消滅させた兵器ですか……」


「その通り……赤木博士に依頼して研究を続けて貰っていたのだが、どうやら約束の日に間に合ったようだ……

時空の門を開き、遥かなる外宇宙に飛ばしてしまえばヨグ・ソトースといえども、もはや地球に辿りつく事が出来まい

無論今のままでは出力不足だが、この銀の鍵を初号機のあの兵器のコアに使う事によって可能となるのだよ……

だからまずヨグ・ソトースを眠りから覚ます必要がある……そして綾波レイのクローン体にて一時的に封印を試みる……

その時に初号機の兵器によって消滅させてしまうと言う訳だ……」


「なるほど……利害が一致しましたね……私は綾波レイさえ取り戻せばいい訳だし……」

「後 なすべき事は……」 ゲンドウは一つ残った懸念を口にした。


僕と父さんの説得ですか……
ゲンドウとカヲルの会話に割り込んで来たのは、碇シンイチであった。

「なに?」 カヲルはシンイチの接近に気づいて無かったようで一瞬狼狽した。

「聞いていたのか……シンイチ」 直接会った事は無い筈だがゲンドウはシンイチの顔を知っているのか、
闖入者であるシンイチを見て呟いた。

祖父と孫の始めての対面である。


「おや、帰って来たんですか……19番……もう帰って来ないんじゃ無いかと思っていましたが」
カヲルはシンイチの背後に立っているイクコを見て言った

「聞いていたのなら話が早いですね……そういう訳ですが協力するかね?」

「第三新東京市に……これ以上の被害が出ないのなら協力するよ……」
シンイチは毅然とした態度でゲンドウとカヲルに向かって言った。


「その点は問題無い……ここ……ジオフロントで行う予定だからね」

カヲルは天蓋に被われた地下世界を指差して言った。

篝火の届かない処は見えないが、相当広いのであろう。


「ヨグ・ソトースはここの地下三千メートルの地点で封印されている……封印が解ければここまで上がって来て、

地上を目指す筈だ ジオフロントにエヴァンゲリオンの射出口もある……何の問題も無い」

ゲンドウはニヤリと笑みを浮かべて言った。


「その計画だと……あと必要なのはヨグ・ソトースを押え込む為の術者が数人必要ですが……」


「セカンドインパクトを経験したような古参はもういないと報告を受けている……

使えそうなのは 樹島ミドリ 山際シズカ……そして 風谷ミツコの三人だな……」

ゲンドウはシンイチと関りの深い三人の名前をあげた。


「その問題も碇シンジ氏に話せば何とかなるんじゃ無いですか? その三人はもうNERVに所属しているような

ものでしょう……結界の維持に使ったそうですから、そんな秘密を知る者を手放す筈無いでしょうしね」

渚カヲルは背後を振り返りながら言った。


その三人が承諾するなら私も協力させて貰いますよ
渚カヲルの視点の向こうにいたのは碇シンジであった。

「父さんっ どうしてここに?」
シンイチは突然のシンジの乱入に心底驚いたのか、引きつった声で叫んだ。

「私が以前渡した腕時計を今日もしているじゃ無いか……前回は行方が分からなかったが、
ここジオフロントなら探知出来るようにしているんだよ」
シンジにそう言われてシンイチは思わず腕時計を凝視した。

「まさかジオフロントまでNERVが開発を進めていたとはね……直通エレベーターでも作ったのかい?」

「久しぶりですね……父さん」
シンジはカヲルの問いかけには微笑みで返してから父、ゲンドウに向かって言った。

「久しいな……シンジ」 ゲンドウはしばらくの間沈黙した後、口を開いた。


「しかし、まさか あなたがここでこんな事をしていたとは……

てっきり、イタカやダゴンの影響で目を覚ましかねないヨグ・ソトースを押え込んでくれていると

思っていたのに、目覚めさせようとしていたとは……」 シンジは肩をすくめながらカヲルに話しかけた。


「綾波レイの帰還は君も望まない訳じゃあるまい?」 カヲルは罪悪感などひとかけらも無いような笑顔で答えた。


「母さんが?」 綾波レイの言葉に反応したシンイチが会話に割り込んだ。


「……前にも少し話したと思うが、ヨグ・ソトースを封印する際に自らも封印されているのだ……

逆に言えば、ヨグ・ソトースの封印を解けば 綾波レイも帰還すると言う訳だ……

無論、すぐに救出する必要はあるが……それは私が命に変えても行うつもりだ」
カヲルは初めて人間の感情に似たものをシンイチの前で発露した。

「母さんが……戻って来る……」 シンイチはその言葉を何度も繰り返していた。

「帰還とは言っても彼女の肉体は封印の際に失われた……クローン体のどれかに魂を宿らせる事になるだろう

クローン体といえども、碇の血を引いているから多少なりとも封印の力は持っている……

綾波レイの魂を宿したクローン体以外には、時間稼ぎの為にヨグ・ソトースに向かわせる……

無論、一体も生きて帰る事は無いだろうが、これも仕方の無い事だ……綾波レイの分霊にすぎないのだからな……

綾波レイの魂を宿して貰うのは……19番……おまえにするよ おまえが最もシンイチを守ると言う意識が

突出していた……それだけ綾波レイオリジナルに近い分霊だと言う事だ」

カヲルはイクコとシンイチの顔を交互に見てから言った。



「カヲル! 話が違うじゃ無いかっ ヨグ・ソトースを解き放つと聞いたから協力したのに!

私を迫害し、何の罪も無い母にまで魔女裁判をするような奴らへの復讐の為に今まで生きて来たと言うのに!」

その時、イリーネが気を失っている伊吹コウジの首にどこから出したのか銀色のナイフを突きつけて叫んだ。




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どうもありがとうございました!

最終話Rパート 終わり

最終話Sパート に続く!



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