裏庭SG偽外伝









不思議の国のアヤさん











風がそよぐ丘の草原でアヤさんは眠っていました。

陽射しが柔らかく降り注いで、ぽかぽかととてもいい陽気。


若草色のエプロンドレスの裾が風になびいています。


アヤさんは気持ち良く眠っていました。


空では雲雀が歌います。


風に乗って、シロツメクサの香りが運ばれてきます。


白くて大きな雲がゆっくりゆっくり、青い空を横切っていきます。


そして、アヤさんは静かな寝息を立てて眠っていました。


そう、すやすやと。


ガランガラン


「おう!どいたどいたあ!」


突然、辺りに大音響が響き渡ります。


ガランガラン


何かが丘を駆け足で上ってくるようですが、それにしてもこのやかましい音は…。


気持ち良く眠っていたアヤさんもさすがに目を覚まします。


「ふああっ……、ううん、気持ち良かったのに…」


ひとつ大きな伸びをすると、アヤさんは辺りを見回します。


「???、ここはどこ?なんで私はこんな所で寝てるの?」


アヤさんは首を傾げます。


それもそのはず、アヤさんはお買い物から帰って来て、台所で一休みしていたはずなんですから。


ガランガラン


アヤさんが首を傾げて考えている間にも、あの大きな音は近づいてきます。


「それに、あの大きな音はなにかしら?」


ふと、アヤさんが音のする丘の麓のほうを見下ろすと、そこには、赤銅の寸胴鍋が真っ赤な顔をさらに真っ赤にしながらかけてくる姿がありました。


「お鍋が走ってる…みたいね。」


呆然としながら、アヤさんは走ってくる寸胴鍋を見詰めました。


どうやら、ガランガランとうるさいのは、お鍋の蓋が走るたびに跳ねているせいでした。


寸胴鍋はあっという間に丘を上ってくると、唖然としているアヤさんに向かって言いました。


「おい、あんた。早くしないと遅刻だぞ!」


「はい?」


「遅刻だよ!急げよ!」


ガランガラン


頭の上に?マークを一杯乗っけたアヤさんを残して寸胴鍋は丘を下っていきました。


「なんなのかしら?急ぐって……どこへいくの?」


頤にてをあてて考え込むアヤさん。


「決まってんじゃないか。お城にだよ。」


突然、声がしました。


「へ?」


きょろきょろと辺りを見回しますが誰もいません。


「空耳かしら?」


「空耳じゃないよ。」


「何処?」


相変わらず、周りには何も見当たりません。


「ここだよ。足元!」


「足元?」


アヤさんが足元を見下ろすと、そこにはかわいらしい玉葱が立っていました。


「た、玉葱?」


アヤさんが思わず呟くと、玉葱はちょっと顔をしかめて、


「ただの玉葱じゃあないぜ。おいらはこう見えても泉州産なんだぜ。」


顔の前で人差し指を左右に振って得意げに言います。


「玉葱までしゃべってる。これは夢だわ。夢に違いないわ。」


玉葱を見ながら呟くアヤさん。


「何ぶつぶついってんだよ。近道があるから行こうぜ。お城へ!」


そういうと、玉葱は自分の足元にある小さな穴を指差しました。


「ちょっと待って。お城って…なんで?それに、そんな小さい穴に私が入れるわけないじゃ……きゃあ〜!」


アヤさんが抗議するのも聞かずに玉葱は穴に飛び込みました。


すると、いきなり音も無く、穴がアヤさんの足元の辺りまで広がりました。


アヤさんはいきなり足元が無くなって、足から穴に吸い込まれてしまいました。


「やっぱり夢だわ。こうやって落ちているということは、もうすぐ目が覚めるんだわ。」


アヤさんは、真っ暗な空間を下へと落下しながら、一人呟きました。


落ち始めた時、一瞬、エプロンドレスの裾が捲れるのを気にして両手で押さえましたが、


下へと落ちているはずなのに、裾ははためきもしません。


「やっぱり夢だわ。そして、この後目が覚めるのよ。落ちる夢を見て目が覚めるなんて


よくあるもの。」


ところが、目が覚める気配はいっこうに無く、やがて落ちていく先に光が見えてきました。


「あそこについたら目が覚めるのかしら?」


そう言っている間にも光はどんどん近づいて、どんどん大きくなっていきます。


シュバッ


アヤさんは急に明るい光の中に放り出されました。


「眩しい!」


ドスン


急な明るさに目が眩んでいるうちに、地面に着地、しりもちをついてしまいます。


徐々に、目が慣れてくると、辺りの様子が見えるようになります。


が、目の前の風景を見て、アヤさんは絶句してしまいました。


「なんなの?これは?」


アヤさんは広い石畳の通りの真ん中にいました。


通りの周りにはいろんな建物が立ち並び、まるで中世ヨーロッパの城下町のようです。


ようです、ではなく、現実に、向こうの方にはお城も立っています。


これで、金髪碧眼の人々が往来を行き来していれば、本物の中世なんですが。


「あれはブロッコリーね……。あれはセロリだわ…。あれはもしかして、鳥の腿肉かしら?」


そうです。アヤさんの目の前を行き来しているのは、人ではなく、食べ物達でした。


いえ、食べ物だけではないようです。まな板やフォーク、はては、おろし金までいます。


「いったいここはどこなの?なんで野菜や台所用品が歩いてるの?」


「お嬢さん、そろそろ悩むのを止めて私の上から降りてはいただけませんかな?」


アヤさんがおっこちたままの格好で周りの景色について驚いたり考えたりしていると、


下の方から落ち着いた低い声がしました。


「え?!」


アヤさんは自分の下を見ました。


アヤさんはその時、初めて自分が何かの上に乗っていることに気付きました。


「ご、ごめんなさい!」


慌ててアヤさんは立ち上がりました。


アヤさんの下敷きになっていたのはごつごつとした風貌の、ジャガイモでした。


『こ、今度はジャガイモなの?』


アヤさんは思いました。


ジャガイモは立ち上がると片手で自分の埃を払うと、何事も無かった様にアヤさんに向かって言いました。


「やあ、お嬢さん。ご無事で何より。」


「あ、あの、すいませんでした。その、上におっこちちゃって……」


「やあ、気にせんでください。私はほら、いたって丈夫ですから。」


「あの、じゃがいも…さんですね?」


にこやかに笑って立っているジャガイモに向かってアヤさんは恐る恐る尋ねました。


「そうですとも!しかも!ただのジャガイモではありませんぞ!男爵です!」


尋ねられたジャガイモは、嬉々として答え出しました。


「そもそも、私が男爵の位を戴いたきっかけはですな………」


「はいはいそこまで!」


悦に入った表情でジャガイモが講釈を始めようとした瞬間、聞いたことのある声が話の先を遮りました。


「玉葱君、私の話を邪魔せんでいただきたい。」


ジャガイモの話を遮ったのは先程の玉葱でした。


「ジャガイモのだんなの話はあそこからとてつもなく長いんだよ。」


と、アヤさんに向かって小声で囁く玉葱。


しかも、いつのまにか、先ほどと違って人間の子供ぐらいの大きさになっています。


「さあ、ジャガイモのだんなも急がなきゃいけないんだろ?その為にここにいたんじゃないの?」


「おお!そうであった。私としたことが。では、急ぎましょう!お城へ!」


玉葱に言われて思い出したように、ジャガイモは駆け出しました。


玉葱も駆け出しながら、


「さあ、急ごう。もうあんまり時間が無いんだ!」


アヤさんをせかします。


それにつられてアヤさんも駆け出すが、思わず疑問が口をついて出ました。


「……さっきはちっちゃかったのに、何で大きくなってるのかしら?」


玉葱はアヤさんより前を走っていたが、ふりかえらずに答えます。


「ああ、町に入ったからね。結界の中じゃ大きさが変わるんだよ。僕達。」


「…そうなの?」


「そうなの」


『結界……って、なんなのかしら?』


聞いてみたかったが、話が長く、ややこしくなりそうなので聞くのをあきらめるアヤさんでした。









3人?は石畳の道をお城へと急ぎました。


アヤさんはお城の道すがら、1つのことが気になりました。


『でも、ここの人達……トマトとかエビとか人参とか、赤い色の食べ物の人がいないわね?なぜかしら?』


そう考えているうち、お城の門が見えるとことまで駆けて来ていました。


城門の周辺は遠目に見ると赤い色に染まっていました。


『なんなのかしら?あの赤い色は…』


不思議に思いながら近づいていくと、アヤさんの目に赤の正体が見て取れる所に来ました。



「……こ、これは?!」


アヤさんは立ち止まって叫びました。


アヤさんの目の前に広がっていたのは、城門の前に所せましとうち捨てられたトマトや


エビや人参達でした。


「ひどい…だれがこんな事を?」


「この城の主、この国の王さ。」


玉葱が城を見据えたままで答えました。


「この国の王は、自分が嫌いだという理由で、彼らをこんな風に扱ったのです。」


ジャガイモが顔を背けながら続けました。


「だから、僕達は君が来るのを待ってたんだ。君ならこの国を、彼らを救えるんだ。」


「そう、お嬢さん。あなたは予言にある通りに現れた。」


「さあ、彼らを、この国を救ってよ!」


「お願いです。あなたが最後の希望なんです!」


「「台所の勇者様!」」


玉葱とジャガイモはアヤさんに向き直ると口々に唱えました。


そして、最後の言葉が終わると同時に、城門が音も無く開きました。


開いた城門の中には一人の少年が立っていました。


少年は、手に持っていたものを城門から外へ投げ捨てて言いました。


「エビもトマトも人参も嫌いだ!」


少年が投げ捨てたのはトマトでした。


そして、アヤさんはその少年を一目見て驚きの余り、叫びました。


「シンイチ君!」


そうです。そこに立っていたのは、シンイチ君です。


しかも、まだ10才ぐらいの。


「「王を救えるのはあなただけです。」」


そういうと、玉葱とジャガイモはアヤさんの前で1枚のメモと1本の包丁に変わりました。


「「勇者よ。」」


最後にそう言い残して。












アヤさんは目を覚ましました。


台所のテーブルの上でうたた寝をしていました。


買い物から帰って荷物を置いてそのままつい寝てしまったようです。


「変な夢だった……」


アヤさんは思わず呟きました。


「何だったのかしら?」


頤にてをあててかんがえるアヤさんの目の前に買い物袋がありました。


そして、1枚のメモ。


鈴原さんのお母さんから教えてもらったレシピ。


今晩のおかずにするつもりで教えてもらった料理のメモでした。


アヤさんはしばらくの間、じっとそのメモを見詰めていました。



じーっと、ながめて、考えて、見詰めて、考えて、そして、


「そうね!できるわ!」


そういうと立ち上がりました。


「まずは、エビミンチね。」


エビを冷蔵庫から出すと、剥き身をすり鉢でよく擂ります。


次に牛肉の挽肉を混ぜ、スパイスを加えて団子にします。


そして、油を大目に引いたフライパンで転がすようにいためて出来上がり。


「アネキ、おいしそうなにおいだね。」


「ミライ、早いのね。」


「ご飯まだ?」


「うん、まだしばらくかかるからTVでも見てて。」


ミライちゃんは居間に行きます。


「つぎは…と」


たまねぎとジャガイモを角切りにして、大きな赤銅の鍋に入れ、煮込みます。


水の量は適量より少な目で煮込みます。


ブイヨンとスパイスで下味をつけ、市販のビーフシチューのルーを入れます。


ここで、さっきの団子を加えます。表面をしっかり焼いてあるので簡単には煮崩れしません。


トマトを茹でて、皮をむき中の種を取ってミキサーにかけシチューに加えます。


「このままじゃ酸味が強すぎるから…」


「ただいま。アヤさん。」


「あら、お帰りなさい。シンイチ君。後もうちょっとで出来るから。」


「うわあ!いいにおい。」


「ミライとTVでも見てて。」


「手伝いましょうか?」


「ううん。もう後は仕上げだから。」


シンイチ君も居間に行きました。


人参をミキサーにかけ、シチューに加えて完成です。


「お味は……と、」


小皿にルーを少しだけとって味見します。


「ん!大丈夫!」


そういうと、アヤさんは会心の笑みを浮かべました。


「ミライ!シンイチ君!ご飯よ!」


シンイチ君がシチューを一口、口に運びます。


「どう?シンイチ君。」


アヤさんは思わずドキドキしながら尋ねます。


「どうって、おいしいですよ。!この肉団子が特に!」


「ねえ、アネキ。この団子って、なんなの?ただのミンチボールじゃないみたいだし…」


「クスクス、あのね。これ、エビの団子なの。」


「え〜!」


「ちょっと!シンイチはエビだめなんじゃなかったの?」


「うん。エビ食べられない。嫌いだもん。」


「でも、今おいしいって……」


「だって、これエビだって気付かなかったんだもん。」


「じゃあ、食べられるんじゃない!」


「いや、普通はエビはエビ〜って味があるからだめなんだけど、これはエビっていわれないと気がつかないから……」


「うふふ、あとね。人参とトマトも入ってるのよ。」


「え〜!全然わかんないですよアヤさん!」


「それはそうよ。気付かれたら食べてくれないでしょ。」


「それはそうだけど……だまされたなあ。」


「あら、くやしい?シンイチ君。」


「う〜ん、くやしい……けど、おいしい。」


「しかし、さすがアネキね。」


「うん、さすがアヤさんだ。」


「だって、私は“台所の勇者”ですもん!」


「アヤさん、何です?それ?」


「うふふふふふ、内緒よ。」


「あ〜、教えてくださいよ〜。」


「あねき〜、何よそれ〜。」











その夜、アヤさんはもう一度、あの不思議の国に行きました。


ジャガイモや玉葱は満面の笑みでアヤさんを迎えました。


そして、不思議の国の住人に、人参やトマトやエビが加わっていたのは言うまでもありません。







おしまい。







MLKさんの投稿作品です。MLKさんありがとうございました!


番外編「碇アヤの一日」を読む!



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