「最後のこの一杯はアスカに・・」僕は家から持って来ていたアスカの写真立ての前にグラスを置いた。

「シンジ君・・・辛かったでしょう・・悲しかったでしょう・・・シンジ君がそんなにすさんだのは、
前のままじゃ、心が壊れそうになったからでしょ・・もういいのよ・・シンジ君・・」ミサトさんが涙を流して僕に抱き着いて来た。
「シンジ君・・・私に出来る事はこれだけ・・・でも今のあなたを慰める事ぐらい・・ほんのひとときだけでも・・」
葛城さんの顔が近づいて来ていた。

「ミサトさん・・・気持ちは嬉しいんですけど・・・明日から・・もっと辛くなるのは分かってますから・・」
「どうして?」
「アスカとの、そういう思い出が無いので・・」
「そっか・・それでもあなた達はお互いをあんなに信頼していたのね・・
正直・・アスカが羨ましくもあるわね・・」
「・・・・」
「シンジ君は、まだアスカの死を認めて無いのね・・」
「そうかも知れません・・アスカはあの雪に抱かれて眠っているだけなのかもしれません・・
僕の心の中では・・」

「ごめん・・・慰めるつもりが余計・・思い出させちゃったわね・・」
そう言ってミサトさんは僕を抱きしめた。

部屋を出るミサトさんの背中に僕は声をかけた。

「ありがとうございます・・」


雪山に消ゆる面影を求めて

第1話【静止した雪の中で】Cパート


1年中、寒い冬が続く日本・・その雪混じりの寒風のせいか、
人々の心はすさみ、僅かな食料を求めて、時には殺し合いにまで発展する事も珍しくは無かった。
幼い頃からシンジの父である碇所長の元で暮らす事の出来たシンジとアスカは幸運だったのかも知れない。
シンジとアスカが出会ったのは、3歳の頃であった。
国際的にも有名だった惣流博士が子供を連れて、ここ、浅間山頂の研究所に、
意見交換をしに来日したのだ。
シンジの父である、碇所長も総流博士も妻を亡くしており、
滞在した1週間の間、シンジとアスカは一緒に寝食を共にしていた。

惣流博士が帰国の際に、悲劇は起こった。
飛行場のロビーにて、何者かに撃ち殺されたのである。
彼が碇所長と研究を進めていた実験の資料・・そして貴重な唯一のサンプルは失われた。
3才のアスカを残して。

碇所長はアスカを引き取り、成人するまでの間後見人になり、
その後の世話をしていたのであった。
所員は、あの所長が人助け?と怪訝な顔をする者も少なくは無かった。

物心ついた頃から、共に暮らしていたシンジとアスカには、
いつしか、お互いを半身のように思い、いつも離れる事は無かった。
同じ学校には在籍していたものの、その頃の学校と言うのは、
年に数回しか授業は行われなかった。
シンジとアスカは手の開いている研究所員に、勉強を習い、
二人とも、一時は日本を離れ、一年中暖かい温暖なオーストラリアに建設された、
第二のMITとでも言うべき大学に在籍し、優秀な成績を収め、学士号を取って帰国した。
その後、正式に浅間山頂の研究所に招かれ、3年前のあの日まで研究を続けていたのであった。



「碇君・・・下(中継地点)との通信ケーブルにノイズが入るんだ。
ちょっと調べてくれないか?」一仕事終えた時、青葉通信班長に依頼された。

「わかりました」僕は防寒具を付けて外に出た。

山頂の研究所の裏のケーブル敷設場所を点検し、異常の無い事を確認して、
下(中継地点)へ、リフトを使って降りる事にした。

リフトの中で、流れる景色は僕の心に何の感銘ももたらさなかった。

中継地点の建物の中に入ったが、誰もいないので、一人で調査を始めた。
30分後・・建物の裏の通信ケーブルを敷設している所のコネクタが錆付いているのを
発見し、予備の部品と交換し、テストする為に雪に埋まった道を歩くシンジの足元に、
白い野ウサギが倒れていた。

「ウサギか・・」シンジはそのまま通り過ぎようとしたが、
つい振り返ってしまった。


30分後


「あぁ碇君!ノイズがなくなったよ!ありがとう」青葉通信班長の声を聞くのももどかしく、
シンジは研究室に向かった。

「赤木博士!」
「あら何?碇君」

シンジは懐から冷たくなりかかっている野ウサギを取り出した。

「まだ生きてるんですが・・何とかなりませんか?」

「わかったわ・・シンジ君」
赤木博士は、専門は化学と物理学なのだが、医学にも長けていて、医師免状も持っていたのだ。


20分後・・

シンジは一命を取り留めた野ウサギを胸に抱いて自室に向かっていた。

途中すれちがった人は、目を丸くしていたのは言うまでも無い。

「おい・・見たかよ」
「ああ・・白髪の復讐鬼がウサギを?」
「まさか食っちまうんじゃ・・」
「それなら厨房に行くんじゃ・・」
昔のシンジを知らない人間は口々にシンジの行動を不審がっていた。


シンジは自室に入り、ダンボール箱にタオルを敷いて、野ウサギを入れた。
そして服を着替え、ベッドに横になってから、野ウサギのいるダンボール箱を覗き込んだ。

「名前・・どうするかな・・」
シンジは我ながら、どうしてウサギを助けたのか理解出来なかった。

人としての優しさを捨てないと復讐など出来なかったからだ


「アスカ・・」シンジは目頭に手をあてていた。

その時!

目を覚ましたらしい野ウサギがタオルの中からごそごそと這い出して来た。

「目・・覚ましたのか?」シンジは思わず野ウサギを手に取った。

「おまえ・・名前何にする?・・」

「うさぎ・・うさぎは跳ねるから・・ピョン吉とか・・」
野ウサギは言葉がわかるかのように、首を横に振った。

「嫌なのか?じゃ、うさうさとか・・安直か・・」
再び、野ウサギは首を横に振った。

「それじゃ・・ウサギといえば人参だから・・・キャロットとか・・」
野ウサギは三度首を横に振った。

「そういえば赤木博士がメスだって言ってたな・・・」

野ウサギはシンジの手を離れ、寝ているシンジの首にじゃれついて、
その小さい舌でシンジの首筋を舐めた。

「やめてよ・・そこ弱いんだから・・まるでアスカだな・・人の弱いところばっかくすぐるし・・」

アスカと言う言葉を聞いた野ウサギは首を上下に降り始めた。

「その名前ばっかりは・・つけたく無いんだ・・ごめんな・・」
「よし・・名前は”クレイン”だ!」
野ウサギはそっぽを向いたが、その名前にする事にした。

翌日

「おいクレインおいで!」餌を用意して声をかけても、振り向きもしなかった。
アスカおいで」小声でそう言うと、野ウサギはシンジの元に飛んで来た。

「・・・・参ったな・・」シンジは野ウサギの頭を撫でながら呟いた。

数日後には、夜な夜な、死んだ恋人の名を呟くシンジの声を聞いたと言う人が
増えて行った。

「ちょっと、まずいわね・・」
猫のワンポイント入りのマグカップを手にした、赤木博士が呟いた
「えっ苦かった?」葛城警備課長が振り向いた。
「シンジ君の事よ・・」
「あの噂の事?」
「そうよ」
「調べて見る必要があるわね・・」
「そうね・・じゃ今晩・・」
「了解」

その晩・・・シンジの自室の前に不審な人影がふたつ・・

「アスカおいで・・今日は寒いから一緒に寝よう」



その聞き捨てならない言葉を聞いた二人は血相を変えて飛び込んだ。

「シンジ君!」


「あなたをこんな所に呼び寄せて・・悪かったわ・・あなたの気も知らず・・ごめんなさい」




シンジはきょとんとした顔で二人を見ていた。

なにか・・」シンジは訳がわからず困惑していた。

なにか・・って言われても・・」二人は言葉を無くして口篭もった。

その時

シンジの布団から、野ウサギが顔を出した。

「シ、シンジ君・・もしかして・・・」

「あ、聞こえたんですか?」

「聞こえたわよ・・シンジ君! ウサギにアスカの名前つけて・・
そんなにさびしかったの? それなら何故あの時に!」
ミサトはリツコがいるのも忘れて、口走った。

「ミサト・・あんたやっぱり・・昔から怪しいと思ってたのよ・・
中学生だった頃のシンジ君を見る目・・あれは尋常じゃ無かったもの」

「な、な、何を言ってるのよ・・・」

「あんたも、人の事は言えないでしょ」

「な、何の事よ」

「こんな所で喧嘩しないで下さいよ」シンジは二人に声をかけた。

「あんたのせいでしょうが!」
二人はユニゾンでシンジに突っ込んだ。


数分後

「そうなの・・アスカって呼ばないと反応しないの?・・」
「ポチ!・・タマ!・・」ミサトは思い付くすべての動物に付けそうな名前を連呼していた。
だが、野ウサギは反応しなかった。

アスカ」ミサトが小声で呼ぶと、野ウサギはとことこと、ミサトの足元まで歩いて来た。

「ほんとね・・不思議だわ・・アスカの生まれ変わりかもね・・」

シンジは思わずきつい目線をミサトに向けた。

「ごめんごめん・・まだ死んだと決まった訳じゃ無いのよね・・」


数分後

「週末にはもう下山か・・どうする?ついてくるか? アスカ・・」
シンジは野ウサギの頭を撫でながら言った。


その頃

「まぁ、けどシンジ君も少し角が取れたんじゃない?」
「そうね・・動物と接する事で、昔の優しさを取り戻したのかしらね・・」
「週末には下山ね・・・」
「彼・・もう二度とここには来ないでしょうねぇ・・」
「その方が彼の為よ・・」
「辛いわね・・」
「なにがよ・・私は別に・・」
「そうじゃ無くて、彼に何もしてあげられなかった事よ・・」

「そうね・・」

シンジはつかのまの安らぎを感じていた。
だが、それは嵐の前の僅かな静けさであった。


雪山に消ゆる面影を求めて

第1話【静止した雪の中で】 終




次回予告!


傷心のシンジに対し、新たに赴任して来た綾波通信士が闘いを挑む!
彼女はミサトの二の舞になるのか?それともシンジの心をアスカから奪う事が出来るのか?
そして、シンジを取り巻く運命は急激に加速する!

次回!新たなる挑戦者
さーて来週もサービスサービス

雪山も雪が無ければただの山

尚、都合により予告編の内容は、本編と異なる場合があります。


第1話Cパート 終わり

第2話Aパート に続く!


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