略史 :徳本正男(元聯隊副官・大尉)
明治8年9月9日、東京青山御所の大広間で、明治天皇から軍旗が親しく授与された。初代旗手恵藤不二雄は軍旗を奉持して帰り聯隊長黒木為禎中佐(後の大将) に手渡し栄えある軍旗授与式が行われた。歩兵第十二聯隊の誕生である。 明治10年3月聯隊(第3大隊第4中隊欠)は西南の役に出動、別動第1旅団に編入され、衝背軍として日奈久−八代−宮ノ原−重富等に転戦した。 明治27年8月4日 日清戦争に出征、主力は多度津港から釜山経由京城に向かい(聯隊長友安治延中佐)平壌、鴨緑江渡河、九連城等を転戦、 また明治33年北清事変の始まるや、12聯隊第3大隊は清国大枯に出動、天津城攻撃等に参加。 日露戦争においては第3軍に属して旅順包囲作戦に参加(聯隊長新山良知大佐)特に大孤山の激戦には集中砲火にさらされて容易に前進出来なかったが苦戦の末遂に 山頂を占領、旅順要塞戦の出丸の確保によって第3軍司令官乃木大将から感状を授与された。次いで東鶏冠山砲台の攻略に武勲を樹てた後、明治38年1月第3軍の 戦闘序列を離れ、鴨緑江軍の戦闘序列に入り、奉天大会戦には清河城で勇戦した。 大正9年2月シベリア出兵のため第11師団に出動命令が下命され、ウラジオに上陸、沿海州各地に駐とん、警備した。 昭和7年3月27日第1次上海事変にあたっては師団主力として小松島港において第二艦隊(旗艦妙高以下巡洋艦五隻)に乗艦し、揚子江に急行、七了口に敵前上陸し、 上陸作戦兵団の面目を発揮した。以後劉河鎮及び嘉定付近の占拠に活躍。 昭和12年に至り聯隊は再び上海付近に奮闘することになる。いわゆる支那事変ぼっ発である。聯隊は(聯隊長安達二十三大佐、後のニューギニア方面軍司令官、ラバウル で自決)天谷支隊(歩兵第12聯隊基幹、大本営直轄)に属し、青島で敵前上陸を実施する計画であったが、青島派兵が中止されたため、羅定鎮で苦戦している第11師団長 の隷下に復帰することになり、青島沖合から反転、8月30日未明、呉淞鎮に上陸、攻撃前進にうつり、宝山城の攻略を緒戦として、周家宅、唐家宅を攻撃した。クリークと コレラ患者発生に悩まされ、トーチカの自動小銃から撃ち出す弾丸は驟雨のように大地をたたきつける凄惨さであった。特に9月9日の軍旗祭の祝いを月浦鎮攻略にかけて攻 撃前進あるのみの敢闘精神をみせた。羅店鎮南側攻撃にあたっては左翼隊となって勇戦、次いて揚化クリークの渡河戦闘を経験した。次いで南翔、鎮江、揚州で奮闘したが、 この間猛将安達聯隊長負傷、大中隊長を始め多くの戦死傷者を出した。上海派遣軍司令官松井石根大将より感状を授与された所以である。 昭和13年9月凱旋の疲れをいやす間もなく聯隊は満洲に派遣され、関東軍の隷下に入り、12月密山に移駐、東部ソ満国境警備の第一線についた。14年6月第5軍司令官 の隷下に入り、防衛担任区域は虎林地区となり、宝東に移駐する。6月には速射砲一中隊をノモンハンに出陣せしむ。宝東兵営の中央に忠魂社を建立し故陸軍中佐椿武忠の 命以下3234柱の忠魂をまつる。師団長は牛島満中将(のち軍司令官として沖縄で玉砕)となり、湿地訓練、冬季訓練と猛訓練を繰り返した。昭和16年に至るや関東軍 特別演習(関特演)と呼ぶ大演習が行われ、応急派兵の態勢に移行、聯隊の定員は6014名(内将校150名)、馬匹3750頭という膨大なもので、その陣容は、威風 堂々北満の原野を風靡する実力を備え、歩兵一聯隊の戦力としては恐らくわが軍の戦史上空前絶後のものであった。 しかるに南方の風雲ようやく急を告ぐるに及び、遂に無敵聯隊の真価を発揮する機運に恵まれず昭和19年2月、ロ号演習と称して、第6派遣隊(後の独立混成第48旅団) に聯隊の第3大隊(大隊長中村義久大尉)基幹が抽出され、グアム島に派遣せられ、敵上陸地点の正面に布陣、1個師団を水際に迎え撃ち、頑強に海岸墜の完成を阻止、 この成果は友軍部隊に受け継がれて、米軍が海岸堡を完成したのは上陸後8日目のことであった。まさに世界の戦史に冠たるものだったが、大隊長以下600余名、見晴岬− 浅間岬の間に玉砕して果てた。 聯隊主力は残り少ない関東軍の現役部隊として厳存していたが、昭和20年3月30日内地転用を命ぜられたときは、いまだ無キズのままの立派な装備と、鍛えぬかれた 歴戦の勇士が顔を揃えていたのである。 昭和20年8月18日、高知県において、軍旗を奉焼して、戦わざる精鋭として70年の幕をとじたのである。 (写真集 わが聯隊−ノーベル書房) |
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