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2006年(平成18年)3月18日



紫の色に染められた布
そこに描かれる藤の花
中に蔓をかよわす二つの枝


これが五摂家の一つ
九条家の紋


僕はずっとこの紋に縛られてきた
そう思える
いつのまにやらこの紋の柄を覚え
その藤色に染められた布の中で
いつまでもいつまでも
閉じこめられた存在・・・


ただ
僕はいつも
真っ白な着物を着せられていた
通常は死者にほどこされるという
右前あわせ
真っ白な一枚の無地の衣
それを真っ白な一本の紐でのみ
いつもいつも着付けさせられていた



一日一回の着替え
その時に身体を布で拭いてくれる人がいる
ただ、その人達はどういう訳だか
一切僕の方を見ようとはしない
誰も僕に話しかけようとはしない
ただ、いつものように身体を拭き
いつものように着替えをさせ
肩まで伸びた黒髪を漆塗の櫛でとき
そして頭を下げ


ぎ〜 ぱたん
木製の格子戸が閉じられる


その時唯一見えるのが
戸の前に飾られた
紫の布と藤の紋





ここがいったいどこなのか
そして
僕はいったい何者なのか


誰も答えない
もちろん
僕も聞こうとさえ思わなかった


この永遠とも思える時間が
淡々と過ぎていくのを
ただ過ごすだけ


どうしてここに存在するのか
なんてことを考えるよりも
何故こんなことをしているのか
説明できる人はいないのか



そういつもいつも思い続けてきた





「あなたの問いに答えてあげましょうか?」





初めてきいた声
僕に向けての言葉


それは格子戸より
きっと今日は満月なのであろう
煌々と輝く月光が
すーーーっと差し込んでくる
うす灯りの夜のことだった。




音もなく
開いた扉の前に立つのは
一人
いや、一匹の黒い犬だった。


「こんばんは」


・・・・・・・


「あら、言葉も喋れないの?」


「・・・・そんなことはない」


「ちゃんと喋れるじゃない」


そう言ってにこりと笑ったような表情を浮かべる目の前の犬
いや、これは犬と言っていいものなのだろうか。


耳は長く
身体を覆う毛も長い
しかしながら尾の部分は短く
ぴん、と後ろに立っている。
ただ、毛が長い割りに
その犬の姿は
ほっそりとした印象を受けた。
両足が少し長めだからなのだろうか。
身体を覆う毛に隠れることなく
見える両足が
余計に一本の横線を引いたかのような印象を受ける。


「あら、人以外の姿を見るのってそんなに珍しいの」


「・・・少なくともここにこれまで人以外のものが入ってきたことは
これまで一度もなかった。
おまえが初めてだ」


「おまえ・・・じゃなくて


美夜よ、昴ちゃん」





す・ば・る・・・





その言葉、どこかで聞いたことがあるような


「すっかり待たせちゃったみたいね。
じゃあ、出かけましょうか」

「って今からか」

「そうよ」

「この服装でか」

「もちろん」

「どうしてだ」

「?」

「どうして僕がここから出ることを
おまえが決めることが出来るんだ」

「も〜〜〜、おまえ、じゃなくて美夜だって言ってるじゃない。
何度でも言わせないでよ」

「だって気になるじゃないか。
今の今まで
ここに来る誰だって
僕に対して一言も言葉を発しなかった
それが
いきなり目の前に現れた
人ならざるこの犬に
『出かける』なんて言われたら・・・」

「びっくりする???」

「もちろんだ」

「じゃあ、立ち上がって
一歩でもいいから歩き出してみてよ。」

・・・

「あら、歩き方も忘れちゃったの」

「そんなことはない」

「だったらね。」

そういってくるりと向きを変える黒い犬
僕はその犬に続き
ゆっくりと立ち上がり
一歩
また一歩と
板ばりの床の上を歩いた。

きしり、きしりと音を立てる中

しゃんしゃんしゃんと聞こえる鈴の音


その音はすぐ外から聞こえてくるものだった



外は満月
一面に広がる薄の穂
さぁ〜と吹く風に揺られ
さわさわと静かに音をたてる中


これまで言葉一つ話さず
身の回りの世話をしていた者達全てが
紫色の衣をまとい
その場に膝をつき
頭を垂れていた。

その中に
月の光をうけ、きらり輝く鈴を手に持つ一人の娘
振る鈴の音に合わせ
紡がれる言葉



〜時は訪れた
これより 六連星(むつらぼし)の名のもとに
近い未来に起きる災いより
勇め鎮る戦姫を目覚めさせる〜



それはある調子に基づく心地よい唄のようにも聞こえた。




「お目覚め下さいませ、九条昴様」




それが
はじめて聞いた
僕以外の



人の声だった・・・


<続く>


2006年(平成18年)3月25日



「おい、おまえ」

「も〜〜〜おまえじゃなくって・・・」

「『みや』 だって言いたいんだろう。
ただ、僕は以前こう聞いたことがある。
みだりに真名を口にしてはならない・・・と。」

「そうなんだけどね・・・
ただね、アタシの場合は別
それが本当の名前かって言われたら
そうじゃない・・・かもしれないし。」

そういってふっと下をうつむくその姿に
どこか寂しさを感じた。

どうしてだろう。

この
いままで
たった一度だって見たこともない
ましてや話にも聞いたこともない
一匹の黒犬に対して
どうしてそんな気持ちになっているのか
どうして
この僕が・・・分かる・・・


「それが
あなたの持つ力・・・」



「僕の・・・・ち・か・ら???」


さきほどの寂しさから
一瞬にして
どう変わったのだろうか。
何もなかったかのように
その犬はまた語り始める。


「そうそう
今のあなたって
周りの人にどう見られているのか
どう思われているのか
それを説明しないとね。」

「それを僕も聞きたかった。
でないと・・・」


この目前に広がる
傅く人間達の光景に納得が出来なかった。
いや、まんざら
こういう光景が広がっていること自体
理解できない訳ではなかった。
これまでの僕に対する接し方全て
まるで壊れ物を扱うかの如く丁寧に
そして何かの儀式を行うかの如く繰り返される行為に

それがどういう意味なのか
全く理解できないことに
疑問はあったが
この光景を見れば納得・・・できなくはなかったからだ。


つまり
僕・・・という存在は


美夜の言葉から察するに・・・・





ふつうのにんげんでは・・・ない・・・





「姫様、どうかこちらの霊水にてお清め下さいませ。」


そう言って水桶を差し出した娘
そう言えば先ほど鈴を鳴らしていたのもこの娘だったような気がするが。


「さあ、その水に両の手を浸して
そして
そうね、顔でも洗うといいわ。」


「それは僕がまだ寝ぼけているとでも・・・。」

「だって今は月は出ているとはいえ
真夜中だもんね。」

「気にしなくてもいい。
普段から僕自身
眠りを感じることは全くない。」


「そう・・・」


また沈む雰囲気
いったい僕の何を
こいつは知っているのだろうか?


そうこうしている内に
衣が準備されていた。
そうして着付け


これまで右前に着付けられていた衣が
初めて左前に着付けられる
これが
「目醒め」
と言われた理由からなのだろうか?
さらに真っ白な一重の衣の上に
さらに重ねられる衣。
それは白い絹の紬で
藤の紋が地模様に入れられているものだった。
最後に着付けられたのは紫色の袴。


「ようやく・・・ですな。」
そう言って声をかけてくる
若い僧侶が居た。


「これはこれは鏡如(きょうにょ)様」

「黒木様、ご機嫌麗しゅう。」

「此度の「醒」の儀式
執り行っていただきありがとうございます。」

「そう頭を下げられないで下さいませ。
むしろこれは九条に連なる者にとっては
避けては通れない路でございましたでしょう。
私はたまたまその路の上に
存在したまでのこと。」

「私からも礼を申し上げねばなりませんね、義兄様。」

そうい言ってにこりと笑いかけてきたのは
さきほどから世話をしてくれた
あの娘だった。

「これはこれは節子(さだこ)様、いらっしゃっていたのですか。」

「お父様からは『そんな時期ではないであろう』とおっしゃられたのですけどね。」

「そうでございますね。
節子様にいらっしゃっては
これから大切な御婚儀を控えていらっしゃいますから。」

「義兄様、そのお話はまだ正式に決まった訳では。」

「そんなことはないでしょう。
皇太子様とのお話
妻より伺っておりますよ。」

「もう、姉様ったら
義兄様にそんなお話まで・・・」

「いえいえ、『そんな』とおっしゃらないで下さい。
むしろ悩みは<人>
いやこの世に生を持つ全てのものが
いつかは通る路。
それを御相談なさる節子様のお気持ち。
私にはよく分かりますよ。」

「お姉様もこうだったのかしら。」

「縁があるとはいえ『寺に入る』ということは
決して簡単に選べる路ではないでしょうからね。」

「でも、お姉様のお手紙、拝見しておりましたら
すごく幸せそうで安堵しているのですよ、私。」

「それは何より。」



こうして親しげに話す
人と人との会話を聞くこと
これまでの僕にはなかった経験
僕はその様子をずぅっとこのまま
聞いていたいような気持ちだった。





「さて、親族会議は終わったのかしら?」

この柔らかな雰囲気を断ち切ったのは
この美夜の一言だた。

「あ、失礼いたしました。」
と深々と頭を下げる娘。

「これは黒木様、しばし御時間を取らせてしまいましたね。」
娘にならい、若い僧侶も頭を下げる。

「そんなことはありませんよ。
むしろこの子に今の現状を教えるきっかけにはなったでしょうから。」

「この・・・子・・・ですか?」

「鏡如様には御姿、見えませぬか。」

「はい、残念ながら私には黒木様の隣には誰も。」

「節子様、貴女様はいかがでしょうか。」

「それが・・・」



どうしたのだろう、口ごもってしまって。
やはり僕の姿は誰にも・・・


「いえ、私、どう説明すればいいのか迷ってはいたのですが・・・」:

「節子様、それはどういう・・・」

「そこには確かに姫君様がいらっしゃる
そう私には思えます。
その存在と雰囲気を感じることはできるのです。

ただ・・・」


「うん、大丈夫だからはっきり言っちゃって。



って


あ!
『おっしゃって下さいませ。』
でしたね。
失礼いたしました。」

「黒木様も相当無理をなさっていらっしゃいますね。
いつもの口調でかまわないと
私は思いますけどね。」

「でもでも・・・
こういったことはきちんとしなさい
と白木様より言われて・・・

じゃなかって
仰せつかって織ります故。」

「大変ですね。」

「鏡如様ったら・・・。」



「あ・・・あのう。」

「失礼いたしました、節子様。
会話を中断させてしまい・・・。」

「いえ、その方がよかったのかもしれませんね。
どうですか?
説明できそうですか?」

「はい、義兄様。
「黒木様がそうおっしゃるのなら
私が感じるものを
そのままにお話させていただきますね。



私が感じられる存在は
黒木様の御隣に
確かに存在するという雰囲気
そして

この両の目に見えるものは
緋色に輝く剣刃なのです。」



緋色に輝く剣
それも刃と言ったな。
普通なら「剣」だけ言いそうなものを
なぜ「刃」と限定するのだろう?


「節子様、九条家より伝え聞いていること
何か存じあげておりますか。」

「それが・・・・
その剣に関しては全く・・・」

「黒木様
実は寺の方では
とある話が伝わっております。
もちろんこの話
私は最初は単なる伝承のひとつかと思っておりましたが・・・。」

「今の節子様の言葉を聞いて。」

「ええ、確信したと言っていいと思いますがいかがでしょう?」

「鏡如様の思う通りでございますよ。」

「そうだったのですか・・・
あれは、単なる古の伝承ではなく。」

「ええ、事実よ。」




困った、全く訳が分からない。
いったい何がどうなっているというのか。





美夜に向けて
どう言葉を紡げばいいのが戸惑っている僕に向け
節子、と呼ばれるその娘が
僕の方へと顔を上げ
そして両の手を差し出してきた。

「これからのお役目、どうかよろしくお願いいたします。」

そう言って深々と頭を下げる。

「じゃあ、昴ちゃん
いろいろと説明したいんだけど
場所、替えましょうか?」

「何故だ。」

「もちろん、この中の誰よりも
あなたへ説明の出来る存在のところへ行くためよ。」

「どうやらその用件、飲む以外に方法はないようだな。」

「さすが理解が早いわね。」

「それじゃあ。」


〜白き藤花をに纏い
いざ、旅立ちの時来たれり〜


その行く路に幸いあれ〜


鳴り響く鈴
合掌する僧侶
そして傅く沢山の人の中


僕の存在は
美夜と共に空を舞い
そして・・・消えた


「節子様の血の力と」
「鏡如様の浄めの力で」


〜ええ、きっとあの方は
白木様の元に辿り着けますわ〜


〜でも・・・それはまだ始まりの一歩ですよ〜

〜そうですね、義兄様〜


あの二人の会話が一瞬聞こえたような
そんな気がした。



でもそれは瞬く一瞬の出来事だったかのように



目前には真白な雪


いや


これは


花???



「ようこそ、六の連なる星に導かれし者よ。」

降り注ぐ藤花の中

僕は一人の媼の姿を見た。


<続く>




(2006年3月26日 午後9時追加)


さて、暫し補足説明をさせていただきますね。
今回2回目にて
ようやく実在の人物を登場することが実現しました。
これもいろいろ調べていた結果
偶然当たっちゃったところもあるんですけどね
<行き当たりばったりがばれそうです。


まずは
僧侶:鏡如(きょうにょ)
これはもちろん法名
諱(いみな)は大谷光瑞(こうずい)
京都・西本願寺・第22代門主
1700年(明治9年)生まれ
9歳の時に得度
1898年(明治31年)九条道孝・第3女(貞明皇后姉君)籌(かず)子と結婚
22代門主を継承されたのは26歳の時
宗教家であると同時に探検家としても知られ
主にインドへの仏跡探検は大谷探検隊として
後の世に伝えられているそうです。


娘:節子
本名は九条節子(さだこ)
九条道孝の第四女
1900年に皇太子嘉仁親王(後の大正天皇)と婚約、同年挙式
後の昭和天皇を初めとし4人の親王を出産
1926年に大正天皇が崩御された後は
様々な説もあるようですが
日蓮正宗の進行に入り
供養の為の勤行・唱題を欠かさず実践したと言われている。
1951年に亡くなった後、貞明皇后と迫号された。
「貞明」は
『易経』の中にある
「日月の道は貞(ただ)しくして明らかなり」の一文を出典とする。


以上、簡単ですが
実在のお二人について
説明させていただきました。
詳しくはネットとかで検索してみるといいかも♪
意外な発見、あるかもよ♪


2006年(平成18年)3月31日


あのとき
わたしはけっして
「みち」をまちがえた
とはいわない

いや いいたくない

なぜならば
それもまた
選択のひとつだと
わたしには理解する以外になかったからだ


たとえ結果がどうなったにせよ
そこにいたるまでの己の行動
そして
わたしを巡る
まわりのもの達の行動
その全てが
わたしの「みち」の選択の上での
結果であった


今はそう思うしかない
いや、そう考える以外に
仕方ない・・・


そうではないか?


そう問われた時に
わたしにはどう答えていいのか分からなかった。


いずれはそうする気持ちであった
と切々と述べたにせよ
目前に起きてしまった出来事は
もはや戻るものではない


ただ、そこまで
そなたの気持ちを
思いこませてしまった結果
それを分からなかったわたし自身


もう暫し時を待ってもらえれば
と今更言うには遅すぎる
目前に広がる光景が
それをわたしにいやでも理解させようと
広がっている


季節はもう春だというのに
冷たくふりそそぐ霙
雪にもなれず
雨にもなれず
そのどちらの姿も選べず

されどこうして
その姿を
ありのまま
わたしの目の前に現す

天がそうなのだから
わたしもそうであればよかったのだ
己の思うがままに
考えのままに

体裁とか
家柄とか
そんなことはどうでもよかったのだ
それはあくまでも
自分の周りの一要因に過ぎなかったのだから

わたしはどうなのか?
それさえ己で定められさえすれば・・・・・・





もう全て後になって思うこと





では・・・これから先のわたしはどうすればよい?


もしそなたが心を定めたにせよ
時という結果により
剣自身がこの娘を選んだ

されど
そなたに与えられた名に従うなら


いや
それこそが
家というものに縛られたわたしの宿命
わたしはそれが何よりも耐え難かった
このことは己の意志によって
決めたかった


そう申すなら
名を捨てるか?


いや、捨てるのではなく


その意味する名を持ち
新たな名によって
わたしはわたしのなすべきことをなそう


それが

いや、これから先
続く時空の限り
沿うわたしの真なる宿命


ならば・・・



しっとりと
冷たく濡れた白い水雪から覗く
樒の花達が
わたしたちを見ていた


常磐の緑の葉を持つ
もう一つの供え木達

その
ひそりと咲く
忌み花のように





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





この話が
摂家の家たる書簡に記されていなかったのは
「忌むべきもの」
を避けたからかもしれません。
もしくは
「道」の上になかったからかもしれません。
血の流れは決して一つではないはず・・・ですから。


ただ
何故こちらに伝えられたのか
それも
正式に記されたものではなく
秘伝として綴られたなのかは


困りましたね。
私でも説明が・・・。


そう言って苦笑する鏡如様をご覧になると
アタシはどう説明していいのか分からなくなった。


「されど、黒木様
節子様があの姿をご覧になれた・・・ということは」


「はい、縁者である、と申し上げるしか」


正直、アタシもどこまで話していいのか悩んだ。
この話は決して
世に伝えられる話の中では
よくはない部類のものに入るのだろうな。
そう思い、顔色を曇らせるアタシに
鏡如様はこう答えられた。


「かつて・・・
これは300年も昔の話になりますね。
とある武将の策により
縁の寺が炎に包まれた
という話を伺いました。
更には
その武将
たとえ罰とはいえ
哀しき最期を迎えておるとも。
しかしながらその後
私どもの先祖はこう定めたと
己の身は己で護る・・・と


そうして造られた一振りの剣
しかしながら
仏の道に沿うもの達にとって
殺めることは
たとえ護ることであっても
決して行ってはならない禁忌
したがって
造られた剣には
護る為に殺めるのではなく
誤りを正しく導くよう
念を込めたと伝えられております


しかしながら
たった一つ
疑問がございます


その剣
果たしてその時に造られたものなのか
未だに分かってはおりません
いえ、むしろその時になり
偶然存在が確認されたとも
それが護剣として
存在したのでは
そんな伝も存在するのです
更には
その剣の存在を明らかにしたのが
当時の藤の一族と伝え聞いております

果たして伝え聞く限りのどれが真実なのやら・・・と。」


「でも、私はこう思うのですわよ。義兄様」

〜伝えられなかった剣〜
〜それが血の流れ〜
〜我が家にとって〜
〜秘められたものだったにせよ〜


〜存在したこそ、伝え続けられるものであるのだと〜


「そうでないと、今までの光景
ここに使えし者達全てが夢物語になってしまいますわ。」

節子様の言葉にうなずく鏡如様の姿を見
アタシはほっとした。

うん、そこまで分かってくれていれば・・・いいの・・・。
それできっと
あの子達も救われる
また一つ
救いを与えられる・・・と。


「そうでしょ、黒木様」


未来の国母様のお言葉に
アタシはただ顔を縦に動かす


言の葉を発せずとも
きっとこれで分かってくれる
今はこれだけで・・・


「節子様、そろそろお戻りにならないと。」

「そうですわね。」

「遠路ありがとうございました。」

「ご心配なさらずとも
私一人でも帰れますものを。」

「いえ、時がそうはございません。
ここはどうか私に任せていただけませんでしょうか。
道孝様にもその方がお心を痛めずにすむと思います故」

「では、黒木様にお任せいたしましょうか」


そう言って空を仰ぎ見る節子様


「もう暫くこの都の空を眺めていたかった・・・」

「もはや都ではありませんよ。
今は皆、東に移られたではありませんか。」

「たとえそうであった・・としても

私にとっては、こここそが「都」です」



そう言って振り向く
節子様の柔らかな表情に
わたしはどこか
懐かしさを感じた。


そう・・・
古の
失われた笑みを・・・




現在4月1日午前9時前です。
そろそろ起きないと(^^;;;

ちなみに今回のお話は・・・
こちらでは・・・ないんだなm(_ _)m
ただ、何処で挟もうかと悩んだ結果
こうして更新予定時間以外に枠を一個
設けて書かせていただきました。
あの後の
「鏡如」さんと「節子」さんについても
補足したかったし。
なんとな〜く分かっていただけましたか???


この中の一部にある言葉が
とある合唱の詩の一部になっちゃいますm(_ _)m
コワイところから苦情が来ないかと心配しつつ。
では、たぶん明日になっちゃうでしょうね。
更新、お楽しみに♪
では!


2006年(平成18年)4月3日



たとえこの場に
どんな濃い色を置いたにせよ
決して染まらぬ
真白な花びら
静かに
静かに
ひらひらひら
下へ下へと
流れていく


その花びらと同じように
僕自身も
下へと流れていく
いや
落ちていく

言った方がいいのだろうか


目下に見えるのは
花びらの色に合わせたかのような
真っ白な衣
袖に飾られた
同色の紐
肩にかけられた
薄絹をたなびかせた
長身の媼

衣の動きに合わせたかのように
真っ白な長い髪が
ゆらゆらと
風と共に空を漂っている

かすかに見える瞳は
じっと僕の方を見ている
表情一つ変えず
ただ僕の動きだけを
見ている


その
古紫色の瞳に


何処かで会ったような気がする


いや・・・気のせいではない


これは確信
間違いなく
僕はこの媼には以前
遭っている


それは・・・





思い出そうと
思考を巡らせようとしたその時


風の流れが変わる
これまで穏やかだった花びらの流れが
強風に叩きつけられるかの如く
ぶわりと空を舞う
これまで同じだった動きを変え
それぞれが
投げ飛ばされるかの如く
円を描く


そして僕自身も




その流れに跳ばされた・・・





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「あれ・・・ここは・・・」


一面が真っ白な雪景色
そして身体全体に降り注ぐ霙雪
その一つひとつが
身体に突き刺さるかの如く
痛みを感じる
寒さを感じる

まるで氷の刃

そんな中
心の蔵の辺りが
急に痛くなった
天から落ちる霙に濡れ
冷たくなった手を
胸に当てようとする

が、どうもうまく動かない
どうしてだろう
なんだかすごく


身体が
重い・・・・・・


動かそうという気持ちだけはあるのに
動けない


それでもどうにか
ゆっくりと上がる右手を動かし
痛む胸の部分に当てる


何故かその部分だけが
妙に生温かく感じる
そして
ぬるり・・・とした感覚も


なんだろう・・・これ?


すぐ傍らに
誰か居るように感じる
目を開けてその姿を確認しようとするのだが
どうやら
僕自身どの部分も壊れてしまったようだ
手だけでなく
眼さえも動かせそうにない


ぽたり
ぽたり

ほおを濡らす水のようなもの
それは
これまで身体を突き刺してきた霙の冷たさと違って
どこか
暖かさを感じた


「すまぬ・・・」


そう声が聞こえた
いったい誰に謝っているのか?


「そなたにこのような決断をさせてしまって・・」


言葉は続くが

ああ、どうやらもう限界のようだ
なんだか
身体の中の全てのものが
失われていくように感じる
これはさんざん身体に当たった霙のせい・・・だけではない

でも
もうそれさえも確認できはしない

ひたすら続く温かな声が
だんだんと遠くなるような
そんな感覚

そして


これまで真っ白だった世界が
だんだんと赤くそまる
これまで見てきた
どんな朱よりも紅よりも
濃い鮮やかな赤の世界に


落ちて・・・いく・・・


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



『これでそなたとの契約は完了した
これからは
永久に続く限り
我が力を使うがよい

但し

この力は
我が持つ宿命を成就させる目的である
ということを忘れるでない・・・ぞ』


とはいえ
柄のないそなたが
我をどう使うか
見物だかの・・・』

威厳に満ちたようで
どこかせせら笑うような声が聞こえる。


「おまえは誰だ」

『以前と変わらぬの

ふむ、やはり半身だけというのは問題であったか
だが力を扱うにはそれで充分であろう


仕方ない、もう一度だけ
名を名乗るとするか



我が名は・・・


〜嘯月〜


羅城の扉より
都へ入りし魔物を諫める為に創られた
朱雀の力を秘めし護剣・・・



我が力
使う為にも
覚えておくがよい・・・』





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


ふっと目蓋が軽くなったような感覚に
僕はゆっくりを目を開く
目前には
あの雪景色を見る前に見えた
白髪の媼の姿。


「さて、初めまして・・・というべきか
それとも久しぶりというべきか。」


口を開く媼に向け


「僕は以前、姿を見たことがある。
だから
初めましてではないと・・・思う。」

「そうか・・・・・・」

「白木・・・様・・・か。」

「いかにも。」

「ここは?」

「そうか、そなたにはここが初めてであったの。
ここはな。」

「白木様とアタシ達の場所・・・でいいでしょ♪」

「美夜・・・か。」


ふと目の前に
あの黒犬の姿が見えた。
そう言えば先ほどまで
その場に居たのであろうか?
いつの間にか姿を消し
そして気づかぬうちに
また現れるこの犬。


それは音もなく足を動かすと
白木様と呼ぶ白髪の老婆の目の前まで
移動し、そしてその場に立ち止まった。


「ただいま、白木様。宣に従い
九条昴様をお連れいたしました。」

真っ白な老婆に向け
深々と頭を下げる黒犬。
その後、頭をくるりとこちらへ向けると

「昴ちゃん、白木様とはもうお話、終わった?」
最初に出会った
あの時と全く同じ雰囲気で話しかけてきた。


「いや・・・まだだ。」
首を横に振る僕の姿に

「あれ、どうして?
もうだいぶ時が経つと思うんだけどな。」
と言葉を返す美夜。


空を仰ぐと
煌々と輝いていた天中の月が西へと動き
その光を失う反面
東に漂う雲が
うす紅を流したかのような
桜色に変わり始めていた。

時は流れるものだったんだな。
初めて思う瞬間だった。

「どうしたの、いったいぼ〜っと空なんか見ちゃったりして」

「いや、こんな雲の色を見ること
こんな空の姿を見ること
これまでになかった・・・から。」


あれ
なんか今
言った言葉の中に
何か不思議なものを感じた。


本当にそうだったのだろうか。
ずっと見たことのない空の姿を
今初めて
僕は見たのだろうか・・・


「美夜・・・」

「はい、なんですか?白木様」

「この子には暫し古の時を遡らせていた」

「え?」

「直接言葉で説明するより、その方が早い、と思うてな。」

「そうだったんですか」




「確かにこの子は
剣の力を授かりし子に間違いはないよう・・・だな」

「って、白木様、ちゃんとその場に居合わせたでしょ。」

「だが、まだ『昴』を名乗らせるのはちぃと早いように思えて・・・な」



だが


そう言った老婆は
僕に黒い一つの小さなものを差し出した。


「これを返す」



「もともと、これはそなたの持ち物であったものじゃ」


そう言ってそれを手に取った瞬間
ずしり、と重みを感じた。

「あ、それ
ただの扇じゃないからね。」
美夜の言葉に更に媼が言葉を繋ぐ。

「鉄でできた扇じゃ。」

「なんでこんなものを?」
いきなり渡されたものに
自分のものだ・・・と言われても
なんだか実感が湧かない。
それに
この重み。
こんな重いものを
僕は持っていた・・・のだろうか?


「困ったのぉ、それさえ思い出せぬか。」
と、言葉を発する媼。

「仕方ないですよ、白木様
御剣様の力ですもの。」
そう言って、僕の方へ向け
何処か嬉しそうな表情を浮かべる美夜。
思い出せず戸惑っている僕自身の気持ちに
それが当然
というか
定められたものだと
これで断言できる・・・とでも言いたいのだろうか?


「それはね。
すっごいお気に入りでいっつも愛用していたんだよ。
袂に入れてね。
肌身離さず持ってたもの。」

「だったらそれをどうして・・・。」

この老婆が
と言おうとした瞬間

「白木様よ、昴ちゃん。」

ぴしゃり、と止められてしまった。

「だったら僕のこときちんと名で呼べ。
そうすれば・・・。」

「それは、ちと難しいの。」

「白木様、昴ちゃん、ここで二人で
お互いの呼び方を論じてては
話が先に進まないんだけどな。」

「分かった・・・。」

「はぁ、理解してもらえるのが早くて助かったわ。
で・・・白木様は?」

「いずれ、その時は来ようて。」

「はいはい、分かりました。
もうあいかわらずこの辺はもうちょっと軽くてもいいんだと思うだけど。」

「美夜、何か申したか?」

「あ、いえいえ。」

笑い顔で取り繕うとはいえ
どうやら美夜にとって
この白木様というのは
主従関係のようなものなのだろう。
僕がどの位置にいるのかは
まだ分からないが
たぶん位からいけば
上には違いない。


まぁ、いいか。


「で、白木の媼。
この扇、いったいどうして僕の手から離れた。」

「いや、単に預かっていただけだが。」

「預かる?誰に???」

「そなた自身にだが。」

え?

「だから顔を覚えていたのであろう。」

確かに、そう考えれば納得はできる。
初めてでない出会いの感覚に対しても。

「まぁ、そう重く考えるな。」

釈然としない表情を浮かべる僕に向けての言葉

「いや、考えが重いのではなく
この扇が重いという感覚なのだか。」


「え?
嘘でしょ、昴ちゃん。
いっつも軽々とそれで
舞、舞ってたよ。」

「この鉄扇でか」

「うん、まるで鉄扇じゃないみたいに。」

通常、舞に使う扇にしては
とも言いたくなるが
形的にはそう問題はない。
むしろ
何故、鉄扇なのかというのが問題・・・なのでは。

そう考え
扇を開こうとしたその時に


丁度手の持つ部分
「元」と呼ばれるその場所に
小さく描かれていたのは
あの藤紋

鉄でできたものだからだろうか。
全く時を感じさせないその扇を
ぱらぱらとひろげると

ふわり
と辺りに広がる白檀の香


「なつかしいの・・・」


という白木の媼のつぶやきが
耳に聞こえた・・・。


<続く>