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2006年(平成18年)4月9日



白み始めた空の色
はらはらと舞う藤の花
ゆるゆると流れる空気のような風


漂う白檀の香


遠くで誰かの声が聞こえる


いや、これは・・・歌??


そして


ぼぉんと鳴る鼓に合わせ
甲高い笛の音が響く



なんだろう・・・
これはいったい??





これまで絶対に開かれたことのない
内なる心の扉の一つが
静かに開かれようとするかの如く


まずは右の腕
次に左の腕
両の足


動き始める



「ほんと、久しぶりですね。」
「そうじゃな、美夜。」
「こうしてまた舞を見られるなんて・・・ね。」
「儂はいつも間近では見たことがなかったがの。」
「白木様、少しでも動くことができればよかったのに。」
「その分、美夜には目になってもらっているからの。」



二人の会話が聞こえてくる。
久しぶり・・・とはどのくらい前のことなのだろうか?
そんなことを訪ねたい気持ちもあったが


今はただこうして
動く躯全てを
流れに任せていたかった。


耳に聞こえる謡は
まだ続いている
時折響く鼓の音と共に
動く両の手
そして足
躯の全て



ふっと気づく
隣にいる誰かに


東の空に昇り始めた朝日の光と
長い前髪の為に
よくは見えなかったが
そう
その誰かは
いつも僕の隣で
こうして舞を舞っていた。


その表情を見てみたくなり
横を向こうとしたその時



「ん、どうしたんだ?
もうやめるのか?」
どこか懐かしい
優しい声だった。


「いいや、まだだ。
これくらいではまだまだ追いつくこともできないから。
いつかきっと一緒の舞台で・・・。」


「そうだな一緒に舞うことができるといいな。」
そう言ってふっと笑ったように見えた表情に
心穏やかになり
また手を動かす。


ゆるやかに
ゆるやかに
流れる風に任せ
その身を花とし
蕾開くその様を



僕は演じることが・・・できたのだろうか?








気が付いた時には
もうすっかり日の光が辺り一面に降り注いでいた。
片手には閉じられた扇。


ああ、そうっか。
もう舞の時間が終わったんだ。



「さすがは舞の名手だったそなただけのことはあるの。」
目前に立つ白木の媼。
声と共に差し出された右の手。


あれ、いつのまに。
僕は片膝を付き
頭を垂れた姿勢のままだったのだろう。
頭を上げ
媼の差し出された手に
自らの手を差し出す。


「お疲れ様、昴ちゃん」
媼のすぐ傍らに座る黒犬、美夜。


「己の記憶はなくとも、心の中の記憶はあるようじゃな。」

「そうですね、ほんと、久しぶりに見せて貰っちゃった。」

「以前の僕はこうして・・・」

「うん、すっごい舞の名手だったんだよ。」

「白木の媼、この・・・じゃなかった美夜にこう言われた。
ここへ来る時に
『僕自身について説明できる人のところへ行く』と。
もしもあなたがそうならば・・・」

「その問いに答えてやりたいのはやまやまなのじゃが・・・。」

「では、説明はできない・・・と。」

「いや、説明せずとも
己自身によって思い出せるのではないかとな。」

「そうかもしれないな。
さっきもそうだったが・・・
舞を舞っている時に
傍らに誰かの存在を感じた。
あれも僕に関わる人なのだろう。」

「そうじゃ。」

「『嘯月』については?」

「ああ、つい先に見せたものじゃな。
それは『嘯月』自身が説明したであろう?」

「では、今は僕自身の中にあるということも。」

「『嘯月』がそう申したのなら真じゃ。」

「では・・・『昴』という名については?」





・・・・・・・・・





「天に輝く六連の星
その名を指して『昴」』言う。」

「違う、そうじゃなくて・・・」

「古の戦姫のことか?」

「ここへ来るまでに唱えられた歌にあった。
災いを勇め護る姫のことだと。
『昴』とはいったい」

「その歌の通りじゃ。」


そう言うと
何処か遠くを見るように
空を見上げる媼の姿・・・


「う〜〜ん、どうしよう。
白木様、もう少し時を置いてもいいんじゃないですか。
昴ちゃんも・・・ね。」
そう言って場を和ませようと言葉を発する美夜。





「少し長い話になるが、聞くか?」
まだ、空を見上げたままの姿で媼が声を発した。


「もちろんだ。」



「では・・・話すとしようかの。
よいじゃろ、美夜。」

「はい、白木様。
それと、昴ちゃん。


もう後にも帰れないよ。」


「それは承知している。
というか
このまま時が止められたままでは
なぜここまで来たのか僕には納得できない。」



「やれやれ、その潔さじゃろうな。」


「えっ?」


「『嘯月』があの子ではなくそなたを選んだのは。」


ぼそりとつぶやくような声に反応はしてみたものの
白木の媼はそのことには全く触れぬかの如く


「では・・・暫し昔語りをするとしようかの。」
そうして
顔をまっすぐこちらへ向けた。
古紫色の瞳に
僕の漆黒の髪が映る。


「それは今を遡ること
300年ほど前の話じゃ・・・。」


<続く>


2006年(平成18年)4月16日



300年前・・・
木霊の命ってどのくらいのものなのだろう
ふっと考えてしまったが
目前に見る媼の姿
ほそりとした長身
ただ顔に見える皺が
その年齢の高さを現しているのだろう・・・が


「ん、どうしたのだ。儂の顔に何かついているのか。」

「いや・・・別に。」

「白木様、昴ちゃん、きっと珍しいんですよ。」

「儂がか?」

「ね、そうでしょ♪」

「いや、僕としては白木の媼よりも
美夜の方が珍しいと思うが・・・。」

「そうじゃな、こうしてずっと喋り続ける犬を見るのは珍しいだろう。」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ、白木様。
ね、昴ちゃん。
アタシをこんな姿にしたのはね。」

「もちろん、儂・・・じゃなくてこの仔の真の姿だったからじゃ。」

そう言って高らかに笑い出す媼
ふっとゆるむ辺りの空気


「さて・・・と」

という媼の声で再び緊張する。


「そうじゃな、正確には三百と二十二年になるかの。」

傍らに座る美夜もぴんと背を伸ばす。
もちろん、僕自身にもその緊張感が伝わる。

「まぁ、そう顔をこわばらせるでない。
むしろ長くなる故、
楽な姿勢の方がよいぞ。」

「それでは」

と、座り正座をする僕の姿を見て
「ふむ、やはりの。」
と答える媼。

「ん?それはいったいどういう意味だ?」
という僕の問いに
「いや、まぁ順を追って話すでな。」
と返す。

「さて、その時代に起きた出来事を一つ話せばならぬか。」





〜いつの世も
様々な望みを持つ者がおる。
その男もまた
きっとそれがその世にとって一番望みだったのであろう
そう信じていたであろう。
たとえそれが
人の道に反するであろうものであった、としてもな。





その時
この京都のとある一角の寺において
真っ赤な炎があがった
それは瞬く間に
そこにあるもの全てを焼き尽くした
もちろん
その男自身も含めて・・・じゃ。





<それを『本能寺の変』という>



それがその男の従えた者による反乱であったという説もあるが
決してそれだけではない。
それは先ほど話したが
その男が人の道に反する行為を行った故じゃ。


仏の教えを伝える寺
そして
力無き僧
寺に使えた女人から童に至るまで
一切の命を奪い
火を放ったからじゃ





<それを石山本願寺焼き討ち『石山戦争』という>



ただ、全てを滅したからといえ
その男の念までを
全て浄火させることはできなんだ。


いや、むしろ
失敗したと言っていいのかもしれない。


焔から生まれたもの
それは
その男の持つ闇の部分


−魔王の誕生−


それを阻止する為にと選ばれたのが
体に梅の花のような痣を持つ
六人の人間


−柳生新陰流の祖:上泉伊勢守−
−序の太刀の使い手:塚原ト伝−
−幻術と高所での術に優れた忍び:飛び加藤こと加藤段蔵−
−霊力とカラクリを合わせた「華学」を用いる幻術士:果心居士−
−大日如来の加護を受けし僧:高野聖−

そして、異国の神を信仰する娘


この六人によって
魔王の誕生を阻むことができは・・・した。


が・・・



それは人一人の犠牲により
成り得た結果であったと言わねばなるまい。


と、ここまでが伝えられた部分〜


ここまで喋ると
一瞬にやっと笑う媼の表情。


「人の犠牲の上に成り立つ時の出来事を話すに
なぜ笑うことが出来る。」

僕は思わずそう叫んでいた。
何故だかは分からない。
ただ、無性に
心の臓が痛かった。
いや、はっきりとした痛みを感じた訳ではない。
むしろ
実際の痛みというよりも…


「何をそう苛立っているのだ、おまえは?」

「………分からない。」

「そうか………まぁ、続きを聞け。」


そう言うと
白木の媼はふうっと小さく息を吐くと
再び言葉を紡ぎ始めた。


〜いや、ここまで歴史を創るのが
儂自身としても痛みを感じるでな。


ここから語るのは真実じゃ。
但し、これは
そなたの家、九条家に伝わるもの。
もちろんこの一件には
儂も含め
九条の者も関わっておる。


実はな。
先ほど述べた6人のうち3人はな。
既に鬼籍の者だったんじゃ。
更に1人については
まぁ、あやつは力を貸してくれた以上は
その場には存在していたのだろうとは思うが………


つまりは
魔王を封じたのは2人。
後は魂の念として助力を請うた結果じゃ。

まぁ、それ故に『術』としては不完全だったんじゃろうけどの………




そこまで語り終えると
白木の媼はすぐ近くにある一本の藤の木を指さしてこう話始めた。



〜儂には『翠蓮』という名の娘がおっての………〜


ふと気づくと
これまで静かに舞っていたはずの白い藤の花びらの動きが
止まっていることに気づいた。


「そう、あの木じゃ。」

「睡蓮という娘がか?」

「そうじゃ、永遠に咲かぬ花になってしまった藤の木………」

「何故?」

「それは………」



「あなたのご先祖様がしっかりしてなかったからじゃない!!」

鈴のような声が空より響く
そして
一陣の風
小さな黄金の光が降る




「紫亜………ちゃん?」




美夜の声が向けられる先に
黄金色に光るふさふさした髪をなびかせ
薄い紫色の布を纏った
少女が一人立っていた。




「もう一度言うわ。
あなたのご先祖様のせいで
お母さんが………」

と、言葉を続けようとしたその少女は
その場で泣き始めたが
すぐ両の手でそれをぬぐうと
キッと僕の方を向き
こう叫んだ。


「いなくなっちゃったんじゃない!!」





その言葉に
また痛みが走った。
まるで
内にある何かが
嘆き哀しんでいるかのように。


いや、きっとそうなのだろうな。
そう僕は思った。


<続く>


2006年(平成18年)4月18日



あたたかいひかり
やさしいこえ
やわらかなて


白藤だったおばあさまの傍ら
常にかしずく沢山の紫の藤の中
唯一黄金色をした
私・紫亜という存在は
おばあさまの傍らにいる藤達にとっては
異なるもの


認められない存在


ねぇ、私という存在は
皆とは違うの?

ねぇ、私という存在は
ここにいちゃいけないの?





いつも自分の立っている場所を悩む私に
その人だけは
いつもやさしく声をかけてくれた
「あなたはここにいてもいいのよ」
そう言ってやわらかな手で
私の金色の髪を梳いてくれた。
頭をなでてくれた。
手を握って
いつも私を導いてくれた。





いつまでもその時が続く
そう私は信じていたかった・・・





「あのね、紫亜ちゃん。」
あの時の美夜の言葉ほど
冷たいものはなかった。



私・紫亜という存在は
生まれた時に既に
「光」を視覚として捉えることができなかった。
ただ
あの声
あのあたたかさ
あのやさしさ
あのやわらかさ
それだけで
常に「闇」の中にいる存在ではなかったのに



「翠蓮」の存在が
私の目の前から完全に消えてしまった時
それを教えられた時



私という存在は
真っ暗な空間の中に
独りぼっちにされた気持ちで一杯になった。
もう誰の言葉も届かない。
もう温かさもあのやわらかさも
全てが幻
全てが夢



ねぇ
どこかにないの
灯火に導かれる道が。


2006年(平成18年)4月23日



雨が降ってはいなかった。
でも
僕の体は水に濡れていた。
やはり
この目前の少女に対し
僕の中の『嘯月』が
泣いているのだろう。
嘆きが涙の水となり
身体の外に出てくる。


僕としては
非常に迷惑この上ない話なのだが
まぁ
白木の媼の話を聞かない以上は
理解不能、というべきなのかもしれない。


いや、むしろ
この目の前に居る少女に聞くべきだろうか?


そう悩む僕に向けるかのように
紫亜と言われた少女の姿が
黄金色に輝いた。


「昴ちゃん、紫亜ちゃん」


美夜の声が届く。
いや、届く前に
僕の体は動いていた。
何かの先触れを察するかのように
手に持つ鉄の扇を開くと
自分自身をかばうように
右の手に持ち少女の方へと向ける。

と、同時に
強い横風が僕の方へと押し寄せる。
そしてその風と共に吹き付ける黄金の雨
いや、これは矢?
細く鋭い黄金のそれは
まっすぐに僕の方へを降りそぞぐ。
僕の右の手は身体に前にかざした鉄扇を
その矢を払うかの如く動く。
同時に身体全体がその動きに合わせ
まるで舞を舞うかのように
黄金の雨を避ける。
鉄線に矢があたる音が
きぃん、きぃん
と辺りに響く。


それはほんのわずかな間に時間だったはず。
たが僕にとっては
いつ始まって
いつ終わったのかさえ分からないほどの時だった。
気づいた時には
辺りは無風。
さきほどの風の為か
一枚、また一枚と
白い藤の花びらが
空に漂っていた。


僕自身、運がよかったのだろうか。
あの矢を全て防いだとは考えられなかったのだか
白い衣の袖の一部
紫の袴の一部
それらがわずかに切れた程度だった・・・


と、思っていたのだが


「昴ちゃん、大丈夫」
声に気づき視線を下に落とすと
傍らに黒犬、美夜の姿。
こうして改めて傍らに並ぶと
立った状態でも美夜の体は
僕の体の腰の部分。
決して大きな犬、という訳ではない。
思っていたよりも小さな犬だったのだな。
と思うほどの余裕が僕にはあったのだが・・・。


その美夜が僕の方を見上げて
不安そうな声をかける。
その理由が分かったのは
美夜に視線を落とした直後だった。


つう
ぽたっ
と足下に落ちるもの


全て防いだ気でいたのだが
どうやらそうではなかったらしい。
よく見ると
鉄扇を持つ右の手の甲の部分にはかすったような跡が残っていた。
そして
足下に落ちたものが
体のどの部分から発したものなのか確かめようとした時に
右のほほにあてた手の平が
真っ赤に染まったのが目に入った。


「尚の子孫とはいっても
たいしたことはないのね。」


そう言葉を発すると
「紫亜」という名の彼女の身体はまた光に包まれる。



ああ、今度は
いくつ防げるのだろうか。
それよりも
この身に受ける
傷跡の方が多いのだろうか。
とそんなことを考えた時に・・・


「おまえは本当にそれでいいのか?」

声が聞こえてくる。

「いいわけないだろう。」

「ならば、何故儂の力を使おうとせぬ?」

「力を使う?
いったいどうすればいいのだ。」

「言ったであろう。
我が力を使う時には
我が名を呼べ・・・と。」



「では」
僕は僕の身体に向けて
声を発する。





「『嘯月』・・・」





身の内
というより
僕の身体全体から
声が響く。
『ほんとうにいいんだな』・・・と。


「………」


「返答がないのを是と認識すべきかどうか儂には分からないのだがな。」

「名を呼べば答える、と言っただろう。」

そんなやりとりをしている間に
目の前がまた光に包まれていた。
同時に飛ぶ
細い黄金色の矢
それが一斉に僕の方へ向かってくる。



間に合わない。
身体の前に翳す縦である扇は
鮮血に染まる右の手に握られている。
防げるものは・・・
そう考えた刹那。


緋色の焔が見える。
そして・・・



気づいた時には
黄金の矢は全て僕には届かず
彼女の近くの大地に落ちていた。


ばたっ

何かが倒れる音


それは
いままで僕の方を見ていた
黄金色の髪の少女だった。


「紫亜ちゃん」
心配そうに声を発し
傍らに駆け寄ろうと足を進めようとする美夜に向け


「すまない、待たせた。」という声と共に
伏した黄金色の少女の前に立つ朱色の光。
その中から現れたのは墨色の緇衣を着た少年。
衣の色と同じ漆黒の髪は
腰まで伸ばしている。
ただ伸ばしているのではなく
それを肩の部分で白い布で結び束ねている。
その髪を見る限りでは
少年・・・というより少女???
顔を彼女へ向けている為
表情は見えないが。
美夜に向けた言葉からは
感情さえ感じられない。
ただ・・・そこに居るだけの存在???


再びその者の声が聞こえる。

「すみません、白木様。
遅くなりました。」

そう言って立ったまま頭を垂れる姿に

「いや、考えていた以上のものを見ることができた。」
と答える媼の姿が見える。
これまで何処にいたのだろうか。
僕と紫亜との対立に対し
動揺する様子さえ見せず
むしろ笑っているかのような表情を向けている・・・ように見えた。


「とはいえ、申し訳ありません。
まさか紫亜が目を醒ますとは思ってもみなかったもので。
わたくしこそ不覚でした。」

「いや、謝らねばならぬのは儂の方じゃ。
翠蓮のこととなると
紫亜が出てきても仕方なかろうに。
せめてそなたが戻ってから
話を進めるべきだった。

で・・・首尾は?」

「はい、こちらにお連れいたしました。」


白木の媼と漆黒の少年との会話が続く中
僕は化鱈我にいる美夜に声をかけた。


「おい。」

「なぁに、昴ちゃん。」

「あいつは・・・誰だ?」

「ん〜〜〜っとね、シキミちゃん。」

「いったい何者だ?」

「な・い・しょ♪」

瞬時に返される声に
僕は一瞬次ぐ言葉を失してしまった。



「な・・・な・・・ないしょっていったい・・・」

「あれ、動揺してんの、っってかわいい(はぁと)」

そういって短い尻尾をふりつつ
足下をじゃれる美夜の姿に

「ちょ、ちょ、ちょっと待てってば」

「あらら、顔真っ赤になっちゃって。」

なんか嬉しそうに声をかえす美夜。
こうしてみるとまるで・・・

「だから『犬』だって言ってるじゃない♪」

「おい、勝手に僕の考えを読むな!」




さきほどの緊張感はどこへやら。
足下にまといつく美夜にとまどう僕の姿を
笑顔で見つめる媼の姿があった。

「思慮するよりも
行動するが良し・・・か。」

「どういう意味ですか?白木様。」

倒れた紫亜を両腕にかかえた
シキミと呼ばれる少年が声をかける。

「いや・・・な。」



〜血を流すということは「生きている」という証・・・〜



「紫亜を休ませてはくれぬか、シキミ。」

「承知いたしました。
で・・・
この方はいかがいたしましょうか?」

「ああ、久しぶりに碁でも打とうかのう。
なぁ、月輪殿。」

「そんな大仰な呼び名は控えていただきたい、白露殿。」

声と共に現れたもう一人の少年。
同時に再び朱色の光が現れ
その中にシキミと紫亜が包まれ


そして消えた・・・。


「あの者に迎えに来てもらおうとは思わなんだぞ、白露殿。」

「シキミのことか?」

「そうじゃ、あの者もまた・・・」


<続く>


2006年(平成18年)6月18日



では、しばし
私が語るとするか・・・


と、誰に向いての言葉かは分からないが・・・


両腕に抱いた紫亜を
静かに緑色の絨毯の上に横たえる
すぅ
という小さな音が口から聞こえてきたのを聞き安心した
どうやらあの時に使った力のせいで
眠りについてしまったのだろう


常盤木の杜
永遠とも感じられるほど
長い長い時を
変わらぬ色で保ち続けている清浄なる場所


太い蔓の木々から
多くの葉を茂らせている沢山の藤の木
もしも
「時間」
という概念が存在しているのであったのなら
そろそろ落葉の頃を迎えているはずなのに


ここには「時間」は存在しない
閉じられた場所
いや
何かに守護された場所と言い直した方がいいのだろう
私も
そしてこの紫亜も
この「緑」の世界の中では
唯一染まらない色を持ったもの
だがそうでありながらも
「個」を持ち続けることができるのは・・・


この世界に生を受けた時から
黄金の色を持つ紫亜にとっての
唯一信頼できる存在であり
また私にとっては・・・


いや、それを思い出すことは
今の私にはできない
私はあの時に全てを捨てたのだから・・・。


紫亜にとって大切な存在であった
「翠蓮」
という藤の木の精


たとえその姿が失われても
こうして力だけは
世界に影響を残している


月輪様は
どう説明するのだろうか
あの子に・・・・


いや、それを今危惧してどうするというのか
既に動き始めたのは
もう一つの時
私の存在は
そのもう一つの時を
しかるべき場所へと導くだけ


ただ
それを終えれば・・・





私は・・・





「シキミちゃんはね
ずぅ〜〜〜っと
紫亜の側に居てよね」




もしもそれが
誰にも疎まれることでないのであるのなら


私は・・・