「ねぇ、カンナぁ。どこぉー」
「こまったなぁ、大道具のことで手伝ってほしいこと、あるんやけどなぁ。」
「あ、すみれぇ。カンナ見てない?」
「いいえ、見てませんわね。」
「しかたないなあ、マリアはんにお願いしようか。
いこか〜、アイリス。」
「うん。」
2人が2階に上がるのを見送るすみれ。
実は彼女はカンナが今どこにいるのか知っていたのである。
先ほどカンナがまた帝劇から出ていくのを見ていたのだから。
「ま、いいですわ。私には関係ございませんから。」
そう思いふと窓の外を見る。
どんよりとした雲、今にも降り出しそうな空の色。
「なんだか外は寒そうですわね………そうだわ。」
何を思い付いたのか。
彼女は皆に気づかれないようにこっそりと自室へ戻った。
それから何やら道具を一式揃えるとそれを持って食堂へと足を進めた。
「もうそろそろ帰ってくることだとは思いますけれど。」
劇場へ帰ったカンナ。
ちょっとお腹が空いたか、いつものように食堂へ。
「あら、カンナさん。」
「すみれ、お前ここで何してんだ。」
「たまには変わった所でお茶を飲むのもよいかと思って。おほほほほほ。」
「へいへい、そうですか。」
そう言って厨房へ向かおうとしたカンナに
「ところでカンナさん。あの…
ちょっと飲んでいきませんこと。」
「飲むって何を?」
「その………。そう紅茶ですわよ。」
「紅茶かぁ?」
「………体、あたたまりますわよ。」
ふっとテーブルに目を落とすと、
そこにはすみれのティーカップの他にもうひとつカップがあった。
いつもはもちろん隊長の為のものなんだろうけど。
今日は、あたいの為?
「………ありがとな、すみれ。」
カンナはすみれの向かいの席に腰をおろした。
すみれは手早く準備を始めた。
しばらくするとあたりに柔らかな紅茶の香りがたちこめ始めた。
「さあ、どうぞ。カンナさん。」
「あ、ああ。」
ティーカップを受け取るカンナ。
いつもならば一気にがぶりと飲んでしまうところだが
目の前で静々とティーカップに口をつけるすみれの姿を見てちょっと真似てみる。
「う!苦い。でも、あったかいや。」
「ま、カンナさんには紅茶の味まではおわかりにはなりませんでしょうけど。」
「なんだとう。」
ちょっとくってかかりそうになったが、あいかわらず楚楚と飲むすみれの姿に
戦意を失い、またカップに口をつけるカンナ。
体の中がほんのりとあたたまってくる。
しばらく静かな時が流れた。
「すみれさん、カンナさん。ここに居たんですか。」
「さくらさん、どうしたというのですか。そんな大声で。」
「そうだよ、さくら。いったい……。」
「どうしたもこうしたも。
すみれさんもカンナさんも稽古の時間忘れてるんですか。」
『稽古の時間?』
ふっと食堂の時計を見上げるふたり。
「あら、もうこんな時間。
カンナさん、あなたがゆっくりとお紅茶なんか飲んでいるから。」
「それはおめぇだろうが。」
「もう二人ともやめて下さいよ。みなさん待っているんですよ。」
「………そうだな。じゃ、行こうか、すみれ。」
「そうですわね、カ・ン・ナさん。」
二人は顔を見合わせてニコリと笑った。
「どうしたんですか、二人とも。」
「いや、どうもしないぜ、さあ行こうぜ。
いい芝居やってお客さんを喜ばせてあげないとな。
稽古だ、稽古だ。」
「カンナさん、あなたには負けませんわよ、わたくしだって。」
ふたりは席を立つと舞台へと移動し始めた。
まだ何か言い合っているようだが。
「もうカンナさんもすみれさんもあいかわらずなんだから。」
そう言いながらフフッっと笑うさくら。
しかしふっと振り返るとふたりの姿はもうない。
「あ!待ってくださいよ。カンナさん、すみれさぁん。」
慌てて後を追うさくら。
昼下がりの銀座。
先ほどまでどんよりとした空。
しかし、今は雲の切れ間からうっすらと陽の光がこぼれ出し、
食堂に残された2つのティーカップを照らしていた。
(終わり)
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