「蛍守」−3





 足元もはっきり見えるからと少し早めに喫茶を出たはず…なのに
 昨日蛍に出会った場所に着いた頃には
 辺りはすっかり闇に包まれていた。

 いや、正確に言うと
 周りの木々の影がぼやっと見えてるから
 真っ暗じゃないんだろうけど。


 ふ〜〜〜〜〜〜〜
 青緑色の筋が流れる。


 「あ!いたよ。
  田川さん、ほら、あそこ。」






 「お嬢ちゃん。
  気持ちいいですよ。
  少し川の水に足をつけてみませんか?」



 ちょ、ちょっと。
 田川さん、どこにいるのよ。


 「ほら、こっちこっち。」

 ばしゃん、と水音が聞こえた。
 光がぱぁっと辺り一面に広がる。


 「あ、びっくりさせちゃいましたね。
  失礼しました。」

 田川さんの声に反応したんだろうか。
 広がった光はすぅ〜〜と元の場所に帰っていく。


 「田川さぁん。だいじょ〜〜〜〜ぶなんですかぁ〜〜〜〜〜?
  そこ、深くありませんかぁ〜〜〜〜〜?」

 「大丈夫ですよ。
  声のする方に歩いてきてみて下さい。」


 暗いからあまり下の様子が分からないんだけど。
 足元を見つつ恐る恐る歩き出す。
 じっ〜〜と見つめると
 真っ暗なはずなのに
 なんとなく足元の様子が見えてくるみたい。
 うん、大丈夫だいじょうぶ。


 「うわ、つめたぁ〜〜〜い。
  田川さん、きもちいいですね。




  あれ
  田川さん?


  田川さん?」


 返事がない。


 「田川さぁん、何処ですかぁ〜〜〜〜〜〜。」




 やっぱり返事がない。



 「た、が、わさぁ〜〜〜〜〜ん。」






 「はぁ〜〜〜い。」

 声が聞こえたような気がした。
 声?
 いや、音と言った方がいいのかな。
 
 とにかく
 その発せられた音に合わせるかのように
 目の前一杯に舞う青緑色の光


 うわぁ、すごぉ〜〜〜い。



 光達のイベントにすっかり心奪われて…………………………







 あ、あれ?

 「どうしましたか?」

 「田川さん。いつのまに。」

 「ふふ、楽しかったですか?」

 「ええ、とっても。
  じゃなくて私今まで川の中にいたんですけど。」

 「いえ、ずっとここにいましたよ。」


 そこはここに辿り着いて最初に蛍を眺めた場所。


 「あのう、ここから少し動いていきましたよね。」

 「いいえ、気のせいですよ。
  さっきからずっとここで蛍を見てましたよ。」


 視線を移すと一つ青緑色の筋がすぅ〜〜と流れていく。
 

 「それじゃ、そろそろ帰りましょうか。」

 「……………………はい。」


 なんだか納得いかないなぁ。


 「どうかしましたか?」

 「あの………わたし………」

 「はい?」

 何にもなかったよっていう表情。
 どうしよう。
 私の体験。
 信じてもらえないかな。



 うん、いいや。


 「お嬢ちゃん、ありがとうございました。
  もしよかったら

  明日もまたお願いできますか?」

 「また見に来るんですか。」

 「ええ、そうですよ。」


 どうしよう。
 でも、蛍の光、奇麗だったな。



 「それじゃ、また明日も。」

 「ありがとうございます。よろしくお願いします。」



 喫茶に帰ってきた田川さんはまた瀬戸さんお手製の梅酒をご馳走になっていた。

 少しもらおっかな。
 そう思ったけれど。

 「緑さんはやめておきましょう。」

 ううっ、瀬戸さんに止められてしまった。




 目を閉じる。
 光達が視界を舞う。
 今晩も素敵な夢が見られそうです。