「蛍守」−4


 

あれから2週間が過ぎた。

 田川さんはずっとここに泊まっている。
 そして毎晩蛍を見に行っている。
 私も一緒についていっている。
 というより毎日お誘いを受けるから
 行かなくちゃいけないのかなと思って。
 それにあの光を見ていると幸せ〜〜〜な気分になれるから。
 だからこれでいいんだよね、って思う。

 唯一心配なのは
 いっつも途中で田川さんの姿が見えなくなること。
 いや、見えなくなったとその時は思うのだけれど
 気づいたら隣りにいて
 いなくなったこと自体なかったことになっちゃってる。
 ど〜いうことなんだろ、これって。


 う〜〜ん。
 きっと辺りが真っ暗だから見失っているだけ…だよね。

 そう思いたかった。
 というよりあんまりそのことについて詮索するのもどうなのかなって。
 この蛍の光をいつまでも見ていたいから
 
 もしもこのことを聞いちゃったら
 もうこの光達を見ることができなくなるんじゃないかと。
 そんな不安があったから。


 このままでいいや。
 そう思った。



 田川さんが来て2週間を過ぎた頃
 ここ数日の間に光の数は急に減ってきているような気がした。




 「もう、そろそろですね。」

 田川さんがそんな言葉を漏らした。

 「そうかい。」

 「え?なんなんですか?」


 「すみませんね、お世話になりました。
  私そろそろ帰ろうかと思います。」

 「もうそんな時間になるかい。
  また、今年もこいつが漬かりきる前に帰っちゃうんだね。」

 おばさんは残念そうに棚の上を見上げた。
 そこにはこの間取ってきた実を漬けた梅酒の瓶が置いてある。

 「仕方ないですよ。そういうことになってるんですから。
  また来年いただきに来ますよ。」

 「期待しないで待ってるよ。」

 「嬉しいですね、そう言っていただけて。

  それでは、お嬢ちゃん。
  今までどうもありがとうございました。
  私はもう一度だけあの場所に行ってから帰ります。」

 「あ!それじゃ、私も一緒に…。」


 「いえ、もう大丈夫ですよ。
  私一人で行けますから。」 



 「あのう…今から……ですか?」

 「そうですけど。」

 「……でも………。」


 外を見た。
 空一面、灰色の雲。
 夕方だから暗くなるのは当たり前だけど
 雨が降り出しそうな空は特に暗くなるのが早い。
 まだ時間はそんなにならないはずなのに
 辺りはすっかり薄暗くなっていた。
 きっと…もう今にでも雨が落ちてきそうな空。


 「やっぱり私、一緒に行きます。」

 「今からだと、後が大変ですよ。」

 「でも…………。」



 「緑さん。」


 ぽんっとおばさんが何かを差し出してくれた。

 
 傘?



 「そんなんじゃあんまり効果ないですよ。」
 そう言って苦笑いする田川さん。

 「そうなんだけどね、でもいいじゃないか。
  すまないけど最後まで付き合わせておくれよ。
  きっとこの子のことだからそれで分かってくれると思うよ。」



 「………分かりました。
  それじゃ、お嬢さん、急ぎましょうか?」  




 さっさと田川さんは扉を開けた。
 カランカラン、といつもより賑やかにドアベルが鳴る。

 「さ、行きましょ。」


 「瀬戸さん、行ってきますね。」
 

 そう言って振り向いた時
 何処となくおばさんの顔、寂しそうに見えた。




 なんなんだろう………

 ちょっと気にはなったけど
 前を見るともう田川さんの姿が見えない。

 「あ!待って下さいよ。」

 追いかける。
 いつもの夜の散歩とはだいぶ違うよう。


 田川さんの歩みはかなり速い。
 追い付けない?
 え?

 どうしてそんなに急ぐの?


 田川さん………



 た、が、わ、さぁん〜〜〜〜〜〜〜







 いつもの返事が聞こえない。


 いつもだったら


 「はぁい〜〜〜〜」


 って答えてくれるはずなのに。









 いつも蛍を見にくる沢の前に到着。
 やっぱり姿がない。


 ぽつり

 空から雨の粒が落ちてくる。


 ぽたり

 またぽたり


 雨。。。




 その時だった。



 辺りの草むらから一斉に光の粒が現れる。
 青緑色のそれはすぅ〜っと漂いながら沢の真ん中の方に集まっていく。

 集まった光の粒はだんだんとその大きさを増して
 一つの大きな光の玉になる。



 「さぁ、帰りましょうか?」



 田川さん?


 確かにその声は田川さんのものだった。


 た、が、わ、さ〜〜ん。



 ありったけの声を張り上げて叫ぶ。
 お願い、聞こえて!!



 だけど、返事はなかった。
 ただ、光の玉の色が少しだけ瞬いたような気がした。
 私の声に反応するかのように。


 ぽつり、ぽつりと雨脚が早まる中
 光の玉はゆっくり、ゆっくりと上に登り始める。
 

 その時

 あ!


 草むらの中に一つ
 小さな光の粒があった。
 その場を動こうか、それとも留まろうか
 悩んでいるかのようにぼぅっと小さく光っていた。



 「ね、田川さん、ちょっと待って!!
  この子どうするの?」


 私は思いきって尋ねてみた。
 空にある光の玉に向かって。
 ひょっとしたらもう気づいてもらえないかもしれないけど。
 でも、もしかしたら………








 「ああ、そんなところに居ましたか?
  よかった、あなたのこと探していたんですよ。
  さ、一緒に帰りましょう。光江さん。」


 光の玉からすぅっと手が伸びたように見えた。
 光はその手に導かれるようにゆっくりと空へと上がる。




 そして、光の玉の中に吸い込まれるようにその姿を消した。







 「ありがとう、もう帰りなさいね。」



 その声を聞いたと同時に
 ざ〜っという音が辺り一面を覆った。
 空にはもう光の玉はなかった。
 真っ暗な空の下、大きな雨粒が足元に一つまた一つ落ち続け
 持ってきた傘など役に立たないくらいのどしゃぶりの雨に私は包まれた。




  そこからどうやって帰ったのかは………覚えていない。
  気がついたら、私は「みどりのいえ」の入り口の前に立っていた。