しん………
静まりかえった夜の帝劇
私は一人、その廊下を歩いていた。
隊長が実家である栃木へ帰省中の為、今日は私が夜の見回りをしている。
「なんか昔に戻ったみたいね。隊長がまだここへ来る前のあの頃に。
あの頃………。
みんなバラバラだった。
舞台のことでさくらとすみれは喧嘩をするし、
カンナは黙って一人何処かへ行ってしまうし、
アイリスなんか………すぐ暴走して。
ふふっ、いろいろあったわね。」
一階ロビー
一ヶ月前、「春公演 夢のつづき」が行なわれていた。
連日満員のお客様、人があふれかえる売店。
あの頃の騒がしさが、今となってはまぼろしのよう。
音のない世界に、今は私一人。
「春公演、初めてみんなの心が一つになった公演。
あの戦いがあったから、戦いを通して皆が心を通わせることが出来た。
隊長………貴方がいてくれたから。」
思い出の中に身を置きたくなる気持ちを押さえ、さらに見回りを続ける。
しかし、二階へ上がった時、ふとテラスへ出てみたくなった。
「ちょっと息ぬきくらい、いいわよね。」
扉を開けて外へ出る。
昼間はだいぶ暖かくなったが、夜の風はまだ冷たい。
ひんやりとした風がほほにささる。
銀座の街の明かり。
戦いであちこち傷ついた通りは、
ようやく復旧しすっかり元に戻ったかのように見える。
だが………。
「隊長、何故・・・フランスに。」
先日、隊長のフランス留学の話が発表された。
但し、いつ帰ってくるのかは分からないと。
「これからは隊長に変わって私がみんなをまとめていかなければいけない。
だけど、私にそれが出来るのだろうか?
隊長………。」
ふと気付くと
目から流れ落ちるものが。
止めようとするが、止まらない。
後から後から溢れ出してくる。
しかたなく、そのままじっと街の明かりを眺めていた。
にじんでゆらめいて見える、光の集まりを見つめながら。
「あれ、マリア。どうしたの?こんなところで。」
「アイリスこそ………こんな遅くに………どうしたの。」
「アイリスね。なんだかねむれなくてお星さま見に来たの。マリアは?」
「え?ええ………ちょっとね………。」
「あれ?マリア。ちょっと声おかしいよ。」
「な、なんでもない………。なんでもないわよ。アイリス。」
「ふ〜〜〜ん。」
そう言うとアイリスは私の隣りに来て立ち止まった。
そのまま一緒に銀座の明かりを見ていたが………。
「マリアはせ〜〜〜いっぱいみんなのためにがんばってるって思うよ!」
「え?」
「ごめんね。ちょっとだけ心の中よんじゃった。
だってマリア、ないてたみたいだもん。」
「アイリス・・・」
「アイリスもね。おに〜ちゃんがいなくなっちゃうの、さみしいよ。
でもね、マリアもいるし、レニも、さくらも、すみれも紅蘭も………
カンナ・織姫・かえでおね〜ちゃんに米田のおじちゃん。
み〜んないるから、さみしくなんかないよ。」
「アイリス………」
「でもね………おに〜ちゃんがいなくなっちゃうの。やっぱりさみしいよ〜。」
そう言うとアイリスはその場で泣き出してしまった。
私はそっとアイリスを抱きしめた。
その場にアイリスの泣き声だけが響く。
私は………
泣き出したい気持ちを押さえ、そのままアイリスが泣き止むのを待った。
しばらくして
「ね。マリア。」
「なぁに、アイリス。」
「アイリスね、マリアに元気になってもらおうって思ってたのに………
ないちゃったね。」
「そうね。」
「でも、これでおあいこだね。
ね、マリア。ないてたことみんなにはだまっていてあげるから、
マリアもアイリスがないてたってこと言っちゃダメだよ。」
「ええ、分かったわ。でも、アイリスはいつも泣いてるんじゃないの。」
「ちがうも〜ん。アイリス、ないてばかりいないも〜ん。」
「ふふふ………。」
「きゃはは………。」
「じゃ、アイリス。遅いからそろそろ部屋へ戻りましょうか。」
「あ!ながれ星だぁ。アイリス、ながれ星にお願いごとするね。」
そう言ってアイリスはその場で目を閉じた。
「おに〜ちゃんが早く帰ってきますように。」
私もアイリスと一緒にその場で目を閉じた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ね、マリアはなにお願いごとしたの?」
「う〜んと、それはね。」
「それは?」
「それは、アイリスにはお・し・え・な・い。」
「え〜!ずる〜い。マリア〜、教えてよぉ。」
「ね、知ってる?願い事は人に教えてしまうと叶わなくなってしまうのよ。」
「え〜。じゃあ、アイリスのお願いごとはきいてもらえないの。」
「そういうことになるわね。」
「じゃ、もういっかいお願いしようっと。
………って、お星さま見えなくなっちゃった〜。」
「曇ってきたみたいね。また、明日にしましょう。」
「え〜〜〜。」
「アイリス!」
「はぁ〜い。でもマリア〜、その時はね〜。」
「その時は?」
「マリアもつきあってくれるよね。
でないと、今日のことみんなに教えちゃうもんね〜。」
「はいはい、分かったわ。」
「じゃ、アイリスもうねようっと。おやすみ、マリア。」
「おやすみ、アイリス。」
隊長。
私、頑張ってみます。
こんなにも心強い仲間がついているのですから。
失敗してもいい、私の出来ることを精一杯やってみます。
だから、隊長。
いつまでも見守っていて下さいね。
遠いパリの空の下で。
<終わり>
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