九州フレッシュメンコア第1回定期演奏会
2002/ 2/ 3(日)福岡市立少年科学文化会館ホール

 私がこの演奏会に行こうと思い立った理由の一つに、 九州フレッシュメンコアにはグリークラブ香川で2年前まで一緒に歌っていたO氏が参加している事がありました。
 O氏は私と同じバリトンで歌っており、また在団中は毎年数多い本番に対して皆勤を続けてくれた、 パートリーダーとして大変有難い人物でした(「バリトンは・・・、OさんとSさん、 Tに私の4人は確定として後は・・・」というセリフ、何度も言いました。)。 そのため、九州フレッシュメンコアの定演に氏が参加していない筈はあるまいと再会を楽しみに福岡へ向かいました。
 無事会場にたどり着き、演奏会が始まったのでステージ上を注視する。
 あれ?・・・見当たらない・・・。
 念のため他パート等も見渡すがやはりいない。メンバー表には記載されているのだが・・・。 結局終演まで姿は見当たらなかった。

 ロビーコールが終わった所でメンバーの一人に話し掛けて見ると「今回は休み」との事。一体どうしたのだろう。
 なんとなく離れがたく入口付近でたむろっている(迷惑)と私の名を呼ぶ人がいる。振り返ると
「S・・・Sさん!。あなた宮崎にいた筈では!」
 そこに立っていたのは、やはり6年前までグリークラブ香川で一緒に歌っていたS氏(セカンド)。 6年前に宮崎に転勤になり、フルトン男声合唱団に入団された事は一昨年秋に演奏会に行って確認している。
「最近はこっちでも歌わせてもらっているから」
 慌ててパンフレットを見直すと確かにセカンドに名前がある。氏は月一回宮崎から通っているという。 まあ、グリークラブ香川時代も途中で倉敷(岡山県)に転勤になり、電車で高松に通うという驚くべき行動力を示してくれていたが・・・。 (そういえば当時「グリー(クラブ香川)度チェック」なる質問集を作成した時に「海外から通うのを厭わない」という項目があったな。 )S氏の相変わらず旺盛な行動力に圧倒された一日であった。

 ちなみにO氏とも打ち上げ会場でお会いし、元気である事を確認しました。


SVANHOLM SINGERS高岡公演
2001/ 6/25(月)高岡文化ホール(大ホール)

ローカル線乗りつぶし編
 ある日、行きつけのコンビニで1冊の文庫本を見かける。 「ローカル線を旅する本(KKベストセラーズ)」思えばこれがそもそもの間違いだったのかもしれない・・・。 「ローカル線」の響きになんとなく惹かれて手にとり、その旅情溢れる文章にスッカリ惹きつけられてしまったのでした。

 今回の演奏会巡礼は24日東京、25日富山という強行軍。しかも富山へは夜行急行「能登」に乗って行くので、早朝到着予定。 演奏会は夕方なので、それならば周遊券を取って沿線を旅してみようと思い立つ。 近年、周遊券は行き帰りについては自分好みの設定が可能であり、また、自由乗降区間も旅程に合わせてJRに限らず、 私鉄やバスを含めたものになっており、昨年旅行した際には大変重宝しました。 今回は富山・高岡ゾーンで切符を作成する。ところが、このゾーンをチェックすると区間内の地方交通線5線に乗降可能。 しかも、その内4線が盲腸線だという。 となると先日入手した「ローカル線〜」の影響で「これは是非行きたい!」と興味が沸騰したのでした。 またしても主旨が違ってきているなあ・・・。
 坂出駅にて周遊券を作成する。今回は東京を経由して富山からゾーンに入り、金沢から出て戻るというかなり妙な切符になる。 坂出駅のみどりの窓口ではいつもこうした無茶な切符を拙い説明書きを作って取ってもらっているが、 本当にお世話になってます(^^;)。

 そして、6月25日、上野から富山方面に向かう急行「能登」の車中の人となっていた。 この「能登」、数年前までは福井まで走っており、 一昨年福井で行われたワークショップと東京六連をはしごした際には大変重宝したのですが、 現在は金沢までで打ち切られてしまっている。 北海学園グリーの定演時に使った特急「白鳥」も廃止されたし、 寂しい事この上ない。もっとも、私が利用した時も「能登」は金沢で降りる客が多く、その後はガラガラになっていたし、 「白鳥」も新潟でほとんど客が入れ替わるので直通運転する意義は薄れていたであろうから仕方なかったと言える。

高山本線
 急行「能登」は5:57、富山に到着(時刻表に掲載されていたが、この日はいつもより遅く到着している)。 すでに明るくなってきている。車中で大判時刻表を広げて熟慮した乗り継ぎ方法に従い、まずは高山本線に乗り換える。 6:00発の始発列車である2両編成のディーゼルカーはすでに入線しており、早速乗り込む。まだ早い時間のせいか乗客はまばら。 4人掛けのボックス席の一つに座って出発を待つ。
 高山本線は東海道本線岐阜駅と北陸本線富山駅を結ぶ全長248.4kmの単線非電化路線。主要都市同士を結び、 かつ沿線に温泉地として有名な下呂、主要観光地の高山市を抱え、地方交通線扱いではあるが名古屋、 大阪からの直通特急列車も走る活気ある路線である。今回はゾーン切符の範囲内である越中八尾(えっちゅうやつお)駅まで行く。
 昨年の旅行で岐阜から高山まで乗った時は、かつて川が山々から削りとったわずかな低地にしがみつくように走っていた線路だが、 こちらは富山平野を貫いて悠々と敷かれており、市街地を余裕の表情で走り抜けて行く。 しかし、地元の需要は少ないのか今乗車している普通列車はレールバスタイプの車両(車両の前後に運転台、 バス同様の料金箱を設置する事により、1両編成&運転士一人で営業走行を可能にしている車両)を2両繋げての運行。 この辺りはローカル線風情を漂わせていて好感度が高い。
 はて?幹線に比べると線路の繋ぎ目が頻繁なのか、やたらと繋ぎ目を拾う音と揺れを感じる。 おっと、市街地を抜けると広がる田園風景の中、列車は大きく左に向きを変えて走って行く。 各駅に停まりながらも程なく越中八尾駅に到着(6:21)。
 列車を見送るとひとまず外へ出る。早朝のためか駅員はまだいないらしい。 駅前の木陰のベンチには一人の老人が佇んでいる。観光案内板を眺めてから駅前通りを南に歩いてみるが、まだ街は眠っているようだ。 帰りの列車の時間も心配になってきたのですぐに戻る。途中で110円販売で頑張っている自販機を見つけたので買って戻る。 この頃には日も少し上がってきたのか、蒸し暑くなってきた。今日も暑くなるのかな。
 駅に戻るとどこから現れたのか高校生がたくさん集まっていた。いつのまにか駅員も来ていて改札を行っている。 富山行6:53発の列車は3両編成ながら通学の学生達で一杯。こんなに早くから部活でもあるのだろうか。 各駅で乗降を繰り返し、学生達の賑やかな雑談を運びながら終点の富山に向かう(7:15)。

富山港線
 富山駅に到着すると改札口から最も遠い富山港線に乗り換える。高山本線は一番近かったので端から端まで歩く事になる。 ホームに待つのは車両の両端に扉を持つ見慣れたタイプの白い電車。3両編成ながら乗客はまばらで、4人掛けのボックス席を占領する。
 富山港線、北陸本線富山駅から日本海に向かって伸び、岩瀬浜に至る全長8.8kmの単線電化路線。
 7:29富山駅発。全線富山市内を走り、沿線に8つも駅があるので、まるでバスの運行のよう。 周囲の集合住宅スレスレに走る車窓風景はやや趣に欠ける気もするが、 各駅で乗降する人々の様子を眺めているとこの路線がいかに地元の人々にとって重要な足となっているかが伝わって来る。 イメージ的には東京の都電荒川線が近い気がする。一度しか乗った事はないが、 住宅地を建物スレスレでかわして行く所や地元の人々が乗降して行く様子は似ていると思う。
 7:50岩瀬浜駅到着。折り返しで発車するまで少しだけ周辺を散歩する。 港の近くのせいか降りた瞬間、わずかに潮の香を感じた気がする。 駅は無人駅だが、かつては駅員がいたらしく、小さいながらも立派な駅舎がある。
 周辺を少し歩くとすぐに発車時刻になったので戻る。8:02発。折り返しは数える程しか乗客がいなかったため、 先頭車両に乗り、下りとは逆方向を見ながら行く。こちらは県道に沿った風景。各駅には岩瀬浜同様、駅舎があり、 かつて駅員がいた事が想像される。「ローカル線〜」では駅員の存在が醸し出す旅情やノスタルジーを詳細に書かれていたが、 やはり各駅に駅員を置いていたと思われる時期と比較するとかなり人件費の削減に繋がっているだろうし、 ローカル線、ひいてはJR線全体の存続という観点から見ればやむを得ない事ではないかと感じた。
 電車は途中駅で通勤、通学客を乗せて富山駅に向かう。

七尾線
 8:22富山駅到着。北陸本線の普通列車で金沢に行く。次に乗る七尾線は津幡駅が起点だが、 全ての列車は金沢駅から出発しているためである。
 空腹を感じたので七尾線のホームでおにぎりとお茶を買って列車に乗り込む。
 七尾線は北陸本線津幡駅から能登半島の中ほど、和倉温泉駅に至る全長65.5kmの単線電化路線。 今回の旅のメインイベントとも言える路線である。能登半島に沿った長大な盲腸線、 いや正確には終点の和倉温泉から「のと鉄道」に繋がっているのだが、これも能登半島の東端、珠洲市の蛸島駅で行き止まりであり、 どこにも繋がっていない。

城端線
 北陸本線高岡駅から南へ走り、城端駅に至る全長32.9kmの単線非電化路線。

番外編 加越能鉄道万葉線
 高岡市内から日本海に出て沿岸のに至る路面電車。

氷見線
 北陸本線高岡駅から北西、海岸沿いの氷見駅に至る全長18.2kmの単線非電化路線。

盲腸線
 鉄道に限らず、交通機関というものは人口の多い都市間を結んだ方が利用者が多くなり、利益を得やすいものです。 JR線を見ても主要都市同士を結んだ路線を幹線として扱い、急行列車を走らせてスピードアップを図り、 大量輸送で利益を上げている事は容易に想像がつくでしょう。 たとえ、時刻表の路線図に青色表記される地方交通線でも、その両端(起点、終点)が主要都市に繋がっているならば、 直通客のみならず、両都市へ(もしくは両都市から)の移動に伴う需要が見込めるものです。 その顕著な例としては水郡線が上げられるでしょう。この路線は茨城県水戸市と福島県郡山市を結ぶ非電化区間のため、 直通するには時間がかかり過ぎる(上野経由で特急、新幹線を利用した方が早いというトリックの推理小説がありました)のですが、 両端が主要都市に繋がっているために存続できているという話を地元の人々から聞いた事があります。
 ところが、そういった主要都市に繋がる事なく、小さな町や村で行き止まりになっている路線がいくつかあります。 (そうなったのには様々な理由があるようですが)そのような路線は沿線に人気のある観光地でもない限り当然ながら観光客に省みられる事なく、 寂れていってしまいます。しかし、そういった路線ほど地元の人々の重要な足であり、 幹線以上にその地方独特の味わいをたたえて走っていたりするので、大変旅情をかきたてられる存在でもあるのです。 そのため、そのような路線を鉄道愛好家は愛情を込めて盲腸線と呼んでいるのです。


旅は道ずれ、世は情け編
演奏会
演奏会ページのトップに戻る
濃い日常
本コーナーのトップに戻る
戻る
トップページに戻る