(3)香川県の
ロシア兵俘虜研究



ロシア兵俘虜−善通寺(白方)収容所(海岸寺、赤矢印部分)
(角田 一巳様所蔵)

はじめに
今年は日露戦争開始100周年です。
ですがそのことは一見社会から忘れ去られているかのようです。
このことは情報を提供する側の努力不足を感じさせます。

今から約100年前、郷土香川には、今の丸亀市と多度津町に二つの俘虜収容所があり、1350人のロシア兵俘虜が収容されていました。
私は以前から郷土の歴史とロシアに興味があったので、自然とこの香川におけるロシア兵俘虜のことが知りたく思っていました。
彼らはどのような収容所生活をしていたのだろうか?

図書館等で文献等を調べてみましたが「讃岐の俘虜収容所」(高松郵趣会 昭和54年)という小冊子を除いては、ほんの少ししか叙述がありませんでした。
そこで当時の新聞記事をみてみることにしました。するとそこには期待以上の記述がありました。
一連の記事を読むだけでは私の関心は満足させれました。
さらに興味は、写真が見たい、遺物はないかと広がっていきました。

幸い写真も、角田一巳さんにめぐり合って、みることができました。
奇跡的にも当時の地図もあり、今回100周年を契機に、その成果を社会に提供したいと、この記述となりました。
多くの教示を頂いた角田さんをはじめ、協力頂いた関係各位には深く感謝いたします。
尚、香川のロシア兵俘虜に関する情報をお持ちの方は、情報をお寄せ頂ければ幸いです。

2004年10月 郷土史研究家 松本 周滋(丸亀ドイツ兵俘虜研究会所属)


(3)-1日露戦争関連の年表

(3)-2日露従軍絵入り書簡集より

(3)-3香川のロシア兵俘虜収容所関連地図

(3)-4日本のロシア兵俘虜収容所

(3)-5現在の香川に残る日本のロシア兵俘虜収容所跡

(3)-6ロシア兵俘虜関連写真

(3)-7ロシア兵俘虜関連記事−香川新報(1904)






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松山 ロシア兵墓地